ちりとてちんでは、主人公の喜代美が全151話の最後の数話で、本当に自分のなりたいものを見つける。最終回一回前草々が言ったように今まで積み上げたものが全て無駄になってしまいかねない危険な展開だ。でもこんな急な展開なんだけれど、喜代美の選択がとても納得できてしまう。それは和久井映見演じる愛すべきお母ちゃんがいつもそこにいてくれたことが大きいだろう。そして、そこに着地しても違和感がないような伏線が、物語の最初の方からきちんと仕組まれていたからに他ならない。継承していくことの大切さ大変さ素晴らしさを描いた物語で、主人公がお母ちゃんになることを選ぶというのは、とてもふさわしい結末だと思う。
とにかくこのドラマは、一話一話の積み重ねがあるほど、より味わうことができる。NHKは例外的に番組枠を作って、再放送を始めるべき。第一週だけでも流すべき。録画したものを見直して、率直にそう思った。第1回の出だし、それは母ちゃんの歌声だった。それだけでもう感極まった。すぐに再放送は無理だろうけど、完全版DVD BOX 第一巻は早速5月に出る。最初から見てない人は、こんな投稿見ずに、DVDを買うべきだと思う。
では、主観的な最終回の内容と注釈
回想などの話数が分かるときは、書き込んでみた。
最終回はオープニングが無かった。いつもの「ちりとてちん」の文字が出てくるだけだった。いつもなら、落語家の紋など落語にまつわるもの、大阪に関するものが飛び出てくるアニメーションが、松下さんのピアノ演奏と共に流れるのに。今回はそれなしで始まった。今日は、喜代美の出産を中心に、上沼恵美子のナレーションによる未来の喜代美の視点での登場人物の後日談が語られていく。
かなり大きなお腹になった喜代美が庭を見ながら休んでいる。庭に順ちゃんが現れる。喜代美の様子を見ていよいよって感じだねと声を掛けると、それを言わんといてと喜代美が困った顔をする。
喜代美は出産の痛みを心配している。順ちゃんはとても痛いよって怖い顔をしてみせる。でもそのあと大変だからすぐに痛みを忘れると言う。どねしよと不安を漏らす喜代美。そんな覚悟もなしに決心したのかと順ちゃんは喜代美を叱る。お腹の子供と、草々さんのお弟子さんと、ひぐらし亭の落語家みんなのお母ちゃんになると決心したんじゃなかったのかと、いつも以上に厳しい口調で言う。そして、どねしよ禁止を喜代美は言い渡される。順ちゃんの勢いに圧倒されて、喜代美は「はい」と返事をする。順ちゃんは縁側に腰を下ろし、庭を眺める。その後ろ姿をニコニコしながら眺めてる喜代美。順ちゃんに出会わなかったら自分の人生はどうなっただろうと思うとぞっとするとナレーション。
魚屋食堂にランドセルを背負った小学生二人、順子の双子の息子が帰ってくる。テーブルにはその両方のおじいちゃんとおばあちゃんが向かい合わせで食事をしている。子供の一方が父親友春の焼いている魚を興味深そうに眺める。そしてもう一方は和田夫妻がもってきた新しいデザインの塗り箸を眺めている。順子の父ちゃんが、順平が食堂の跡取りに、春平が製作所の跡取りになるだろうなと頼もしそうに言う。ナレーションの未来の喜代美が、この二人はこの言葉通りにそれぞれの跡取りになると伝えてくれる。しかし順子のお母ちゃんはそれには不満らしく、二人を双子タレントで売り出したいと言い出す(ふたりっ子?)。夫婦げんかが始まりそうになると、友春が両手に焼鯖を持って、けんかの仲裁に入る。これは順子の父が趣味のようにしていた喧嘩の仲裁とそっくりだ。ナレーションで、焼き鯖による喧嘩の仲裁も受け継がれていくのだそうだ。ということは、順平君も未来でやっているんだろうな。
ひぐらし亭の高座。小草若が四代目草若襲名。相変わらず「底抜けにー」を使ってる。草若の部屋から兄弟弟子がみんなで眺めている。この部屋だけは以前のままで、高座の様子を覗くことができる。その後ろから天狗芸能会長が入ってきて、感慨深く、やっと草若に会えたと呟く。先代草若の遺影が映る。
和田家。電話でおめでとうございますと喜代美。電話を置くと、奈津子がやってくる。臨月の喜代美の取材。後から小次郎が喜代美の小さな頃の写真を持って入ってくる。喜代美が落語を目指した頃からやっている、奈津子の密着取材を出版する時に使う写真を探してきた。ナレーションによると、実際この本が出版されるが、あまり売れず、みちばたで小次郎おじさんが叩き売ることになるんだそうだ。二人はそれも楽しんでいる。
