2014年08月11日

『物の本質について』と《ヴィーナスとマルス》(4)

今回は、14行目から16行目の以下のラテン語です。

Inde ferae pecudes persultant pabula laeta:
Et rapidos tranant amneis: ita capta lepore
Te sequitur cupide: quo quamque inducere pergis.


inde ferae pecudes persultant pabula laeta

indeは副詞「したがって、それから、その場所から」、もしくは動詞indo「入れる、身につける、紹介する」の二人称単数命令。faraeは女性名詞fera「野獣、動物」の単数属格/与格、複数主格/呼格、もしくは形容詞ferus「野蛮な、野生の」の女性単数属格/与格、女性複数主格/呼格。pecudesは女性名詞pecus「羊、動物」の複数主格/呼格/対格。persultantは動詞persulto「駆け回る、を通過する」の三人称複数現在。pabulaは中性名詞pabulum「飼料、牧草地」の複数主格/呼格/対格。laetaは形容詞laetus「楽しい、豊かな、草木の茂った」の女性単数主格/呼格/奪格、中性複数主格/呼格/対格。

形容詞ferareと名詞pecudesは女性複数主格で「野生の動物たちが」となり、これが主語です。動詞は三人称複数なので、合っています。名詞pabulaと形容詞laetaは中性複数対格となります。動詞を他動詞と考え、これを目的語と考えます。まとめると、本来の意味は「それから野生の動物たちは豊かな牧草地を駆け回っている。」

絵に合わせて考えます。しかしこれはほとんどそのままで使えそうです。野生の動物たちというのは、半獣のサテュロスたちのことと解釈できるでしょう。また真ん中のサテュロスが跳ねている様子から、駆け回っているというのも使えそうです。そして彼らが描かれている背景は開けた草原が広がっているように見えます。ここまでそろっているのですから、あとはより近い訳語を考えるだけです。

ferae pecudesはそのままでいいでしょう。persultanteはいろんな意味で解釈できる動詞です。三人の子どもたちの様子と関係がありそうなのは、 fare incursione「急襲する、襲撃する」、saltare「跳ぶ、跳ねる」、rimbombare「轟く、鳴る」 です。左のサテュロスは槍を持って襲撃をしています。真ん中のサテュロスの足としっぽはぴょんと跳ねた様子を表しています。右のサテュロスは法螺貝を使って、音を響かせています。

動詞の目的語も絵の内容に合わせる必要があります。ここでpabulaとlaetaを別々に考えます。つまり、pabulaを中性複数対格とし、laetaを名詞化した場所を示す女性単数奪格と考えます。laetaは両側のどちらかの茂った木々を表しています。左のサテュロスは左側の茂みに接しています。右側のサテュロスは右側の茂みに接しています。そして真ん中のサテュロスは頭で右側の茂みと接しています。

laeta

 

そしてpabulaです。左のサテュロスが槍で襲撃しているのは、蜂の巣です。これはイタリア語の訳語alimento「栄養物、食料」の意味で表せるでしょう。真ん中のサテュロスは本来の解釈のようにpascolo「牧草地」でいいでしょう。そして右側のサテュロスですが、これはちょっとひねらないといけません。彼はマルスに向けて吹いているので、マルスを表せるpabulumの意味を探してみましたが、ありませんでした。そうではなく、ここでは法螺貝を目的語と考えます。これは貝ですからalimentoの意味が使えます。またこのことから左端のサテュロスの標的を蜂の巣ではない場合でも、法螺貝と考えてもいいことが分かります。

したがってこの文は次のように解釈できます。

それから茂みのところにいる野蛮な動物たちが、食料(蜂の巣)を襲撃したり、牧草地を跳ねたり、食料(法螺貝)を鳴らしたりしている。

thence the wild animals on the bush raid the food (beehive), leap the grass and roar the food (conch).


et rapidos tranant amneis:

etは接続詞。rapidosは形容詞rapidus「急な」は複数男性対格。tranantは動詞trano「泳いで渡る」の三人称複数現在。amneisは男性名詞amnis「川」の複数対格。

形容詞のrapidosは複数男性対格の名詞amnisを修飾しています。意味は「急流を」です。動詞はtranantで主語は、前述の野生の動物たちです。まとめると本来の意味は、「そして彼らは急流を泳いで渡る。」となります。

ではこの絵ではどうでしょう。この絵には川は描かれているようには見えません。しかし真ん中のサテュロスの足下を見てみると、ここに複数の流れがあるようにも見えます。下の流れは、小さな弧がたくさん並んでいます。これは風になびいて同じ方向に草が倒れているせいかもしれません。または草原に水があふれて、これが横方向に流れて、草が同じ方向に倒れているのかもしれません。真ん中のサテュロスの前の方にでている足をよく見てみると、水がしたたった表現にも見えます。これは透明な水が流れている表現と考えることができるでしょう。

そしてその緑の流れの上に黄色がかった草地が描かれています。ここには小さな弧は描かれていませんが、横方向に筋が描かれていて、やはりこれにも流れの表現がされています。槍のつばの部分がそれに触れて流れを乱しているように描かれています。その上の草地には流れは見られないので、流れと呼べるのはこの二種類の草地の表現となります。

amneis

問題はrapidosです。この流れはそれほど速くは見えません。代わりにこの流れの特徴は、できたばかりの川だということです。以前からある川ならば川底の土が見えているはずです。「急にできた」という意味で「急な」と解釈します。ラテン語や当時のイタリア語の単語の意味の範囲でこの変更ができるか、厳密に分かりませんが、そう解釈します。

動詞tranoの一般的な意味は「泳いで渡る」ですが、他に比喩表現で、attraversare「横切る、横断する、貫通する」、penetrare「入り込む、貫く、洞察する」があります。槍も描かれているので、この「貫く」という意味を使えたら面白いでしょうが、それだとamneisの処理に困ります。結局、tranoの意味を泳がずに単に「横切る」とします。まとめると次のようになります。

そして彼らは複数の急にできた流れを横切る。

and they walk across the streams appeared suddenly.


ita capta lepore

itaは副詞「このように、それゆえ」、もしくは動詞eo「行く」の完了分詞女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格。captaは動詞capio「つかむ、捕まえる」の完了分詞女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格、もしくは中性名詞captum「獲得」の複数主格/呼格/対格、形容詞captus「捕まえた」の女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格。leporeは男性名詞lepor「魅力」の単数奪格、もしくは中性名詞lepus「ウサギ」の中性奪格。

captaは中性複数主格で「捕まえられている」という主語の状態を表しています。leporeは単数奪格で原因もしくは行為者を表しています。この魅力とはもちろんウェヌスの魅力です。したがって、本来の意味は、「このように、魅力にとらえられている。」となります。野生の動物たちが騒いでいる原因を説明しています。

次に絵に合わせた解釈をします。captaは女性単数主格/呼格/奪格とします。そしてそれが名詞化しているとします。つまり「捕まえられた者」を表しています。この絵では右下のハルモニアです。leposの意味にはイタリア語でarguzia「鋭敏」があります。さらにarguziaには「機知に富んだ言葉、言葉遊び」があります。この言葉遊びはアナクレオンテアの解釈に由来します。蜂とクピドの詩を言葉遊びで意味を変えてしまったために、その別の意味の中ではハルモニアが犯人になっています。

capta

まとめると、次のようになります。

このように言葉遊びのせいで捉えられた者(ハルモニア)がいる。

thus the person (Harmonia) was captured for the word play.


te sequitur cupide:

teは代名詞tu「あなた」の単数対格/奪格。sequiturはsequor「ついて行く、追いかける」の三人称単数現在。cupideは形容詞cupidus「熱望している」の男性単数呼格、もしくは副詞cupide「熱心に、不公平に」。

動詞はsequiturで主語は三人称単数になります。主語はおそらく野生の動物のことでしょうが、今までは複数でしたが、ここでは単数になっています。これは後続の文と関係があるためでしょう。目的語はteで、ここではVenusを表しています。そして全体で、「彼はあなたを熱心に追いかける。」となります。

では、絵での意味です。折角、cupideという単語があるので、これを左端のサテュロスであるクピドを示せないか考えてみます。cupideを形容詞と考えてそれを名詞化すれば、ちょっと強引ですがCupidoを表せるでしょう。ただし呼格なので、前の二つの単語と区切る必要があります。tuは今までウェヌスかマルスだったので、今回もそのどちらかとします。そしてsequiturの三人称単数の主語を省略したあとで、その後に呼格で強調していると考えます。最後はsequorの意味です。いろいろある中にイタリア語だとtendere「目指す、ねらう」、mirare a「見つめる、狙いを定める」があります。これはクピドの槍の向かう先がマルスの頭であるように見えることを指していると解釈します。単にそう見えるように描いただけなのかもしれませんが、この描写は何か新しい物語上で意味のある行動なのかもしれません。

sequitur

この文は次のように解釈できます。

彼(クピド)はあなた(マルス)を狙っている。クピド!

He (Cupid) aims at you (Mars). Cupid!


quo quamque inducere pergis.

quoは、代名詞qui/quisの男性/中性単数奪格、もしくは副詞quo「どこへ、何のために」、接続詞quo「その結果、〜のところで」。quamは代名詞quiの女性単数対格、quamqueは代名詞quisque「誰でも、何でも」の女性単数対格。inducereは動詞induco「導く、紹介する」の不定法現在、命令法二人称単数完了、もしくは直説法二人称単数未来。pergisは動詞pergo「進む、続ける」の二人称単数現在。

quoの解釈は後回しにします。動詞は二人称単数pergisです。主語はあなた、つまりここではウェヌスです。inducereは不定法。したがって、quamque inducere pregis のところは「あなたは誰でも導き続ける。」となります。今までずっと野生の生物のことを言ってきたので、このquaamqueもそれを指していると考えます。そして、quoは前の文とつなげている関係詞と考えた方が良さそうですが、前の文の内容から場所を表す関係副詞になるでしょう。合わせて解釈すると、「どんな生き物もあなたが導き続けるところで、あなたを追いかける。」と訳せます。

今度は絵に合わせた解釈です。不定詞inducereのイタリア語でのindrodurre「入れる、案内する」という意味がマルスが両手でそれぞれ指し示す仕草として使えそうです。そうすると、quo quamqueが、単数奪格quoと女性単数対格quamになり、「何によって」と「何を」を表します。つまり、以前指摘した傷害事件の凶器と傷跡を、マルスが案内していることになります。

inducere

最後に、pergisの二人称の主語はマルスで、意識を失いながらも指さし続けている様子を表してい婁と考えます。まとめると次のようになります。

あなた(マルス)は「何によって」(突き棒)と「何を」(足の指の傷)を案内し続けている。

you (Mars) go on to indicate “by what “(the goad) and “what”(the wound of toe).


最後の解釈の見つけたときはゾクゾクしました。マルスの指の配置はこの解釈以外に説明不可能だと思います。一連の解釈はどれもそうなんですが、これは特に凄い表現です。奪格を使って凶器を、そして対格を使って傷付いた箇所を示しているのが見えてきたときは感激しました。しかし、これは『アナクレオンテア』にあるクピドと蜂の詩を使った解釈を先に成功していたから分かったことです。

今から考えても、アナクレオンテアが典拠の一つになっていることに気づくことは限りなく奇跡に近かったと思います。こちらの『物の本質について』が典拠であることが発見されるのは時間の問題だったでしょう。それが50年後か100年後になったかは分かりませんが、マルスの首の表現との類似は大きなヒントになっています。しかし、アナクレオンテアの詩にはマルスもサテュロスも出てこないし、この絵にはクピドそのものの姿が描かれていないので、絵と詩の関係を思いつくことは、関係が分かった今であってもなおさら、不可能に近いと思ってしまいます。それにしても、何度も書きますが、この言葉遊びを考え作品を作り上げた知性はやはり素晴らしい!



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2014年08月07日

『物の本質について』と《ヴィーナスとマルス》(3)

次は、10行目から13行目です。原文は次を使います。

Nam simul ac species patefactast verna diei
Et reserata viget genitabilis aura favoni
Aeriae primum volucres te diva: tuumque
Significant initum perculsae corda tua vi.

本来の意味をまとめて訳すと次のようになります。一般的な訳の根拠が分からなかったので、それとはちょっと違う物になってしまいました。

空の春の眺めが覆いを取り除かれると同時に、
閂を外された、物を生み出す西風の息が力強くなると、
まず鳥たちが聖なるあなたのせいで飛び回る
あなたの力によって鳥たちの心が打ち負かされたことが、 あなたの到来を明らかにする。

春らしい青空となり、同時に強い西風が吹き始めると、まず鳥たちが飛び回り、ウェヌスの到来を知らせてくれるという一節です。これはときどき《プリマヴェーラ》の元になっているなどと言われる第5巻の一節、たいていウェヌスの先触れはクピドであると間違った解釈がされているあの部分を思い出させます。これも春と西風、そしてウェヌスの到来を踏まえている文章です。


今度は細かくこのラテン語の意味を調べていきます。

nam simul ac species patefactast verna diei

namは接続詞で「なぜならば、例えば、一方で」等。simulは副詞で「同時に、同様に」。acは接続詞で、「そして」など。speciesは女性名詞species「見ること、出現、眺め、姿、美しさ、輝き」の単数主格/呼格、複数主格/呼格/対格もしくは、動詞specio「見る」の二人称単数未来。patefactastは動詞patefacio「開く、覆いを外す」の完了分詞女性単数の主格/呼格/奪格か中性複数の主格/呼格/対格。vernaは名詞verna「奴隷、使用人」の単数主格/呼格/奪格、もしくは形容詞vernus「春の」の女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格、動詞verno「春の準備をする」の二人称単数命令。そしてdieiは名詞dies「日、空、昼間」の単数属格/与格。

この文章には主動詞がありません。おそらくsum(be動詞に相当)が省略されています。主語は女性名詞単数のspeciesとして、まずこれに形容詞vernusが女性単数主格vernaとなって修飾しています。さらに名詞diesは単数属格dieiになって、speciesを修飾しているとします。diesを「空」、vernusを「春らしい」と訳します。speciesは「眺め」とします。動詞patefacioの意味は、雲に覆われた空から春の日差しが広がっていく様子を表しているとします。したがって「空の春の眺めが開かれると同時に、」とします。

それでは絵に合わせます。patefactastという単語が気に掛かります。「覆いをとった」という意味が、マルスの半裸な姿を示しているかもしれません。しかし、これはやってもうまく解釈できませんでした。残りの単語がうまく絵の描写を表せません。結局行き着いたのがそのまま訳すということでした。patefactastで女性単数主格のspeciesを修飾していると考えて、「開けた景色が」と解釈します。この絵の真ん中のサテュロスの背景が開けた風景になっているので、species patefactastがこの描写を表していると考えてみます。

残りはverna dieiです。vernaは名詞verna「奴隷」とも見ることができます。これを奪格とみなせば風景の見える場所をvernaが示していると解釈できそうです。問題は意味です。子どもたちを奴隷と呼ぶのでは困ります。しかし現時点ではうまい表現が見つからないので、この意味を保留して、次のdieiを考えてみます。名詞diesの意味は日、日光、空、昼間などです。この開けた風景のそばの人物でdiesに関連する描写といえば、クピドの被っているヘルメットの反射光です。dieiを単数属格と考えてvernaを修飾しているとすると、「日光の奴隷のところに」となります。この属格は性質を表していると考えます。分かりやすくすると、「日光を反射している奴隷のところに」となります。

vernadiei

さて、vernaが誰を示しているのかがはっきりしたので、クピドの描写に合う奴隷以外の意味を特定してみます。イタリア語でのvernaの意味を書き出してみると次のようになります。「schiavo nato in casa,schiano nato, mascalzone, canaglia, buffone,」。この中で使えそうなのがbuffone「道化師、おどける人」です。兜を深く被って、兵士のまねをしている彼は、顔の表情は分かりませんが、ふざけている、いたずらっ子に思えます。つまり、verna dieiは「日光のいたずらっ子のところに」となります。そして、全体をまとめると次のようになります。

そして日光のいたずらっ子のところに開けた景色があると同時に

at that same time that the opened landscape is near the buffoon of daylight


et reserata viget genitabilis aura favoni

etは接続詞で「そして、また」。reserataは動詞resero「閂を外す、覆いをとる」の完了分詞の女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格。vigetは動詞vigeo「元気である、活発になる」の三人称単数。genitabilisは形容詞genitabilis 「命をもたらす」の男性/女性の単数主格/呼格、単数属格、男性/女性の複数対格。aura は女性名詞 aura 「風、息」の単数主格/呼格/奪格、もしくは中性名詞 aurum 「黄金、金貨」の複数主格/呼格/対格、それか動詞auro「金メッキをする」の二人称命令。favoniは男性名詞Favonius「ファヴォニウス、西風」の単数呼格/属格か複数主格。ファボニウスは、ギリシャ神話のゼフィロスに相当するローマ神話の神です。

動詞はviget(三人称単数)なので、単数主格となりうるものを探すと、reserata(女性単数主格)、genitabilis(男性/女性の単数主格)、aura(女性単数主格)で、これらは一つにまとめることができます。残ったfavoniは風の神なので、属格としてauraを修飾していると考えた方が良さそうです。訳は擬人化して、「ファボニウスの息」とします。まとめると「そして閂が外された命をもたらすファボニウスの息が強くなる。」となります。reserataの意味が分かりにくいですが、まるで今までせき止められていたかのように、風が一気に吹き始めることを表しているのでしょう。

絵に合わせた解釈は次のようになります。動詞はvigetで決まりです。しかし主語となり得るものはいろいろあります。reserata、genitabilis、auraをいろいろ組み合わせたもののどれかが主語となります。その中で、答えとなるものは絵のどこかに描かれているはずです。いろいろな可能性を考えました。その一つがgenitabilisの名詞化、「命をもたらすもの、受精させるもの」です。その考えを頭の片隅に入れて、この絵を眺めていると、ウェヌスの後ろの木々の当たりに、勃起したペニスのようなものが描かれていることに気付きました。gentabilisという単語の意味を調べていなかったら、このことには気付かなかったでしょう。動詞vigeoの意味はイタリア語だとessere vigoroso、英語だとbe vigorousとします。つまり、genitabilis vigetで「受精させるものが元気である。」の意味となり、ウェヌスの頭の後ろの木の枝の表現を示しています。

この近くを見てみると、金髪の中に目が埋め込まれている描写があります。これもこの句の単語を連想させます。分詞reserataの元になる動詞reseroのイタリア語の意味の一つにaprire「開ける、目を開ける」があります。auroは中性名詞aurum「黄金」とも解釈できます。そしてこの金髪はウェヌスの他の髪と違って、風に吹かれたように大きく波打っています。この描写もfavoni「そよ風」を連想させてくれます。この句の単語が見事にこの領域に集まっています。

genitabilis

 

あとはこれらの単語を文法的にも、描写的にも整合性のとれた組み合わせで解釈できればいいわけです。完了分詞reserataと名詞auraは中性複数主格/呼格/体格で一致させることができます。主語は既に決まっているので、これは対格になります。意味は「目を開かされた黄金のものたちを」となります。favoniは神の名前としてではなく、金髪を揺らしている「そよ風」とします。属格とみなして、黄金を修飾していると考えます。これも合わせると、「目を開かせられたそよ風の黄金のものたちを」となります。そしてこれらをgenitabilisの目的語とみなします。これは形容詞ですが、元になった動詞gignoの変化したものだと考えて、その目的語とします。まとめると次のようになります。

目を開かせられたそよ風の黄金のものたちを受精させるものは元気である。

the thing that fertilize eye-opened gold objects of breeze is vigorous.

変な英語ですが、ラテン語をどのように解釈したいのかは伝えられると思います。


aeriae primum volucres te diva:

aeriaeは形容詞aerius「飛ぶ」の女性単数の属格/与格か女性複数の主格/呼格。primumは副詞で「まず最初に」、もしくは形容詞primusの中性単数の主格/呼格/対格、もしくは男性単数対格。volucresは形容詞volucer「翼のある、空を飛べる」の複数主格/呼格/対格、もしくは女性名詞volucris「鳥、飛ぶ生き物」の複数主格/呼格/対格。teは代名詞tu「あなた」の単数対格/奪格。divaは女性名詞diva「女神」の単数主格/呼格/奪格、もしくは中性名詞divum「空」の複数主格/呼格/対格、もしくは形容詞divus「神の、神聖な」の女性単数主格/呼格/奪格か中性複数主格/呼格/対格。

これにも動詞がありません。これもbe動詞が省略されていると考えてみます。primumは副詞と考えます。主語は女性複数主格volcuresで、aeriaeは同格で補語になっていると考えます。te divaは女性単数奪格で原因を示しているとします。まとめると「聖なるあなたのせいでまず最初に鳥たちが空を飛ぶ。」

絵に合わせて解釈します。この句はそれほど難しくはありません。ここでもprimumは副詞とします。この文の主語はvolucresです。volucrisは本来の訳では「鳥」としていますが、この言葉は空を飛ぶ虫も表します。そう、「蜂」も表せます。したがってariae volucresは「飛んでいる蜂たちが」となります。te divaは単数奪格で場所を示しているとします。

aeriaevolucres

まとめると次のようになります。

まず神聖なあなた(マルス)のところで飛んでいる虫たち(蜂たち)がいる。

the flying insects (bees) are near divine you (mars).



tuumque significant initum perculsae corda tua vi.

tuumは形容詞tuus「あなたの」の中性単数の主格/呼格/対格か男性単数対格。significantは動詞significo「示す」の三人称複数現在。initumは動詞ineo「入る、引き受ける」の完了分詞の中性単数の主格/呼格/対格もしくは男性/単数/対格、もしくは名詞initus「入場、開始、入り口」の男性単数対格。perculsaeは動詞percello「突き刺す、打ち負かす」の完了分詞の女性単数の属格/与格か女性複数の主格/呼格。cordaは中性名詞cor「心臓、心」の複数主格/呼格/対格。tuaは形容詞tuus「あなたの」の女性単数の主格/呼格/奪格か、中性複数の主格/呼格/対格。viは女性名詞vis「力」の単数処格/与格/奪格。

主動詞はsignificantで三人称複数現在。これにより主語は複数でなくてはなりません。候補としては名詞化した分詞perculsaeか、中性名詞cordaです。二つは性が違うのでこの分詞でcordaを修飾することはできません。そこでcordaを複数対格とし、percelloの目的語と考えます。それが分詞化しさらに名詞化して主語になっています。つまり、「心を打ち負かされたことが」が主語になります。主語が決まったので、tuum initumは対格で意味は「あなたの到来を」となります。同様に主語になれなかったtua viは女性単数奪格となり、 意味は「あなたの力によって」で、perculloの原因を表します。主語の心は誰の心かというと、直前の行のvolucres(鳥たち)のものです。まとめると本来の意味は、「そしてあなたの力によって打ち負かされた(鳥たちの)心があなたの到来を明らかにする。」となります。春となり鳥たちがせわしくさえずりながら飛び回るのは、ウェヌスに打ちのめされた、つまり恋をしたからだとみなしている表現だと解釈します。

今度は、絵に合わせた解釈を考えます。この絵を見せられてperculsae cordaの意味を考えると、どうしても槍を胸の高さで抱え込んでいるサテュロスたちが気にかかります。ちょうど心臓のところを槍に串刺しにされているかのように描かれているからです。法螺貝を持っているサテュロスにいたっては見ようによっては槍が体に刺さっています。しかしそれでは後が続きません。perculsaeが女性形だからです。ではどうするかといえば、絵の中の叩き潰されたものをperculsaeと呼ぶことにします。それは何かというと、木の幹で潰れている蜂です。叩きのめされて、そこに潰れて張り付いているわけです。単数なので、格は属格か与格のどちらかですが、まだここではわかりません。そこで、この木には枝を切った後にできた穴に注目します。この穴の周りには蜂が飛んでいて、この穴が蜂の巣の入り口であることがわかります。したがってこれをinitumで表せます。これを踏まえると、parculsaeは単数属格となります。そして本来の解釈ではこれに形容詞のtuumがくっついています。しかしこのままだと「あなたの入り口」となり、ちょっと意味が通じません。そこで「あなたの」ではなく、「あなたのそばの」と解釈します。ここまでをまとめると、「叩き潰されたもののあなたのそばの入り口を」となります。もちろんこの「あなた」はマルスです。

significantinitum

tua viは、この場合手段を表す奪格と考えて「あなたの武器によって」となります。マルスの武器である子どもたちが持っている「槍」を表していると解釈できます。この奪格は動詞significo「示す」に結びついて、先ほど意味が分かったinitumを目的語として指し示しています。問題はこの文の主語です。内容的に槍を持っている子どもたちが主語になってほしいのですが、残っている単語はcordaだけです。主語が省略されているとしてもいいですが、それだとcordaがどうしても残ってしまいます。cordaが子どもたちを表すことができると都合がいいです。そう思って、名詞corの意味を調べてみると、英語で、sweetheartというぴったりの言葉が見つかりました。つまり、「愛しい者たちが」と解釈すれば子どもたちを表せるでしょう。まとめると、次のようになります。

叩き潰されたもののあなた(マルス)のそばの入り口をあなた(マルス)の武器によって愛しい者たちが示している。

sweathearts indicate the entry of the struck near you (mars) by your (mars) forth


目を開いた金髪、元気なペニス、潰れた蜂などは、この解釈を元にしなければ、説明され得ない描写でしょう。この絵はボッティチェリの他の神話画のような異様な描写はあまり目立たない、まともな絵のように見えますが、やはり、この絵も細かく見ていくとこういう奇妙な描写がちりばめられています。



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2014年08月01日

『物の本質について』と《ヴィーナスとマルス》(2)

間隔が開いてしまいましたが、今回は『物の本質について』の6行目から9行目までの解釈です。
この内容を言葉遊びをして《ヴィーナスとマルス》の中に見つけてみましょう。これまでの考察から、兜をかぶっているサテュロスはクピド、その右にいる振り返っているサテュロスとホラ貝を吹いているサテュロスが、どちらか決めかねていますがデイモスとフォボス、そして鎧の中に入っているのが実は女の子でハルモニア、このように推定しています。ちなみにデイモス、フォボス、ハルモニアはウェヌス(ヴィーナス)とマルスの間の子どもです。それを前提に話を進めていきます。

ラテン語原文は次を使います。

Te dea te fugiunt venti: te nubila caeli:
Adventumque tuum: tibi suaves daedala tellus
Submittit flores: tibi rident aequora ponti:
Placatumque nitet diffuso lumine caelum.

手順としては、構成される単語の意味を調べて、本来の文章の意味を書いたあと、この絵の表現に近づけるための考察をします。そして結論の日本語と英語での解釈を示します。英文は日本語からではなくラテン語からの訳です。日本語に比べるとあまり自信はありませんが、明確に解釈が記述できるように思います。


Te dea te fugiunt venti:

まず単語の基本的な情報を並べてみます。te は代名詞tu「あなた」の単数、男性/女性の対格/奪格。deaは女性名詞dea「女神」の単数主格/呼格/奪格。fugiuntは動詞fugio「飛ぶ、逃げる」の三人称複数現在。ventiは男性名詞ventus「風」の複数主格/呼格、もしくは動詞venio「来る」の過去完了分詞の単数中性/男性の属格、複数男性の主格か呼格。本来の意味は、動詞が複数なので、主語は後ろの複数名詞ventiとなり、残りのte dea te は起点を示す奪格と考えて、「女神よ!あなたから風が逃げる」となります。

しかしこの絵では、風が逃げている描写はないようなので、違う解釈を試みます。te dea は、teを場所を表す奪格、deaを呼格と考えます。つまりteをマルスとみなすと「あなた(マルス)のところにいる女神よ!」となります。

主動詞はfugioしかないのでこれで確定です。そして複数主格となり得るのはventiだけなので、主語も確定です。ここでventiに風以外の意味を考えてみます。ventiは動詞venio「来る」の過去完了分詞の複数男性主格と考えることもできます。つまり、「来た者たち」という意味です。イタリア語でvenioの訳はvenire「来る」です。venireを詳しく調べると「生まれる」という意味もあります。これを使うとventiは「生まれた者たち」となり、奪格とみなしたteと合わせれば、あなたのところにいる生まれた者たち、つまりマルスの子どもたちを表す言葉になります。絵の中のダイモス、フォボス、ハルモニアが確かにこれにあたります。クピドはマルスの子どもではないので、ventiには含まれません。

次は動詞の意味を考えます。動詞fugioのイタリア語での意味はfuggire「逃げる、過ぎる、走る」です。振り返っている真ん中のサテュロスは、足を前後に広げ、しっぽを躍動させていて、走って逃げている姿に見えます。フォボスには英語でpanic flightという意味があるので、この子の描写から、こちらの方がフォボスだと考えられます。

fuggire

fugioの他の意味として、evitareがあります。これには「避ける、逃れる、遠ざける」などの意味があります。ホラ貝を持っているサテュロスは、後ろの二人が持っている槍を避けているので、この意味に当てはまります。真ん中の子どもがフォボスならば、こちらはデイモスということになります。ヒントは、彼の体が一見槍に貫かれているというぎょっとするような恐怖の描写です。

evitare

fugioには他にsvanire「衰える、姿を消す」もあります。鎧の中に入っているハルモニアは、ウェヌスから姿を消していると言えます。そう思ってみると、マルスも左手で協力しているようにも見えます。

svanire

まとめると次のようになります。

あなた(マルス)のそばの女神よ!あなたのところにいる生まれた者たちは、走ったり、避けたり、身を隠したりしている。

Goddess near you ( mars )! those who were born near you ( mars ) do "fugio" ( run,  avoid, disappear ).



te nubila caeli:

nubilaは中性名詞nubilum「雲」の複数主格/呼格/対格。caeliは中性名詞caelum「空、天」の単数属格か処格。動詞は前のfugioが省略されていると考えます。本来の意味は「空の雲があなたから逃げている。」です。

やはり、この絵には雲らしい雲が描かれていないので、別の意味を考えます。caelumには同じ語形変化の別の意味の単語caelum「のみ、たがね」があります。たがねと言えば、マルスが左手で支えている棒がたがねのような形をしています。両側がハンマーで叩く部分に見えるので、完全なたがねではないようですが、たがねのようなものとは言えるでしょう。これを手がかりにします。caeliは処格と見なすこともできるので、たがねのところにある「nubilum(雲)」という描写を見つければうまくいきます。nubilumの他の意味を調べていくと、イタリア語のvelo「ベール、薄い膜、覆い隠すもの」が見つかります。つまり、マルスの下半身を隠し、金属の棒に押さえつけられている白い布をnubilumと考えればいいわけです。しかし、問題があります。主語であるnubilumが複数でなくてはいけません。ここで絵をよく見ると、この金属の棒は絵の中で、ハルモニアの着ている鎧の下の服にも触れています。ハルモニアはまだ小さな子どもですが女性です。この布は彼女の胸を隠しています。つまりマルスの布と同じ役割を果たしています。

nubilacaeli

そしてnubilumを複数対格と解釈して、感嘆の意味を表しているとします。残ったteですが、これもマルスと考えなくては成り立たないでしょう。どちらのnubilumも、たがねとマルス両方に触れています。随伴を示す奪格として、「あなた(マルス)のともに」となるでしょう。

あなた(マルス)とともに、たがねのところにある複数の覆い隠すものよ!

the veils near the chisel with you ( mars ) !



Adventumque tuum:

adventumは男性名詞adventus「到来」の単数対格。tuumは形容詞tuumの中性単数の主格/呼格/対格もしくは男性単数対格。tuumは前にある名詞と一致していると考えると男性単数対格となります。対格だけなので、これは感嘆を表していると解釈して、「あなた(ウェヌス)の到来よ!」とします。

これも絵にするのは難しい表現です。adventumは動詞advenio「来る」の過去完了分詞と考えることができます。中性単数の主格/呼格/対格か男性単数対格で、上記のtuumと一致します。さらに調べてみると詩の表現として、男性もしくは中性の複数属格の場合も存在します。これはtuumも同じです。

advinioの意味にはイタリア語でvenireがあります。venireは先ほど出てきたように「生まれる」と解釈できるので、adventum tuumは「あなたの生まれたもの」となります。tuumは直前のteと同様にマルスを意味していると考えます。したがって「あなたの生まれたもの」はダイモス、フォボス、ハルモニアの誰かを指していることになります。

これでもいいのですが、この語句が複数としても解釈できるのでその可能性も調べてみます。adventum tuumが複数ならば属格となり、前の語句中にあるnubilaを修飾していると考えられます。子どもたちそれぞれに描かれているnubilaが見つかれば、この解釈が成り立つことになります。

ハルモニアに関しては、既に前の語句で分かっているように、鎧の下に着ている薄い服がnubilumとなります。次に振り返っているサテュロスに雲らしいものを探してみると、角が白くてとても柔らかく描かれています。この角が単体で空に描かれていれば、雲と間違いそうなくらいです。これを彼のnubilumとみなします。

nubilum1

あとはホラ貝を持ったサテュロスです。nubilumの意味にはobnubilamentoがあります。イタリア語の動詞obnubilareの名詞化です。この動詞obnubilareの意味には、「曇らせる」、「精神を朦朧とさせる」という意味があります。二番目の意味はこの絵にとってとても重要なものです。いままでずっとこのホラ貝はマルスをびっくりさせて起こしてしまうものだとばかり思っていました。しかし、この単語によって全く逆のことがこの絵に描かれていたことが分かります。このホラ貝でサテュロスはマルスの意識を朦朧とさせているのです。分かってしまうと、この方が納得がいきます。結局このサテュロスのnubilumとはこのホラ貝による行為となります。

obnubilamento

まとめるとこうなります。

あなたの生まれた者たちの複数のnubila(雲の角、覆い隠す服、意識を朦朧とさせるホラ貝)よ!

some "nubila" ( cloud shaped horns,  a veil, a shell to obnubilate) of the people who were born of you ( mars ) !



tibi suaves daedala tellus submittit flores:

tibiは代名詞tuの単数与格、suavesは形容詞suavis「快い、甘い」の複数主格/呼格/対格。daedalaは形容詞daedalus「熟練した、器用な」の女性単数の主格/呼格/奪格か、中性複数の主格/呼格/対格。tellusは女性名詞tellus「大地」の単数主格/呼格。submittitは動詞submitto「繁らせる、下げる」の三人称単数現在。floresは動詞floreo「繁茂する」の現在分詞二人称単数もしくは男性名詞flos「花」の複数主格/呼格/対格。

性数格の一致から、suavesとfloresが結びついて、男性複数の主格/呼格/対格のどれかを表します。同じように、daedalaとtellusが一つになって、女性単数主格/呼格となります。主動詞が三人称単数なので主語はdaedala tellusの方だと分かります。したがって、本来の意味は、「あなたのために器用な大地が快い花々を繁らせる。」となります。

この言葉から想像できるのはボッティチェリの別の作品《春》の足下に描かれている花々の描写に近いでしょう。しかし、ボッティチェリの描いた他の神話画と違ってこの絵には花が描かれてはいません。floresに花以外の意味を探さなくてはならないのでしょうか?しかしよく探してみるとこの絵の中にも花が咲いていました。それは本物の花ではありません。ウェヌスの体の下にある赤いクッションに金糸の刺繍で作られている規則的な模様の中にいくつも花が描かれています。この花を使って考えてみましょう。

flores

suavisの意味としてイタリア語でsoaveがあります。意味は「快い、甘美な、柔らかな」です。このクッションは、女神の腕の沈み方から確かに柔らかく描かれています。この部分がsuaves floresを表していると考えていいでしょう。では、daedala tellusはこの絵でどれになるでしょうか。字義通りならば「器用な大地」となります。よく見ると地面から何かが出てきて、このクッションを押さえているように見えます。

daedalatellus

確かにこれは器用な行為です。ただこれだと金色をまとった描写を説明できません。そこでdaedalusの意味を調べてみると、artistico「芸術的な」という意味があります。正直自信はありませんが、これでいいでしょう。もっと解像度の高い画像があれば、また当時のフィレンツェの俗語を含めたdaedalusの意味が分かれば、もっと確実なこの奇妙な形の意味を考えられるかもしれません。現時点では、「芸術的な大地」としておきます。

あとは動詞submittoの意味です。この語はいろんな意味のある単語ですが、この場合はelevare「あげる、持ち上げる」がいいでしょう。大地から出ている棒状のものが下から花々をクッションごと支えているように見えます。残ったtibiは持ち上げる行為の対象と考えます。したがってこの場合はマルスではなくウェヌスを指しています。二人称の相手として、マルスとウェヌス、それぞれに語りかけながらこの絵は描かれていることになります。この二人称の揺れは、すべての解釈が終わってから点検し直す必要があるでしょう。

芸術的な大地があなた(ウェヌス)のために柔らかな花々を持ち上げている。

the artistic earth lifts the soft flowers to you (venus).



tibi rident aequora ponti:

tibiは代名詞tu「あなた」の単数与格。ridentは動詞rideo「笑う、輝く」の三人称複数現在。aequoraは中性名詞aequor「表面」の複数主格/呼格/対格。pontiは男性名詞pontus「海、波」の単数属格/処格、複数主格/呼格。この文の動詞は三人称複数のridentなので、主語は複数となり、aequoraかpontiとなるが、pontiは単数属格とも解釈できるので、aequora pontiは海の表面、つまり海原が、主語と考えられます。与格のtibiは笑いかける相手を示しています。まとめると「海原があなたに輝いている。」となります。

どう見てもこの絵には海が描かれているようにみえません。しかしよく見るとこの絵の中で海を連想するものが輝いています。それはクピドが被っているヘルメットです。

pontus1

このヘルメットは海のような濃い青色をして、その表面が輝いています。つまりpontusを「海」ではなく「海色の物」と解釈するわけです。輝いているのはおそらく太陽のせいですが、この方向にはちょうどウェヌスが座っています。そうなると、tibiはウェヌスを指していると考えた方がいいでしょう。

tibirident

しかしこの輝いている表面はもう一つなければいけません。なぜなら動詞の形から主語は複数でなくてはならないからです。もう一つ青いものが輝いていないかよくこの絵を見てみると、これもすごく目立つ場所にありました。それは真ん中のサテュロスの両目です。

pontus2

いままで気づかなかったのですが、この絵の中で彼だけが青い目をしています。そしてこの目だけがウェヌスを見つめています。彼の青い目はちゃんとその表面に白いハイライトが描かれています。ここのtibiもマルスではなく、ウェヌスを指しています。まとめると、次のようになります。

海色の表面(クピドのヘルメットと真ん中のサテュロスの目)があなた(ウェヌス)に向けて輝いている。

the surfaces of ocean color ( cupid's helmet and the eyes of the satyr in the middle ) shine to you ( venus ).



Placatumque nitet diffuso lumine caelum.

placatumは動詞placo「和らげる、鎮める」の完了分詞の中性単数の主格/呼格/対格か男性単数の対格、もしくは詩において男性/中性の複数属格。nitetは動詞niteo「輝く」の三人称単数現在。diffusoは動詞diffundo「まき散らす、放つ」の完了分詞の単数男性/中性の奪格/与格、もしくは形容詞diffusus「広い」の単数男性/中性の奪格/与格。lumineは中性名詞luminen「光」の単数奪格。caelumは中性名詞caelum「空、天」の単数主格/呼格/対格か複数属格。

この文の動詞は三人称単数現在のnitet、主語は単数のcaelumとなります。分詞placatumは形容詞として主語を修飾しています。したがって、この三つの単語の意味は「鎮められた空は輝く。」となります。diffuso lumineは単数男性奪格でまとまって、輝き方について「光を放ちながら」と補足説明しています。まとめると、本来の意味は「鎮められた空は光を放ちながら輝いている。」となります。

もちろんこの描写はこの絵の中にありません。「空、天」を表すcaelumですが、この意味ではこの絵の中には見つからなさそうなので、他の意味を探してみます。caelumは先ほど出てきたように「たがね」と訳してみます。本来の解釈でcaelumを形容詞として修飾している分詞placatumですが、これはこのままの解釈「鎮められたたがね」では無理のようです。分詞placatumを名詞的に解釈してみると、「鎮められた者」となります。そう考えて、このたがねの周りを眺めてみると、マルスとハルモニアの状態が気になります。眠るというのはこれ以上にない鎮まった状態です。やんちゃな子どもが鎧の中に閉じ込められている状態も鎮められていると言えるでしょう。

placati

分詞placatumは、caelumとの結びつきを無くし、単独で単数主格か呼格か対格となっているか、詩にみられる語形で複数属格なのかもしれません。そこで注目するのは、このたがねのようなものとこの二人の描写です。マルスは左手の指でこの棒を押さえていますが、ハルモニアも絵の中でこの棒に手で触れています。物理的には距離があってハルモニアは直接触れてはいませんが、絵の平面の上では触れたような描写になっています。手で触れることは所有を表す最も分かりやすい表現です。つまり鎮められた状態の二人が棒に触れている描写は、placatumの複数属格という文法構造を表したものと言えます。

placatum

この棒はにぶく輝いているので、動詞nitetはそのまま「輝く」と解釈します。ここまでをまとめると、「鎮められた二人のたがねは輝いている。」となります。残りはdiffuso lumineです。luminenの意味は「光」ですが、他の意味に「日光、明るい色」の意味もあります。絵のたがねのようなものの下には、マルスの腰にかかっている白い布の端が平らに広がって、日光を受け明るく輝いています。lumineはこの輝きを表していると考えるとうまくいきそうです。diffuso lumineは奪格なので、場所を表しているとします。

diffusolumine

まとめると、次のようになります。

鎮められた者たち(マルス、ハルモニア)のたがねが、広げられた明るいところで輝いている。

the chisel of the persons ( mars, harmonia ) who  were calmed shines at expanded bright object.


今回はここまでです。実のところ、ここをうまく解釈するアイデアが浮かばなくて、1年間先に進めませんでした。



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posted by takayan at 01:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヴィーナスとマルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

点字タイプソフト修正(20140713)

度々ですみません。読点(、)が打てなくなっていました。外字の前置符号の処理を書き換えたときにこの処理が抜け落ちていました。それと先日モード切替をCtrl+Alt+Bに変更しましたが、これはPC-Talkerで起動中のアプリケーション数を読み上げるショートカットでした。切り替えの動作はちゃんとするのですが、いちいちアプリケーション数を読み上げるのもうるさいので、また変更します。新しいショートカットはCtrl+Alt+変換キーです。修飾キーを使ったときの動作も見直しました。

今回の修正(1.0.0.3):
・読点が打てなくなっていたので、修正(5、6の点、その後、スペース)。
・モード切替のショートカットをCtrl+Alt+変換キーに変更。
・修飾キー(Shift、Ctrl、Alt、Win)が押されているときは、点字入力とは見なさない。

修正されたソフトは次の記事内のリンクからダウンロードしてください。
点字タイプソフト作ってみました。



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posted by takayan at 08:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 点字入力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月12日

点字タイプソフト修正(20140712)

昨日修正したのに、今日もです。昨日の修正で、ちゃんと英字の大文字が打てるようになったのですが、キャプスロックをオンにした後、大文字の前置符号である6の点を使うと、小文字が表示されてしまいます。分かっていれば、これはこれでいいのですが、そのときの音声ガイドが「大文字」のままになっています。これだと音声ガイドと入力される文字との間に齟齬が出て、混乱させてしまいます。これは放置すべきではないので、はやめに修正します。ついでに他も修正します。

修正箇所
・Shift+CapsLockでキャプスロックをオンにしたとき、本来は英字の大文字化の前置符号である6の点を、その間だけ小文字化の前置符号とみなすことにした。それに伴いその間の音声ガイドも「小文字」となるようにした。
・該当しない点字パターンを入力したとき、PC-TalkerもしくはNVDAで「エラー」と発音するようにした。
・入力する手の切り替えメニューにチェックが付くようにした。

修正されたソフトは次の記事内のリンクからダウンロードしてください。
点字タイプソフト作ってみました。



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posted by takayan at 01:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | 点字入力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする