2014年08月07日

『物の本質について』と《ヴィーナスとマルス》(3)

次は、10行目から13行目です。原文は次を使います。

Nam simul ac species patefactast verna diei
Et reserata viget genitabilis aura favoni
Aeriae primum volucres te diva: tuumque
Significant initum perculsae corda tua vi.

本来の意味をまとめて訳すと次のようになります。一般的な訳の根拠が分からなかったので、それとはちょっと違う物になってしまいました。

空の春の眺めが覆いを取り除かれると同時に、
閂を外された、物を生み出す西風の息が力強くなると、
まず鳥たちが聖なるあなたのせいで飛び回る
あなたの力によって鳥たちの心が打ち負かされたことが、 あなたの到来を明らかにする。

春らしい青空となり、同時に強い西風が吹き始めると、まず鳥たちが飛び回り、ウェヌスの到来を知らせてくれるという一節です。これはときどき《プリマヴェーラ》の元になっているなどと言われる第5巻の一節、たいていウェヌスの先触れはクピドであると間違った解釈がされているあの部分を思い出させます。これも春と西風、そしてウェヌスの到来を踏まえている文章です。


今度は細かくこのラテン語の意味を調べていきます。

nam simul ac species patefactast verna diei

namは接続詞で「なぜならば、例えば、一方で」等。simulは副詞で「同時に、同様に」。acは接続詞で、「そして」など。speciesは女性名詞species「見ること、出現、眺め、姿、美しさ、輝き」の単数主格/呼格、複数主格/呼格/対格もしくは、動詞specio「見る」の二人称単数未来。patefactastは動詞patefacio「開く、覆いを外す」の完了分詞女性単数の主格/呼格/奪格か中性複数の主格/呼格/対格。vernaは名詞verna「奴隷、使用人」の単数主格/呼格/奪格、もしくは形容詞vernus「春の」の女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格、動詞verno「春の準備をする」の二人称単数命令。そしてdieiは名詞dies「日、空、昼間」の単数属格/与格。

この文章には主動詞がありません。おそらくsum(be動詞に相当)が省略されています。主語は女性名詞単数のspeciesとして、まずこれに形容詞vernusが女性単数主格vernaとなって修飾しています。さらに名詞diesは単数属格dieiになって、speciesを修飾しているとします。diesを「空」、vernusを「春らしい」と訳します。speciesは「眺め」とします。動詞patefacioの意味は、雲に覆われた空から春の日差しが広がっていく様子を表しているとします。したがって「空の春の眺めが開かれると同時に、」とします。

それでは絵に合わせます。patefactastという単語が気に掛かります。「覆いをとった」という意味が、マルスの半裸な姿を示しているかもしれません。しかし、これはやってもうまく解釈できませんでした。残りの単語がうまく絵の描写を表せません。結局行き着いたのがそのまま訳すということでした。patefactastで女性単数主格のspeciesを修飾していると考えて、「開けた景色が」と解釈します。この絵の真ん中のサテュロスの背景が開けた風景になっているので、species patefactastがこの描写を表していると考えてみます。

残りはverna dieiです。vernaは名詞verna「奴隷」とも見ることができます。これを奪格とみなせば風景の見える場所をvernaが示していると解釈できそうです。問題は意味です。子どもたちを奴隷と呼ぶのでは困ります。しかし現時点ではうまい表現が見つからないので、この意味を保留して、次のdieiを考えてみます。名詞diesの意味は日、日光、空、昼間などです。この開けた風景のそばの人物でdiesに関連する描写といえば、クピドの被っているヘルメットの反射光です。dieiを単数属格と考えてvernaを修飾しているとすると、「日光の奴隷のところに」となります。この属格は性質を表していると考えます。分かりやすくすると、「日光を反射している奴隷のところに」となります。

vernadiei

さて、vernaが誰を示しているのかがはっきりしたので、クピドの描写に合う奴隷以外の意味を特定してみます。イタリア語でのvernaの意味を書き出してみると次のようになります。「schiavo nato in casa,schiano nato, mascalzone, canaglia, buffone,」。この中で使えそうなのがbuffone「道化師、おどける人」です。兜を深く被って、兵士のまねをしている彼は、顔の表情は分かりませんが、ふざけている、いたずらっ子に思えます。つまり、verna dieiは「日光のいたずらっ子のところに」となります。そして、全体をまとめると次のようになります。

そして日光のいたずらっ子のところに開けた景色があると同時に

at that same time that the opened landscape is near the buffoon of daylight


et reserata viget genitabilis aura favoni

etは接続詞で「そして、また」。reserataは動詞resero「閂を外す、覆いをとる」の完了分詞の女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格。vigetは動詞vigeo「元気である、活発になる」の三人称単数。genitabilisは形容詞genitabilis 「命をもたらす」の男性/女性の単数主格/呼格、単数属格、男性/女性の複数対格。aura は女性名詞 aura 「風、息」の単数主格/呼格/奪格、もしくは中性名詞 aurum 「黄金、金貨」の複数主格/呼格/対格、それか動詞auro「金メッキをする」の二人称命令。favoniは男性名詞Favonius「ファヴォニウス、西風」の単数呼格/属格か複数主格。ファボニウスは、ギリシャ神話のゼフィロスに相当するローマ神話の神です。

動詞はviget(三人称単数)なので、単数主格となりうるものを探すと、reserata(女性単数主格)、genitabilis(男性/女性の単数主格)、aura(女性単数主格)で、これらは一つにまとめることができます。残ったfavoniは風の神なので、属格としてauraを修飾していると考えた方が良さそうです。訳は擬人化して、「ファボニウスの息」とします。まとめると「そして閂が外された命をもたらすファボニウスの息が強くなる。」となります。reserataの意味が分かりにくいですが、まるで今までせき止められていたかのように、風が一気に吹き始めることを表しているのでしょう。

絵に合わせた解釈は次のようになります。動詞はvigetで決まりです。しかし主語となり得るものはいろいろあります。reserata、genitabilis、auraをいろいろ組み合わせたもののどれかが主語となります。その中で、答えとなるものは絵のどこかに描かれているはずです。いろいろな可能性を考えました。その一つがgenitabilisの名詞化、「命をもたらすもの、受精させるもの」です。その考えを頭の片隅に入れて、この絵を眺めていると、ウェヌスの後ろの木々の当たりに、勃起したペニスのようなものが描かれていることに気付きました。gentabilisという単語の意味を調べていなかったら、このことには気付かなかったでしょう。動詞vigeoの意味はイタリア語だとessere vigoroso、英語だとbe vigorousとします。つまり、genitabilis vigetで「受精させるものが元気である。」の意味となり、ウェヌスの頭の後ろの木の枝の表現を示しています。

この近くを見てみると、金髪の中に目が埋め込まれている描写があります。これもこの句の単語を連想させます。分詞reserataの元になる動詞reseroのイタリア語の意味の一つにaprire「開ける、目を開ける」があります。auroは中性名詞aurum「黄金」とも解釈できます。そしてこの金髪はウェヌスの他の髪と違って、風に吹かれたように大きく波打っています。この描写もfavoni「そよ風」を連想させてくれます。この句の単語が見事にこの領域に集まっています。

genitabilis

 

あとはこれらの単語を文法的にも、描写的にも整合性のとれた組み合わせで解釈できればいいわけです。完了分詞reserataと名詞auraは中性複数主格/呼格/体格で一致させることができます。主語は既に決まっているので、これは対格になります。意味は「目を開かされた黄金のものたちを」となります。favoniは神の名前としてではなく、金髪を揺らしている「そよ風」とします。属格とみなして、黄金を修飾していると考えます。これも合わせると、「目を開かせられたそよ風の黄金のものたちを」となります。そしてこれらをgenitabilisの目的語とみなします。これは形容詞ですが、元になった動詞gignoの変化したものだと考えて、その目的語とします。まとめると次のようになります。

目を開かせられたそよ風の黄金のものたちを受精させるものは元気である。

the thing that fertilize eye-opened gold objects of breeze is vigorous.

変な英語ですが、ラテン語をどのように解釈したいのかは伝えられると思います。


aeriae primum volucres te diva:

aeriaeは形容詞aerius「飛ぶ」の女性単数の属格/与格か女性複数の主格/呼格。primumは副詞で「まず最初に」、もしくは形容詞primusの中性単数の主格/呼格/対格、もしくは男性単数対格。volucresは形容詞volucer「翼のある、空を飛べる」の複数主格/呼格/対格、もしくは女性名詞volucris「鳥、飛ぶ生き物」の複数主格/呼格/対格。teは代名詞tu「あなた」の単数対格/奪格。divaは女性名詞diva「女神」の単数主格/呼格/奪格、もしくは中性名詞divum「空」の複数主格/呼格/対格、もしくは形容詞divus「神の、神聖な」の女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格。

これにも動詞がありません。これもbe動詞が省略されていると考えてみます。primumは副詞と考えます。主語は女性複数主格volcuresで、aeriaeは同格で補語になっていると考えます。te divaは女性単数奪格で原因を示しているとします。まとめると「聖なるあなたのせいでまず最初に鳥たちが空を飛ぶ。」

絵に合わせて解釈します。この句はそれほど難しくはありません。ここでもprimumは副詞とします。この文の主語はvolucresです。volucrisは本来の訳では「鳥」としていますが、この言葉は空を飛ぶ虫も表します。そう、「蜂」も表せます。したがってariae volucresは「飛んでいる蜂たちが」となります。te divaは単数奪格で場所を示しているとします。

aeriaevolucres

まとめると次のようになります。

まず神聖なあなた(マルス)のところで飛んでいる虫たち(蜂たち)がいる。

the flying insects (bees) are near divine you (mars).



