2012年02月22日

《ヴィーナスとマルス》 もう一つの典拠(4)

いまさらですが、この絵の解釈において、神々の名前はギリシア神話の名前に統一します。ただ絵のタイトルはこれで通っているので、《ヴィーナスとマルス》のままです。

それでは、解釈を行います。最初に解釈したものから、かなり変わってしまいました。

qui saepe tuum se reiicit aeterno devictus vulnere amoris,
atque ita suspiciens tereti cervice reposta pascit amore avidos inhians in te,

上記の2行が長い文を作っていると解釈します。

quiは主格の関係代名詞で「qui saepe tuum se reiicit aeterno devictus vulnere amoris」までの節が主語となっていると解釈します。

saepeは本来の解釈では副詞で「しばしば」と訳すのですが、ここでは女性名詞saepesの奪格単数とします。saepesの意味は「生垣、塀」などです。形容詞tuumは単数中性対格と考え、名詞化して「あなたの体を」とします。代名詞seは奪格として「自分自身で」とします。reiicitは動詞rejictoの三人称単数現在で、「撃退する」と訳します。形容詞aeternoは後ろのvulnereを修飾していると考えます。devictusは同格と考えて「打ちのめした者」とします。

saepes

aeterno vulnere amorisはひとまとまりとします。形容詞aeternusの単数中性奪格、名詞vulnus(傷)の単数中性奪格、男性名詞amorの属格です。aeternusは普通は「永久の」の意味ですが、それだと都合が悪いので「長く続く」とします。amorは「愛」ですが、「最愛の人」その人も意味することができます。そして、vulnere を所格と考えて、まとめると「最愛の人の長く続く傷のところで」と解釈できます。この傷とは、去年解釈したときに突き止めたの足の傷です。

この関係節の中は「生け垣のそばで、最愛の人の長く残っている傷のために、あなたの体を自分自身で撃退している」となります。つまり、これはホラ貝を持っている一番右のサテュルスを記述していると考えます。実際、彼は右側の生け垣のそばにいます。最愛の人というのはアフロディーテのことです。彼にとってはアフロディーテは母親ですから、この表現で問題ないでしょう。この子はアフロディーテの傷がアレスによって付けられたと思っているので、アレスをやっつけているのでしょう。自分自身でという表現は、槍を二人で持っている二人のサテュロスとは違うことも意味しています。これ全体が主語になって次につながります。

次の節です。atqueは接続詞で「そして」、itaは副詞で「therefore」です。あわせて、「そういうわけで」とします。suspiciensは動詞suspicio(見上げる、尊敬する)の完了分詞の主格です。これも主語の同格となります。この動詞には他にイタリア語ではcontemplare(凝視する)という意味もあるので、「凝視している者」と解釈します。実際、ホラ貝を持っている子は、じっとホラ貝の方向を凝視しながら吹いているように見えるので、これで合っています。

tereti cervice repostaがひとまとまりになって、全て女性単数奪格と解釈できます。形容詞teresは「滑らかな」、女性名詞cervixは「首、肩」、repostaは動詞reponoの完了分詞と考えると「下にある」となります。これ全部で「下にある滑らかな首のところで」とします。このサテュロスのホラ貝のすぐ下にはアレスの首があります。

pascitはこの長い文の主動詞で、pasco(食べる)の三人称単数現在です。主語はもちろん、先ほどの関係節で右のサテュロスになります。このamoreは女性名詞amorの奪格として、ここでも最愛の人つまり母であるアフロディーテのこととし、「最愛の人(母アフロディーテ)のために」と解釈します。

その後ろのavidosは形容詞avidus(貪欲な)の男性複数の対格です。ここでこの形容詞を名詞化して考えます。つまり、貪欲な気持ちが具現化したような「大きい物」とします。そうするとそれをpasco(食べる)の対象にできます。この子の大きなホラ貝を口にくわえている様子が、大きな物を食べているように見えるからです。pasocoは主に動物が草を食む様子を表す言葉ですが、この子は野蛮な存在として描かれているのでその意味も合っています。つまり「大きな物(ホラ貝)をくわえている。」と解釈できます。

しかしここで問題です。avidosは複数形です。最低あと一つ「貪欲なもの」が必要になります。ここでpascoの意味をもっと調べてみると、「(牧場で動物を)監視する」という意味があります。この子の視線の先にあるものがホラ貝ではなく、その向こうのアレスであると考えるとうまくいきそうです。今回の解釈では、アレスも野蛮な存在だと記述されていますし、またお酒を飲んで酔っ払って寝ているようだと記述があったことからも、この絵のアレスは貪欲な存在だと言えます。神話のアフロディーテとアレスの関係も、二人が描かれているだけで性的な意味での貪欲さが暗示されるでしょう。つまり「貪欲な者(アレス)を監視している。」

このinhians in teは、主語を描写している言葉と解釈できます。teは「あなたを」という意味ですが、アレスを表しているとします。inhiansは動詞inhio(gaze、凝視する)の現在分詞で、単数主格と解釈できます。この動詞の意味からteは対格で、前置詞inは方向を意味しているのが分かります。「あなたを凝視している者」となります。意味としても、これも同格と考えます。

この長い文をまとめると、次のようになります。

生け垣のそばで、最愛の人(アフロディーテ)の長く残っている傷のために、あなたの体を自分自身で撃退している者(右端のサテュロス)は、打ちのめした者であり、そういうわけで、凝視している者でもあり、下にある滑らかな首のところで、最愛の人(母アフロディーテ)のために、大きな物(ホラ貝)をくわえ、貪欲な者(アレス)を監視している。彼はあなたを凝視する者である。

次の文です。

dea, visus eque tuo pendet resupini spiritus ore.

女性名詞deaは主格と解釈できます。その後ろに、visusがあって、そのあとに、equeがあります。equeは前置詞eに接続のqueが付いたものです。eは後ろに奪格をとる前置詞ですが、ちゃんと後ろのtuoは形容詞tuus(あなたの)の奪格として解釈できます。これも名詞化して、合わせて「あなた(の体、の目)から」とします。visusは動詞video(見る)の完了分詞の男性単数主格となります。これは受動表現として「あなたから見られていた者」として、主語deaの同格語と解釈できます。この絵の描写では、アレスはアフロディーテを見ていません。しかし二人は向き合っているので、彼が起きていたときはきっと彼は見ていたでしょうから、完了表現にしておけば問題ないでしょう。よってここまでで、「そして、あなたから見られていた女神は」となります。

pendetは動詞pendeo(吊す)の三人称単数現在です。その後のresupiniは最後のoreを修飾していると考えます。resupiniは形容詞resupinus(仰向けの)の属格と解釈しますが、名詞化されて「仰向けに寝ている者」を表すと考えます。oreは中性名詞osの与格、奪格、所格です。oreは通常「口」を意味しますが、さらに「顔、頭」を表すこともあります。したがって、動詞を考慮して、resupini oreで「仰向けになっている者の頭から」と訳せます。この絵の中に仰向けの者は二人いますが、何かを頭から提げている者はアフロディーテです。

残っているのは男性名詞spiritus(息、魂、生命)ですが、このように訳してくると、これがつり下げられている物を表す言葉であると推察されます。しかし、これがつり下げられるためには、対格でなくてはいけません。この語形のまま対格と解釈されるには、単数ではなく複数となります。絵を見るとアフロディーテがぶら下げている物は一つですが、複数の宝石からなっていることが分かるので、このそれぞれの宝石がspiritusを表しているのだと分かります。spiritusにどんな意味があるのか、このペンダントの画像をよくよく見てみると、それぞれの玉のハイライトとして見えていたものが目と口が描き込まれた顔のように見えてきます。特に右から下にかけてです。これを魂と解釈します。

spiritus

したがって、この文の意味は次のようになります。

そして、あなた(アレス)から見られていた女神(アフロディーテ)は、仰向けになっている者(アフロディーテ本人)の頭から、魂たちを提げている。

宝石に魂が描き込まれていると解釈しましたが、上の画像では断言できるほどはっきり見えてはいません。そう言われて見れば、そう見えるかもしれないという程度です。だから今まで知られていなかったのでしょう。このペンダントをもっとよく見ようとネット上を探してみましたが、これ以上の解像度のものは見つかりませんでした。はっきり確認できれば、このルクレティウスの文章を元に描かれているという解釈を、より確実なものにできるでしょう。ここに魂が描かれていることを論理的に説明できるのは、この文章の言葉遊び以外にないはずですから。

つづく



posted by takayan at 01:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヴィーナスとマルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする