昨今は何を信じていいのか分からない日々なもので、いろいろなことを自分でこつこつ確認しながら過ごしております。
原発が危ないというのは、福島原発を見れば明らかなのですが、そういう原発は危ないぞ情報の中にも、ちょっと胡散臭いなと思われるものがいくつか見受けられます。これもそう思ったものの一つです。
『原子炉閉鎖で乳児死亡率激減』や『原発が止まると乳児死亡率が激減』なんてタイトルでいろんなところに拡散されている情報です。アメリカでの調査によると、原子炉を閉じると周辺の乳児死亡率が減るという話です。つまり、原発は爆発しなくても、存在するだけで乳児死亡率をあげているという話です。だから日本の原発を廃炉にしようという根拠に使われる、割と有名なやつです。
ウィンドファームの中村さんのブログから転載:
「原子炉閉鎖で乳児死亡率激減」 最大で54.1%マイナス 米研究機関が発表
(2000年4月27日東京新聞より)【ワシントン26日大軒護】放射線の健康に与える影響を調査している米研究機関は26日、原子炉の閉鎖により周辺に住む乳児の死亡率が激減したとの調査結果を発表した。
調査は免疫学や環境問題などを専門とする医師、大学教授などで組織する「レイディエイション・パブリック・ヘルス・プロジェクト」(RPHP)が、1987年から97年までに原子炉を閉鎖した全米7ヶ所の原子力発電所を対象に、半径80キロ以内の居住の生後1歳までの乳児死亡率を調べた。
調査は、原子炉閉鎖前の死亡率と、閉鎖2年後の死亡率を比較しているが、それによると、87年に閉鎖したワイオミング州のラクロッセ発電所では、15.3%の死亡率減少だった。もっとも減少率の大きかったのが、97年に閉鎖したミシガン州ビッグロック・ポイント発電所周辺で54.1%の減少だった。減少は、がん、白血病、異常出産など、放射線被害とみられる原因が取り除かれたことによるものとしている。
RPHPによると、85年から96年までの全米幼児の死亡率は、平均で6.4%減にとどまっており、「原子炉の影響が実証された」としている。
米国では2003年までに28基の原子炉が、米原子力規制委員会(NRC)へ免許更新申請する時期にきているというが、RPHPによると更新にあたっては周辺の環境問題は考慮されておらず、今後、この問題でNRCへの強い働きかけが必要としている。
原発事故以後よく見かける記事ですが、これ自体は10年以上も前の記事です。本当なら大変なことです。絶対確認すべきです。きっとアメリカ本国ではもう少し詳しく伝えられているだろうと、英文の記事を探してみました。
見つかったのは、IPSにより2000年4月26日に配信された「Infant Death Rates Fall After US Nuclear Reactors Close」という記事です。次のリンク先で読むことができます。
http://www.whale.to/b/infant13.html
これ以外にも何箇所かで引用されています。なお上記のリンク先には前日に出された記者会見のお知らせ「NUKES CLOSE -- INFANT MORTALITY GOES DOWN」も一緒に掲載されています。この案内には論文で扱われた5つの原発の名前も書いてあったり、これはこれでいい情報源になります。
日本語の記事が、この記者会見に実際に行って取材して書いたものなのか、英文の記事を訳し編集したものかは分かりません。ただIPSの記事と比較することで、いろいろ見えてくるものがあります。
まず、この記事は、英文ではチェルノブイリ記念日に行われた、科学雑誌に掲載されたことの報告なのですが、日本語の記事では、雑誌掲載のことは触れずに、ただの調査報告となっています。 そして論文に書かれている5つの原発と、それに加えて特別な2つの報告を付け加えているのですが、日本語の記事では論文のことに触れていないので、最初から7つの原発についての報告ということになっています。
この記事で報告されている論文の著者は Joseph Mangano さん、そしてこの論文を賞賛しているのは、Janette Shermanさん。
日本語の記事には書いてありませんが、このデータは論文執筆者たちが調査したのではなく、政府が発行する公衆衛生の統計を使用したものです。
日本語の記事は単純にこの英文の記事から書かれたというわけでもないようです。英文では6%と書かれている数値が、日本語ではそれより細かく6.4%としてあります。
英文では、統計をとったのは原子炉が閉じる前の2年間、閉じたあとの2年間ですが、日本語の記事では「原子炉閉鎖前の死亡率と、閉鎖2年後」とあり、おそらく期間を間違えています。それから、英文では風下の50マイル(80キロ)以内にある郡の調査としてあるのに、日本語では80キロ以内に居住とだけ記しています。
さて、日本語の記事でとても重要なのが「(乳児死亡率の)減少は、がん、白血病、異常出産など、放射線被害とみられる原因が取り除かれたことによるものとしている。」だと思います。これが逆に運転中の原子炉の危険性を指摘しているわけです。このことを知らせるためにこの記事が拡散されていると言ってもいいでしょう。
調査は、原子炉閉鎖前の死亡率と、閉鎖2年後の死亡率を比較しているが、それによると、87年に閉鎖したワイオミング州のラクロッセ発電所では、15.3%の死亡率減少だった。もっとも減少率の大きかったのが、97年に閉鎖したミシガン州ビッグロック・ポイント発電所周辺で54.1%の減少だった。減少は、がん、白血病、異常出産など、放射線被害とみられる原因が取り除かれたことによるものとしている。