tuumque significant initum perculsae corda tua vi.

tuumは形容詞tuus「あなたの」の中性単数の主格/呼格/対格か男性単数対格。significantは動詞significo「示す」の三人称複数現在。initumは動詞ineo「入る、引き受ける」の完了分詞の中性単数の主格/呼格/対格もしくは男性/単数/対格、もしくは名詞initus「入場、開始、入り口」の男性単数対格。perculsaeは動詞percello「突き刺す、打ち負かす」の完了分詞の女性単数の属格/与格か女性複数の主格/呼格。cordaは中性名詞cor「心臓、心」の複数主格/呼格/対格。tuaは形容詞tuus「あなたの」の女性単数の主格/呼格/奪格か、中性複数の主格/呼格/対格。viは女性名詞vis「力」の単数処格/与格/奪格。

主動詞はsignificantで三人称複数現在。これにより主語は複数でなくてはなりません。候補としては名詞化した分詞perculsaeか、中性名詞cordaです。二つは性が違うのでこの分詞でcordaを修飾することはできません。そこでcordaを複数対格とし、percelloの目的語と考えます。それが分詞化しさらに名詞化して主語になっています。つまり、「心を打ち負かされたことが」が主語になります。主語が決まったので、tuum initumは対格で意味は「あなたの到来を」となります。同様に主語になれなかったtua viは女性単数奪格となり、 意味は「あなたの力によって」で、perculloの原因を表します。主語の心は誰の心かというと、直前の行のvolucres(鳥たち)のものです。まとめると本来の意味は、「そしてあなたの力によって打ち負かされた(鳥たちの)心があなたの到来を明らかにする。」となります。春となり鳥たちがせわしくさえずりながら飛び回るのは、ウェヌスに打ちのめされた、つまり恋をしたからだとみなしている表現だと解釈します。

今度は、絵に合わせた解釈を考えます。この絵を見せられてperculsae cordaの意味を考えると、どうしても槍を胸の高さで抱え込んでいるサテュロスたちが気にかかります。ちょうど心臓のところを槍に串刺しにされているかのように描かれているからです。法螺貝を持っているサテュロスにいたっては見ようによっては槍が体に刺さっています。しかしそれでは後が続きません。perculsaeが女性形だからです。ではどうするかといえば、絵の中の叩き潰されたものをperculsaeと呼ぶことにします。それは何かというと、木の幹で潰れている蜂です。叩きのめされて、そこに潰れて張り付いているわけです。単数なので、格は属格か与格のどちらかですが、まだここではわかりません。そこで、この木には枝を切った後にできた穴に注目します。この穴の周りには蜂が飛んでいて、この穴が蜂の巣の入り口であることがわかります。したがってこれをinitumで表せます。これを踏まえると、parculsaeは単数属格となります。そして本来の解釈ではこれに形容詞のtuumがくっついています。しかしこのままだと「あなたの入り口」となり、ちょっと意味が通じません。そこで「あなたの」ではなく、「あなたのそばの」と解釈します。ここまでをまとめると、「叩き潰されたもののあなたのそばの入り口を」となります。もちろんこの「あなた」はマルスです。

significantinitum

tua viは、この場合手段を表す奪格と考えて「あなたの武器によって」となります。マルスの武器である子どもたちが持っている「槍」を表していると解釈できます。この奪格は動詞significo「示す」に結びついて、先ほど意味が分かったinitumを目的語として指し示しています。問題はこの文の主語です。内容的に槍を持っている子どもたちが主語になってほしいのですが、残っている単語はcordaだけです。主語が省略されているとしてもいいですが、それだとcordaがどうしても残ってしまいます。cordaが子どもたちを表すことができると都合がいいです。そう思って、名詞corの意味を調べてみると、英語で、sweetheartというぴったりの言葉が見つかりました。つまり、「愛しい者たちが」と解釈すれば子どもたちを表せるでしょう。まとめると、次のようになります。

叩き潰されたもののあなた(マルス)のそばの入り口をあなた(マルス)の武器によって愛しい者たちが示している。

sweathearts indicate the entry of the struck near you (mars) by your (mars) forth


目を開いた金髪、元気なペニス、潰れた蜂などは、この解釈を元にしなければ、説明され得ない描写でしょう。この絵はボッティチェリの他の神話画のような異様な描写はあまり目立たない、まともな絵のように見えますが、やはり、この絵も細かく見ていくとこういう奇妙な描写がちりばめられています。



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posted by takayan at 02:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヴィーナスとマルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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