2007年08月01日

自民党大敗

マスコミの反応をおもしろがって見てる。前回の衆議院選挙で自民党が大勝したとき、マスメディアでのおおかたの見解は、国民が小泉劇場に惑わされたというものだったろう。しかし今回の民主党の大勝でははっきりと、どのメディアもこれぞ国民の意思だということになっている。そしてそれが示すものは、安倍首相退陣論だとものすごい勢いで展開している。さらに、こんな最悪な状況なのに、安倍首相が続投すると言ってしまう。普通じゃ考えられないけど、言ったからには、もう誰も辞めさせられない。そして続投批判が続く続く。

一方の民主党、今回の比例で民主一位で当選した人物は、自治労幹部の人だった。民主で一位で当選したからにはおそろしく多くの人がこの人の名前を書いたわけだけど、この人物の名前を書かずに比例で民主に投票した人は、どこまでこのことを理解していたのだろう(顔が分からない人は名前調べて検索どうぞ)。選挙中もささやかれていた、お灸を据えるレベルの気持ちで「反自民」という意思表示に「民主」に投票した人にとっては、きっと寝耳に水だろうと思う。いや、こんなに目立ってしようのない結果が出たのに、マスコミは安倍首相続投批判一色で、民主大勝の背景にある細かなことは気付かせてくれるひまもない。

自治労側からは、自治労批判は自民党の根拠のないバッシングということになっている。ただ安倍首相による公務員制度改革という対立点をちゃんと理解してからこの問題を考えないといけないだろう。参議院で、この自治労の応援を受けた民主が第一党になってしまったことが、この数年おこなわれてきた改革の方向性を変えてしまうのは間違いない。それが本当に国民の望むことかどうかは、その国民の立場次第と言うことだろう。当然の話だ。

それはそうと、メディアの安倍首相の続投批判はかなりなものだ。自民党内部からも批判続出だと流す。もちろん今回の自民大敗は、首相が辞めて当然の数字だ。それなのに予想に反して辞めなかった。これはこれで歴史に残る、郵政解散と並ぶ、おもしろ決断だと思う。

テレビで街頭インタビューやっていたので見てみると、不思議とメディアの叩き方ほど続投を嫌っていない。批判は多いのは当然だが、僕の見た番組では6:4とかそのくらいだった。顔を出しての発言や、該当する意見にシールを貼るという周りと見比べることができるというアンケート形式であることも影響が大きいだろう。これだと、いろいろなバランスを取りながら発言できる。もちろん民意を調べるにはサンプル数も少ない。操作も簡単に疑える。

それでもマスコミがこれだけ退陣論を繰り返し繰り返し流しているというのに、インタビューの意見を聞いていると何か平和な印象さえ覚えるから不思議だ。同じマスメディアで伝えられていることなのに、ジャーナリストがそれ以外にないと一生懸命主張している国民の意思の代弁であるはずの退陣論と、その市民たちが示した統計との乖離はなんなんだろう。今後の展開がおもしろくて目が離せない。


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posted by takayan at 02:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | メディア問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「時をかける少女」を読んで

二月前、DVDでアニメーションの「時をかける少女」を見たので、その原作も読みたくなって文庫本を買った。テレビ放映のあとに書いた〔アニメ映画「時をかける少女」〕もこの作品を読んで書いたものだ。


Amazon.co.jp(マウス重ねると...):
・文庫本:時をかける少女 〈新装版〉
・DVD:時をかける少女 通常版


以後、原作読んでいない人も、映画を見ていない人も読まないほうがいいです。

この文庫本の最後にある江藤茂博氏の解説によると、筒井康隆氏の作品「時をかける少女」は、学研の「中三コース」から「高一コース」の1965年11月号から1966年5月号まで掲載されている。四十年も前のものなので中高生向けの物語なのに「かぶりを振る」とか今となっては古めかしい表現もある。

いわゆるジュブナイル小説。表題作「時をかける少女」は意外に短く、僕が手にしている版では115ページまでしかない。残りは「悪夢の真相」、「果てしなき多元宇宙」の二編が収められている。

この残りの二つの作品も少女が主人公の物語で、「悪夢の真相」は自分の心の中にある闇と向き合う少女の物語、「果てしなき多元宇宙」の方は、全く違う常識が支配する平行宇宙に飛ばされてしまう少女の戸惑いを描いた作品となっている。特に「悪夢の真相」は良い作品だと思った。

幼なじみの少年とともに、少女が自分の忌避している過去の体験を乗り越え成長していく姿を、彼女が何を思いどう行動したか丁寧に描いていった物語である。脇に出てくる彼女の幼い弟の存在もなかなか重要で、彼女が客観的に弟の成長の様子を喜ぶことで、重ねて成長していく若者への賛美を表している。


さて表題作の話。

芳山和子は理科実験室でラベンダーの香りをかぎ、気を失う。このとき和子は自分でも気付かないうちにタイムリープする能力を身につける。翌日の通学中、友人の吾朗と和子は交通事故に遭い、和子は初めてタイムリープをしてしまう。

和子は悩む。理解を求め一夫と吾朗の二人の友人に相談する。話の分かる理科の先生にも三人で助言をもらいにいく。和子自身も冷静に状況を分析し、自分の身に起きた不思議なできことを理解していく。そして真相を求めてラベンダーの臭いのしたあの日の理科実験室へと向かう。



この小説ではタイムリープする力は、薬によって発現される。タイムリープ以外にも超能力と呼ばれるものは人間の潜在的に持っている埋もれた能力として、この物語ではとらえられている。未来では高度に科学が発達し薬を飲むことでそのような超能力が使えるようになっている。

このタイムリープの薬を開発していたのが未来人の一夫だった。まだ完全に完成しているわけではなく、その実験中のタイムリープによって偶然和子のいる時代に現れたのだ。

このとき帰りの分のタイムリープの薬を持ってこなかったため、未来に戻ることができなくなった。ただ材料さえそろえば、開発している本人なのだからまたその薬を調合することができる。

この薬を作り出すために重要な材料となるのが、この作品で強烈な印象を与えてくれるラベンダーであり、薬を作るのにこっそり借りていたのが理科実験室だった。



理科実験室に向かうと、同じように数日後の未来からやってきた一夫に会う。一夫は、二人だけの止まった時間を作りその中で真相を話してくれた。さらに一夫は自分が和子を愛していることも打ち明ける。唐突な告白に和子は戸惑ってしまう。

やがて一夫が未来に帰り、自分の記憶が消されることも知る。和子が持っていた小学生の頃からの一夫についての記憶は何もかも、すべて一ヶ月前に与えられた偽の記憶でしかなかった。その記憶も、この止まった時の中で話してくれた告白も、タイムリープの秘密も全て消し去られるという。

大切な記憶を消さないでほしいと和子は懇願するが受け入れられない。最後に一夫は和子に未来に戻り薬が完成したら必ず再び会いに来ることを約束するが、その約束さえも和子の記憶から消し、未来へと帰る。



この小説での和子のタイムリープの能力は、思春期の不安定な心の象徴なのだろう。今までとは違う存在となってしまう自分への戸惑いと、そしてそういう自分自身を理解していく姿を描いていく。

思い悩む若者を表すには物語的には少女が絵になる。少女に限らず少年もそうだけど、虚栄を張らない素な心では四十年前も今も本質的には変わるものではないだろう。大人へと続く思春期の心だけに、やはり恋愛というのが最後大きな問題になってくる。

話の展開はだいたい知っていたが、でも小説の中での告白は唐突すぎて、このあとどう和子の気持ちが動きうるのだろうかと思ってしまうほどだった。



それにしても、この物語はとても切ない。告白され気持ちが傾いていこうとするところで、彼に対する記憶が何もなかったこととして消されてしまう。ただ素敵な人に出会えるかもしれないという漠然とした想いだけが残る。

和子は何も感じていないのだろうが、読後に何とも言えない喪失感が残ってしまう。それを知らない和子本人が幸せに思えるし、同時にかわいそうに思えてつらくなる。

和子がこの後どんな出会いをするのかそれは読者の想像にまかせられている。当時このジュブナイルを読んだ読者それぞれが、自分はどんな人と恋をするのだろうかと、自分自身の人生で答えを出していったのだろう。


そしてアニメ版では一つの和子の人生が描かれた。この映画の和子像は、この小説を読んだ後でも僕には十分に受け入れられた。


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posted by takayan at 19:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時をかける少女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月02日

アニメ映画「時をかける少女」 追加

余韻の残る物語を、ああなのかな、こうだったのかなといろいろ考えてみるのがおもしろいので、「時をかける少女」の第三弾。前回の小説を踏まえて、アニメの方をもう一度考え直してみる。例によって、ネタバレや勝手な解釈あり。


この文庫本をまた読み直してみたら、和子が真琴に話した高校時代の思い出というのは、約束通り再び現れた一夫(仮名)との思い出に違いないと思えてきた。薬が完全に完成するためには多少時間がかかっても次の学年に現れることは問題ない。和子は何も知らずに、ただとても懐かしい感じを抱きながら、付き合うことになったのだろう。

しかし一夫はどこかに行ってしまう。おそらく時の向こう側。ただ同じように和子にとってすぐの時間に帰ってくるのは不可能ではないのだから、再び現れないのは、もう二度と一夫には会えないということだろう。一夫の身に何か起きてしまったのだろう。死んでしまったのか、ラベンダーの手に入らないような時代に行ってしまったのだろうか。


時間を止めることについて。小説では小さな装置を使って局所的に時間が止まったように見える空間を作ることで実現していた。この映画でも理屈が同じかどうか分からないが時間を止めることができる。

以前ちょっと書いたけれど、止まった時間の中を動ける能力は、タイムリープをチャージしている者だけが対象になるのだろうと考えてみた。そしてもう少し考えてみると、その時を止める者からの距離も関係しているだろうと思った。

なぜなら、そういう限定がなければ、誰かが時を止めてしまうと、その時間にいる他のチャージしている者も止まった時間の中に閉じこめられて、自分の意思に反してそこで過ごさないといけなくなってしまう。それではとても面倒なことになる。

だから止まった時の中での共存は範囲を限定して成り立つようにできているのではないかと思う。それを踏まえて、真琴が止まった時の中で振り向くと数メートル離れたところに千昭がいて、また人混みの中で千昭が姿を消し距離が離れてしまうと真琴の時が動き出してしまうという描写になるのだろう。


記憶について。一夫は周りの人々に偽の記憶を持たせることで、この時代の人間になりすました。和子が一夫を昔から知っていたという記憶は作られたものだった。では千昭はどうなのだろう。今回は記憶の操作については何も触れられていない。転入生という設定にしてあるから、過去の記憶を操作する必要もない。

真琴の最後の跳躍の中で、千昭との思い出のシーンがいくつも出てくるけれど、これは本物の記憶とみていいと思う。雨の場面で、跳んでいる真琴の顔にも雨粒が落ちてくるのは、あふれてくる感情を表す涙であると同時に、それが真琴の身に起きた本当の出来事であることを示す印だと思う。


物語が始まるまでの千昭の状況を少し考えてみる。一夫は帰る薬の研究しなければならないので、その時代の人間になりすまし、理科実験室を利用した。一方千昭がこの時代で暮らした理由はなんだろう。

絵を見るためという理由がある。開催日から展示されていないという情報が未来まで伝わっていなかったから、来てすぐ見ることができなかったのだろう。でもそれならば、着いてすぐに(予備のクルミをなくさないうちに)、その展示会の最終日を調べて跳べばよかったのではないか。本当に見たかったのならば、そう行動するはずだ。

ではどうして、そうしなかったのだろう。それはこの時代に来た目的が絵を見ることであり、それを済ませたら帰らなければならなくなるからではないだろうか。最大の目的だからこそ、それを猶予させることで、それまでの間この時代でやりたかったことを楽しもうと考えたのかもしれない。そして希望したとおり、高校に転入し、真琴や功介と友人になり、この時代の生活を楽しむことができたというわけだろう。

しかし予備のクルミを無くしてしまう。それに気付いた時には手首のカウントは残り一回であり、帰る分しか使えない。目的であった絵を見るために跳ぶこともできなくなったので、否が応でも展示されるまで自然な時の流れで待たなくてはならなくなったのではないだろうか。

ここでクルミを確実に持っていた頃に戻ればいいかもしれない。でもそれはしない。千昭は自然の時間の中で無くしたものを探している。その理由は、せっかく築いた二人との大切な友情をリセットしてしまうのをどうしても避けたかったからだと思う。


最後に、千昭が別れのシーンで、「未来で待ってる」と言った意味を考えてみた。未来と言っても幅がある。千昭が本来暮らしていた時代も未来だけど、真琴の明日だって未来には違いない。だから、こういう意味でも話は通る。「おまえに会いに、またやってくる。」

真琴が普通の時の流れの中でその再び出会う日をむかえるのに対し、タイムリープできる未来人の千昭からすれば、まるで先回りした感覚でその時間に現れるのであるから、「待っている」という表現でも間違いではないだろう。

再びクルミを手に入れることは難しいことかもしれないけれど、必ずもう一度真琴が暮らしている時代にやってくるという意味で「未来で待ってる」と真琴に言ったのではないかと思う。

一方真琴は、その言葉の意味をしっかり考えて答えたのではないだろうが、「すぐ行く。走って行く。」と答える。「待ってる」と言われれば、それが不可能な未来だろうとなんだろういちいち考えずに、とにかく行きたいと叫ぶのが、今の素直な真琴の気持ちだろう。

もちろん、この言葉は和子の真琴への助言を踏まえて僕たちに聞こえてくる。それは和子が真琴らしさだと言ってくれた言葉であり、真琴にはそういう人生を送ってほしいという願いでもあって、和子の生き方とはまるっきり違う人生を歩もうとしている真琴の未来を示す言葉でもある。

でもまた会うつもりならば、そもそも千昭は帰らないという選択をしてもいいわけだ。小説での一夫の場合は、薬を完全なものにするという明確な帰らざるを得ない目的がある。けれど千昭が自分の時代に帰るべき理由ははっきりとは描かれていない。

そこでセリフをいろいろ考え直してみると、止まった時の中での千昭の言葉に帰ることを先延ばしにしていたという事実がみえてくる。真琴が幸せなことだけタイムリープで繰り返し嫌な現実からは逃避していたように、実は千昭自身も真琴達との幸せな日々の中で現実に戻ることから逃避していたモラトリアムな共通項があるのがわかってくる。

未来に帰れるようにと、わざわざ未来から自分に会いに来てくれた真琴の気持ちが、千昭自身にも現実に向き合う決心をさせたのではないだろうか。だから千昭は、真琴と別れ帰っていくのだと思う。


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posted by takayan at 01:55 | Comment(6) | TrackBack(0) | 時をかける少女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

ゴールボール日本代表チームを応援しよう!!

そういうわけで、「見えない生活」のりえちゃんの所属するゴールボール日本代表は現在ブラジルで戦っています。
僕たちに感動を与えてくれた浦田りえさん、彼女の夢である北京パラリンピックの出場権をかけた重要な大会です。
みんなで、ゴールボール日本代表チームを応援しましょう!
大会結果の後続記事

偶然このページに来て、よく分からない人は、過去ログをどうぞ見てください。もちろん古い記事から読んでください。
・カテゴリー「見えない生活」


戦績などの最新情報は、次の日本ゴールボール協会のトップページで確認できます。

日本ゴールボール協会 - オフィシャルサイト

このサイトには、今回の大会についての特集ページ「第3回IBSA世界選手権大会」があります。「ゴールボール競技について」の詳しい説明もあります。まだ受け付けているのだと思いますが、参加費用などのための募金のページもあります。


この大会についてのもっと詳しい情報は大会公式サイトにあります。標準言語はポルトガル語ですが、下は英語の入り口です。

IBSA BRASIL2007

試合結果は、左にあるメニューのResultsで開かれるページで見られます。そこからGoalballと書かれているところのリンクを選びます。ただし結果や日程などほとんどがPDFファイルです。上記の日本語による最新情報の反映は早いので、わざわざこちらを見る必要は無いでしょう。


ゴールボール女子は13チーム参加で、A、Bの二つのグループに分かれて予選を戦っています。
日本は6チームで戦うBグループ。他の5チームは日本との対戦順で、韓国、スペイン、ウクライナ、オーストラリア、ブラジル。
この予選が、現地時間7月31日から、8月4日まで続きます。現在予選第三戦のウクライナ戦まで終わって、全勝。今のところ勝ち点9で単独首位。まだ予選突破は確定ではないですが、一番近い位置にいます。(追記)この時点で全敗チームが二つあるので、既に予選通過は確定でしたね。大会公式には参加者の得点表も出ているのですが、りえちゃんの名前は出てませんでした。日本の得点はこの時点Bグループ2位タイの12点を取っている小宮さんの活躍。

8月5日に、Aグループ上位4チームとBグループ上位4チームが逆順の組み合わせで準々決勝をし、その日のうちに準決勝。そして8月6日にメダルが決まります。

北京パラリンピック参加のためには、上位4チームに入らないといけないらしいので、現地時間8月5日昼(日本が一位通過ならば試合開始は現地16時予定)におこなわれる準々決勝での勝利が条件となります。


ここでは女子チームの情報しか書きませんでしたが、男子も参加しています。日本は柔道、陸上、ブラインドサッカーの競技でも参加しています。

頑張れ、ゴールボール日本代表チーム! 頑張れ、日本!

(追記)
日本代表に関しての記事を見つけたので、リンク追加。ゴールボールの様子がよく分かる写真もあります。
世界選手権に向けて ゴールボール代表の戦い 2007年07月16日 - 特定非営利活動法人 国際障害者スポーツ写真連絡協議会


後続記事(大会結果)
ゴールボール女子続報


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posted by takayan at 02:39 | Comment(5) | TrackBack(0) | 見えない生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月04日

デンスケブログパーツ

「電脳コイル」毎回見てる。

公式サイトで、電脳ペットのデンスケのブログパーツについてのニュース(7/24)があったので、リンク先にいってみた。そして張ってみた。CCレモンやデンスケをクリックすると動き出す。訪問回数によって、動作が違うみたい。

配布先:C.C.レモン デンスケブログパーツ


※追記
デンスケブログパーツは 2007/12/27で終了してしまった。
在りし日のデンスケの勇姿はこちら
さよなら、デンスケ


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posted by takayan at 19:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 電脳コイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月06日

ゴールボール女子続報

以前ここで紹介した、ゴールボール日本代表女子チームの続報。
もちろん、見てきたわけでなく、IBSA試合結果のページを読んでの報告。
IBSA ResultsGoalball全試合結果(英語) PDFファイル

ゴールボールチームは、現在ブラジル・サンパウロで行われているIBSA世界選手権大会に参加している。

現地時間4日、女子チームはBグループ2位で予選通過。残念ながら男子チームは予選通過ならず。

現地時間5日、準々決勝が行われ日本はイギリスと対戦し勝利、上位四チーム入り。

同日に行われた準決勝でドイツとの対戦となったが、おしくも2-1で負けてしまい。決勝戦ではなく、三位決定戦へと進むことになった。

三位決定戦は現地時間6日16:00の予定。

条件の四位以上確定なので北京パラリンピック出場できると思うのだけど、正式な報告は日本ゴールボール協会サイトから出るでしょう。

(追記8/8)
この投稿を書いたときはまだオフィシャルサイトでは何も書いてなかったので、遠慮した書き方をしましたが、現在既にはっきりと出てますね。それでは、

北京パラリンピック大会、出場権獲得おめでとう!!

この投稿の翌日に三位決定戦が行われました。相手は同じ予選Bグループ1位通過のブラジルチーム。予選での直接対決では日本が負けでしたが、この三位決定戦では4-4,PENALTY:3-1でした。(このPENALTYは日本ゴールボール協会サイトでは、エクストラスローと呼ばれています。)

日本チーム銅メダル獲得!!
(追記終わり)


よく調べるとアテネパラリンピック大会では、日本女子は銅メダルを獲得した実績のあるチームでした。今回のメンバーの半分がその大会のメンバーのようです。

でもやっぱり、心配しながら、結果を見てました。得点だけしか知ることができないのが残念です。下のリンクにあるような臨場感のある報告があれば、もっと楽しめたでしょう。
とにかく北京パラリンピックを期待してます。

アテネパラリンピック大会当時の記事
【ゴールボール女子】 日本、米に破れる。明日フィンランドと3位決定戦
【ゴールボール女子】 初出場で銅メダルの快挙


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posted by takayan at 23:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | 見えない生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

電脳コイル#13「最後の首長竜」など

実はいつも電脳コイルを見たあとは、理解するためにいろいろ疑問点や気付いたことを整理している。でもいつもまとまりがなくなってしまって、結局ここに投稿できなくなる。けれど物語も中間点にたどり着いたことだし、今回はいつもよりちょっと努力してまとまりをつけてみた。

なぜか、今回は見る前からのび太を思い出してしまうタイトル。今回の主役はデンパ。いつもダイチにくっついているのに、今回はダイチは出てこない。先の二回でダイチは土下座したり、発毛したり忙しかったから、今回は休みでいいや。でも、いないと話の雰囲気ががらっと変わる。今回の話は、優しい性格のデンパが、ダイチにも秘密に育てているイリーガルの首長竜の話。とても切ない物語。

「クビナガ」は古い空間の空き地に住んでいる。長い首だけを水面から出した恐竜のような、まるでネッシーみたいな姿をしている。地面の黒い部分を水面のように変化させて移動する。白い部分や日の光があたるところには入っていけない。このような古い空間がいままで残ってきたのは、サッチーが入ってこれないドメインの領域だったから。

デンパがこの場所を見つけたときには、まだこのイリーガルは何匹もいたのだけど、いつのまにか一匹だけになってしまった。誰にも秘密にしていたけれど、ハラケンとヤサコが例の日記が示す古い空間を探しに偶然この場所にやってきて知ることになった。

空き地で建設工事が始まることになり、首長竜をどこか安全な場所に移動させなくてはならなくなる。そこで、ヤサコ、フミエ、ハラケン、デンパが、新しい居場所へと「クビナガ」を連れて行こうとするが。。。



