・ Beowulfのポルトガル語訳
北欧神話に詳しいサイト無限空間 2号館内の情報から次のリンクを見つけた。
・ アングロサクソン原典
・ 現代英語訳
Internet Medieval Sourcebookにも次の二つが置かれているが、原典が途中までしかない。
・ベーオウルフの古英語原典
・ ベーオウルフのFrancis Gummereによる現代英語訳(1910)
これらのページを見比べてみる。先の無限空間2号館の「ベーオウルフと北欧神話、叙事詩のつながり」を参考にして、原典884行目あたりを引用する。吟遊詩人がジゲムンドの活躍を語る場面。
まずポルトガル語、
De Sigemund cresceu,
quando ele passou de vida, nenhum pequeno elogio,;
para o valente-em-combate matou um dragão
isso agrupou o acumule: debaixo de pedra grisalha
o atheling ousaram a ação só
indagação medrosa, nem estava lá Fitela.
Ainda assim aconteceu, o falchion dele perfuraram
aquela lombriga maravilhosa,--na parede golpeou,
melhor lâmina; o dragão morreu em seu sangue.
lombrigaとdragãoの両方の単語が出ている(だからこそここを選んだわけだけど)。そして、原典の古英語の該当する部分:
Sigemunde gesprong
æfter deaðdæge dom unlytel,
syþðan wiges heard wyrm acwealde,
hordes hyrde; he under harne stan,
æþelinges bearn ana geneðde
frecne dæde, ne wæs him Fitela mid;
hwæþre him gesælde, ðæt þæt swurd þurhwod
wrætlicne wyrm, þæt hit on wealle ætstod,
dryhtlic iren; draca morðre swealt.
確かに竜を表す単語wyrmとdracaがある。対応を見ると、lombrigaはwyrmの訳として、dragãoはwyrmとdracaの訳として使われている。wyrmの対応が不整合なのは、次の現代英語訳の影響だろう。
Of Sigemund grew,
when he passed from life, no little praise;
for the doughty-in-combat a dragon killed
that herded the hoard: under hoary rock
the atheling dared the deed alone
fearful quest, nor was Fitela there.
Yet so it befell, his falchion pierced
that wondrous worm, -- on the wall it struck,
best blade; the dragon died in its blood.
二番目のwyrmは現代英語において対応するwormに訳されているが、最初の方のwyrmはdragonと訳されている。なぜそうしたのかは訳者のFrancis Gummere氏に聞かないと分からないが、最初にdragonと提示した方がwormの意味を限定できるからだと推測してみる。叙事詩だから調子をよくしたかっただけかもしれない。
この部分の正確な意味は日本語翻訳本を持っていないので、よく分からないが、とりあえず英語を勝手に訳してみると:
ジグムンドは長じると、人生を通じ少なからぬ賞賛を受けた;
竜を倒した勇ましい戦いで得た、古びた岩に隠された財宝
勇敢な英雄の単独行、フィテラも供にいない、恐ろしい冒険。
あの驚嘆すべき蛇があらわれたが、彼の剣が突き刺さった
壁にたたきつけられ、比類無き刀により、自らの血の中で竜は死んだ。
以上のように、前回のヴォルスンガ・サガと、今回のベーオウルフのポルトガル語訳を眺めてみて、現にlombrigaを英語のwormに相当する語として使っていることが分かった。現在の意味において両者とも回虫やミミズのような手足が無く這って動く生き物を表す語であるから、この対応は予想外のものではない。しかし蛇や竜を表すこのwormの古い用法においても、同様に使ってもかまわない例を得ることができたのは面白い。疑えばこのサイトに置かれている文書だけの特異な翻訳かもしれないが、そこまで心配しなくてもいいだろう。
古典用法も記述してあるようなポルトガル語の詳しい辞書を持たないので、lombrigaの古い用法に竜という意味があるかどうかわからない。そもそも対応しているはずの英単語wormに蛇や竜の意味が載っている英語の辞書を僕は持っていない。ただ使われている事実はこうして見つけることができた。
今度は逆に、虫を表す他のポルトガル語を調べてみた。ラテン語由来のvermeという虫を表す単語があった。綴りから察せられるとおり、wormに対応する単語である。それこそwormの訳語としてこのvermeを使えば最適なはずなのに使われていない。使わないのは、vermeという単語には虫の分類を示す限定的な意味しかないので蛇までは表せないからだろう。その点でlombrigaの方が適しているのだろう。それがなぜかまでは分からなかったが。他にもポルトガル語にはinsecto(inseto)という単語もある。これは英語のinsectと同源で、ラテン語のinsectum、ギリシャ語のεντομοςに由来している。これは語源通りに使われて「切り分けられる生物」である昆虫を意味している。
最後に、lombriga。現代のポルトガル-日本語辞典で調べると、回虫やミミズといった意味しか載っていない。この単語ははラテン語lumbricusに由来していて、このラテン語の単語はミミズの属名として使われている。これに由来する語は英語にも、普通の辞書には載っていないが、あることはある。lumbricusはラテン語そのままの形だが、lumbricという形でも載っている。 lumbric(ARTFL Project: Webster Dictionary, 1913)。ここでの定義は「An earthworm, or a worm resembling an earthworm.」(=ミミズやミミズに類似した虫)。またフランス語にもlombricという語があり同じくミミズを表すが、日常のミミズの表現はver de terraを使う。
ついでにラテン語のlumbricusの語源が知りたくなったが、よくわからない。英語loinに通じるlumbusという語がある。これは「腰」を意味する。この語根が含まれているので、想像力をはたらかせて「腰の部分からなる生き物」としてミミズという意味があるかもしれないと考えたが、根拠はない。回虫が元々の意味ならば「腰の部分に住んでいる生き物」という意味かもしれない。-ricusの部分が問題。ラテン語の詳しい辞書を調べることができれば分かるかもしれない。
当時ドラゴンカードをポルトガル人がlombrigaと呼んでいたという資料が見つかれば、この説はより裏付けられる。ただ一番重要な、lombrigaからロバイへの音の変化にちょっと距離がありすぎるのが、この説の難点であるけれど。