ボッティチェリの話からちょっと離れます。オウィディウスの『変身物語』の誤訳が、キューピッドのハートの矢の由来じゃないかと前回思ったわけですが、その続きです。
『変身物語』1巻472-3行にある、クピドが放った恋心を抱かせる金の矢がアポロンに命中した描写(画像は1579年の本のもの。Google Books):
illo laesit Apollineas traiecta per ossa medullas.
これが、Auther Golding による1567年の英訳詞で(画像)、
The tother perst Apollos heart and overraft his bones.
となっていました。medullas は髄と訳すのが本来だと思いますが、日本語の髄と同じで、物事のもっとも中心という意味でも使われます。それで heart と訳されてしまったのでしょう。でも複数形なので心臓を示す heart だと本当はちょっとおかしいです。
この訳が巡り巡って、人に恋をさせるクピドの矢がハートに射られる構図として広まったのではないか、というのが前回思ったことです。
このことを確認しようと、いろいろ調べてみたのですが、このハートに矢が射られる由来について、意外にみんな疑問に思わないのか、見つけられませんでした。
それでも、次の記事にたどり着きました。フランツ・リストです。
「巡礼の年第2年イタリア」から 「ペトラルカのソネット 第47番」
ピアニストの久元祐子さんの演奏曲の紹介ページです。
そして、ペトラルカ(1304-1374)。イタリアの学者であり、抒情詩人。時代はダンテに少し遅れた頃で、詩人ボッカッチョの友人。ラウラという名の女性への想いを綴った叙情詩集で有名な人。
下の詩の画像は、1532年の本のもの(Google Books)です。現在伝わっているものと綴りが違っている単語もありますが、この本だけではどちらに正統性があるか分かりません。
その7行目からの
E l’arco e le saette, ond’io fui punto;
E le piaghe, che’n fin al cor mi vanno.
の部分が、ハートに矢が刺さっている表現です。cor は cuore に通じるラテン語の単語で、cor mi は「私の心に」です。
厳密な検証をしたわけではないですが、これは前述のオウィディウスのダプネの物語に出てくるクピドの矢を踏まえている表現のように思います。実際にそうだとしても、標的の相違は、ペトラルカには誤解というより意図的な印象を受けます。そして、髄から心への変更は適切だったと思います。心の耐え難い苦しみも表せますし、人知を越えたクピドの力による抑えがたい想いも表せます。改めてよい表現だと感じます。
上記の英訳はもしかするとペトラルカの影響があったせいかもしれません。つまりその頃までに矢が心に刺さる表現が珍しくなくなっていて、先入観ができていたのかもしれません。しかしこの表現がどのように人々の間に広がっていったのかまでは調べていません。
表現そのものは14世紀までさかのぼれました。ペトラルカよりも古くて、影響力のある古典の作品が他にもあるかもしれませんが、この話題はここまでにします。
追記
これで終わりと思ったのですが、『変身物語』を読み進んでいくと、その先の第5巻にクピドが冥王の胸を射るところがありました。384行あたり。プロセルピナの略奪のところ。原文でも、まさに cor を射ています。そして、そのあと一目惚れをした描写もあります。ちゃんと読み終わってから書けばよかったと後悔しています。