2009年10月12日

地球ドラマチック「遺伝子ゲーム〜変異がもたらす進化のプロセス〜」

10月8日の遺伝子による進化を扱った「地球ドラマチック」で放送された番組がとても面白かった。ツールキット遺伝子やここ数年の進化について発見が分かりやすくまとめられていた。
そういうわけで、要約と資料をまとめてみた。

■ 基本情報
地球ドラマチック
遺伝子ゲーム
〜変異がもたらす進化のプロセス〜
放送日時 NHK教育 2009.10.08(土) 19:00-19:40


NHKの番組情報:
http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/177.html
地球ドラマチック「遺伝子ゲーム〜変異がもたらす進化のプロセス〜」


10/12現在、NHKオンデマンドで見逃し番組として公開されている(有料)
https://www.nhk-ondemand.jp/index.html

原題:How to build a better being
ナショナルジオグラフィックの番組ページ(英語):
http://channel.nationalgeographic.com/episode/how-to-build-a-better-being-3863
短いが動画も置いてある。
※オリジナルは46分くらいのものだが、NHK版は地球ドラマチックの枠に入れるためか40分にカットされている。

■ 番組内容
シムシティなどのゲームデザインで有名なウィル・ライトが、今回開発中の進化をテーマにしたゲーム「Spore」を作る途中で、進化についてより深く知りたいと思い、それについていろんな研究者に話を聞いていくという形で番組が進んでいく。

触角の代わりに足が生えた突然変異のハエの研究から、「ツールキット遺伝子」と呼ばる8つの遺伝子が発見された。ツールキット遺伝子は、体の構造の決定や胚の発育の制御などを担っている遺伝子である。本来とは違った場所で遺伝子のスイッチがオンになることで、このような突然変異が起きてしまう。さらに、このツールキット遺伝子はハエだけでなく人間を含めた動物が共通に持っていることが分かってきた。ヒトに特別多く遺伝子があるわけではなく、ヒトもハエもネズミもゾウも遺伝子そのものはほとんど同じで、それを使ってまったく異なる生物の部品を作っているにすぎないのだ。生物に共通するこのツールキット遺伝子の発見は種の間の深いつながりを示し、動物が共通の祖先をもつというダーウィンの重要な考えを裏付ける証拠にもなる。

カンブリア紀には、カンブリア紀の爆発と呼ばれる様々な生物が出現する現象が起きたが、この多種多様な生物の出現はこの頃内海が作られたり生物が生息できる環境が多様になったことと関係しているのではないかと考えられる。新しい体を作る能力が飛躍的に進歩し、それらの生物の中からヒトにつながるものもおよそ5憶3千万年前に枝分かれしてきた。生物は左右対称の体、そして次に体節構造を獲得していった。

生物の体ではひとつひとつの体節が独自の性質を持っている。特定の遺伝子が特定の体節を作っていき、どんな動物でも遺伝子が体節をつくるという方法で体の構造がレイアウトされていく。遺伝子が体を上と下、前と後ろに分け、臓器や手足などの位置も遺伝子の働きで決められる。この過程で遺伝子のスイッチが早かったり遅かったり入らなかったりすることで突然変異が起きる。

ツールキット遺伝子によって遺伝子のネットワークが少し変更されることで進化が起こる。形態の進化とは古い遺伝子に新しい技を教えることである。遺伝子が計画し、環境が運命を定める。遺伝子のセットは安定したものではなく、遺伝子のスイッチを入れる場所と切る場所は絶えず変わる。新たな特徴が有利に働くかどうかは、周りの環境によって決まる。

古生物学者ニール・シュービンが2007年4月に北極圏で発見した「ティクターリク」(大きな淡水魚の意味)は、3億7千前5百万年前に生息した魚と両生類の中間の生物で、首と手首を持った最初の魚だ。形はもちろん違うが既にヒトの手首と対応する骨を持っている。ティクターリクの手首は、水の底でも干潟でも、地面の腕でも体を支えられる構造をしている。生物は、大きくなる、鎧を身にまとう、その場から離れるといった生き残る戦略を行うが、ティクターリクはヒレを変化させ、危険な水の中を避ける三つ目の戦略をとった。

ティクターリクのDNAは得られないので、それに近い現存のガンギエイのものを使って、変化が起きた仕組みを調べてみる。ガンギエイとヒトの祖先は4億年以上前に分岐したのに、やはりツールキット遺伝子はヒトとほとんど同じものが使われている。発育中のガンギエイに対して化学薬品による処理を行うと、遺伝子の一つに対し間違った場所でスイッチが入る。その結果ヒレが変化し、ティクターリクの手首と似たような骨ができる。

生物が陸上で活動できるようになると、次々に新しいデザインが生み出されていった。そして生物の活動で重要な心臓も進化していった。心臓の起源を遡っていくと、5億年以上前に棲息していた原始的生物の単純な管に行きつく。この単純な管も、ツールキット遺伝子の働きによって心室心房の数が増えより複雑なものになっていった。数が増えればそれだけ血液と酸素をより高い濃度で流せるようになる。そうしてより多くのエネルギーを生み出し、高いレベルの活動が可能になった。

ツールキット遺伝子が心臓の進化に果たした役割を調べるために、脊椎動物の祖先に近いホヤが研究された。細胞が百個のときツールキット遺伝子は2個の細胞を頭部に移動させ、心臓の筋肉を作るように指示を出す。このとき間違いが起き、4個の細胞が頭部に移動することがあり、その結果として心室と心房を一つずつ持った心臓ができる。このような果てしない遺伝子の実験によって、脊椎動物はホヤのような原始的な動物から最強の捕食者へと進化していった。

現在の人の体につながる最も重要な変化は比較的最近起こったものだと考えられている。

多くの哺乳類は光を感知する細胞を二種類しか持っていないが、5千万年程前、一部の霊長類がもうひとつの光を感知する細胞を手に入れた。これにより食べられる木の葉や果実などを探すのに役立ち、生存競争に有利になった。

人類は二足歩行となったことで、後ろ脚が長くなり、前足と肩は縮んだ。握りこぶしで歩いていた手はより精密な動きができるようになり、毛でおおわれていた皮膚はすべすべになり、脳の大きさは3倍になった。全ては遺伝子の変化によってもたらされた。チンパンジーとヒトはDNAの98.9%が同じだが、残りのわずか1.2%が大きな違いを生んでいる。科学者たちはヒトの進化を決定付けた遺伝子を突き止めようとしている。

ハーバード大学の研究チームは皮膚をすべすべにする遺伝子について研究している。私たちに近いはずの霊長類では、私たちと違い少し走っては喘いでいる。厚い毛皮のせいで犬のように口から熱を発散しなくてはならないからだ。一方人間の皮膚は剥き出しで、毛はずっと細く汗もかきやすい。他のどの哺乳類よりも効率よく熱を発散できる。生物学者のパルディス・サベティは、ヒトの遺伝子の配列を分析して、魚の鱗を作る古代の遺伝子を発見した。魚の鱗を制御する遺伝子群と同じ遺伝子群が進化の過程で、ヒトの毛や汗、歯を制御するようになったと考えられる。こうしてヒトは激しい運動の最中でも体温を調整することが可能となった。これは大きな獲物を仕留めるのに理想的な能力だ。現代でもカラハリ砂漠に住み人々は銃を使わずにレイヨウを狩っている。彼らは獲物が疲れきって動けなくなるまで執拗に追跡する。

二足歩行になった人類は手で物を自由に扱えるようになり、道具を作り出すようになった。ヒトと他の霊長類との最大の違いは知能であるが、どのような進化によって脳の大きさが三倍になったのか長い間謎に包まれていた。最近、それに対し次のような仮説が出てきた。

筋ジストロフィーの治療法を研究していたハンセル・ステッドマンはミオシンを作る遺伝子の突然変異を見つけた。ミオシンとは筋繊維を作るたんぱく質だ。その突然変異はあごの大きさと筋肉の大きさを変えるものだった。強力なあごの筋肉を持っているチンパンジーなどヒト以外の霊長類ではミオシン遺伝子に突然変異は無く、人類だけがその部分のDNAから2つの塩基が無くなっている。この突然変異によってヒトのあごの筋肉は縮小した。頭の大きさは限られているので、外側に大きな筋肉を備えるか、内側に大きな脳を収容するかどちらか一方しか選べない。ゴリラは頭蓋骨を取り巻く部分のほとんどが外側のあごを閉じるための筋肉だが、ヒトは逆で内部の大きな脳で占められ縮小したあごの筋肉は端の小さな穴に付着しているだけだ。あごの筋肉を縮小させた遺伝子はさらに頭蓋骨のつなぎ目が閉じる時期を遅らせた。チンパンジーは頭蓋骨が3歳で完全に閉じるが、ヒトの頭蓋骨は30年間もしなやかなままで、脳の成長も可能となる。あごの筋肉が小さくなったから単純にヒトになったわけではないが、筋肉を小さくしたことで進化の歯止めとなっていたものが解除され、脳が成長を続けられるようになったと考えられる。

進化の仕組みを解明できる動物は人類だけであるが、人類は進化の梯子の一番上に立っているのでも、母なる自然が作った最高の部品によって組み立てられているわけでもない。進化をもたらすツールキット遺伝子はヒトだけでなく、様々な生物のデザインも手がけている。ツールキット遺伝子の独創性は果てしなく、生物の世界は驚くほど多様性に満ちている。人間の体とは似ても似つかない例えば棘皮動物のヒトデの何百本もの管足やアワビの機械みたいな歯舌もツールキット遺伝子が作り上げた見事な創造物である。

人類は遺伝子のあらゆる仕組み解明し、やがて進化を自分たちでコントロールする日が来るかもしれない。人類は肉体の代わりに機械を使って能力を拡大し、さらにDNAを操作することで自分たちの体そのものを変化させる技術まで手に入れようとしている。そこには倫理的な選択の問題がある。

今回の探求で分かってきたのは、全ての動物が基本的に同じ遺伝子のセットを持っているということだ。一見どんなに違った姿をしていてもそれを形作る物は変わりない。生物の歴史は古代の遺伝子を目的を変えて使いまわしてきた物語である。私たち人類もその物語の一部であって、人とつながりのある様々な生物の痕跡が今も私たちの体の隅々に残されている。

■ 資料
この番組に出てくる人たちの紹介ページ:
ゲームデザイナー ウィル・ライト Will Wright http://www.mobygames.com/developer/sheet/view/developerId,4217/
遺伝学者 マイケル・レビーン Michael Levine http://mcb.berkeley.edu/index.php?option=com_mcbfaculty&name=levinem
古生物学者 二ール・シュービン Neil Shubin http://pondside.uchicago.edu/oba/faculty/shubin_n.html
発生生物学者 クリフ・タビン Cliff Tabin http://genepath.med.harvard.edu/~tabin/index.html
遺伝学者 ニーパム・パテル  Niepam Patel http://patelweb.berkeley.edu/
人類学者 ダン・リーバーマン Daniel E. Lieberman http://www.fas.harvard.edu/~skeleton/danlhome.html
生物学者 パルディス・サベティ Pardis Sabeti http://sysbio.harvard.edu/csb/research/sabeti.html
ペンシルベニア大学 ハンセル・ステッドマン Hansell Stedman http://www.med.upenn.edu/apps/faculty/index.php/g5165284/p7723
海洋生物学者 ティアニー・ティス Tierney Thys http://www.nationalgeographic.com/field/explorers/tierney-thys.html


関連本としては次のようなものがある:








この番組はシムシリーズで有名なゲームデザイナーのウィル・ライトのゲーム「Spore」を軸に話が進んでいくのだけど、そのゲームの日本語版のページは次のアドレス:
http://www.japan.ea.com/spore/index.html


次回もちょっと面白そう。
10/15 NHK教育19:00〜
「メガファウナ〜巨大動物 繁栄と絶滅の歴史〜」
オーストラリア大陸でかつて繁栄した巨大動物について話。
原題:The Death of megabeasts
ナショジオの番組ページ(英語)
http://channel.nationalgeographic.com/episode/death-of-the-megabeasts-3626


posted by takayan at 18:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これは興味があります
リチャード・ドーキンスを翻訳している日高教授の生物学を履修しましたので
しかも飼料業界で生計を立てているのでうっかりシムファームを子供に買い求めていました
父親はシステム・ダイナミクスからクルーグマン空間経済学に興味がいくことを期待していました
現実には引きこもりネットゲーマーを育成してしまった
Posted by takasi at 2009年10月15日 06:16
takasiさん、コメントありがとうございます。
偶然にも、今リチャード・ドーキンスを読みなおそうと本を取り寄せている最中です。後日ここに書こうと思っています。
引きこもらないならネトゲーも趣味の一つになるんでしょうが、引きこもってのネトゲーはつらいです。



Posted by takayan at 2009年10月16日 01:12
人間ブラックホールは外界にジェット放射し始めています。からだもでかく親に説教するくらいなので自立存在と看做すに充分です
ドーキンスを読み直す視点はゲーム理論ですか
Posted by takasi at 2009年10月16日 08:49
まあ、今年はダーウィン年ですので、進化についての本をまた読んでみようと思ったからです。「利己的な遺伝子」を読むつもりですが、「祖先の物語」を念頭に置いていました。でも、10年以上前に読んだ「利己的な遺伝子」のゲーム理論はとても衝撃的でした。ゲーム理論はその前から知っていましたが、それが生物学でこういうふうに活かされるなんて、ほんとに見事でした。
Posted by takayan at 2009年10月16日 19:54
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック