2009年02月12日

春の女神「プリマヴェーラ」

『プリマヴェーラ』のことを調べていて、ずっと疑問に思っていたのが、花柄の服を着た女神を春の女神「プリマヴェーラ」とする説だった。

このブログでの考察でも『ヴィーナスの誕生』からの類推と、『祭暦』の記述から、彼女が季節女神ホーラたちの一人だと分かったが、それでも季節女神ホーラは三人組で、それも季節を担当するようにはなっていなかったはずだから、春の女神は季節女神ではあり得ないはずだ。そして、何故「プリマヴェーラ」というイタリア語で呼ぶのも分からなかった。ローマ神話の女神ならば、本来のラテン語の名前があってそれで呼ばれるはずだろうに。

ヴァールブルクの本を読むと、季節女神としての春の女神だとはっきり書いてあった。それでまたいろいろ調べてみた。英語Wikipedia の ホーラの記事をよく読み直してみると、ホーラを四神とする流儀もあるのがわかった。

Wikipediaの記事には出典は分からないが四人の女神を描いた挿絵もある。春の女神はちゃんと籠を持っている。
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Horen_Meyers.jpg


本文中の四人のホーラの出典は、古代ギリシアの詩人ノンノス『ディオニュソス譚』で、ギリシア語で書かれたその詩の中では、それぞれ古典ギリシア語の季節の名前で呼ばれているらしい。記事で紹介されているギリシア語のローマ字表示、Eiar(春)、Theros(夏)、Phthinoporon( 秋)、Cheimon(冬)で検索すると次のページを見つけた。

HORAE : Greek goddesses of the seasons & natural order ; mythology ; pictures : HORAI

このページには、この記述が Dionysiaca 第38巻の268行にあるとしている。ページの下方に英訳の引用が示されている:
Nonnus, Dionysiaca 38. 268 ff :
"When I [Helios the sun] reach the Ram, the centre of the universe, the navel-star of Olympos, I [Helios] in my exaltation let the Spring (Eiar) increase; and crossing the herald of the West-Wind (Zephyros), the turning-line which balances night equal with day, I guide the dewy course of that Season (Hora Eiar) when the swallow comes. Passing into the lower house, opposite the Ram, I cast the light equal day on the two hooves; and again I make day balanced equally with dark on my homeward course when I bring in the leafshaking course of the autumn Season (Hora Phthinoporon), and drive with lesser light to the lower turning-point in the leafshedding month. Then I bring Winter (Kheimon) for mankind with its rains, over the back of fish-tailed Aigokereos (Capricorn), that earth may bring forth her gifts full of life for the farmers, when she receives the bridal showers and the creative dew. I deck out also corn-tending Summer (Theros) the messenger of harvest, flogging the wheatbearing earth with hotter beams."
確かに、上記のローマ字ギリシア語の単語を順不同だけど見つけることができる。英語だとただ季節の名前を書いているようにも見えるが、ちゃんと擬人化されている。

ギリシア語の文書をスキャンしたPDFファイルが次のアドレスにあるが、
Nonnos - Dionysiacorum Libri XLVIII (CSHB) [0390-0429] Full Text at Documenta Catholica Omnia
それを開いて該当箇所(p.315-316)を見ると、たしかに、ειαρ、θέροσ、φθινόπωρον、χειμών の変化形を見つけていくことができる。単語の出現を見る限り、上の英訳とちゃんと対応している。

そういうわけで、季節女神ホーラを、四人の四季の女神とする流儀があることがわかる。これは古代ギリシア本来の分け方ではないので、基本は三人でいいのだと思う。土着の神々と融合していった結果なのだろうけれど、よく分からない。


ボッティチェッリが、三人のうちの一人として描いたのか、四人のうちの春を担当する一人としたのかは、分からない。でも『祭暦』の記述を見ても複数のホーラ全員が春の出で立ちをしているようにみえるので、単に一人に省略しただけのように思える。しかしヴァールブルクは四人のうちの春担当の一人と考えたように思われる。彼が根拠にした引用を見ることができないのでよくわからないが、季節女神の春と考える人たちは、ホーラたちを四人だという前提で提案しているのだろう。

ヴァールブルクの影響を受けた人か、ヴァールブルクに影響を与えた人か分からないが、この考えをイタリア語で書いた人がいたのだろう。これはイタリア語の論文を調べないといけないので、僕には簡単にはできないが、とにかく、この人の説を他の言語に翻訳するときに迷ったのだろう。ホーラたちの一員の春の女神だと考えた人は、春(Primavera)と書くだけで季節女神だとわかるので、わざわざホーラたちの一人とは書いてなかったのだろう。しかし一般的には季節女神は三人で季節を担当するようにはなっていないので、春の女神の所属が分からなくなって、いつのまにか季節女神ホーラたちの一人とする説と分離して、ただの春の女神となったのだろう。でも対応するローマ神話の名前を提示できないので、そのまま春の女神「プリマヴェーラ」としか呼ぶことができないのではないだろうか。

花柄の服の女神を、ホーラたちの一人とする説と、春の女神とする説は基本的に同じことを言っているのだと思う。ただ、ボッティチェッリがホーラを四人と考えていたという根拠がなければ、ホーラたちの中の春担当の単独の女神の存在は言うことができないし、「アフロディーテ讃歌」や『祭暦』で記述されているように、ホーラたちは集団でも春の属性を持つ神々であるのだから、春と特定せずに、ホーラたちの一人と呼んだ方が適切であるように思う。


追記 2011/03/30
これを書いて2年になりますが、もっとわかりやすいところに四神のホーラたちの記述がありました。オウィディウスの『変身物語』です。ヴァールブルクの本にもちゃんと書いてあったのですが、見落としていました。
「『変身物語』の影響」の後半に書きました。




posted by takayan at 00:16 | Comment(4) | TrackBack(0) | プリマヴェーラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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