今週までの三回「沈没! 大黒市」「ダイチ、発毛ス」「最後の首長竜」は作品の流れを一休みして、イリーガルたちを中心においた話が続いた。最初の二回は。重大な事件なのだけどコミカルで楽しい雰囲気。今回も笑えるところはあるけれど、イリーガルに寄り添った視点からの、彼らが置かれている悲しい立場を描いている。

この三回は興味深いイリーガルが現れ、自然な形で子ども達がそれを観察していく。そうやって、視聴者も少しずつだけれどイリーガルというものへの理解がだんだん深まっていく話の作り。ついでにこの電脳空間の細かな設定も描写され、世界の理解も助けてくれる。

「沈没! 大黒市」。これに出てきた魚のイリーガルは、原始的な命としての特徴を持っていた。古い空間からダイチが釣り上げたイリーガルは、最初は見落としそうなくらい小さなものだったが、ダイチが電脳空間のテクスチャーを集めてきて食べさせるとどんどん大きくなっていく。

エサをやると大きくなるだけの単純なペット育成ゲームのよう。イリーガルは古い空間の中でしか生きられないけれど、この黒い「キンギョ」は自分の周りに水のような古い空間を作ることができ、その空間を泳ぐように動いている。

食べると段階的に空間も自分の大きさも成長させていく。やがて部屋に入りきれないぐらいに巨大化し、大黒市を埋め尽くすかの勢いで、古い空間を広げていく。これはぜったい巨大な人型兵器か宇宙人に解決してもらわないといけないような、人間の力では手に負えないような展開。我らがサッチーも出動するが、何の戦果もあげられず、あえなく巨大化したイリーガルに食い散らかされてしまう。結局はメガばあのワクチンソフトで難を逃れた。

「ダイチ、発毛ス」。これはダイチに生えた伝染性の「ヒゲ」の話。神社の軒下でダイチが文字化けした空間に指をつっこんで感染したらしい。実際の顔の皮膚に生えるのではなく、電脳空間上の身体の顔の部分に生えている。だからメガネで見ないと何も見えない。

女の子だろうと構わずに、次々にヒゲは人の顔に伝染し、町中大変なことになっていく。このヒゲは群棲型のイリーガルで、言葉を話し、知性を持っている。このイリーガルは顔の上で文明を発展させていく。メガバーが彼らの言語を翻訳するソフトを開発すると、ヤサコたちはヒゲに対して神の声としてコミュニケーションできるようになる。まるで文明育成ゲーム。

文明が発達すると、ヒゲ達はヒゲ同志で戦争を始めてしまう。核兵器まで作り上げる。ひとまず核兵器の撃ち合いが終わったかと思うと、今度は他の顔の上で生息しているヒゲ達と星間戦争を始めてしまう。自分たちの顔の上で際限なく続く戦争の中、ヤサコ達は戦争の虚しさを肌身を通して感じとる。

やがてヒゲ達も戦いの虚しさを感じて、神との対話を試みる。そこでヒゲ達から神達へ鋭い問いかけが投げかけられる。前回土下座までさせていた仲の悪いダイチとフミエにその言葉が突き刺さる。ヤサコはヒゲ達のための絶好の新天地を用意するが、やがて自分たちの居場所を求めて旅立ってしまう。

そして今回の首長竜。イリーガルは心を持っているかのように振る舞う。痛みを感じ、自分だけ生き残った孤独の中で寂しそうに生きている。そして最期のシーン。時間内に目的地にたどり着けず絶望的な状況の中で、「クビナガ」は仲間達の幻を見てしまう。そして痛みも忘れて暴走し、朝日の中で絶叫しながら溶けてしまう。この最期は壮絶過ぎる。その溶けていく姿と叫びを間近で見なければならなかったデンパがかわいそうすぎる。

この件にずっと距離を取りながら関わっていたフミエは、感情移入なんかしたら損なだけだと言いながら、声をあげて泣いていた。子ども達にとっては、イリーガルは命として認識可能な存在となってくる。今回の話は、今後このような特徴を持った別のイリーガル出現への布石になるんじゃないかと思う。

今回の子ども達の行動は、大人の知恵があれば何とかなったかもしれない。いままでずっとメガばあになんとかしてもらったから、今回もそうしてもらえれば、助かったかもしれない。ハラケンは大人びているし、フミエも高度なハッキング技術を持っている。けれど、彼らはやっぱり子どもなんだと思い知らされるような話だった。

大人ならばあらゆる想定をしてうまくいかないときの対処も考えて行動するだろう。でも子どもはうまくいくことだけを考えて行動してしまう。彼らは彼らなりに十分に考えて行動し、臨機応変に解決しようとした。けれど少年の日のどうすることもできない無力さを感じる切ない話。大人ならそう感じるだろう。


このようにこの一連の話でイリーガルの人工生命として特徴が描かれてきた。イリーガルが何者なのか、まだよくは分からない。偶然産まれたものなのか、人為的に作られたものなのか分からない。ただ想像を絶する多様を持っているのは確かだろう。成長し、文明も持ちうるし、痛みを感じる心もある、そのような命としての側面を持つことが分かってきた。

イリーガルは電脳空間の情報として存在であり、電脳メガネを通してしかその存在を知ることができない。純粋な情報としての存在なのに、知性やまるで心があるかのように振る舞う。なにかとてつもない謎を秘めているのは確かなんだけど、まだよくわからない。

デンパの持っていたイリーガルに対する優しさを、今回のことでヤサコたちも同じように持つようになっただろう。そこで今後イサコたちとイリーガルへの対応で対立が起きるのではないかと思う。なぜならイサコはイリーガルを下等生物と言い放っている。また争いの虚しさという経験ものちのち、役に立つことになるのだろう。


夏休みに起きたこのイリーガルにまつわる出来事は、本編からは逸れていたかもしれないけれど、子ども達の心の成長を描く大切な話になったのだと思う。



この三回で、その他、気付いたこと、気になったこと

・キョウコはヤサコと同じように古い空間を感じる能力がある。
・メガネで、空間のバージョンを調べることができる。
・新しい空間は5秒おきに更新され、古い空間は1分おきに更新される。その差を利用してテクスチャを剥がすことができる。
・ダイチの部屋のカレンダーは2026年のもの。
・ハラケンたちは、電脳空間ナビに接続していたイリーガルがいたかもしれないと、探している。
・イサコはイリーガルを下等生物と呼ぶ。
・イリーガルには、メタバグを食べて濃縮する性質のものや、今回のようにテクスチャーを食べるものもある。イサコが探しているのは前者。
・ハラケンのオバちゃん、原川玉子は、コイル探偵局会員番号二番。メガばあのこたつでしょんべん漏らした過去がある。
・オバちゃんは、メガばあをばばあと呼ぶ。二人の間には4年前に何か大きな因縁がある。
・メガばあに過去はない。未来に生きる女。(フミエ談)

・イリーガルは古い空間で、誤差の出やすい場所に出やすい(ダイチ談)
・ダイチはまだ生えていない。
・ダイチのファーストキスはキョウコに奪われた。おそらくデンパも。
・夏休みの登校日。新校舎に移転という張り紙がある。

・フミエは学習塾の夏期講習に通っている。
・フミエはドリンク剤飲んでる。
・ハラケンは病院に通っている。
・デンパは片側に補助輪のある自転車に乗っている。
・(クビナガやサカナのイリーガルについて)大きさを制御するプログラムがバグっている。(ハラケン談)
・大きくなりすぎた電脳物質は壊れやすくなる(フミエ談)大きいとそれだけサーバの負荷も大きし、イリーガルは違法にサーバを占有しているから、しょっちゅう小刻みに体を削除されているはず。ペットも体を細分化されて、あちこちで並列処理されている。どこのサーバもイリーガルの部品を見つけたら、すぐに削除する。
・オバちゃんは清純女学院の生徒。学生服の時はいつものメガネは付けていない。
・道路には街頭カメラがある。




次回は8/25「電脳コイル自由研究」
タイトルから、前半の総集編か、電脳世界の解説じゃないかと思う。
間が空くのは、高校野球中継があるからだろう。


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2007年08月13日

ペルセウス座流星群

流星2つ見えた。
今まで流星群が見えないかと30分ぐらい星空を眺めていた。
毎年恒例のペルセウス座流星群。今夜が極大。

カシオペア座の中で消える短いのと、北極星あたりで消えた明るくて長いのが見えた。

もっと見たかったけれど、大きいのが見えたから、これでいい。


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2007年08月14日

「ワープする宇宙」

いろいろ話題になっているようなので、買ってみた。まだ、前書きと序章しか読んでいないのだけど、ちょっとワクワクしてくる。頭のいい人のとても丁寧な文章だ。

内容は筆者リサ・ランドールが発表した5次元時空の解説書。序章の説明によると、その理論についてはもちろんだけど、そこにたどり着くまでの、時空や素粒子といった20世紀初頭からの空間をめぐる理論物理学の世界も、とても分かりやすい表現で説明していく。数式を使わずに、たとえ話を使って読者に分かりやすく伝えていく。

リサ・ランドールLisa Randallはハーバード大学の理論物理学の教授。プリンストン大学物理学部の終身在職権を持つはじめての女性教授。1999年サンドラム博士とともに「warped extra dimensions」を発表した人。

この本の英語の原題は、Warped Passages。日本でワープというと、やっぱりSFのワープ航法のワープを思い浮かべてしまうだろう。空間をねじ曲げ短絡させて光速を越えて移動する空想上の移動方法。この本のタイトルのワープは、その航法の名前の由来である空間の歪曲を示す言葉。空間が歪曲しているということはどういうことかは、詳しくは読んでみないと分からない。

他方passageは通路とかいう意味をもつ言葉だけど、リサ・ランドールが使う場合はまた別な意味になる。この本ではパッセージは、余剰次元の呼び名として使われている。次元らしく方向をイメージさせる言葉が選ばれている。この言葉が表しているものがどんなものなのかは、やっぱり、読んでみないと分からないだろう。

とにかく、「歪曲した余剰次元」が原題の意味するところとなる。もちろん、曲がりくねった通路とか、そういう意味もこのタイトルには重ねられているのかもしれない。最後まで読んでみないと分からないだろう。いや、最後まで読んでも僕に分かるかはまだ分からない。

日本では「ワープ」という言葉に歪曲したという意味を連想する人がそんなにいるかどうか疑問だ。それも「ワープした」ではなく、「ワープする」という表現が、より一層誤解させてくれる。

もちろん、分かってて狙ってるんだろうな。「歪曲した余剰次元」なら、まさに学術書としか思われないし、字義どうり訳しても何の話かさっぱり分からないし。読んでいけば、ワープする宇宙でも、内容的には間違いないなって思えるのかもしれない。


しばらくこの本を楽しもう。まとめたくなったら、書こうと思う。





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posted by takayan at 04:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | ワープする宇宙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

ワープする宇宙1

やっと、第一部を読み終えた。
ここには、序章から第四章までが含まれている。

第一部の内容は。次元というものは何なのか、この世界に他の次元があってもそれを感じられないのはどうしてなのか。それらに対して単純なイメージを示しながら、おおまかな解説をしていく。そして第四章で、「ひも理論」との違いや問題点を指摘しながら、現代の理論物理学がどのように形成されてきた道筋を示して、次の第二部以降へと誘う。

各章の冒頭には引用があり、四つとも歌詞からのものだ。
英語の原文を探してみた。原書からではないので、間違ってるかもしれない。

Fleetwood Mac - Go Your Own Way
You can go your own way
Go your own way

Jefferson Starship - No Way Out
No way out
None whatever

Elvis Presley - Stuck On You(日本語タイトル:本命はおまえだ)
I'm gonna stick like glue,
Stick because I'm
Stuck on you

Kraftwerk - The Model
She's a model and she's looking good


日本語訳でもだいたい分かるが、その章に関係ある言葉が使われている。本文ではタイトルが書いてなかいけれど、どれも曲のタイトルそのものがその言葉だ。ちなみに全部Youtubeにあがってる。


各章の概要をまとめてみる。

第一章は、次元とは何か、低い次元から高い次元のものを見るということはどういうことかが書かれている。

次元とはその空間内の点を表すために必要な数値の組のこと。私たちの空間の位置をあらわすためには三つの数字の組が必要にある。ただ点だけが示されればいいわけではなく、点と点の距離を測る物差しのような基準が必要になる。これはメトリック(metric、計量)と呼ばれる。同じ次元の数であっても、空間が曲がっていればメトリックが違ってくる。例えば平面と風船の表面上の点は、どちらも二次元の座標で表されるが、メトリックが違う。つまり、次元の数とメトリックによって空間は記述される。


1844年にイギリスの数学者エドウィン・A・アボットEdwin Abbott Abbottが書いた小説「Flatland」を元に話を進んでいく。注によるとこのFlatlandは日本でも翻訳、出版されたが既に絶版になっている。
Flatland - en.Wikipedia 英文による解説
Flatland - Project Gutenberg 原文

この小説は、二次元宇宙の住人が見るその世界や他の次元の世界を描いたものだ。この物語を例に取りながら、高次元の見え方を説明する。自分よりも高い次元のものを見ようとしても、直接は不可能なのだから、断面としてや射影としてしか見ることができない。ただ見えている情報を蓄積することで、高い次元を推測していくことはできる。


つづく


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posted by takayan at 22:56 | Comment(0) | TrackBack(1) | ワープする宇宙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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