《パラスとケンタウロス》(Pallas and the Centaur)に描かれている女神がパラス・アテナではなく、アルテミス(Artemis)だと気付いたことで、いろんなことが分かってきました。
前回はこの絵の描写の元となるウェルギリウスの文章を指摘しました。それによって、ケンタウロスがもじゃもじゃの髪をしていること、年老いていること、胸を隠していること、そして女神については、体に植物が巻き付いていることなどが説明できました。
しかし、これでは物足りませんでした。女神の持ち物の描写がありません。描写などはじめからなく、アルテミスの持ち物を持たせただけなのかもしれません。いや、でも、いままでボッティチェリの神話画を解釈してきた経験からすると、絶対にあるはずです。
アルテミスの武器として一般的ではない槍を持たせたり、あの曲がりくねった変な盾を背負わせたりするからには、理由となる文章が絶対にあるはずです。そう考えずにはいられませんでした。
そして、いろいろ探してみると、やはりありました。思った通り、ボッティチェリはその文章を謎解きのような解釈で描いていました。この文章はアルテミスにとってふさわしい物語の中に隠されていました。
その文章とは、次のラテン語の文章です。
Hic dea silvarum venatu fessa solebat
virgineos artus liquido perfundere rore.
Quo postquam subiit, nympharum tradidit uni
armigerae iaculum pharetramque arcusque retentos;
altera depositae subiecit bracchia pallae,
vincla duae pedibus demunt;
これは、オウィディウス(Ovidius)の『変身物語』(METAMORPHOSES)第三巻にある、アクタイオンの物語の一説です。この物語はティツィアーノの描いた絵画(《ディアナとアクタイオン》、《アクタイオンの死》)などでも有名です。誰にも気づかれず、ボッティチェリもこの物語の一節を、この絵の中に描きこんでいました。
この文章の日本語訳を岩波文庫の中村善也訳『変身物語』から引用させてもらうとこうなります。
いつも、ここで、森の神ディアナは狩りに疲れると、ういういしい処女(おとめ)のからだに、きれいな水を浴びるのだった。今も、ここにやって来ると、妖精(ニンフ)たちのなかで、武器運びの役をしているひとりに、投げ槍と矢筒と、弦(つる)を弛めた弓とを手渡した。もうひとりが、脱いだ衣装を手に受け取る。ふたりが、はきものを脱がせる。
もちろん、ディアナはアルテミスのローマ神話での名前です。引用した部分の前には、ケイロンの後ろにある洞窟を思わせる、自然が人工を真似したような洞窟の描写ががあります。また、森で迷ったアクタイオンが見てはならないアルテミスの裸を見てしまうのは、この引用の後の方です。
さて、このラテン語の文章を、描かれている絵に合うような意味で訳してみましょう。どうしても原文のままではいけないときは、最小限の修正で文法的に成り立つようにします。
hic dea silvarum venatu fessa solebat.
dea silvarum というのは、森の女神であるディアナ(アルテミス)のことです。本来は主格ですが、ここでは奪格とし、「森の女神とともに」と訳します。代わりに fessa を名詞化して主語とします。
そこに森の女神(アルテミス)といっしょに狩りに疲れた者がいつものようにやってきました。
次の行。
virgineos artus liquido perfundere rore.
virgineos は形容詞で「処女の」という意味で、対格複数男性です。これは次の名詞 artus を修飾します。artus は意味がいろいろありますが、この場合は「手足、体の部分」という意味となります。ここらへんは本来の解釈と同じです。つまり、「処女の体を」となります。アルテミスは処女神ですから、問題ありません。
liquido は形容詞で、最後の名詞 rore を修飾します。rore は男性名詞 res の与格もしくは奪格の単数で、これはちゃんと形容詞と一致します。本来は rore は「露」を意味して、女神が水浴びをする様子を表します。しかし、この絵にはその様子は描かれていません。
これは無理なのかと思ってあきらめかけたのですが、近くに ros marinus という言葉が載っていました。これはちょうど地面を這う植物です。絵の中でも植物が這ってます。これにしましょう。つまり、「流れるようなローズマリー」です。
perfundere は動詞の不定法で、本来の文ではperfundoは「注ぐ、浴びせる」という意味で訳されています。しかし、他の意味として「覆う」という意味もあるので、これを使います。動詞sumが省略されているとします。
処女神の体を覆っているのは流れるようなローズマリーです。
この文章を採用するならば、なんと彼女の体を覆っているのはローズマリーでした。そして次です。
quo postquam subiit, nympharum tradidit uni.
これは、ちょっとだけ綴りを変えます。quo を 関係代名詞 qui にします。postquam は「after、as soon as」という意味の接続詞です。動詞 subeo は「下にいる」という意味があります。絵をよく見ると半獣がいるところは女神がいるところから一段下になっています。
※追記 quo に置き換えずに qui のままで、奪格を使って訳す方法もあるかもしれない。
nympharum はニンフの属格複数です。後ろの方のuniと一緒になって、「ニンフの一人」という意味になります。普通はニンフでいいのですがここにはニンフはいません。他の意味を探すと「処女、若い女性」というのもあるので、そう解釈します。アルテミスは処女神なので、「処女神の一人」とします。ギリシア神話には少なくとも他にアテナもいるので複数形でも問題ないでしょう。tradidit は動詞 drado の完了形三人称単数です。意味は、「渡す、降伏する」などの意味があります。uniは与格単数とします。
そして下にいる者が処女神の一人(アルテミス)に身を委ねました。
その次の文。
armigerae iaculum pharetramque arcusque retentos.
armigerae は「武器を身につけている者」の複数形で、絵の中の二人とも武器を持っているので彼らのこととします。そのあとが、対格の武器の羅列ですが、それぞれが分担して持っています。iaculum は一本の槍で、女神が持っています。pharetram は一つの矢筒でケイロンが持っています。なお-queは単語の後ろにくっつく接続詞です。
次の arcus は対格だと解釈すると複数形ではないといけなくなります。arcusは「弓」のことですが、他にも意味があって、英語だと「anything arched or curved」の意味があります。そう「(弓のように)曲がっている物」です。
このあとが少し技巧的です。arcusを修飾している retentos は二種類の意味に解釈できます。どちらも過去分詞の対格複数男性なのですが、動詞 retendo が元になっていると解釈すると「弛んだ」という意味、動詞retineoが元になっているとすると「背負った」という意味になります。
つまり、arcus retentus は「弛んだ弓」か「背負われた曲がっている物」となります。ケイロンの弓をよく見ると、弦の止める位置が、下は弓の先端ですが、上は弓の先端ではなく、そこより下に結び付けられています。確かに、弛んだ弓が描かれています。一方、女神が背負っている物は、金色の縁が曲がっていることを強調するかのように描かれています。確かにこれも言葉の通り「背負われた曲がっている物」です。うまい具合に、それぞれが、別々の意味の arcus retentus を持っています。
まとめると、次のように訳せます。
武器を持っている者たちは、槍(女神)、矢筒(半獣)、弛んだ弓(半獣)、そして背負われた曲がった物(女神)を持っています。※()内は所有者
では、次。
altera depositae subiecit bracchia pallae.
altera は二人のうちの一人、ここでは女神で、これを主語とします。pallae を修飾している分詞 depositae は動詞 depono の変化したもので、これは普通「置く」という意味なのですが、他に「植える」という意味もあります。「両手」を意味する対格の名詞bracchia は「枝」と訳せるので、これと一緒になって、「枝が生えているローブ」となります。subiecit は動詞subicio の完了形三人称単数です。これは「下に投げる、下に置く」という意味なので、このローブが地面に付いていることを表しているとします。
一人(女神)は枝の生えたローブを地面につけていました。
そして、最後。
vincla duae pedibus demunt.
靴を脱がしている様子は見えませんので、違うことを表しているのでしょう。vincla は中性名詞 vinclum の主格か対格の複数で、意味は「chain,band,fetter」。duae は 序数 duo の主格、複数女性。pedibus は、男性名詞 pes の与格か奪格の複数で、意味は「足」です。demunt は 動詞 demo の三人称複数現在で、意味は「take away,subtract」です。
二人の足のあたりにvincla 「帯、紐、縄、、、」と呼べるものがないかじっくり見てみます。すると、ケイロンは一段下がったところにいますが、側面に地層のような帯状のものが見えています。これですね。これが二人の足で所々見えなくなっています。
pedibus を奪格と解釈するとうまくいきそうです。duae は、半獣と女神の二人のことで、これが主語になります。vincla は画面に見えている地層のこととします。ただ地層という用語のラテン名がこれだというわけではありません。そして、demunt は、二人の足で邪魔して、地層を見えなくしていることとします。
二人は足を使って帯状のものを隠しています。
まとめると、
そこに森の女神(アルテミス)といっしょに狩りに疲れた者がいつものようにやってきました。
処女神の体を覆っているのは流れるようなローズマリーです。
そして下にいる者が処女神の一人(アルテミス)に身を委ねました。
武器を持っている者たちは、槍(女神が所有)、矢筒(半獣が所有)、弛んだ弓(半獣が所有)、そして背負われた曲がった物(女神が所有)を持っています。
一人(女神)は枝の生えたローブを地面につけていました。
二人は足を使って帯状のものを隠しています。
女神の疲れた表情とか、ローズマリーが女神の体を服の上から這っている描写とか、武器を持っている描写とか、枝の生えたローブの描写とか、ケイロンが二本の足を持ち上げて地層を隠している描写とか、とても都合のいい描写が並んでいます。
特に「背負われた曲がっている物」というのが、はっきりと言葉として出てきました。この背中に背負っている物について最初に気づいた時から、ただの盾ではないだろうと思って、「金色の縁取りのある黒い何か」とか、「light bringer」という呼び名を表すために用意された「背負っている何か」だとか、でもやっぱり盾を持つアルテミスも稀だけどあるらしいので盾でいいやとか、紆余曲折しながら解釈してきたのですが、ここでようやく答えが見つかりました。arcus retentus です。本来「弛んだ弓」を表す言葉ですが、それの別訳で「背負われた曲がっている物」でした。
ウェルギリウスの詩の解釈で描ききれなかったいろいろな描写が、この文章できれいに補われています。でもオウィディウスの文章があるからと言って、ウェルギリウスの詩はもういらないというわけでもありません。ケイロンが胸を隠すしぐさなどを説明するためには、ウェルギリウスの詩が必要になります。
これで《パラスとケンタウロス》も、典拠を示すことができました。オウィディウスの『変身物語』にあるアクタイオンの物語とウェルギリウスの『牧歌七』の二つです。オウィディウスの物語は、槍を持つ珍しいアルテミスを記述しています。ウェルギリウスの詩は、アルテミス神殿があったのと同じアルカディアを舞台にしており、詩の中にはディアナ(アルテミス)を讃える言葉があります。どちらも、この絵の描写を作りだすのに、ふさわしい文章です。
もう、この女神はアルテミス以外に考えられません。