2011年04月02日

額縁をくぐって物語の中へ「ボッティチェリ 春」での解釈

もう自分の考えの結論を書いてしまったのですが、せっかく調べた資料もまとめておきたいのでまだしばらく続けます。

今回は、先日放送されたNHKの絵画の番組でこの《プリマヴェーラ》の解説をしてたので、その内容と感想を書き留めておきます。

僕が見たのは2月19日にNHKハイビジョンで放送されたものです。これは以前に放送されたものの再放送のようです。

調べたら、もう少ししたらこのシリーズの再放送があるようです。
NHKネットクラブ 番組詳細 額縁をくぐって物語の中へ「ボッティチェリ 春」
日時:2011/04/02 04:45
チャンネル:BSプレミアム

女優の ふせえり さんが、名画の中に入ってその世界を旅するシリーズの一つです。ふせえりさんは、「時効警察」のあの年上の婦警さんです。なぜだか知りませんがトラベラーの彼女が、しゃべる懐中時計にいざなわれて、《プリマヴェーラ》の中にはいっていきます。絵の中にはいると、紙芝居のようにコマ落ちしながら動き回ります。絵の中の像たちも、かくかく動きます。上空のキューピッドに会いに行くときは、ふせえりの背中に羽がはえ浮かびます。その翼は画面の右端から左端までの長距離移動するときも活躍します。足もとの花々を観察するために体も小さくなります。そうやって絵の中を自由に旅しながら、絵の中にいる登場人物と会話を交わし、絵についていろいろなことを知っていきます。

まず最初にキューピッドにインタヴューします。。目隠しをしても狙いは定まっているよということで、それが狙っている三美神へ。

三美神は左から”美”の神、”貞節”の神、”愛”の神。ただし、名前は、プロクリトゥード、カスティタス、ボルプタス(ボルプタスは通常、”快楽”と訳される言葉ですが、これについてはあとで分析します)。代表として左の"美"の神が答えてます。首飾りも髪飾りも付けていない中央の貞節がキューピッドの矢の標的。この絵が結婚のために描かれた絵であることと、キューピッドの矢によって貞節のない世界を愛で満たし、ヴィーナスの世界に導いてくれると美の神が教えてくれたので、中央のヴィーナスへ。

愛と美の女神ヴィーナスは、真珠の首飾りが自分を象徴するものだと言います。これは《ヴィーナスの誕生》の貝殻に由来し、三美神の愛の神と美の神だけが、真珠の髪飾りを掛けていることもそれを意味していると教えてくれます。それから襟の周りの逆さの炎が並んだ刺繍も愛の炎を示していると言います。そしてヴィーナスにお別れを言って、いったん絵の外へ。

絵の外では懐中時計に、絵を依頼したとされるメディチ家のことや、《ヴィーナスの誕生》の補足説明を受けます。そして《ヴィーナスの誕生》と《春》の共通部分としてゼピュロスとクロリスを見つけ、その鍵を握る女神に会いに再び絵の中へ。

その女神が花を地面に撒くと、その下から茎や葉が出てきて花が生えていきます。自分を"花"の神プリマヴェーラと、そしてフローラとも呼ばれていると自己紹介します。ここでふせえり小さくなる。しばらく花を眺め、花の絵の繊細さに驚き、癒されたと言って元の大きさに戻ります。プリマヴェーラは、自分は隣の"大地"の精霊クローリスの進化した姿だと教えてくれます。口から花が咲いているのがその根拠だとしています。襲っている怖い顔の青い男は旦那様。トラベラーが二人に近づこうとすると、青い男の出す息に吹き飛ばされて、絵の外へ。

懐中時計に、それが春の訪れを告げる西風の神ゼフュロスだと教えてもらい、吹き飛ばされないように再び慎重に絵の中へ。

ゼヒュロスが息を吹くと、クローリスの口から次から次に花がこぼれ落ちていきます。暖かい風。冬の寒い空気が入らないように向こうの端でメルクリウスが防いでくれているとゼヒュロスが教えてくれます。そして左端へ。

翼を使って神々の使者メルクリウスのところまで行き、声を掛けるトラベラー。杖を使って冬の再来を防いでいるメリクリウスは、その万能の杖が医学の象徴でもあることや、Medicus と Medici の綴りが似ていることを根拠に、自分が医者であることメディチ家の象徴であると言います。そしてこの絵のまとめとして、左端でメルクリウスが冬の再来を防ぎ、右端でゼヒュロスが風を吹いて春をもたらしていて、この絵の両端は冬と春の臨界点を表していると教えてくれます。そしてふせえりが、結婚祝い、春の到来、ルネッサンス到来、未来は明るいぞーって感じねって、メルクリウスに感想を述べて絵の外に出ます。

 

内容はこんな感じです。いわゆる、クロリス・プリマヴェーラ変身説。及びフローラ・プリマヴェーラ同一説の解釈です。自説は今回はひっこめて、客観的にこの解釈について述べてみます。

監修は初心者向けの美術鑑賞ガイドなども書かれている井出洋一郎氏なので、今回の解釈がその本の中で紹介されている説かというとそうではありません。僕が持っている本では、プリマヴェーラという女神は出てきませんし、三美神の一人はボルプタスではなく、アモールです。井出氏は本の中で、欲望 - 貞節-  美としています。この井出氏が紹介している解釈をそのまま使えばよかったのに、この番組ではいろいろ資料を集めて詳しくしすぎて、細かく見ると妙なところが出ている感じです。

この番組の解釈の出典はどれかというと、ホルスト・プレデカンプの『ボッティチェッリ【プリマヴェーラ】−ヴィーナスの園としてのフィレンツェ』がその一つになっています。原題は『Sandro Botticelli La Primavera – Florenz als Garten der Venus』です。この本にはヴィーナスの下向き火炎模様の指摘があります。これはキューピッドの火矢であり、愛の火炎であるとしてあります。そして三美神の両脇の二人の真珠の飾りにも言及しています。また、medici と medicus の言葉遊びの記述もあります。

しかし、プレデカンプは、プリマヴェーラという言葉は女神を表す言葉ではなく、この絵の季節の雰囲気を指し示す言葉だとしています。この点はウィントと同じです。したがって、この番組はさらに別の出典からプリマヴェーラとフローラの同一説をくっつけています。しかしこの説を採用するものは数多くあるので、この番組がどこからもってきたかまでは特定できません。

先日は、ラテン語でのこの三美神の並びは、ウィントの説と同じと書いてしまいましたが、これは間違いでした。実際は、ウィントの説は左から Voluptas – Castitas - Pulchritudo です。ブレデカンプもこれと同じです。そして、この番組の並びはその逆です。また井出氏の鑑賞ガイドでは、「欲望 - 貞節 - 美」であり、高階氏の「愛 - 貞節 – 美」と同じです。この番組での日本語の呼び名は内容としてはこれと同じなのですが、並びが逆です。日本語の方が意図した意味なのでしょうけれど、あり得ない混同です。どこかにこの番組が参考にした三美神の並びがあるのかもしれませんが、よく分かりません。何故、一般的な説の逆にしたのか意図が分かりません。



posted by takayan at 01:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | プリマヴェーラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする