西園寺先生がピアノを激しく演奏している。OKですとガラスの向こう側から。ここはラジオのスタジオ。西園寺は付き人と話をしている。ドアが開きお客様がおみえですと知らせ。達彦が入ってくる。松井君、お子さんがお生まれになったんですかと西園寺が歓迎する。桜子の症状が思わしくないと達彦。言葉もないと西園寺。去年はご迷惑をおかけました。おこがましいことですがと達彦。彼女の作品を先生に代わりに弾いてほしい。ラジオで放送してほしい。先生に楽譜を渡す。病室で書いた作品もあります。手前勝手なことばかり申し訳ありません。西園寺はちょっと何か考え込みながら少し歩いて、達彦に言う。君が弾いてください。ずっと弾いていませんと達彦が断ると、だったらもう一度練習をすればいい。君ならできますよと西園寺。
病室。輝一の写真が飾ってある。野木山と仙吉が見舞いに来ている。桜子はお椀を受けとり、それを飲む。おいしいと桜子。おいしいですか。うちでできる中で八丁味噌に近い味ですと仙吉。みんな女将さんの帰りを待っていますと野木山。あいたいね、輝一が立って歩けるようになるまでにはと桜子。首もしっかりすわってもうすぐ歩きますよと身振りを交えて野木山が明るく説明する。抱っこしたい。はいはいしているとこが見たいと桜子。みられますわじきにと野木山。元気になっておくれましょうと仙吉。
有森家。みんな集まっている。その中には輝一もいる。ラジオ放送で僕が弾きますと達彦。素晴らしいじゃないですかと浩樹。私たちも何かしたいね。桜子は最近、輝一っちゃんのはなしばかり、口癖のように言っている。このままだと桜ちゃんと心配そうに杏子。
病室で、桜子と杏子。桜子の髪を整えている。女学校の頃こんなふうに髪を結ったねと杏子。おさげがようにあっとった。走ると肩でぴょんぴょん跳ねて可愛かったね。私が河原の家でひどい目にあっていて桜子が迎えに来てくれたとき、手をつないで走ったこと覚えてる。桜子の背中を見つめて心強かった。私は姉ちゃんの手が温かかったことを覚えていると桜子。おばさんが病気ということにしたけど、あれはバレとったよねと二人笑う。私は桜ちゃんに助けられてばっかりだわ。だのにごめんね。どうしてと桜子。人の病気を治すのが仕事なのに気付かんで。勤務中もどうして桜ちゃんのそばにおってやれないのだろうと気になっている。いいよ杏姉ちゃんと桜子。こうして寝とると、みんなのこと近くに感じる。笛姉ちゃん、杏姉ちゃん、冬吾さん、磯おばちゃん、勇ちゃんも。今頃ご飯を食べている。輝一をあやしとる。笑っている。そんなこと思い浮かべると温かい気持ちになって、さびしくともなんともないと桜子。杏子が泣きながら聞いている。二人額を寄せ合う。
夏の終わりがやってきた。笛子、杏子、勇太郎が病室にやってくる。みんな勢揃いでと桜子。贈り物があると笛子。すると冬吾がラジオを抱えて入ってくる。贈り物はラジオではないと冬吾。
ラジオのスタジオ。ピアノがある。西園寺先生が達彦に声をかける。音楽とは人生に似ていますね。時のまにまに流れ、うたかたのように消えていく。すると、僕は諦めていませんと達彦。彼女がまた弾けるようになる日が来るその日のために今日があると。
病室で勇太郎がスイッチを入れる。桜子はベッドで体を起こしている。笛子たちは横に立って笑顔で桜子のほうを見ている。ラジオからアナウンサーの声。音楽の時間です。新進の女流作曲家松井桜子さんの曲。演奏は松井達彦さんです。ラジオから「まだ見ぬ子へ」の曲が流れてくる。桜子は涙を流しながらも、しっかりと聞いている。病室ではみんなもラジオ見つめている。流れる音楽の中に桜子の人生がありました。桜子の愛しい人生を、その瞬間瞬間を、ラジオの向こうの人たちと分かち合っていました。とナレーション。有森家では輝一と子どもたちが浩樹と一緒に聞いている。山長では野木山や仙吉たちが。喫茶マルセイユではヒロ。桜子は決して一人ではありませんでしたとナレーション。
桜子の病室。達彦が入ってくる。お帰りと桜子。ただいまと達彦。達彦座る。桜子は横になったまま。ありがとう達彦さん。達彦さんと出会えて、達彦さんの奥さんになれてほんとによかった。達彦さんのピアノを聞きながら、いろんなこと思い出した。小さな頃遊んどって味噌桶に落ちたこと。マロニエ荘で一緒にピアノを弾いたこと。あの頃は毎日けんかばかりしとった。すると、昔のことばかりいわんでくれと達彦。おまえよくなるんだろう。輝一の面倒みるんだろう。おむつをかえるおかゆ作ったりの大変なんだぞ、おまえがおってくれんと。達彦は桜子の手をしっかりと両手で握りしめながら、おまえ輝一の母親になるんだろう。まだ抱っこもしとらんだろう。ほだねと桜子。私、きいっちゃんのお母さんにならんとね。
つづく