しかし、このように日本語の記事では原子炉周辺での乳児死亡率の減少を総括する文章なのですが、英文ではそのような表現ではありません。病気の羅列は、一つの原子力発電所についての報告としてだけ書かれています。
The study also details the fall in newly diagnosed leukaemia and cancer cases and birth defect deaths in children under five years in the four-county local area downwind from the Rancho Seco reactor, near the metropolitan area of Sacramento, California. Mangano says this decline has continued through the first seven years after the June 1989 closing. In contrast, the local infant death rate rose in the two years after Rancho Seco began operations in 1974.
これはランチョセコ原発についての報告です。この報告が正しいかどうか、この記事からは判断がつかないので触れませんが、病気が減少したことを指摘しているだけで、乳児死亡率の減少と関連付けては語られていません。日本語の記事には論理に飛躍がありすぎます。
さらに、この英文にははっきりと次の文章があります。
While the study does not directly link the cause of the decreased infant mortality rates to less environmental exposure to radiation from power plants, some medical experts say the study confirms a pattern that links radiation and illness.
この文章では、この研究は乳児死亡率の減少と原発の放射線による被爆の関係までは直接示していないとはっきり書いてあって、そうではあるけれど、別の医療専門家の発言として、その関係のパターンが確認できると指摘しています。しかし日本語の記事ではそういう原発と死亡率の減少との関連性についての吟味はありません。
それどころか、日本語の記事では、
RPHPによると、85年から96年までの全米幼児の死亡率は、平均で6.4%減にとどまっており、「原子炉の影響が実証された」としている。
と、この関係への強い肯定が書かれています。英文にはこれに相当する文はありません。あるのは次の文章です。
In the first two years after the reactors closed, infant death rates fell 15 to 20 percent from the previous two years, compared to an average US decline of only six percent between 1985 and 1996.
「1985年から1996年までの全米平均の乳児死亡率はたった6%の減少であるのに対し、原子炉閉鎖後の2年間の乳児死亡率は前の2年間から15〜20%減少している。」とあります。これを「原子炉の影響が実証された」とまとめるような文章は、前後を見ても書いてありません。
論文の内容に正しいかどうか別として、英文を読むと理路整然としていてすっきりします。そして、この日本語の記事の強引さがはっきりわかります。この日本語の記事が、この英文をコンパクトに編集したものかどうかは分かりませんが、この記者会見で伝えられた情報の勝手なコラージュのような日本語の記事に気がついてしまうと、もうこれには何の信憑性も感じなくなります。この記事は掘り起こして、拡散なんかしちゃいけなかったんだと思います。
この日本語の記事がダメでも、英文を正確に訳せばいいのではと思うかもしれませんが、残念ですがやめたほうがいいです。
この記事に出てくる Joseph Manganoさんと、Janette Shermanさん。どんな人かと調べてみたら、タイムリーにも、乳児死亡率を扱った最近の論文で物議をかもしていました。
話題の論文は、二人が書いた次の記事です:
Is the Dramatic Increase in Baby Deaths in the US a Result of Fukushima Fallout?
そして、その問題点を指摘したサイエンティフィックアメリカン誌の編集者の記事がこれで、
Are Babies Dying in the Pacific Northwest Due to Fukushima? A Look at the Numbers
その分かりやすい日本語訳がこれです:
原発事故以降アメリカ西海岸で乳幼児の死亡率が35%上昇しているって、ホント?
「Infant Death Rates Fall After US Nuclear Reactors Close」で扱われている論文についても検証が必要かもしれません。どうして調べた原発は5つだけなのかとか、これにも恣意的なデータの選択がまぎれているかもしれませんね。というより、そういう検証をちゃんとしなければ、もう原発のことでこの人たちの主張を利用してはいけないように思います。