2006年09月11日

純情きらり(139)

<内容>

達彦の心の重みを分け合っていこうとする桜子。

昭和21年3月。山長を訪ねる桜子。達彦の様子を野木山に聞くと落ち着いてきたが、店の仕事はまだだと答える。桜子に聞こえるように、仕事をしようとしない達彦に文句を言う職人もいる。
達彦の部屋に行くと、達彦は荷造りをしていた。戦友の家を回らないと、心の整理がつかない。桜子はそれを見て、達彦が自力で歩き出すのをまとうと思う。

学校。桜子は女の子たちにピアノを教えていた。そこに校長先生がきて二人で話をする。復員してきて復職してくる正規の先生がいるので、代用教員の桜子に辞表を提出してもらいたいとの話だった。

マルセイユ。秋山さんも来ていた。さっそく二人で演奏する。曲は「オン・ザ・サニーサイド」。マスター・ヒロは楽しそうに見守っている。演奏が終わると、秋山はやっぱり桜子が東京に出て行かないのはもったいないと言う。桜子は教師を続けられないかもしれないと漏らす。その言葉に秋山は喜ぶ。

場面は変わって、達彦。戦友の家。達彦は正座して深々と頭を下げる。「わたしだけおめおめと生き残ってしまいました。」と言う。目の前には戦友の両親が座っている。母親が涙を流しながら小さな遺品を手にする。つらそうな達彦。

マルセイユ。ヒロと桜子が話している。達彦はまだマルセイユに来ないらしい。音楽をさけているのではないか、そう心配している桜子に対して、マスターは少しおどけてやわらかくして、岡崎を離れられないのは達彦さんが心配だからかなと言う。

桜子が帰る途中、空き地に腰を下ろしている達彦を見つける。並んで座って、ご遺族はと聞くと、達彦は、「みんな喜んでくれる。良く伝えにくれたと感謝してくれる。でも年老いた親御さんに泣かれるとつらくなる。若山の姉が言った『あなたには未来があるが、弟にはない』という言葉が思い出される。生きていることが申し訳ない。」

そんな達彦に対し、桜子は夕空を見ながら、「きれいな夕空は戦争前と何も変わっていない。達彦さんは生きて帰ってきてよかったとみんな思っている。マルセイユのヒロさんもそう。ピアノやレコードも達彦を待っている。」とやさしく語りかける。

家のピアノの前。学校のことを悩んでいた。ももこ姉ちゃんがお茶をもってきた。桜子は学校を辞めないといけないことを話し、今は目の前の演奏会を一生懸命やるしかないねと気分を切り替える。

そこに、玄関を叩く音。二人が玄関に駆けつけると、入ってきたのは冬吾。「誰にもここに来たことは言うな」といいながら倒れ込む。

純情きらり(140)へ つづく




posted by takayan at 08:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 純情きらり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ピンキリの語源

テレビを見ていると、歌舞伎由来の言葉を扱った番組をやっていた。ウッチャンナンチャンが司会をしている「クイズ!日本語王」の歌舞伎の言葉の回。時間帯は東京とは違ってたらしい。

知らない言葉も出てきたりして面白かったが、「ピンはね」の語源のとき、先生がついでに「ピンキリ」の話をして、その話ちょっと違うだろうと思った。

ピンキリのピンはピンはねのピンと同じで、一のことを表し、キリは十で、十字架の形、つまりキリストだからキリと呼ぶとか言ってた。常識的に考えてそれはありえんだろうと思った。

当初からキリシタンという言葉は使われていたと思うが、十字架をキリと呼ぶという話は聞いたことがなかった。この先生の専門は歌舞伎由来の言葉だというのだから、それ以外の由来の言葉は不案内だと思うんだけど。


以下、調べた結果(有力と思われる説)

ピンキリ=
始めから終りまで;最上等のものから最下等のものまで。
ピンはポルトガル語「点」であり転じて1を意味し、キリは最後のカードを意味する。これにより、最初から最後までの意味を表す。

ピンはね=
興行主が役者の手当をあらかじめ手数料として1割引くこと。転じて、他人の利益のうわまえを先に取ること。この1割の1を表すのにポルトガル語由来のピンが使われた。

ついでに、ピン芸人のピンも同様にこのポルトガル語由来のピン。


以下、その理由と考察

ピンキリは「ピンからキリまで」の省略で、ピンからキリまでは、

 広辞苑によると
  ピンからキリまで=
  (1)始めから終りまで。
  (2)最上等のものから最下等のものまで

ピンの由来:

 広辞苑によると
  ピン=
   (pinta(ポルトガル) 点の意)
   (1)カルタ・采(さい)の目などの1の数。
   (2)はじめ。第1。最上のもの。

つまり、ピンはポルトガル語のpintaが語源らしい。意味は点。カードやサイコロの一の目を表すのに使われたらしいので、転じて1の隠語となった。

pintaをポルトガル語の辞典で調べると、実際に「点」の意味があった。ちなみにpintaは動詞pintarに由来する語で、これは英語のpaintに相当する。

2008.2.8追記:(pintaには点の意味はあることはあるみたいだが、斑点やしみの意味らしい。これについての考察は、ピンキリ考第三弾に書いた。)


ポルトガル語オンライン辞書 Lingua Portuguesa On-Line

ただしこのオンライン辞書は結果もポルトガル語なので、確認するには、Babel Fish Translationを利用して「Portuguese to English」で英語に訳した。

サイコロのあの一の点を思い起こすと、なんだか納得いく。でもカードに関していうと当時の1のカードは今のトランプのような真ん中に一つのスートのマークが入る形式ではなかった。そういうわけで、最初はサイコロ由来だと想像できる。でも、当時日本に来たポルトガル人がそう呼んだという記録がなければ何とも言えない、見つからないだろうが。

キリの由来:

 広辞苑によると
  キリ=
   クルス(cruz(ポルトガル))の訛。十字架の意から転じて、十の意。

広辞苑には、こう書いてあるのだけど、以前調べたときは別の説を見つけた。

わかりやすい解説を探すと、[暮らしの歳時記]All Aboutのえっ!「松竹梅」は平等で「ピンキリ」は逆?。ここに紹介されているように、「限り」を意味する「切り」という説である。

 広辞苑で「切り」を調べてみると、ちゃんと書いてある。
  切り=
  (6)天正カルタで、武将をかたどった最後の12の札。

「天正カルタ」はポルトガルから伝わったポルトガル式のトランプを日本で作ったものである。なお当時のポルトガルのトランプは現在日本で使われているトランプとは枚数や絵札などに違いがある。

これに関連する話として、花札の12月の花が桐(キリ)となっているのも、この天正カルタで12をキリと呼んでいたことの名残とする説がある。花札は禁令を逃れるために天正カルタのようなトランプらしさを表面的に排除していったすえに出来上がった日本独自のカードだ。


考察:
キリについては、クルス(Cruz)がキリに訛って十字架だから十を表すと言うよりも、最後のカードをキリと呼んでいたことのほうが説得力があるように思う。ピンもキリもカルタ(カード)の用語として使われていたわけだから、両者を並べて使うことにも違和感がない。
これに対してキリがクルス由来であると主張するためには、キリという言葉が、この言葉が作られたとき人々が誤解しないくらいに12の意味以上に十の意味として強く使われていたという事実を示さないといけない。



参考資料
三池カルタ記念館の紹介...復刻天正カルタの画像、カルタの歴史一覧がある。

更新 2006年9月12日1:05:09

追記 2007.5.1
その後、また考えてみた。「ピンキリ再考」。かえって答えが出せなくなった。

追記 2008.2.8
今度はピンについて調べてみた。
「ピンキリ考 第三弾」


posted by takayan at 01:42 | Comment(0) | TrackBack(1) | 言葉・言語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。