2007年03月02日

イタリアの「赤ちゃんポスト」

「赤ちゃんポスト」という言葉はあまりいい響きではないが、日本の報道ではどうやらこの用語が一般的のようなので、ここでも仕方なくこの表現を踏襲する。「こうのとりのゆりかご」というのは慈恵病院で設置されるものを示すための固有名詞だと理解しているので、それを一般名詞として使用するのは避ける。この言葉についていろいろを調べてみた。

日本では4日前に伝えられたニュースだが、ローマに年末に新設された赤ちゃんポストに、24日そこへ初めての赤ちゃんが預けられたそうである。

ローマ東郊の総合病院が昨年12月に新設した「赤ちゃんポスト」に24日、男児が預けられ、1人目として保護された。26日付イタリア各紙が報じた。
 男児は生後3〜4カ月のイタリア人とみられ、24日夜、病院に隣接するプレハブ棟のベッドに置かれた。センサー式の警報が鳴ったため、医師らが駆け付けて保護した。
 同病院では育児が困難な若い母親を助け、赤ちゃんを受け入れようと、実験的に「ポスト」を設置。入り口には「捨てないで。私たちに預けて」と記されている。

赤ちゃんポスト:昨年末新設、男児を初保護 ローマの病院−ヨーロッパ:MSN毎日インタラクティブ(2007年2月27日)

これの現地での記事を探してみた。

ROMA - Un bimbo di circa quattro mesi e stato lasciato a Roma nella struttura del servizio 'Non abbandonarlo, affidalo a noi' del policlinico Casilino: la 'nuova ruota' per i bimbi abbandonati da mamme in difficolta . ......

引用元:BIMBO DI 4 MESI ABBANDONATO NELLA 'RUOTA' A ROMA 2007-02-25 19:24 - イタリア共同通信社(ANSA)

イタリア語は駄目なので英語への機械翻訳で漠然と意味を理解してみる。だいたい上記の毎日の記事と同じような内容のようだ。
「生後約四ヶ月の赤ちゃんが、ローマにあるpoliclinico Casilinoの『捨てないで、私たちに預けて』サービスの施設に置き去りにされた。その施設は困窮した母親によって捨てられる子供たちのために設置された「新しいruota」というものだ、ということが書いてあるみたいだ。

「(nuova)ruota」というのが、イタリア語の赤ちゃんポストだと分かる。nuovaは英語のnewで、ruotaは英語のwheelである。この記事のあとのほうを読むと分かるが、「ruota」は教皇インノケンティウス3世(Papa Innocenzo III 伊)によって12世紀に設置されたのが始まりとされる。それは19世紀まで続いた。この記事では最近のこれを刷新して設置しているものをnuova(new)をつけてと呼んでいるわけだ。

(余談だが教皇インノケンティウス3世は「教皇は太陽、皇帝は月」という言葉で有名な教皇である。また聖フランチェスカの純粋な生き様を描いた映画「ブラザーサン・シスタームーン」というイタリア映画に出てくる教皇であると言えば分かる人もいるだろう。)

「ruota」は「ruota degli esposti」もしくは「ruota dei trovatelli」の略。espostiとtrovatelliはどちらも捨て子という意味らしい。routa(wheel)は意味は分かるのだけど、よい訳が見あたらない(きっと日本語の専門用語があるのだろうが)。いろいろ調べてみると、阪本恭子氏の論文ひとは如何にして子どもを「捨てる」かの中で"中世ヨーロッパ「回転箱」"という言葉で引用されているものが(訳語は添えていないが)、同じものを指しているだろう。

「回転箱」という言葉を使った日本語で書かれた投稿がある。それを読むと、当時の雰囲気がよく分かると思う。イタリア人も遠い昔のこういう状況と比較して今回の「“新しい”回転箱」の設置を考えているのだろう。

イタリアでは捨て子はずっと昔からあったが、19世紀にピークを迎える。理由の根元は貧しさにあると思う。実際に、主に貧しい地域、貧しい家庭が子供を捨てていた。一種の口減らしで、これは日本にも見られた。貧しい家庭では養っていけない程子供ができると、子供を捨てていた。路上や裕福な人の家の前に捨てても、誰も引き取り手がなく、野犬に食いつかれたりして、さすがに社会問題となったようだ。そこで教会や孤児院で捨て子回収システムが確立される。私もローマで見たことがあるが、教会の壁に木製の大きな回転箱が埋め込まれ、親は夜にそこに来て、子供を箱に入れ、くるっと回転させる。すると、内部でチリンと合図の鈴か鐘が鳴って、夜勤の受付係が捨て子を受け取る。回転箱なので、親は顔を見られない。これがシステム化され、人々に知られるようになると、捨てられる子供の数が増える。そして実際増えた。

引用元:ピノキオと捨て子 - 今日も世界の片隅で

この回帰的なイタリアの赤ちゃんポストの設置について報告した英語の記事がある。Hospital to bring back abandoned baby wheel (September 07, 2005) - TIMES ONLINE

Many women abandon their babies in rubbish bins. In the past week alone three dead babies have been found in waste bins. Officially only 15 to 20 children are killed each year, but Signora Passeri said that the true figure was at least ten times that number.
The latest cases of abandoned infants --- one Chinese, one Ukrainian and one Nigerian --- came to light after the mothers arrived at hospital with birth injuries but no baby. Signora Passeri said that, until six years ago, “nearly all” the women abandoning newborn babies were Italian. “Nowadays the majority are immigrants, often illegal immigrants afraid to turn to the authorities .”


イタリアでは、ゴミ箱に赤ちゃんが遺棄されている。一週間に三人の死んだ赤ちゃんがゴミ箱から発見されたこともある。公式発表では毎年少なくとも15から20人の子供たちが殺されている。(中略) 六年前までは赤ちゃんを遺棄していたのはほとんどがイタリア人だったが、最近は移民が大多数を占めている。不法移民の人々が当局に頼ることを恐れるからだという。

Signora Passeri said that local councils had agreed to stick notices on municipal rubbish bins “in several languages” advising women about the scheme.


上の引用で各地のゴミ箱に複数の言語で書かれた警告を貼り付けるとあるが、これが先のイタリア語の記事にある「捨てないで、私たちに預けて」というスローガンを使ったキャンペーンになったのだろう。二年前の計画通り本当にゴミ箱に貼られたのかはわからないが、病院には貼られているようだ。

上のイタリア語の引用元の記事を開いた人なら、あの写真を見て衝撃を受けたと思う。あの大人の手のひらの上の非常に小さな赤ちゃんのポスターをよく見ると、一番上にイタリア語'Non abbandonarlo, affidalo a noi(捨てないで、私たちに預けて)'、写真の手の下にフランス語、そしてルーマニア語で同様の意味と思われる文が書かれている。

またこのキャンペーンを扱った別のイタリアの記事NON ABBANDONARLO! AFFIDALLO A NOI(19 Febbraio 2007-11:20)を見ると、同じ赤ちゃんを使った別なバージョンのポスターの写真が映っている。赤ちゃんの下に国旗とその国の言語による告知らしきものが書いてある。イタリア、フランス、イギリスの国旗に混じって、近年イタリアへの移民が急激に増えてきているという中国の国旗も描かれている。

この衝撃的なポスターを見ても、イタリアの本気ぐあいが伝わってくる。この現実を突きつけられれば、「赤ちゃんポスト」の必要性は誰もがやむを得ないことだと思うだろう。



「culla per la vita(命の揺りかご)」という言葉も「赤ちゃんポスト」として使われている。この区別がよく分からない。

次のようなローマに先立つ設置例の記事がある。

In Italy, drop-off windows for unwanted babies have been a last resort for desperate mothers since medieval times. Now they're getting high-tech help.
The Northern Italian town of Padua recently inaugurated a "cradle for life" (culla per la vita) hoping to curb incidents of babies dumped in trash bins, open fields and public bathrooms. The National Association for Adoptive and Foster Families, or Anfaa, estimates that 400 newborns are abandoned in Italy every year, with a 10 percent yearly increase. .....

引用元:Baby Drop Box Gets Tech Upgrade (02:00 AM Jan, 03, 2006) - Wired News

その日本語訳のページもある。

 イタリアでは中世以来、望まれずに生まれてきた赤ん坊を抱え途方に暮れた母親にとって、教会や孤児院の捨て子置き場が最後の拠り所だった。そんな母親たちに今、特別設計の装置が救いの手を差し伸べようとしている。
 北イタリアの町、パドバでは先頃、赤ん坊がゴミ箱や広場や公衆トイレに置き去りにされ、寒さで死んでしまうのを防ぐために、『命のゆりかご』が設置された。イタリアの『全国養家・里親協会』(Anfaa)の試算によると、イタリアでは毎年400人の新生児が捨てられていて、その数は毎年10%増加しているという。.....

引用元:捨てられた赤ん坊を救う特製の「捨て子窓口」(2006年1月3日 2:00am PT) - Hot Wired Japan

この記事の後半に次の記述がある。

 この装置は、人工妊娠中絶に反対する団体『命の活動』(Movement for Life)が2005年に寄贈した6台目のものとなる。この特別製のゆりかごの価格は6300ユーロ(およそ87万円)で、設計から設置まで約1年を要した。


この記事からすると、人工妊娠中絶に反対する団体『Movimento per la Vita(伊)』が寄贈している装置の名前が『culla per la vita(伊)』だということだろうか。Culla per la Vita - Italia Donnaにある「il Movimento per la Vita di Padova inaugurera a giorni la “culla per la vita”」という文章を眺めてみると、そう考えてよさそうに思う。


■各国での「赤ちゃんポスト」の呼び方
ドイツ語では赤ちゃんポストはBabyklappe、Babynest。Klappeは跳ねぶたのこと。英語では baby hatch、foundling wheels、revolving cribなどと呼ばれている。ポルトガル語ではroda dos expostos。rodaはイタリア語のroutaに相当する語である。

以下のページより
Babyklappe - Wikipedia(de)
Baby hatch - Wikipedia(en)
Hospital to bring back abandoned baby wheel (September 07, 2005) - TIMES ONLINE

※Babynest
重要事項調査議員団(第三班)報告書 - 参議院を読むと、ミュンヘンでの報告の中で「赤ちゃんポスト(ベビーネスト)」という語が出てくる。
この単語で調べると、調査先のシュヴァービング病院のBabynestの説明Babynestというページもある。ただ単純な言葉なのでベビー用品のページも引っかかったりしてしまう。


■日本での用語
「赤ちゃんポスト」という言葉はいつから使われたかをネットで調べてみたが分からなかった。文部科学省 映像作品等選定一覧(平成18年3月)によると、NPO法人円ブリオ基金センターが制作した「赤ちゃんポスト−ドイツと日本の取り組み」が2006年3月22日に文部科学省の社会教育用(教養・情操)として選定されている。少なくとも去年11月の慈恵病院の発表のときに「赤ちゃんポスト」という言葉を作ったわけではないようだ。

安倍首相がポストという言葉に抵抗を受けたのも仕方がないくらい(首相が抵抗を感じるのはその点だけではないのだろうけど)、この「赤ちゃんポスト」という言葉が、赤ちゃんを物扱いする悪い印象を与えてしまっていて、その第一印象で損をしている。先ほど引用した阪本恭子氏の論文ひとは如何にして子どもを「捨てる」か --ドイツにおける「捨て子ボックス」の現状報告-- では、「捨て子ボックス」という語を使っている。そしてその中でこの訳語が定着していると記述されている(2003年当時)。この言葉に比べれば「赤ちゃんポスト」はましなんだけど。ネット上では他にも「子捨てポスト」という言葉が使われていた。これは議員のページにも使われているので勝手な造語ではないだろう。

捨て子合法化に2000年7月の記事として毎日新聞の記事が転載として以下の内容が投稿されている。

先日の毎日新聞記事(共同電)
「ベビーポスト利用第1号」
>赤ん坊が捨てられ死亡するのを防ぐ苦肉の策として、ドイツ北部ハンブルクの託児所が
>設けた「ベビーポスト」に第1号の利用があったことが4日わかった。
>5月初旬、ポストに生後間もない女児が置かれているのを職員が見つけ保護した。
>同市近郊の夫婦に引き取られたという。


引用元が見つからないのが残念なのだが、当時は新聞用語では「ベビーポスト」が使われていたことがうかがえる。上記の阪本氏の論文以前のことであるから研究の現場と、より多くの人々の目に触れる報道では、「捨て子」や「子捨て」の使用を回避したために別々の用語が共存したのではと憶測できる。「ポスト」という訳は、原語を根拠にせず単にドイツで開設された装置の形態から勝手に名付けたように思える。そこらへんの本当の事情は分からない。

不完全だけど、とりあえずここまで。
少し修正。


posted by takayan at 00:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 赤ちゃんポスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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