《ヴィーナスの誕生》の次は、《ヴィーナスとマルス》 です。この絵については去年まとめましたが、そのときアナクレオンの『蜂』という詞を元に描かれているとしました。この文章にはマルスの名前は一カ所も出てこないのですが、この絵がこれを元に描かれていることは今もなお強く確信を持っています。今回はそれとは別の、マルスの特定など以前解決できなかったことを的確に補える典拠の発見です。
『アフロディーテ讃歌』を解釈しているときに思い出したのは、ルクレティウスの『物の本質について』の冒頭部分にあるウェヌスを讃える言葉でした。そこで岩波文庫版の樋口勝彦氏の訳を読み直してみると、その一部分が《ヴィーナスとマルス》の場面に変化させられる描写であることに気付きました。
それは次の部分です。ラテン語原文を引用します。
nam tu sola potes tranquilla pace iuvare
mortalis, quoniam belli fera moenera Mavors
armipotens regit, in gremium qui saepe tuum se
reiicit aeterno devictus vulnere amoris,
atque ita suspiciens tereti cervice reposta
pascit amore avidos inhians in te, dea, visus
eque tuo pendet resupini spiritus ore.
hunc tu, diva, tuo recubantem corpore sancto
circum fusa super, suavis ex ore loquellas
funde petens placidam Romanis, incluta, pacem;
これを素直に翻訳すると次のようになります。自分で訳してみました。
(ウェヌスよ!)あなた一人だけが限りある命を持つ者たちを穏やかな平和で助けることができます。なぜなら、勇敢なるマルスが戦争の野蛮な役割を支配していますが、その彼は愛の永遠の痛みに打ちのめされて、いつもあなたの膝の上に自らを投げ出します。そして彼は、滑らかな首で上を見上げ、横たわって、女神、あなたをじっと見つめて、愛によって多くの物を糧にしています。したがって仰向けになった心の判断はあなたの口に頼っています。あなたの神聖なる体のそばで横たわっているこの者に、上から注ぎかける女神よ!ローマ人に穏やかな平和をもたらすように、輝ける者よ、甘き言葉の数々を注ぎたまえ!
これを、例の如く別の解釈にしてみます。この場合、「あなた」はマルスを指しています。ただし最後は、ウェヌスに対しての文となります。
ハルモニアに唯一気に入られた、静かで死人のようなあなたは、たくさん飲んでいるのでしょう。それに先立って、勇敢なるマルスは野生のヒナギクのところから太ももの方へ長いものを取り付けています。愛しき人の傷のところでぐったりしているあなたを、彼は生け垣から自分自身で撃退しています。そして、しなやかな首の下に置かれている上を見上げている者よ!彼は巨大な物を口にしています。クピドのそばで女神の方をじっと見つめている者よ!あなたを見ている者は上を向いている魂たちを顔からぶら下げています。あなたが周りに撒き散らした物の上で、まっすぐに伸びた幹に寄りかかっているとき、女神よ!ローマ秤(romano)とヒヤシンス(giacinto romano)のそばにいるハルモニアを穏やかであるようにと懇願するならば、高名な者よ!口から甘い言葉を発してください!
以前説明できなかったこの絵の中の小物についてもいろいろ分かりました。これはすごいです。ぞくっとします。この解釈の文法的な根拠、そしてこの解釈が《ヴィーナスとマルス》とどのように符合するのかの説明は、次回。