居酒屋「寝床」にエーコが現れる。襲名おめでとうございます。小草若は落語から逃げ出していた時期、エーコが小浜で企画したイベントに参加したおかげで(第139回)、落語への想いを取り戻し、新しい草若になる決意ができた。このときのことでエーコを感謝している。
エーコと草若の出会いはもっと前からで、草若がタレントとして売れっ子だった頃、エーコは番組のアシスタントをしていたことがある。昔「寝床」でエーコが一方的にビーコにキレられたのも、そのつながりで小草若が「寝床」に呼んだときに起きた。その頃はエーコに対しては気はなかった。どちらかというとビーコに対して気があった。
それはそうと、ナレーションでは、この二人はちょっといい感じに行くのですがなかなか結婚には至りませんという微妙な表現をしている。「なかなかいたらない」というのは、いたらないことが確定でもない表現。ナレーションをしているこの時期ではその顛末を十分知っているはずなのに、はっきり言わないところをみると、続編が可能になったらこのあたりのエピソードを使うつもりで残してあるんじゃないだろうか。
同じ「寝床」の中、散髪屋が草原に話しかける。草原兄さんは大阪府から賞をもらった。散髪屋が祝うと、もらったのは自分ではなく自分の落語を応援してくれた嫁だと、緑さんとその場で抱き合ってしまう。それを颯太君も感動しながら横で見てる。ナレーションでは、上方落語界一頼れる兄さんとなると評される。
草原兄さんと緑さんの馴れ初めも、とてもいい話だった(第102回)。草原は賞を取ったらプロポーズしようとしていたが、結局何年経っても取ることができなくて、たまりかねた師匠が草原の心を一押ししてやっと結婚できた。だからこそ、この賞というのは、草原にとって緑さんと祝うべきとても価値のあるものなんだろうな。草原兄さんが落語に戻る決心をしたのは颯太の「せをはやみー」だけでなく草原の落語を愛している緑さんからの後押し(第35回)があったからでもあった。
四草は、九官鳥の「平兵衛」を連れてきている。平兵衛は「瀬をはやみ」としゃべっている。これも四草が落語に戻ってくる頃のエピソード(第36回)を思い起こさせる。ナレーションによると「算段の平兵衛」の演目が十八番になっているそうだ。四草はこれを教わるために草若に弟子入りした。
そこへ、子連れ女が勢いよく入ってくる。女性は「芋たこなんきん」の藤山直美に似てなくもない。男前の四草にはちょっと不釣り合いな感じ。ただ子供は四草のように顔立ちのいい男の子。そしてその女性は「あなたの子供です」と言い放ってそのまま帰って行く。みんながあっけにとられているのに、四草は何事もなかったように、子供を自分の膝の上に招いて、平兵衛を紹介し、えさをやらせる。ナレーションによると四草はこの子を立派に育て上げるそうだ。
そして「寝床」の熊五郎と咲さん、散髪屋の磯七、仏壇屋の菊江さんの寝床のみんなはひぐらし亭と共にずっとずっとそこにあるとナレーション。これは落語を愛してくれる人たちがいつまでもいてくれるとも言っているのだと思う。そして彼らは落語の描く世界そのものの具現化でもあるのだろうから、落語がある限り落語の描く世界はいつまでも変わらずそこにあるということも言っているのだろう。
草々には小草々の他にも弟子が二人増えていた。相変わらず小草々は弟弟子に嘘を吐いたりしている。
喜代美の弟正平は小学校の教員から恐竜博物館に異動し、最終的には留学を経て、学芸員になることができたとナレーション。
いつも通りの和田家の夕食シーン。以前と違うのは食卓に正平がいない、かわりに奈津子がいる。小梅ちゃんがティラノザウルスは粋だという。そういえば以前小梅ちゃん似たようなシチュエーションでチャゲアスとか言ってたような(第8回)。いつまでも好奇心旺盛だとナレーション。
奈津子さんがお兄さんと声を掛けて、正典の箸を褒める。ほーけーとこたえる。正典はエーコが社長をしている若狭塗り箸製作所に行って若い者に教えている。おじいちゃんのような伝統塗り箸の名人になっていく。
すると突然、お母ちゃんが鼻をくんくんする。心構えしておきなさいよ。二、三日うちに産まれると予言する。ドラマ当初はよくやっていたお母ちゃんの特技。においでいろんなものが分かるらしい。その特技が最終回に再び見られるとは。見続けてきてくれたファンへのサービスに違いない。途中後半から見てきた人には、妊婦の臭いを嗅ぐなんてちょっと変なシーンだったろうな。
小浜に引っ越してきた直後どの段ボールにしまったか分からなくなったとき、鼻だけでスカートがどこか見つけてしまう(第1回)。夜中喜代美が一人どこかに行ってしまったときも臭いで探そうとしていた(第6回)。知らないはずの大阪での喜代美の居場所にたどり着けたのも(第17回)、この特技のおかげ。
ナレーションでは、お母ちゃんは毎日毎日お母ちゃんをやっていると言う。ここで、この喜代美が人生を振り返ってナレーションをしている時期が明らかになる。お母ちゃんになって20年ということは、つまり、2027年頃。その頃でも、やっぱり糸子お母ちゃんはお母ちゃんをしているのだそうだ。御壮健で何より。
喜代美が和田家の工房でカセットテープを聞いている。あのおじいちゃんのテープ。昭和43年10月6日の小浜市民会館で収録された草若師匠が演じる「愛宕山」。幼い頃おじいちゃんと一緒に聞いたテープ。そしておじいちゃんとお別れのときにも聞いたテープ。おじいちゃんが死んだ後、子供の喜代美が涙を流して何度も聞いているうちに切れてしまい(第6回)、正平が修理するまで(第30回)聞けない状態だったこともある。聞けないテープも喜代美はお守りとして大切にしていた。このテープがつながると物語も大きく動き出した。喜代美の運命も、みんなの運命も大きく変えてくれた。徒然亭一門も盛り返し、この声の主の草若も甦った。草若の夢だった常打ち小屋を作ることもでき、その場所で喜代美自身が最後の演目にこれを選ぶことにもなった。
物語が進むにつれだんだんこのテープにまつわる出来事もいろいろ分かってきた。これが録音された日の出来事が、このドラマの重要なところで、様々な視点で描かれていく(第6回、第47回、第139回)。どうしてこの日のテープをおじいちゃんがきいていたのか。実はこのテープはカセットテープでありながら、そういう想いをつなぐ象徴でもあるんだ。
喜代美がおじいちゃんのテープを聴いていると、また聞いてるのか、落語をやめなかったらよかったのにと草々の声がする。すぐに嘘や嘘やと、愛おしく喜代美の頭に触れる。草々は喜代美のお腹に近づいて、子供が無事に生まれたら、この子とひぐらし亭のお母ちゃんとしてしっかり働いてくれ。そして師匠の落語を伝えていこうと言うと、はいと答える。
突然、喜代美が苦しみだす。産気づく。草々は慌てふためいて救急車と叫びながら飛び出していく。苦しみながらも喜代美はお守り袋ををつかむ。
ここで静かに出演者のテロップが流れる。そして毎月曜日の上沼恵美子の口上が始まる。「ようこそのお運びで厚く御礼申し上げます。」
分娩室に運ばれる喜代美。草々も寄り添っていくが、閉め出されてしまう。もどかしく扉の前で待つ草々。そして草々は扉の前で喜代美に聞こえるように落語の一節を語り出す。「野辺へ出てまいりますと、・・・ひばりがぴーちくぱーちく・・・その道中の陽気なこと〜」。おじいちゃんのカセットテープから何度も何度も聞こえてきた一節。そこで、子供の頃の喜代美がにこにこしながらカセットテープを聴いている場面(第2回)が挿入される。すべてはこの少女の頃の出会いから始まった。
この産科の場面は、喜代美の生まれた時に似ている。大晦日、病院の待合室で紅白歌合戦を見ているとき、大好きな五木ひろしの歌の途中で糸子は分娩室に運び込まれてしまう(第74回)。その糸子のために、正典お父ちゃんが「ふるさと」を大声で歌った(第96回)。このエピソードのことを草々は思い出したのだろうか。
産声が聞こえてくる。いつもの松下奈緒のピアノのオープニング曲が流れる。今日のオープニングはこの新しい命の始まりのときこそふさわしい。こらえていた草々は顔をくしゃくしゃにして泣いている。幼い頃から天涯孤独だった草々だからこそ自分の子をもつことが、より一層心を揺さぶるのだろう。
そして、ベッドの上の若狭。上沼恵美子のナレーションで「おかしな人間達の珍道中はまだまだ続いていきますが、お時間です。またいつの日かお付き合い願います」。あんなに痛みを怖がっていた喜代美が、とてもすがすがしい顔でカメラ目線で優しく微笑む。
おしまい
生まれた子供は男の子なのだろうか。女の子なのだろうか。それをはっきりさせないままの最終回。喜代美の妄想の中では、女の子で確定だったけれど、実際は分からない。落子と名付けられたかどうかは続編を期待するしかない。
とても楽しませてもらった素晴らしい作品だった。スピンオフも決まったことだし、これからも、いつまでもお付き合いさせていただきます。