2007年05月12日

ロバイという虫(1)

うんすんカルタで竜の描かれたカードをロバイと呼ぶ。先日、これがポルトガル語のlombrigaから来ているのではないかと書いた。(うんすんかるたのロバイ参照)。

ロバイの札は昔から虫とも呼ばれている。だからといって素直に今の日本語-ポルトガル語辞書で「虫」を調べてもこの単語は出てこない。ヴァチカン図書館所蔵の葡日辞書をもとにしている辞書にだけlombrigaにムシという訳語が関連づけられていた。16世紀あたりのポルトガル語と日本語の対応を残しているこの辞書に書かれている意義は大きいだろう。この根拠からロバイはlombriga由来ではないかと書いた。

この単語は現在のポルトガル語-日本語の辞書では「回虫、ミミズ」という意味しか出てこない。図書館にあるすべての現代の辞書にはそうとしか書いてなかった。これからカルタで使われる虫という表現から推理し見つけ出すことは困難だろう。運良くヴァチカンの辞書を手にすることで、この壁をすり抜けることができた。

けれど前回調べたとき、当時ポルトガル本国でもこのカードの竜をlombrigaと呼んでいたかどうかが問題として残った。それを今回やっと解決できた。カードそのものを呼んだという証拠は見つからなかったが、ポルトガル語においても竜をlombrigaと表現する例を見つけることができた。


ポルトガル語で書かれた古典が置かれているサイトLivros clássicos para você! 。ここにA História do Volsungsという物語が置かれている。13世紀にアイスランドで書かれた物語Volsunga Saga(ヴォルスンガ・サガ)のポルトガル語訳である。これは何かというとつまり有名なシグルズ(ジークフリート)が出てくる北欧神話の物語だ。この中にlombrigaという単語が「竜」の意味として登場する。複合語も合わせて二十数カ所出てくる。”lombriga”が頻出するのは第18章(このサイトの分割ではCapitulo 65からCapitulo69)を眺めてみよう。ポルトガル語を直接訳すには難しいので、英訳を探すと(THE STORY OF THE VOLSUNGS
- Online Medieval and Classical Library
)にあった。ポルトガル語の文章はこの英文からの直訳のようにみえる。

章の名前から既にlombrigaが使われている。「XVIII DE CAPÍTULO. Do Assassínio da Lombriga Fafnir」。英訳のほうだと、「Chapter XVIII: Of the Slaying of the Worm Fafnir」。ここに出てくる英語のWormはあとで詳しく説明するつもりだが北欧系の竜を指して使われる単語だ。それに対応する語としてlombrigaが使われているのだ。

実際の文章でも次のように使用される。これはシグルズが竜を退治する場面である。
Agora rastejado a lombriga até o lugar dele de molhar, e a terra tremido em toda parte ele, e ele bufou veneno adiante em todo o modo antes dele como foi ele; mas Sigurd nem tremeu nem era adrad ao rugir dele.
Assim whenas que a lombriga rastejou em cima das covas, Sigurd empurrou a espada dele debaixo do ombro esquerdo dele, de forma que isto afundou em até os cabos; então para cima Sigurd saltado da cova e puxou a espada atrás novamente até ele, e therewith era o braço dele tudo sangre, até o mesmo ombro.


この場面の内容を意訳すると:
竜は水飲み場に下りてきた。周りの地面は揺れた。鼻から猛毒を吹きだして通った道にまき散らした。だが(穴に潜んでいる)シグルズは震えなかった、そのうなり声にも恐れなかった。そして、竜が穴の上まで這ってくると、シグルズは下からそいつの左肩に剣を強く突き刺した。あまりの力に柄まではいりこんだ。シグルズは穴から飛び出て、刀を引き抜き取り戻したが、それによって腕が肩の方まで血にまみれてしまった。

この場面に出てきたfafnirについて日本語ではファフニール - ja.Wikipediaがわかりやすい。ついでに挙げるとFafinir - en.Wikipedia,Fafinir - pt.Wikipedia。英語版には先ほど紹介した鼻から毒液を吹き出しながら這っている挿絵がある。
このように、ポルトガル語では北欧系の竜を”lombriga”という語を使って表している。この語はミミズや回虫を表しているだけの語ではないのだ。


長くなりすぎたので、今回はここまででやめるけれど、参考までに、この章の別の箇所に次のような文章を見つけた。
"Como sayedst tu, Regin que este drake era nenhum maior que
outro lingworms; methinks o rasto dele marvellous é grande?"

この部分で使われているdrake、lingwormも注釈から竜を表しているのが分かる。ただ二つは翻訳の元にしただろう英語からの流用だと思われる。上で紹介した英文のほうも該当箇所で同じ綴りの語を使っている。またここには無いが一般的なヨーロッパの竜を表すポルトガル語dragãoも出てくる。これは英語のdragonの訳として使われている。

ポルトガル語から離れてしまうが、さらに原典にあたる古ノルド語による上記の引用部分の表現を見てみる。(引用元HEIMSKRINGLA-Völsunga saga
Ok er ormrinn skreið til vatns, varð mikill landskjálfti, svá at öll jörð skalf í nánd. Hann fnýsti eitri alla leið fyrir sik fram, ok eigi hræddist Sigurðr né óttast við þann gný. Ok er ormrinn skreið yfir gröfina, þá leggr Sigurðr sverðinu undir bægslit vinstra, svá at við hjöltum nam. Þá hleypr Sigurðr upp ór gröfinni ok kippir at sér sverðinu ok hefir allar hendr blóðgar upp til axlar.

また同様に
"Þat sagðir þú, Reginn, at dreki sjá væri eigi meiri en einn lyngormr, en mér sýnast vegar hans ævar miklir."

これによると竜を表すそれぞれの元の古ノルド語はlombriga(worm)はormrinn、drakeはdreki、lingwormはlyngormrのようだ。またここには無いがdragão(dragon)はdrekiだ。

次回につづく


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