2007年11月29日

「ちりとてちん」が面白い

もう二ヶ月目が終わろうとしているが、連続テレビ小説「ちりとてちん」毎日楽しみにみている。土曜日午前に見られるときには、一度見ているのにBS2で一週間分まとめて見ている。

女性が主人公の朝ドラだからいままで落語の話なんてのはできなかったのだろうけど、上方落語というのはとてもいい題材を選んだものだ。いろんな落語の話が下敷きにあって、それが話に奥行きを作ってくれる。

昨日の話はヒロインの喜代美が一皮むける話だった。その過程で幼なじみのエーコの心を深く傷つけてしまう。それはとても痛々しい代償だけど、喜代美が大切なものに気付いていく過程が、とてもよく描写されていく素晴らしい回だった。何もしてなさそうで、ちゃんと弟子の心の成長を厳しく優しく見守っている草若師匠の言葉や態度は、まるでドラマを見ているこちらにも向けられているような感じにさえなる。師匠が出してくれたお茶がとてもおいしかったと喜代美が何気ないそのことに気付く所からの展開がとくにすごかった。そして紋の入った扇子を渡され、喜代美はやっと稽古を許される。本当に良かったねと言いたくなる。


何をやっても駄目なヒロイン。何かやろうとしてもちょっとした挫折で投げ出してしまうヒロイン。何か大きな夢があるというわけでもなく、いままでの自分を変えなくてはいけないと思いながらも、何も見つけられずに周りに流されて、その場その場をだだ過ごしているだけという感じのヒロイン。

そのうえ、字は違うけれど同姓同名の幼なじみの存在。可愛く頭も良く社長令嬢で人気者の、自分とまるっきり正反対の清海(キヨミ)、エーコがいる。もう八方ふさがりだ。誰だって現実にそんな存在がいたら、こんな苦しいことはないと思う。何をやっても駄目な上に、必ずエーコが悪意もなしに微笑みながら軽々とその上を行くわけだから。もっと憎たらしい女の子だったらどれだけ気が楽だったろう。

そんなビーコが、エーコと関わりのない、エーコと比較されない落語という世界を、自分の居場所をやっと見つけることができたのに、またそこにエーコが現れてしまった。一門のたまり場になっている居酒屋にエーコがやってきた。すぐにみんなと馴染んでその場のヒロインになってしまう。ビーコはもう耐えられなかったんだろうな。一方的にビーコは爆発してしまった。最初、周りも怒りを向けられているエーコも何が何だか分からない状況。エーコは、自分が突然非難され傷つけられたことよりも、自分がその場に来たことがビーコを傷つけてしまっていることを察して、そこを去っていく。草々はそんなことをしでかしたビーコを自分のことしか考えていないと怒鳴りつける。師匠は草々をたしなめる。

この物語で一番強く主人公を形作っていた感情があふれ出すシーン。この主人公には夢や希望があったわけではない。天性の才能があったわけでも、幸運を引き寄せる不思議な力を持っていたわけでもない。その代わりにあったのは、この深い深いコンプレックスだった。本当はこの物語、とっても強い負の力が動機付けになっている朝ドラらしからぬ話だったりする。そういう夢や希望というものとは真逆の心情が、やがて昇華し未来の彼女を形作っていく物語なんだな。

もちろん、それだけじゃ駄目だ。幼い頃のおじいちゃんとの短かったけれど幸せだった思い出は掛け替えのないものだし、それが結局、落語へと導いてくれた。和久井映見をはじめとする田舎の家族も温かく支えてくれる。田舎にいる的確な助言をしてくれる親友の順子の存在も大きい。草々兄さんへの想いもある。理想の女性像としてあこがれているフリーライターの奈津子さん。師匠をはじめ徒然亭一門のみんなや、近所のひとたちも。そういう周りの人々に支えられ成長する物語でもある。それでもやはり、このコンプレックスは主人公とこの物語を形作る大きな柱だ。


小学生の頃、周りが同姓同名の二人を区別するために付けたエーコとビーコという名前だけれど、それがとても強い序列を表していることにエーコは気付いていないんだ。頭のいいエーコでも、幼いときに名付けられて、あまりにも当たり前にエーコ、ビーコで過ごしてきたからそのあだ名が意味することを改めて考え直すこともなかったんだろう。でも、今回のことでエーコも気付くかもしれない。エーコがビーコを喜代美と呼ぶようになれば、エーコの心にも起きた成長を表すことになるんだろう。まあビーコから卒業できたとしても、その暇もなく喜代美は芸名を付けられて、また別の名前を背負って、新たな人生を歩むことになるんだろう。

このまま仲違いをしたまま現在まで引きずるような話を作っていってもいいれど、エーコもビーコもそれは似合わないし、このドラマにもそういう根深いトゲのような設定は朝から苦しいので、お茶を出してくれた師匠の助言にしたがって、二人の間は近いうちにすっきりさせてくれるだろう。そう期待してる。

とにかく、今回は主人公の鬱積した内面を描いてはいたれど、基本は、笑いあり、妄想ありの楽しいドラマ。だから見続けていられる。特に和久井映見の登場するシーンはどれもいい。


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2008年03月24日

ちりとてちん最終週(146)

最終週のタイトルは「笑う一門には福来る」


「ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます。」と月曜日冒頭お決まりの上沼恵美子の口上。今日は最後の月曜日、この口上もこれが最後か。なんて終わってしまうのが名残惜しいドラマなんだろう。NHKを見ていて度々流れた予告スポットでなんかかなりのネタバレをしているようなんだけど。それから予測できる通りでも、それもまた楽しみだ。いろいろあった問題もほとんど回収できて、もうあとは、最終回をめでたく迎えるだけ。

いや最後の最後に重大な問題が残ってるぞ。ビーコは貫地谷しほりから上沼恵美子に変身するのかどうか。これは重大な問題ではないだろうか。上沼恵美子のナレーションは、常にビーコの視点で語っているわけだから、上沼恵美子が年を取ったビーコであることには間違いないだろう。でも物語が現代に追いついても年齢的には上沼恵美子が演じるような年齢には達しない。絶対に無理がある。

今日のエーコとビーコとの会話の最中、ナレーションで数年後二人は喜六と清八のように楽しく温泉に出かけたりするようになるって言ってたけれど、今2006年の設定なのに2007年や2008年にそんなことをしていることを「数年後」っていう表現は日本語としておかしい。やっぱり上沼恵美子は未来からナレーションをしている設定になるのか。

「ふたりっ子」では現在よりもさらに進んで未来の物語になったけれど、ちりとてちんは映像で未来の上沼恵美子の姿になったビーコを描かなくてもいいよ。主役の役者が変わるとすべてを持っていかれる感じになるから。たとえ未来を描くことになっても入れ替わることなく、最後までビーコは貫地谷さんのままでありますように。



今日もいくつもいいシーンがあった。ビーコと、社長になって今やずけずけモノが言えるようになったエーコの漫才みたいな会話もよかったし、その後に続いた草原兄さんから小草々まで順に膝を叩きながら、落語の一説一説をつないでいくところ。これも落語の楽しさと和気藹々の草若一門のチームワークの良さが伝わるいいシーンだ。

小浜の作業場、エーコの父の秀臣と、ビーコの父の正典の二人が、互いに正直に礼を言い合うシーン。話はいつか妙な方向に。若狭塗り箸の兄弟弟子の二人が、どうして娘に同じ名前をつけてしまったのか。その真実を最後の週でばらしてくれた。これは男二人だけの場面でしか語れない事実だな。このときの松重豊の顔を見合う表情がいい。

そして、夕焼けの中、常打ち小屋の正面に「入」の字になるように掲げられた二膳の大きな若狭塗り箸、それを草若師匠の弟子五人で見上げるシーン。ここで語られるのは、若狭塗り箸と落語との共通点の話。どうしてここに箸を掲げるのかという話。これはこのドラマの中心にあって、主人公たちの生き方を支えてきた真理でもある。皆が今から動き出す常打ち小屋への想いを語ったあと、ヒグラシが鳴き、皆がそちらへ振り向くシーンもいい。構図がとてもいい。

そして若狭がある名前を思いつく。お披露目二週間前なのになかなか決まらなかった常打ち小屋の名前。その言葉を聞いて家の中に帰りかけた皆が振り返る。今日はそれでおしまい。


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2008年03月27日

ちりとてちん(147)

火曜日のあらすじと感想

昨日の話の最後で、若狭がこの常打ち小屋の名前を「ひぐらし亭」にしてはどうかと思いついた。
そのことを若狭が誰かに話す場面から始まる。最初、若狭が誰と話しているのか分からないのだけど、カットが切り替わると数年経ってちょっと雰囲気の変わった奈津子だった。先週の話で、めでたく肉じゃが女になることのできた奈津子さん。若狭の叔父の小次郎と結婚したので、若狭とは親戚になった。

そういえば、この人が塗り箸の取材にビーコの和田家を訪ねてきたことから、このドラマが大きく動き出したんだっけ。
ビーコが小浜を飛び出して大阪に向かったのも、大阪に仕事のできる女性としてあこがれていた奈津子が住んでいたからだった。ビーコの理想の女性像だった奈津子は、実は、部屋を散らかしっぱなしだったり、ビーコに負けず劣らずコンプレックスの固まりだったりしたのだけれども、それでも大阪に出てからのビーコにとっては、お姉さん代わりの頼れる相談相手だった。人生経験の多さからか、フリーライターという仕事からか、人間観察には鋭いところがあった。奈津子とビーコの場面はこれが最後ではないだろう。女流落語家・徒然亭若狭の成長を取材し続けている奈津子は、まだまだ仕事をしてもらわないといけない。

草々は、柳眉と尊建に「ひぐらし亭」という名前のことで相談している。草々とこの二人は、かつて若手実力派の上方落語三国志と並び称されるライバルだった。落語なので競い合う場面というのがあるわけではないけれど、徒然亭一門が高座に上がれない不遇の時代、草々はかつてのライバルたちに後れを取っていることを悔しがったりしていた。彼らは草々にとって徒然亭の外の落語界とつないでくれていた存在だった。ひぐらしは徒然亭の紋に使われているので、徒然亭に偏っていると嫌う先輩たちがいるかもしれないが、二人はこの名前にすることに協力すると約束してくれた。これがこの上方落語三国志のドラマの中での最後の場面になるのだろう。実力のある三人がそろうことで、徒然亭だけでなく、上方落語のみんなでこの場所をもり立てていくことをあらわしているシーン。それにしても鼻毛て。

若狭が妊娠していることが分かった。「寝床」の熊五郎が常打ち小屋のオープン向けに試作した弁当を食べている途中、若狭がウッときたのでひと騒動起きてしまった。病院で診てもらい若狭は菊江さんと草若邸に帰ってきた。待っていた草々や兄弟子たちに報告し、それから師匠の遺影にも報告した。このとき草々は子供の名前は落太郎か落ち子にするとか言ってたが、実際どんな名前になるんだろう。

若狭は電話で小浜の家族に妊娠したことを報告する。実家のみんなも盛り上がる。妄想のあと。すぐにお母ちゃんがやってくる。小浜と大阪だから、距離は十分あるはずだけど、いつものことだからもう慣れた。朝ドラではよくあること。ちりとてちんでもよくあった。それが、おかあちゃんがどんだけ喜代美のことを大切に思っているかを示す描写になるので、おかあちゃんが現れるだけでぐっと来る。自分の娘の元に飛んでいきたい気持ちがそのまま映像になる。

喜代美はとても幸せそう。お腹に手を当て、産まれてくる子のことを思っている。布団の中でいつのまにか寝てしまうが、その幸せな寝顔の喜代美をおかあちゃんが優しくなでてやる。言葉はないけれどこれだけで、どんな言葉よりもおかあちゃんの気持ちがほんとうによく伝わる。料理に手をつけないまま寝てしまったのでラップを掛けようとするとビリッと破く音かしてしまう。喜代美が起きてしまわないように静かにラップをカットしようとする仕草が、糸子さんらしくてたまらなくいい。

ドラマ当初、ビーコが小浜から旅立ってしまうと、糸子さんの出番が減ってしまうのではないかと、残念に思った。実際登場人物も増えて、糸子さんの出番も減ってしまったけれど、それでも糸子さんの場面はいつもいい。


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ちりとてちん(148)

水曜日のあらすじ、および感想

冒頭から高座の若狭。ここは常打ち小屋の舞台だから、もう昨日の放送からそれだけ時間が進んだのか?
すると、舞台の袖から女の子が出てくる。昨日の若狭の妄想の中に出てきた娘(子供時代のビーコ役をやったのと同じ女の子)。
落語の途中なのに、その子はかまわず入ってくるが、若狭の方も落語を中断してそのまま話しこむ。若狭が叱ると女の子は泣き出してしまう。さらに舞台の脇から無精ひげを生やしてすさんだ草々も怒鳴りながら出てくる。なんかちょっと悲惨だな。これはきっと夢だ。昨日はビーコが眠りにつくところで終わったから、その夢の中だ、きっと。そう思ってみていると、場面が突然切り替わり、現実に戻る。徒然亭のみんなで話し合いの途中だった。夢ではなく妄想か!冒頭から何の前置きもなしに始まるとは。最終週らしく若狭の妄想は視聴者まで巻き込んでくれる。

舞台挨拶についての話し合いの途中、若狭は気分が悪くなる。つわりがひどそう。常打ち小屋の初日は無理じゃないかと心配して声を掛けられる。大丈夫だと振る舞う若狭。話し合いの中で若狭は今度の舞台で創作落語ではなく「愛宕山」をやってみたいという。愛宕山は若狭が最初に出会った、思い入れのある落語。若狭は、最近落語に対して感じる違和感を皆に話し、この落語をすることで落語にもう一度向き合いたいと言う。創作落語をするのか若狭に確認した四草は、若狭の落語に対する心の変化に気づいているのかもしれない。

場面は変わって、小浜の魚屋食堂。そこに小梅ちゃんが入ってくる。ビーコのおばあちゃん。製作所の和田夫妻が来ている。ドラマ当初は小梅ちゃんは製作所の秀臣をとても憎んでいたが、いまでは完全にそのわだかまりはとれている。こういう気さくな会話をちゃんと最後の週に入れてくるのは分かりやすくてとてもいい。和田製作所の息子はいろいろあって魚屋食堂の娘順子と結婚して食堂の跡取りとなっている。和田夫婦は息子の焼く魚を待っている様子。店の中には、順子と、その父もいる。その父が自分も秀臣のように隠居したいが跡取りの腕がまだまだと言うと、みんなに笑いが起きる。そこにうわさ話の好きな順子の母がやってきて、ビーコちゃんがおめでなんでしょと小梅ちゃんに話しかける。このお母さんの噂好きという特徴をそれも主人公の噂を運んでくるところがなかなか気の利いた展開だ。小梅ちゃんもうれしそうに認める。それを聞いて順子が何かを思う。これが魚屋食堂の最後のシーンなのだろう。小浜のみんなのことをこの一場面の中にきれいに描ききっているのがすごいな。

場面は草若邸。練習する若狭。つわりがひどそう。そこに小次郎おじちゃんが、おめでとうをいいに来た。話をしているうちにまたお金儲けのこと考えて入るんでしょうと若狭に指摘されると、小次郎がいつものようにふてくされる。それを見た若狭が急に妄想を始める。小次郎と同じようなふてくされた仕草をしている娘の姿。最近の妄想は、楽しいのは変わりないが、ちょっと悲観的な妄想ばかりだ。物語の最初の頃はそんなのばっかりだったと思うけれど、若狭の成長に伴い明るく楽しいものへと移っていったのにまた逆戻り。妄想が悲観的なのはつわりがひどく不安定な若狭の状況を表しているのだろうか。結局小次郎は練習が忙しいからと追い返されてしまう。主人公との小次郎との一対一の絡みはこれで終わりかな。何かまた一騒動あってもいいけれど、こういう感じシーンで終わるのもこの人らしくてありだけど。

今度は、糸子母さんがそばをもって若狭のところにやってくる。昨日の回で小浜から駆けつけてずっとこちらにいるのだろう。そばは栄養があるから食べなさいと忍者の携帯食だった話をする。喜代美はそばを食べきるが、そのあとこっそり台所で吐いてしまう。

夕方、若狭が草々に稽古をつけてもらう場面。そこにまた糸子がやってくる。そして糸子は草々に若狭を休めてやってくれと頼む。若狭は何ともないと否定するが、お母ちゃんにはそばを吐いたこともすべて気づかれていた。常打ち小屋は師匠の夢だからどうしても役に立ちたい、自分の体のことだから自分がよく分かると言い張るが、糸子はあんたは昔お母ちゃんのおなかの中におったんやからおかあちゃんには分かると言われる。草々も若狭とおなかの子が一番大事だからと糸子の提案を受け入れる。若狭は初日に出られなくなってしまった。

おそらく別の日。常打ち小屋の客席で若狭はひとり寂しく舞台を眺めている。そこへ順ちゃんがやってくる。もう二人は三十過ぎの設定だけど、若狭は昔のように甘えた声になって泣きながら順子に抱きついてしまう。

順ちゃんは若狭にとって救世主のような存在。昔から困ったときにはいつも相談にのってくれていた。奈津子とはまた別の支えになってくれる。同い年なのにとても達観していてきっぱりと言い放ってくれたり、未来を見通したような助言をしてくれたり、とても頼りになる友人だった。もう若狭も成長し順ちゃんの助言も必要なくなっていたが、最終週の主人公のピンチに、呼んだわけでもないのに、駆けつけてくれた。

部屋で、ビーコは順ちゃんに悩みを相談する。晴れの舞台に出られなくなった若狭の気持ちは一気に昔のダメな頃のビーコに戻ってしまった。いざというときに役に立たない脇役のビーコ。回想シーンとして学園祭の三味線の発表会。練習から逃げてしまいエーコにスポットライトを当てる裏方をしていた頃の映像が出る。順ちゃんも高校の学園祭がビーコにとってのトラウマだと十分に承知している。落ち込んでいるビーコに、順ちゃんは大丈夫やと言ってくれる。確信があるのか、ビーコを支えてやろうとはったりを言っているのか分からないが、順ちゃんは、今回は落語家としての13年の経験があるから同じ結果にはならないと言う。新しいものが見えてくるはずだ。ひさしぶりのそして史上最大の予言だとナレーション。

さて、残り三回でどうなるのだろう。こんな重大なときに、すんなり常打ち小屋のお披露目ができずに、昔のビーコになってしまうなんて、なかなか楽しませてくれる。そして順ちゃんの大予言とは。


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ちりとてちん(149)

木曜日。あらすじや感想。

ひぐらし亭。オープンの日。あわただしく準備をしている。でも若狭は何もすることがない。みんな気を遣って若狭に仕事をやらせてくれない。手伝わせたら草々にどつかれるとも言われてしまう。

すると、「わかさちゃん」と誰かが声を掛けてくる。誰だか分からずにきょとんとする若狭に、若者が「せをはやみー」と落語の一説を唱えてみせる。これですぐに若狭に分かった。僕も分かった。兄弟子の草原の息子の颯太だ。落語をやめて量販店の店員をしていた草原兄さんが一門に戻ってくるエピソードの時に出た。草原宅に居座っていた草々が落語の練習するのを聞き覚えて、「せをはやみー」と言うようになった。そのときはとても小さかったけれど、芸歴13年の若狭がまだ入門する前の出来事だから、ここまで大きくなっていても不思議じゃない。あの頃耳について離れなかったこの台詞が、ここで出てくるとは。

兄弟子たちと座って話をしている場面。草原の横には颯太がいる。バイトの照明係として呼んだのだ。颯太は今は二十歳の大学生で、落語の研究をしてる。草原は今はなんともないのだが、店員の時も実演でかみまくり、落語に戻っても高座でかみまくりで、落語家として大きな欠点をもっていた。この颯太も、自己紹介の時に親譲りの見事なかみっぷりを披露する。こういう積み重ねられた話を踏まえた演出は、最後の最後まで楽しませてくれる。

若狭は草々に、師匠たちに気を遣わせるので表に出るなと釘を刺されてしまう。役に立ちたいのに何もできない若狭はかわいそすぎる。ひぐらし亭では何もできないので、若狭は「寝床」にやってきてお弁当の準備を手伝っている。箸はエーコのところの若狭塗り箸。エーコは商売上手。いろとりどりのお弁当を見ながら、自分の学生時代のお弁当について話しだす若狭。夕べの残りの茶色い弁当がいやだったというと、熊五郎が料理人らしい、いいことを言ってくれる。この弁当は一日限りだから凝ったことができる。でも毎日の弁当は早く確実に作らないといけないので、そうもいかない。それよりも毎日のお弁当は体のことを考えて作るのが第一。そんな弁当を毎日続けることはそれだけで凄いことだよ、と教えてくれる。回想シーンとして、糸子がせっせと二人の子供のお弁当を作る様子が映し出される。ドラマタイトル「ちりとてちん」という落語が食べ物を題材に出したものだけに、そして塗り箸が大きな役割を演じているわけだし、このドラマでは食べ物も重要なものになる。

ひぐらし亭の一室。師匠たちと糸子が楽しそうに話をしている。そこにお弁当を運んで若狭がやってくる。師匠たちがお母さんは面白い人だと喜ばれる。師匠たちがふたを開けるとおいしそうなお弁当だと言われるが、一膳お箸が足りなかった。そりゃ師匠にこんな失礼をしたら大変なことだろう。お母ちゃんが機転を利かせて師匠たちに、お父ちゃんから聞いた箸の話をし始める。無くなって初めて箸のありがたみが分かる。いつもは食卓の脇役だけど、どんなごちそうがあってもお箸がないと食べられない。まるで、晴れの舞台に出られない若狭へ向けた言葉なのだけれど、若狭はそれどころではないようだ。

若狭は颯太君のいる照明ブースにもお弁当を届ける。晴れの舞台に少しでも参加できるように、照明を一緒にしませんかと言われるが、若狭には学園祭の暗い思い出が頭をよぎってしまう。

夜、ひぐらし亭、いよいよオープン。客席には、糸子、エーコ、小次郎、奈津子、緑さん、「寝床」のみんなの顔も見える。東京から散髪屋もかけつける。天狗芸能の会長も来ている。脇の部屋には師匠たちもいる。お囃子の演奏の中、奥では、草若師匠の遺影の前で出番前の一門が神妙な顔をしている。照明ブースには若狭と颯太がいる。

若狭のスイッチでぱっと舞台が明るくなる。草若一門が出てくる。兄弟子たちに加えて小草々もいる。客席が拍手で出迎える。師匠の夢だった念願のこのときなのに、照明ブースの若狭は今自分がいる状況に、全く同じ状況の学園祭の暗い体験がまたよぎってしまう。

中央にいる草原がまず「ようこそのお運び...」と挨拶をし、ひぐらし亭の名前にはいろんな意味が込められていると、それに絡めて、順にひとりひとりオープンの言葉を述べていく。若狭がそれぞれにスポットライトを浴びるようにスイッチを切り替えていく。「その日暮らし」の未熟な落語家でも高座に出られるようにと草々。蝉のように土の中に長く修行をしてと小草若。一日中という意味もあるので一日いても飽きない落語家とお客の場所としてと四草。そして小草々が若狭塗り箸の話。小草々は若狭の代わりで出ているのだろう。幾重にも塗り重ねる若狭塗り箸のように、稽古を積み重ねて精進していく所存と、一番若い彼が言う。そして草原に戻って、ぎょうさん笑うていただきますようと、皆で礼をして締めくくる。すると客席が拍手でそれに応える。立ち上がって拍手をしている。いつもは強面の天狗芸能の会長も満足そうな顔でみている。

晴れの舞台を迎えている一門の仲間たちの幸せな顔を見ながら、若狭にもほんの少し笑みが出る。順ちゃんの言葉を思い出す。主役になるのはスポットライトが当たっている人ばかりではない。人にライトを当てるのは素敵な仕事だと。

音楽がオープニング曲のゆっくりしたハミングに変わる。若狭は照明ブースの隙間から、喜んで拍手を送っているお母ちゃんの笑顔を見ている。若狭自身はまだ晴れない顔をしている。でもお母ちゃんの顔見ているうちにかすかに何かに気付いた表情を見せて、お腹を優しく抱きしめる。自分でもつかみきれない思いがこみ上げてきましたと上沼恵美子のナレーション。今日はそれでおしまい。あと残り二回。


以前、「純情きらり」のことを書いていたときには、そんなに時間がかからなかったのに、久しぶりにあらすじを書こうと思ったら、時間がかかるかかる。最終週だから、いままでの場面もいろいろ浮かんでくるから。簡単にまとめられなくなる。あらすじなのに文章も長くなる。
そういうわけで三連投。


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2008年03月30日

ちりとてちん(150)

あらすじとか感想とか
めでたく最終回を迎えたのに、いまさらだけれど、最終回一回前。


小浜の和田家、カレーを食べてる。若狭の出番が決まったと糸子。10月11日。若狭のおじいちゃんの正太郎の命日。みんなカメラ目線でこちら(カメラ)を見る。カットが変わると、仏壇のおじいちゃんの遺影がある。ということは、さっきはみんなこの遺影を見ていたのか。ということは、それを見返すさっきの視線はおじいちゃんの視線ということか。おじいちゃん、ずっとそこから見守っていてくれたのかな。

その出番の日。ひぐらし亭。出番前の若狭。鏡の前で整えている。若狭、ひぐらし亭オープンの日の回想する。挨拶が終わり晴れ舞台にいる一門の幸せな顔を見て、自分もちょっと笑みを浮かべる若狭。出番前の若狭の姿に戻る。どこからともなくおじいちゃんの声。振り向くとおじいちゃんの姿が見える。朝ドラでは最終回近くになると、よく亡くなった人が回想ではなくそのまま出てくる。

「人間も箸も同じや。研いで出てくるのは、この塗り重ねたもんだけや。一生懸命生きていさえおったあらあ、悩んだこともー。落ち込んだこともー、きれいな模様になって出てくる。おまえのなりたいもんになれる。」と幼いときに聞かせてくれた言葉が聞こえてくる。若狭はおじいちゃんの方を向き頷いてみせる。

お囃子が鳴り出番となる。客席には和田家の人々やエーコ、順子、小浜の人たちもみんな来ている。

初日の一門そろっての挨拶に失礼したこと、子供を授かったことを述べて、「愛宕山」を始める。若狭はこの落語を子供の頃、おじいちゃんのテープで草若師匠の演目をそれとは知らずに何度も何度も聞いていた。とても思い入れのある演目。このドラマで一番出てきたなじみの落語の一節。落語とは関係なく、若狭の子供の頃からの映像が挟まれる。初回、車のドアにスカート挟んで破れてしまいパンツが丸見えになった場面。おかあちゃんが手作りのそのスカートから作ったお守り袋を渡しながら「ぎょうさんええことありますように」。遠足にそば弁当を持たされたこと。お母ちゃんの「お色気むんむんやで」とかの名台詞。

そして、高座の若狭が「愛宕山」でかわらけ投げの一節までくると、回想でもかわらけ投げの場面となる。(このころ、喜代美は大好きだったおじいちゃんが死んでしまって泣いて過ごしていた。ついに寝込んでしまうが、おじいちゃんに願いが叶うと教えてもらったのを思い出し、夜中に一人でかわらけ投げに向かってしまう。喜代美を見つけたお母ちゃんは、望み通りにかわらけ投げに連れて行く。喜代美が泣きながらもう一度おじいちゃんに会えますように、おじいちゃんが天国に行けますようにと叫びながらかわらけを投げる。喜代美の気が済むと今度は)お母ちゃんが願いをこめながらかわらけ投げをする。大声で、喜代美が笑ってくれますように、喜代美が幸せでありますようにと、心からの願いを叫びながら投げる。あまりにも一心に次々に願いを叫んで投げていたら、最後には持っていた財布まで投げてしまい、お母ちゃんはあわててしまう。それを見ていた喜代美が、お金を投げるというところがいつも聞いていた「愛宕山」の話みたいだと言って、思わず笑い出してしまう。その姿を見て糸子は「喜代美がワロタ」と頬を撫で、抱きしめる。僕はこのシーンが一番好きだ。これでこのドラマに完全にはまってしまった。特に糸子さんに。

高座で愛宕山の落ちがくると、若狭は深々とお辞儀をする。客席はみな拍手。ちょっと長いお辞儀。顔を上げてもしばらく無言でお客さんを見ている。客席がざわめいてくる。そして客席が静まると皆に言う。最後の高座におつきあい下さいまして、ありがとうございましたと。みんなあまりのことに、客席も楽屋も何が何だか分からず、唖然とする。そして若狭が再び深々と頭を下げる。

楽屋。若狭が兄弟子達と向かい合って座っている。草々が訳の分からんことを、今までの修行を無駄にするつもりかと怒っている。草原兄さんが落ち着けと割って入り、今日の高座はよくできたとほめる。それだけにやめるのは惜しいと言う。見つけてしもたんですものと若狭。何をやと草々が聞く。あっけらかんに、自分のなりたいもんと答える。

そこにお母ちゃんが、お父ちゃんの止めるのもきかず、楽屋に入ってくる。和田家の面々も、エーコも順子も楽屋に入って喜代美の周りに座る。喜代美の後ろから、お母ちゃんは許さんで、修行続けなはれと厳しく言うと。喜代美はお母ちゃんの方に向き直りながら、お母ちゃんごめんなと言う。お母ちゃんは、謝るくらいならおかしなこと言うなと返す。そのことではないと喜代美。小浜出るとき、ひどいこと言うてごめんなと謝る。

そのときの回想が始まる。高校を卒業して先のことをいろいろ悩んで、結局このままではいけないと小浜を出て行くことを決意したとき、喜代美は母と言い争いになってしまう。そして、ここを出て行く理由を、お母ちゃんみたいになりたくたいと面と向かって叫んでしまう。お母ちゃんはそう言われて動揺し何も言いかえせなかった。喜代美はこの十五年前の言葉を謝った。

あの頃は、お母ちゃんという仕事はしょうもないと思とったと、正直にその頃の気持ちを話し出す。脇役人生、つまらない人生だと思っていたと。けれどはそうじゃないことにやっと気づいた。お母ちゃんは太陽みたいに照らしてくれる。毎日毎日それがどんだけ素敵なことが分かった。どんだけ豊かな人生か分かった。お母ちゃん。ずっとずっとお腹におるときから大事に大事にしてくれてありがとう。怒っていた糸子も、何を言うとんのやこの子はと言葉では叱りながらも、泣きながら喜代美の頬を両手でやさしくなでる。そして喜代美は、お母ちゃんみたいになりたいんやと言う。

つづく。
さあ、残り一回。もう残りたった15分。


喜代美の芸名が若狭なのはまさに喜代美の人生こそが若狭塗り箸そのものなんだということをはっきりと示すもの。きっと若狭ありきでそれを命名する師匠の名前も若の字を使って草若に決まったのだろう。若狭の人生を描いたドラマ自体が、幾重にも重ねられた様々な出来事を磨き上げ輝く塗り箸のようなものだ。喜代美は、お母ちゃんみたいなお母ちゃんになることを選んだ。

このドラマはとても回想が多かった。芋たこなんきんも回想が多いドラマだったけれど、またそれとは違った。いくつもの伏線が仕組まれていて、それがうまい具合に物語に奥行きをだしてくれた。その最大のものがこのお母ちゃんを罵って小浜を出て行く喜代美の姿だった。お節介なお母ちゃんの性格のために、うやむやにされていたこの事件がまさに、このようなかたちで物語の最後の山場として回収された。


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2008年04月03日

ちりとてちん(151) 最終回

最終回だけに思い入れもあって、最初からの録画をところどころ見直したり、いろいろ書き足しているうちに、今頃になってしまった。最終回のレポートだけど、もう、あらすじとは呼べないくらい書いてしまった。

ちりとてちんでは、主人公の喜代美が全151話の最後の数話で、本当に自分のなりたいものを見つける。最終回一回前草々が言ったように今まで積み上げたものが全て無駄になってしまいかねない危険な展開だ。でもこんな急な展開なんだけれど、喜代美の選択がとても納得できてしまう。それは和久井映見演じる愛すべきお母ちゃんがいつもそこにいてくれたことが大きいだろう。そして、そこに着地しても違和感がないような伏線が、物語の最初の方からきちんと仕組まれていたからに他ならない。継承していくことの大切さ大変さ素晴らしさを描いた物語で、主人公がお母ちゃんになることを選ぶというのは、とてもふさわしい結末だと思う。

とにかくこのドラマは、一話一話の積み重ねがあるほど、より味わうことができる。NHKは例外的に番組枠を作って、再放送を始めるべき。第一週だけでも流すべき。録画したものを見直して、率直にそう思った。第1回の出だし、それは母ちゃんの歌声だった。それだけでもう感極まった。すぐに再放送は無理だろうけど、完全版DVD BOX 第一巻は早速5月に出る。最初から見てない人は、こんな投稿見ずに、DVDを買うべきだと思う。


では、主観的な最終回の内容と注釈
回想などの話数が分かるときは、書き込んでみた。


最終回はオープニングが無かった。いつもの「ちりとてちん」の文字が出てくるだけだった。いつもなら、落語家の紋など落語にまつわるもの、大阪に関するものが飛び出てくるアニメーションが、松下さんのピアノ演奏と共に流れるのに。今回はそれなしで始まった。今日は、喜代美の出産を中心に、上沼恵美子のナレーションによる未来の喜代美の視点での登場人物の後日談が語られていく。

かなり大きなお腹になった喜代美が庭を見ながら休んでいる。庭に順ちゃんが現れる。喜代美の様子を見ていよいよって感じだねと声を掛けると、それを言わんといてと喜代美が困った顔をする。

喜代美は出産の痛みを心配している。順ちゃんはとても痛いよって怖い顔をしてみせる。でもそのあと大変だからすぐに痛みを忘れると言う。どねしよと不安を漏らす喜代美。そんな覚悟もなしに決心したのかと順ちゃんは喜代美を叱る。お腹の子供と、草々さんのお弟子さんと、ひぐらし亭の落語家みんなのお母ちゃんになると決心したんじゃなかったのかと、いつも以上に厳しい口調で言う。そして、どねしよ禁止を喜代美は言い渡される。順ちゃんの勢いに圧倒されて、喜代美は「はい」と返事をする。順ちゃんは縁側に腰を下ろし、庭を眺める。その後ろ姿をニコニコしながら眺めてる喜代美。順ちゃんに出会わなかったら自分の人生はどうなっただろうと思うとぞっとするとナレーション。

魚屋食堂にランドセルを背負った小学生二人、順子の双子の息子が帰ってくる。テーブルにはその両方のおじいちゃんとおばあちゃんが向かい合わせで食事をしている。子供の一方が父親友春の焼いている魚を興味深そうに眺める。そしてもう一方は和田夫妻がもってきた新しいデザインの塗り箸を眺めている。順子の父ちゃんが、順平が食堂の跡取りに、春平が製作所の跡取りになるだろうなと頼もしそうに言う。ナレーションの未来の喜代美が、この二人はこの言葉通りにそれぞれの跡取りになると伝えてくれる。しかし順子のお母ちゃんはそれには不満らしく、二人を双子タレントで売り出したいと言い出す(ふたりっ子?)。夫婦げんかが始まりそうになると、友春が両手に焼鯖を持って、けんかの仲裁に入る。これは順子の父が趣味のようにしていた喧嘩の仲裁とそっくりだ。ナレーションで、焼き鯖による喧嘩の仲裁も受け継がれていくのだそうだ。ということは、順平君も未来でやっているんだろうな。

ひぐらし亭の高座。小草若が四代目草若襲名。相変わらず「底抜けにー」を使ってる。草若の部屋から兄弟弟子がみんなで眺めている。この部屋だけは以前のままで、高座の様子を覗くことができる。その後ろから天狗芸能会長が入ってきて、感慨深く、やっと草若に会えたと呟く。先代草若の遺影が映る。

和田家。電話でおめでとうございますと喜代美。電話を置くと、奈津子がやってくる。臨月の喜代美の取材。後から小次郎が喜代美の小さな頃の写真を持って入ってくる。喜代美が落語を目指した頃からやっている、奈津子の密着取材を出版する時に使う写真を探してきた。ナレーションによると、実際この本が出版されるが、あまり売れず、みちばたで小次郎おじさんが叩き売ることになるんだそうだ。二人はそれも楽しんでいる。

居酒屋「寝床」にエーコが現れる。襲名おめでとうございます。小草若は落語から逃げ出していた時期、エーコが小浜で企画したイベントに参加したおかげで(第139回)、落語への想いを取り戻し、新しい草若になる決意ができた。このときのことでエーコを感謝している。

エーコと草若の出会いはもっと前からで、草若がタレントとして売れっ子だった頃、エーコは番組のアシスタントをしていたことがある。昔「寝床」でエーコが一方的にビーコにキレられたのも、そのつながりで小草若が「寝床」に呼んだときに起きた。その頃はエーコに対しては気はなかった。どちらかというとビーコに対して気があった。

それはそうと、ナレーションでは、この二人はちょっといい感じに行くのですがなかなか結婚には至りませんという微妙な表現をしている。「なかなかいたらない」というのは、いたらないことが確定でもない表現。ナレーションをしているこの時期ではその顛末を十分知っているはずなのに、はっきり言わないところをみると、続編が可能になったらこのあたりのエピソードを使うつもりで残してあるんじゃないだろうか。

同じ「寝床」の中、散髪屋が草原に話しかける。草原兄さんは大阪府から賞をもらった。散髪屋が祝うと、もらったのは自分ではなく自分の落語を応援してくれた嫁だと、緑さんとその場で抱き合ってしまう。それを颯太君も感動しながら横で見てる。ナレーションでは、上方落語界一頼れる兄さんとなると評される。

草原兄さんと緑さんの馴れ初めも、とてもいい話だった(第102回)。草原は賞を取ったらプロポーズしようとしていたが、結局何年経っても取ることができなくて、たまりかねた師匠が草原の心を一押ししてやっと結婚できた。だからこそ、この賞というのは、草原にとって緑さんと祝うべきとても価値のあるものなんだろうな。草原兄さんが落語に戻る決心をしたのは颯太の「せをはやみー」だけでなく草原の落語を愛している緑さんからの後押し(第35回)があったからでもあった。

四草は、九官鳥の「平兵衛」を連れてきている。平兵衛は「瀬をはやみ」としゃべっている。これも四草が落語に戻ってくる頃のエピソード(第36回)を思い起こさせる。ナレーションによると「算段の平兵衛」の演目が十八番になっているそうだ。四草はこれを教わるために草若に弟子入りした。

そこへ、子連れ女が勢いよく入ってくる。女性は「芋たこなんきん」の藤山直美に似てなくもない。男前の四草にはちょっと不釣り合いな感じ。ただ子供は四草のように顔立ちのいい男の子。そしてその女性は「あなたの子供です」と言い放ってそのまま帰って行く。みんながあっけにとられているのに、四草は何事もなかったように、子供を自分の膝の上に招いて、平兵衛を紹介し、えさをやらせる。ナレーションによると四草はこの子を立派に育て上げるそうだ。

そして「寝床」の熊五郎と咲さん、散髪屋の磯七、仏壇屋の菊江さんの寝床のみんなはひぐらし亭と共にずっとずっとそこにあるとナレーション。これは落語を愛してくれる人たちがいつまでもいてくれるとも言っているのだと思う。そして彼らは落語の描く世界そのものの具現化でもあるのだろうから、落語がある限り落語の描く世界はいつまでも変わらずそこにあるということも言っているのだろう。

草々には小草々の他にも弟子が二人増えていた。相変わらず小草々は弟弟子に嘘を吐いたりしている。

喜代美の弟正平は小学校の教員から恐竜博物館に異動し、最終的には留学を経て、学芸員になることができたとナレーション。

いつも通りの和田家の夕食シーン。以前と違うのは食卓に正平がいない、かわりに奈津子がいる。小梅ちゃんがティラノザウルスは粋だという。そういえば以前小梅ちゃん似たようなシチュエーションでチャゲアスとか言ってたような(第8回)。いつまでも好奇心旺盛だとナレーション。

奈津子さんがお兄さんと声を掛けて、正典の箸を褒める。ほーけーとこたえる。正典はエーコが社長をしている若狭塗り箸製作所に行って若い者に教えている。おじいちゃんのような伝統塗り箸の名人になっていく。

すると突然、お母ちゃんが鼻をくんくんする。心構えしておきなさいよ。二、三日うちに産まれると予言する。ドラマ当初はよくやっていたお母ちゃんの特技。においでいろんなものが分かるらしい。その特技が最終回に再び見られるとは。見続けてきてくれたファンへのサービスに違いない。途中後半から見てきた人には、妊婦の臭いを嗅ぐなんてちょっと変なシーンだったろうな。

小浜に引っ越してきた直後どの段ボールにしまったか分からなくなったとき、鼻だけでスカートがどこか見つけてしまう(第1回)。夜中喜代美が一人どこかに行ってしまったときも臭いで探そうとしていた(第6回)。知らないはずの大阪での喜代美の居場所にたどり着けたのも(第17回)、この特技のおかげ。

ナレーションでは、お母ちゃんは毎日毎日お母ちゃんをやっていると言う。ここで、この喜代美が人生を振り返ってナレーションをしている時期が明らかになる。お母ちゃんになって20年ということは、つまり、2027年頃。その頃でも、やっぱり糸子お母ちゃんはお母ちゃんをしているのだそうだ。御壮健で何より。

喜代美が和田家の工房でカセットテープを聞いている。あのおじいちゃんのテープ。昭和43年10月6日の小浜市民会館で収録された草若師匠が演じる「愛宕山」。幼い頃おじいちゃんと一緒に聞いたテープ。そしておじいちゃんとお別れのときにも聞いたテープ。おじいちゃんが死んだ後、子供の喜代美が涙を流して何度も聞いているうちに切れてしまい(第6回)、正平が修理するまで(第30回)聞けない状態だったこともある。聞けないテープも喜代美はお守りとして大切にしていた。このテープがつながると物語も大きく動き出した。喜代美の運命も、みんなの運命も大きく変えてくれた。徒然亭一門も盛り返し、この声の主の草若も甦った。草若の夢だった常打ち小屋を作ることもでき、その場所で喜代美自身が最後の演目にこれを選ぶことにもなった。

物語が進むにつれだんだんこのテープにまつわる出来事もいろいろ分かってきた。これが録音された日の出来事が、このドラマの重要なところで、様々な視点で描かれていく(第6回、第47回、第139回)。どうしてこの日のテープをおじいちゃんがきいていたのか。実はこのテープはカセットテープでありながら、そういう想いをつなぐ象徴でもあるんだ。

喜代美がおじいちゃんのテープを聴いていると、また聞いてるのか、落語をやめなかったらよかったのにと草々の声がする。すぐに嘘や嘘やと、愛おしく喜代美の頭に触れる。草々は喜代美のお腹に近づいて、子供が無事に生まれたら、この子とひぐらし亭のお母ちゃんとしてしっかり働いてくれ。そして師匠の落語を伝えていこうと言うと、はいと答える。

突然、喜代美が苦しみだす。産気づく。草々は慌てふためいて救急車と叫びながら飛び出していく。苦しみながらも喜代美はお守り袋ををつかむ。

ここで静かに出演者のテロップが流れる。そして毎月曜日の上沼恵美子の口上が始まる。「ようこそのお運びで厚く御礼申し上げます。」

分娩室に運ばれる喜代美。草々も寄り添っていくが、閉め出されてしまう。もどかしく扉の前で待つ草々。そして草々は扉の前で喜代美に聞こえるように落語の一節を語り出す。「野辺へ出てまいりますと、・・・ひばりがぴーちくぱーちく・・・その道中の陽気なこと〜」。おじいちゃんのカセットテープから何度も何度も聞こえてきた一節。そこで、子供の頃の喜代美がにこにこしながらカセットテープを聴いている場面(第2回)が挿入される。すべてはこの少女の頃の出会いから始まった。

この産科の場面は、喜代美の生まれた時に似ている。大晦日、病院の待合室で紅白歌合戦を見ているとき、大好きな五木ひろしの歌の途中で糸子は分娩室に運び込まれてしまう(第74回)。その糸子のために、正典お父ちゃんが「ふるさと」を大声で歌った(第96回)。このエピソードのことを草々は思い出したのだろうか。

産声が聞こえてくる。いつもの松下奈緒のピアノのオープニング曲が流れる。今日のオープニングはこの新しい命の始まりのときこそふさわしい。こらえていた草々は顔をくしゃくしゃにして泣いている。幼い頃から天涯孤独だった草々だからこそ自分の子をもつことが、より一層心を揺さぶるのだろう。

そして、ベッドの上の若狭。上沼恵美子のナレーションで「おかしな人間達の珍道中はまだまだ続いていきますが、お時間です。またいつの日かお付き合い願います」。あんなに痛みを怖がっていた喜代美が、とてもすがすがしい顔でカメラ目線で優しく微笑む。

おしまい

生まれた子供は男の子なのだろうか。女の子なのだろうか。それをはっきりさせないままの最終回。喜代美の妄想の中では、女の子で確定だったけれど、実際は分からない。落子と名付けられたかどうかは続編を期待するしかない。


とても楽しませてもらった素晴らしい作品だった。スピンオフも決まったことだし、これからも、いつまでもお付き合いさせていただきます。


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2008年05月06日

ちりとてちん総集編 前編

ちりとてちん総集編を見た。名シーン尽くしだった。
もう次から次へと感動や笑いが甦ってくる。

総集編だけれど、少女時代はしっかり時間を割いて描いていた。伏線ぎっしりの物語で全てはこのときから始まったから、純情きらりの総集編のようには端折れない。この子が演じたのも良かったんだと思う。

いたるところにあったA子や順ちゃんとのエピソードは最小限のものになってしまって残念だけど、たった98分間でまとめてしまうのだから仕方がないかな。

前編の今回は、若狭が年季明けまであと半年というところまで。若狭の笑顔でおしまい。それにしても改めて思うことは、ちりとてちんは素晴らしい作品だった。

さて、後編を楽しみに待とう。

後編「笑う一門には福来(きた)る」
午前8時35分〜10時13分(98分)

今までどうしようか迷っていたけど、総集編のDVDを買うことにした。ほとんど録画できていたけれど、この作品に感動した記念に本物を手に入れて残しておこう。

BS2で夏以降に放送されるスピンオフドラマにも期待している。


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2008年05月08日

ちりとてちん総集編 後編

前半書いたから、後半も書きましょう。

6日の朝やってました。100分たっぷり楽しめました。

後半は、若狭の年季明け前の一門会から始まる。草々が内弟子部屋の壁を蹴破り、即ビーコと結婚式を挙げて、順ちゃんがいつのまにか妊娠してアホボンと結婚することになって、常打ち小屋の夢半ばで師匠が亡くなって、嘘も吐かないとても頼もしい若者が草々に弟子入りして、小次郎おじちゃんとフリーライターの奈津子さんが結婚して、みんなの協力で常打ち小屋がたって、若狭は最後の高座の前にじいちゃんに会うことができて、高座が終わると十数年前のことをお母ちゃんに謝罪して、そしてビーコがお母ちゃんになっておしまい。100分もあったのに、ものすごくテンポ良く退屈することなく話が進んでいく。筋が通らないというわけでもなく、というか逆に枝葉の話がないからすっきりストーリーが進んでいき、ちゃんと笑わかされるし泣かされる。よくまとめられた総集編だった。話が編集されているため糸子さんが草若亭に住み込んでいるかのようになってるところもちょっと笑ってしまった。


総集編は、ばっさりいろいろ切られてしまって、エーコとビーコの間を行き交ったきれいな石のエピソードはなくなっているし、順ちゃんの支えなしにビーコがしっかり自分の人生を歩んでしまっている。ビーコの誕生秘話も無いし、ひろしもいない。総集編だから仕方がないと言えば仕方がない。

総集編では、エーコが東京から何事もなく小浜に帰ったふうになっている。エーコと草々とつきあってた話も他のことも何もないから、結果的に同姓同名のただの幼なじみになってしまっている。総集編では描かれなかったけれど、やさぐれて東京から帰ってきたエーコが、彼女なりにもがきながら、そして塗り箸と改めて出会うことで静かにしっかりと自分を取り戻していく、この流れもこの物語では、十分重要な部分だったと思う。

他にも総集編では描かれなかったところで僕が好きなのは、第19週。ビーコが芸に悩んでいるのに師匠が帰ってこなくて一人一人の兄弟子に助言をもらっていく話。兄弟子達はそれぞれ個性的ないろんなアドバイスをしてくれる。一方草若師匠はというと、ビーコの家に立ち寄って、糸子さんにいろいろ弟子達の思い出を語っていく。大阪での兄弟子の話と、小浜にいる師匠の思い出話が、リンクしていてちょっと見ただけでは、見終わった後どちらがどっちの話の内容だが分からなくなるくらい。そんな感じで双方の視点からの師弟愛が描かれていく。この何事もなく、一週間掛けて一日を描いていくゆったりとした展開が良かった。所々師匠の体の不調も現れて、師弟関係というものの中に潜んでいる避けがたい現実も見え隠れしていた。

他にももっともっといいところがあるのだけれど、この総集編で興味を持った人は是非自分でDVDで味わって欲しい。まだ予約しかできないけどね。


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posted by takayan at 00:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちりとてちん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

ちりとてちん、いよいよ再放送開始

もうすぐ、あと一時間半で「ちりとてちん」の再放送が始まります。

BS-hi
4月4日(日)から
毎週日曜・深夜1:10〜2:40(日付上は月曜)
毎週6本ずつ(1週分ずつ)まとめての放送予定
※13週・14週は、まとめて7本放送予定

なんで、こんな時間なんだ!みんなの月曜の仕事に差し支えるだろう!
と思いつつも、再放送を決めてくれたNHKには感謝しています。とても楽しみです。
第一週の今回は、特に大切な子供時代のエピソードですからお見逃し無く。一気に一週間分ですからね。
「ちゅらさん」の子供時代と同じくらい「ちりとてちん」の最初の週は素晴らしい出来だと思います。全ての思い出が詰まっています。
今回の放送では、お母ちゃんの存在をより注目しながら見ようと思います。
DVDはしっかり持ってるんですけどね。
それにしても、朝はSTARWARSとPRIMEVAL、夕方からは龍馬伝をBS-hiと総合で二度見して、夜中はちりとてちん、日曜日はNHK漬けですよ、まったく。

番組公式ページ:
連続テレビ小説「ちりとてちん」


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posted by takayan at 23:41 | Comment(4) | TrackBack(0) | ちりとてちん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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