2011年03月26日

クピドの存在意義と三美神

《プリマヴェーラ》のことです。最後まで分からなかったことがあったのですが、これで解決できたと思います。

『祭暦』の5月の神々の記述が元になっているというのが僕が考えている解釈ですが、それだとそこにはクピドの記述がありません。またここには三美神がメルクリウスを意識しているような物語もありません。その部分がどうしても説明できませんでした。先日クピドのことをいろいろ調べ直したのですが、それでやっとその理由が分かりました。

三美神の周りの神々は三美神のそれぞれの役割の描写を助けている。これが結論です。今まで三美神がそれぞれ何を表しているかは考えてきませんでした。調べてみるといろんな説があるために、どの説を採っていいのかが分からなかったからです。しかし今回、クピドの描写のことを考えていくと、つまり何故クピドが真ん中の女性を狙っているのかと考えていくと、これは彼女がメルクリウスを愛すという物語を描いているのではなく、彼女の属性そのものをクピドを使って描いているのではないかと気づきました。つまり、真ん中の女性が「愛」の属性をもつからこそ、クピドが矢を射る対象として描かれているわけです。彼女が何者であるかを示すために、ただそれだけのためにクピドがここにいるわけです。5月の神でなくても、愛のあるところにクピドが現われることに何の問題もありません。

ボッティチェリは、『祭暦』で語られるフローラがゼピュロスから与えられた無数の花で満たされた庭を描きます。そしてそこに現われた、彩り鮮やかな衣で着飾ったホーラ(プリマヴェーラ)と、手を結び自らの体で花冠を作る三美神を描きます。それだけでも十分なのですが、ボッティチェリはさらに三美神それぞれをその属性に従って細かく描き込んでいます。

真ん中の女性は既にメルクリウスを見つめています。もう既に淡い恋は始まっているのかもしれません。この状態で矢を首筋の、ど真ん中に射られれば、アポロンのようなもっとも効力のある深い恋に落ちることでしょう。メルクリウスと三美神の恋の神話はどこを探してもありません。なぜなら、これは彼女の「愛」の属性を示すための描写に過ぎないからです。「愛」の属性を描くためにこの一瞬を選んだボッティチェリはやはり天才です。

真ん中の女性がそのように示されるのならば、三美神の他の女性も同様でしょう。左のメルクリウスのすぐそばにいる女性はいったい誰でしょうか。これは残りの二人との対比で分かります。他の二人はメルクリウスを見つめています。左の女性だけがメルクリウスを見ていません。したがって彼女が「慎み」です。真ん中の「愛」を静かにたしなめているようにも見えます。

そして残りの一人、右の女性は、「美」です。彼女の属性が「美」であることを示しているのが、中央の女性です。一般的には美と愛の女神ウェヌスとされる像です。しかし今回の『祭暦』をテキストとする解釈では彼女は5月の女神であり、メルクリウスの母マイアとしています。マイアはプレアデス七姉妹の中で一番美しく、そのためにゼウス(ユピテル)に見初めらてしまいました。この女神が優しく右の女性の頭に手をかざす仕草は、彼女の美しさを讃える意味となるでしょう。右の彼女は髪飾りにネックレスで美しく身を飾っています。左の女性も飾りを付けていて、胸には大きい飾りがありますが、マイアの後ろ盾はありません。

このように三美神のそれぞれの属性を表す描写を考えながら、周りの神々をみてみると配置の理由が分かってきます。そしてそれを考えると、この配置、この属性以外に考えられなくなります。

これで、とりあえず、『祭暦』の言葉をベースに、いくつかのテキストで描写を補いながらこの絵を説明できるようになりました。新プラトン主義を持ち出さなくてもよくなります。そして新プラトン主義による解釈のお膳立てのために導入されたウィントによるフローラの変身説も否定できます。

追記 2011/03/30
申し訳ありませんが、これを書いたあと、解釈に問題があることに気がつきました。修正した解釈は次の記事 「三美神」の特定 に書きました。

■ 参考過去記事

『祭暦』の該当箇所のラテン語原文について以前書いた記事
『祭暦』と『プリマヴェーラ』

特に、『祭暦』の三美神の記述についての解釈
三美神について

ウィントの新プラトン主義的解釈の概要
“Pagan Mysteries in the Renaissance” における《春》の解説について



posted by takayan at 04:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | プリマヴェーラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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