2006年09月25日

純情きらり(151)

<内容>

病室。結核なんだ。そう医者に言われたと達彦。今日の演奏会は諦めないといけない。体のためなんだ。普通の体ではないんだ。妊娠している。どんなに演奏会にかけてきたのかわかっているが、こんなこというのはつらいが。わかるよなと桜子を説得する達彦。あかちゃんのためだよねと、悲しく受け入れる桜子。

山長。桜子と達彦が帰ってくる。野木山たちが心配そうに出迎える。たいしたことないと桜子。奥に床用意していると野木山。布団に横になっている桜子。笛子、杏子、冬吾の三人が駆け付けてくる。とても心配そうに桜子を見舞う。演奏会楽しみにしとったのにねと笛子。赤ちゃんは何ともないと杏子が聞くと、この子のためにも頑張らんとねと桜子。

別の部屋。達彦とそれに向かい合う形の三人。達彦が状況を話す。お医者さんからは、滋養のあるものを食べること。桜ちゃんはまだ若いから望みがあると冬吾。もう一つ医者に言われたのはと達彦。子どもは産まんほうがいいと。今の病状のままだと母体に負担をかけすぎる。でも桜子にはまだ言っていない。演奏会が駄目になったのも、なんとか子どものためと受け入れることができたところなので。子どもを産まない選択は、桜ちゃんにとってはきついだろうねと杏子。達彦さんごめんね。桜ちゃんの病気のこと気付かんだったんだろう。もっと早く気付いていたらと悔しそうに杏子が言う。桜子の体のこと第一に考えないてと笛子。大事なのはこれ以上病気を悪くしないこと。そう達彦が言う。

蝉の声。横になっている桜子。達彦が調子を聞くと、退屈だと桜子。おとなしくねとらんと駄目だと達彦。教え子たちからの手紙を持ってきた。桜子は起き上がって、うれしそうに手紙を読む。みんな元気になるのまっとるんだ。かんばらんとなと達彦。音楽を聴こうと達彦。桜子は、サニーサイドオブザストリートをリクエストする。桜子の部屋に蓄音機を持ってきて、レコードを二人で聴いている。達彦は桜子の看病を続けた。結婚以来忙しく働いてきた二人には、はじめて訪れた至福の時間。

外への散歩。もうすぐ夏も終わるね、蝉の声はいつまでかな。立ち止まり目を閉じ深く息を吸い込むする桜子。今まで無我夢中で走り続けてきた。こうやって立ち止まると周りのものはみんな輝いている。人生に無駄な時間なんて無いんだよね。焦らず急がず今を楽しまないとと達彦。何もせんでも子どもはちっとずつ育っている。ほだねと桜子。元気になろうなと達彦。

弟勇太郎が東京からやってきた。桜子を見て、思ったより元気そうだ。勇太郎は、帝大から名前の変わった東大で助手をしていて泊まり込みの実験で忙しいと話す。勇太郎が見せたいものがあると、新聞の切り抜きを桜子に渡す。冬吾さんたちの展覧会の記事。それを声を出し読む桜子。冬吾を褒める内容、そのあとにはヤスジを褒める言葉もある。大盛況で、年末には岡崎でもやることになった。絶対行くと桜子。

病院。診察室。医者と達彦がレントゲンの写真を見ている。前回とは別の病院、別の先生。影が前より大きくなっていると先生。奥さんの体のためには、子どものことを考え直さなくてはいけない。もう引き返せん時期に来ている。廊下の椅子で待つ桜子。達彦が出てくると、先生なんだって。よくなったの。うんという達彦。帰ろうと先を急ぐ達彦、その後ろ姿を見つめる桜子。

山長。達彦は一人で部屋で考え込んでいる。何かを決意した顔。桜子が寝ている部屋に向かう。桜子はいない。そこには白い毛糸の編みかけの編み物が置いてあった。戻ってきた桜子に、ちゃんと寝ていないとと達彦。ちゃんと寝とるよ。便所に行ってただけだと、編み物は赤ちゃんのおくるみ。できあがってから見せようと思っていたと幸せそうに話す桜子。真剣な顔で達彦が話を切り出す。子どものことだけど、考え直せないか。えっと驚く桜子。先生に言われた。このままの状態が続くと危ない。桜子はそんなことできない。そんなこと二度と言わんで。この子は生きとるんだよ。私と達彦さんの赤ちゃんだよ。そう涙ぐみながら桜子が反論する。おまえと子どもどっちかと言われたら、俺にとって大事なのはおまえなんだ。そう言われて、編み物を抱きしめる桜子。達彦が部屋から出て行くと、後ろから桜子の泣く声が聞こえ、達彦が振りかえる。桜子は布団に横になり、赤ちゃんを抱くようにその編み物を抱きしめ泣いている。

つづく。




posted by takayan at 12:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 純情きらり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

純情きらり 第25週

第25週 「夢にみた演奏会」

披露宴がもっと前の週だったようにさえ思えるほど、この週も怒濤の展開。結婚後、薫子、西園寺先生、斉藤先生と、懐かしい人たちが、桜子の前に現れた。ただ顔を出すだけでなく、一人一人がその役柄らしい形で、桜子の夢の実現を応援していく。

桜子は死んでしまうのだろうか。以前冬吾が引用した槐多の詩。槐多は結核で命をすり減らしながらあの詩や他の輝くような作品を残し、死んでしまう。あの詩の引用は、桜子の人生の暗示としての意味合いもあったのだろうかと、今から考えるとそうも思えてしまう。最終週のタイトルは「いのち、輝いて」。次週予告の中にあった、桜子のセリフ。生まれてくる我が子に残した言葉のように聞こえてしまう。桜子が幼いときに亡くなった母マサが、桜子に音楽という宝物を残してくれて、その音楽への気持ちが桜子の人生を輝かせ続けてくれた。たとえ桜子が死んだとしても、生まれてくる子の人生もまた輝かせてくれる。そういうふうに話はなるのだろうか。桜子は病気に勝ったという結末であっても、そうしてくれたNHKさんに拍手を贈りますけどね。

桜子の演奏会は結局実現できなかった。でもこの演奏会への努力は決して無駄ではなかった。だって亨くんの人生に希望を与えてくれたから。そして偶然にも斉藤先生との再会を果たすことができたから。斉藤先生の目のつくところにチラシを置くために企画された演奏会と言っては変だけれど、斉藤先生が当時予言していたとおり、ひたむきに音楽への情熱を忘れなかったからこそ、達彦に桜子の曲のすばらしさに気付いてもらえ、西園寺先生を巻き込んで、演奏会が実現することができ、そしてそれを応援するためのチラシ配りが、結果的に斉藤先生との再会へと結びついたのだから。

斉藤先生の実家が破産しなければ、マロニエ荘の仲間には会えなかったかもしれないが、それはそれで音楽とともにある幸せな人生を桜子は歩めたかもしれない。でも、音楽を諦めずに生きてきた桜子は達彦と幸せな日々を過ごすことができた。マロニエ荘の仲間たちとの楽しい思い出もある。笛子も杏子も、桜子が東京に出て行ったことの影響があって、今の幸せな人生を送っている。人生はどうなるかわからないものだけれど、桜子がこの物語を通じて、みんなに支えられながら、ひたむきに愛する音楽を諦めなかったことが、桜子自身だけでなく、斉藤先生を含めみんなの人生に素敵なものを与えてくれたのだと思う。

今回斉藤先生とのエピソードを思い出すために、一気に4週目から6週目までを見直していたのだけれど、あの頃のひたむきにピアノに打ち込んでいる桜子の姿を見ていると、今回の演奏会だけはどうしても実現させてほしかったなあ。それから見ていて、宮崎あおいがほんと桜子の人生を生きているなと感心してしまった。どう見ても女学生に見えないこの頃の桜子が、いまはちゃんと女将さんらしくしているし、予告の中では母の顔をしている。たった数ヶ月の間に女優としてすごい成長をしているんだろうなと思った。


posted by takayan at 01:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 純情きらり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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