『アフロディーテ讃歌』は『ホメロス風讃歌』の一部として収められている。『ホメロス風讃歌』は『ホメロス讃歌』とも呼ばれるが、古代ギリシアの詩人ホメロスの作品と同じ韻律やギリシア語方言が使われていることからそう呼ばれるらしい。
『ホメロス風讃歌』には33編の讃歌が収められていて、アフロディーテを讃美したものは3編ある。第一の部分は293行からなり、ここにアンキーセースとの恋の物語が書かれている。第二の部分が21行で、ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』と似た場面はここの冒頭にある。三番目の部分は6行で、短い言葉でアフロディーテの美しさを褒め称えている。
Wikipediaの『ホメーロス讃歌』では英語訳の一つとして、ペルセウス・プロジェクト のページが紹介されている。
該当する二番目の編を引用すると:
To Aphroditeこのページからギリシア語原文も開くことができる。Greek...とあるところをクリックすればいい。表示設定でギリシア文字表記か、読みやすいローマ字表記のどちらか選ぶことができる。表示されたギリシア語の単語にはそれぞれリンクが設定されていて、クリックすると単語の英語による説明と今の活用が何かなどが別窓で示される。さらに、*のリンクで注釈を表示してくれる。古典ギリシア語を勉強するのならば、このサイトはとても役に立つだろう。
[1] I will sing of stately Aphrodite, gold-crowned and beautiful, whose dominion is the walled cities of all sea-set Cyprus. There the moist breath of the western wind wafted her over the waves of the loud-moaning sea [5] in soft foam, and there the gold-filleted Hours welcomed her joyously. They clothed her with heavenly garments: on her head they put a fine, well-wrought crown of gold, and in her pierced ears they hung ornaments of orichalc and precious gold, [10] and adorned her with golden necklaces over her soft neck and snow-white breasts, jewels which the gold-filleted Hours wear themselves whenever they go to their father's house to join the lovely dances of the gods. And when they had fully decked her, [15] they brought her to the gods, who welcomed her when they saw her, giving her their hands. Each one of them prayed that he might lead her home to be his wedded wife, so greatly were they amazed at the beauty of violet-crowned Cytherea.
Hail, sweetly-winning, coy-eyed goddess! Grant that I may gain the victory in this contest, [20] and order you my song. And now I will remember you and another song also.
ギリシア文字表記を引用したかったのだけどseesaaでは難しいみたいなのでギリシア語のローマ字表記の方を引用すると:
Eis Aphroditênまあ、読めないけれど、ああ、これがホメーロス風なのかと思って眺めてみる。神々の名として Aphroditên、Zephurou、Hôrai とあるのが分かる。上記英文の[数字]はこの原文の行に対応している。
aidoiên, chrusostephanon, kalên Aphroditên
aisomai, hê pasês Kuprou krêdemna lelonchen
einaliês, hothi min Zephurou menos hugron aentos
êneiken kata kuma poluphloisboio thalassês
aphrôi eni malakôi: tên de chrusampukes Hôrai
dexant' aspasiôs, peri d' ambrota heimata hessan:
krati d' ep' athanatôi stephanên eutukton ethêkan
kalên, chruseiên: en de trêtoisi loboisin
anthem' oreichalkou chrusoio te timêentos:
deirêi d' amph' hapalêi kai stêthesin argupheoisin
hormoisi chruseoisin ekosmeon, hoisi per autai
Hôrai kosmeisthên chrusampukes, hoppot' ioien
es choron himeroenta theôn kai dômata patros.
autar epeidê panta peri chroï kosmon ethêkan,
êgon es athanatous: hoi d' êspazonto idontes
chersi t' edexioônto kai êrêsanto hekastos
einai kouridiên alochon kai oikad' agesthai,
eidos thaumazontes iostephanou Kuthereiês.
chair' helikoblephare, glukumeiliche: dos d' en agôni
nikên tôide pheresthai, emên d' entunon aoidên.
autar egô kai seio kai allês mnêsom' aoidês.
正式な日本語訳を読んだわけではないけれど、該当する部分「hothi min Zephurou menos hugron aentos/êneiken kata kuma poluphloisboio thalassês/aphrôi eni malakôi: tên de chrusampukes Hôrai/dexant' aspasiôs, peri d' ambrota heimata hessan:」の英訳「There the moist breath of the western wind wafted her over the waves of the loud-moaning sea in soft foam, and there the gold-filleted Hours welcomed her joyously. They clothed her with heavenly garments:」に書かれているのは、湿った西風(ゼピュロス)が激しい波を起こし柔らかな泡の中に入ったアフロディーテを運んだということ、金の飾りを付けた季節の女神ホーラたちがうれしそうにアフロディーテを出迎えたということ、ホーラたちは神々しい衣服をアフロディーテに着せたということ。
『アフロディーテ讃歌』の文章そのものは、アフロディー テ(=ヴィーナス)の誕生の場面を直接語ってはいない。しかし「泡の中」という部分で、彼女が誕生したばかりだということを暗示している。なぜなら、この讃歌の中には書かれていないが、アフロディーテAphroditêは、海の泡aphros から、もしくは切り落とされたウラヌスの男性器の周りにできた泡 から生まれたとされているから。絵では泡ではなく貝になっているので、誕生の記号が失われ分かりにくくなるが、この神々の配置とホーラが裸のアフロディーテに服を着せようとしている仕草だけで、ヴィーナスの誕生を十分に示すことができている。『ヴィーナスの誕生』という絵は、この文章そのものか、この文章が影響を受けたものか、もしくはこの文章が影響を与えたもの、そんなのが分かるわけはないけれど、この文章と同じ場面を、その文脈を利用して描こうとしているのは確かだろう。
ただしこの『アフロディーテ讃歌』には、ゼピュロスとアフロディーテ(=ヴィーナス)、そしてホーラしかいない。絵の中でゼピュロスと一緒にいる女性のことは 書かれていない。
『ホメロス風讃歌』の完全な日本語訳としては、ちくま学芸文庫『ホメーロスの諸神讚歌』がある。近いうちに手に入れて読もう。
参考資料:
ウィキペディアとペルセウス・プロジェクト
「アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮」はまだ読んでいないので、この機会に読もうと思います。
この本を読んでいないのではっきりしないのですが、このアビ・ヴァールブルクの「ボッティチェリ論」というのは、この記事を書いた二週間後に書いた記事
http://neu101.seesaa.net/article/114072811.html
で紹介した『サンドロ・ボッティチェッリの《ウェヌスの誕生》と《春》−イタリア初期ルネサンスにおける古代表象に関する研究』のことだと思います。この研究は本当に素晴らしいものだと思います。