2007年09月03日

余剰次元

「ワープする宇宙」に出てくる余剰次元のことをちょっと整理したくなったので、書いてみる。あらかじめ断っておくけど、僕の立場は科学好きの単なる読者なので誤解もあるかもしれない。

ネット上の解説文だけを読んで、その本が何を伝えているのかを判断している人もいるだろう。でもそれだけの情報だと、ランドール博士が最初に5次元時空を提唱したと誤解している人がいるんじゃないだろうかと思ってしまった。4の次の5だから、単純にアインシュタインの4次元時空を越える5次元時空の理論が出たと思った人もいるかもしれない。


それにNHKが彼女の理論が紹介するとき「異次元」という言葉をやたらに多用してしまっていることにも僕は違和感を覚える。意図的なキャッチフレーズなんだろう。異次元、異次元世界という言葉は、日本ではオカルトやSFで「異世界」という意味で使われることの多い言葉であるから、科学者の考えを指す言葉としては避けるべき言葉であるはずだ。この言葉に新たな意味を持たせて、彼女の説を表すキーワードにしたかったのならば、明確な定義をはっきりと示し、それを繰り返して誤解が生じないような配慮をすべきであった。番組では、表面的な紹介だけで、余剰次元の歴史は何も語られず、ランドール博士の漠然とした偉業だけが語られている。本来彼女の業績として強調すべきことは「歪曲した余剰次元」のアイデアによって、シンプルに、他の力に比べて重力が弱いことや、次元の見えない理由を説明できるモデルを作ったことである。

以下の文章は、ランドール博士の「ワープする宇宙」そのものを元にしている。他からの補足もちょっとある。

まず、私たちが日常接している次元の数は三つである。私たちは日常においてこれ以外の空間次元を見つけられない。また時間を次元の一つとしてこの空間次元と合わせて考えたものを時空と呼ぶ。時間は時空において次元の一つとして扱われるが、あくまでも時間は時間であり、空間次元とは区別される。この本の主役の「余剰次元」とは知覚できない空間次元のこと。理論上はそれがあった方が、いろんなことが説明できて都合がいいんだけど、どうしてもそれを見つけることはできない空間次元。

この本では五次元時空、つまり日常接する《空間の三次元》と《次元としての時間》に《一つの余剰次元》を加えた世界が語られる。けれど余剰次元が一つしかないと断言しているわけでもない。第一章39ページに次のような文章がある。
本書では、余剰次元の数がいくつになろうと、その可能性を柔軟な姿勢で探っていきたいと思う。この宇宙が実際にいくつの次元を含んでいるかを断言するのはまだ早い。これから説明する余剰次元についての考えの多くは、余剰次元の数がいくつであっても適用できるのだ。ごくたまに、そうでないケースも出てくるが、その場合はそれと分かるように明記しよう。
この本のタイトル「ワープする宇宙」も妙な訳だと以前書いたが、副題の「5次元時空の謎を解く」というのも、この引用からすると五次元に限定していると誤解しかねないから厳密には的確ではない。原書の副題は「Unraveling the Mysteries of the Universe's Hidden Dimensions」。「五次元時空」に対応する語は本来は「宇宙の隠された次元」という語になっていて、それもちゃんと次元dimensionが複数形で表されている。

第二章にすすむと、はっきりと「余剰次元」という考えが既に1919年に提出されていたことが書かれている。数学者カルツァが四番目の空間次元を導入し、その目に見えない次元の形状を数学者クラインが微少な円に巻き上げられているとした。この本では巻き上げられた四番目の空間次元をもった宇宙を指して「カルツァ・クライン宇宙」という言葉が使われる。このように次元を極めて微少にすることをコンパクト化という。ちなみに、この本では紹介されてはいないが、このカルツァ・クライン理論は、一般相対性理論から重力と電磁気学の両方を扱えるようにするための理論だ。

このように余剰次元という考え方はおよそ90年前からある決して新しいとは言えない。

この本のいたるところで、ひも理論、超ひも理論の話が出てくる。「ひも理論」は量子力学と一般相対性理論を組み入れられるとされる理論で、宇宙の粒子が粒ではなく「ひも」からなっているとする理論である。「超」は超対称性という特徴を持っているという意味である(それが何かはこの投稿では説明しない)。超ひも理論について詳しく書かれているのは、第14章。シュワルツとグリーンが算出した「超ひも理論」では次元数は10次元という考えが出される(1984年)。つまり超ひも理論では余剰次元が6つの空間次元になる(391ページ)。

この余剰次元も現実に合わせて見えなくする工夫が必要になるのだが、当初これを「弱い力」(素粒子の間にはたらく力)の性質を保ったままコンパクト化する方法が見つからなかった。しかしすぐに「カラビ-ヤウ多様体」という特殊な形にコンパクト化すればいいことが分かった。

「超ひも理論」以前の「ひも理論」においても26次元など大きな次元数が考えられていた。また現在も、複数の系統に発展した「ひも理論」をまとめる「M理論」において次元数は11必要になっている。

このように「ひも理論」が現れ、ひも理論とともに余剰次元の存在を多くの物理学者が理論の上において認めるようになっていった。

ひも理論の研究が進むと、ブレーンという高次元の膜のような物体も理論上欠かせないことが分かってくる。BSの番組でバスルームのカーテンで喩えられていたものだ。閉じていないひもの両端がブレーンに接し拘束されていると考えられる。その後、特定の粒子や力が全て拘束されているブレーンというものも考え出され、それはブレーンワールドと呼ばれるようになる。

第16章440ページに、2つのブレーンを並べて空間を挟む方法が紹介されている。これはホジャヴァ-ウィッテン理論によって使われるものだ。2つのブレーンには9つの空間次元がある。11番目の次元をこの2つのブレーンが挟み込んでいる。また2つのブレーンに別れて粒子や力が拘束されている。ブレーンには9つの空間次元があるため、先のカラビ-ヤウ多様体によって6次元を巻き上げコンパクト化する。

ブレーンを使った「大きな余剰次元」という考えも19章で紹介される。これは提唱者三人の頭文字を取ってADDモデルと呼ばれる。これは重力が弱いことを説明しようとするモデルである。一枚のブレーンを使う。これに標準モデルの粒子が閉じこめられている(巻末の用語解説の言葉を借りると、標準モデルというのは、既知の全ての素粒子と重力以外の力を、その相互作用とともに記述した有効理論のこと)。バルクに重力だけがある。余剰次元は円筒状に数ミリ程度に巻き上げられていて、その中心にブレーンがある。

このように九十年代後半、様々なブレーンワールドを使ったモデルが提出され、そして、いよいよ1999年ランドール博士とサンドラム博士の「歪曲した余剰次元」という考え方が出てくる。これには二種類ある。

RS1と呼ばれる最初のものは、二枚のブレーンによって余剰次元を挟み込む。第20章で説明されている。同じように二枚のブレーンで挟む上記HWモデルと違って、見えなくしなくてはならない余剰次元はブレーンにではなく、バルクにある。ブレーンはともに四次元で、一方を重力ブレーン、他方をウィークブレーンと呼ぶ。ウィークブレーンに標準モデルの粒子がある。重力はブレーンには束縛されていない。この2つのブレーンの間に挟まれているのが有限の長さの余剰次元である。このモデルの最大の特徴が、ブレーンとバルクにあるエネルギーにより、その間に挟まれた空間が歪曲することである。この歪曲により、余剰次元が見えないこと、重力が弱いことが説明される。

もう一つの理論はRS2と呼ばれ、第22章で説明される。これは非常に小さく巻き上げられた有限の広さの余剰次元でもなく、また「大きな余剰次元」モデルの数ミリ大に巻き上げられた有限の余剰次元でもない。RS1モデルで使われた二枚のブレーンに挟まれた有限の長さをもった余剰次元とも違う。驚くことに見えないはずの余剰次元は無限の大きさを持っている。このシナリオは一枚の重力ブレーンだけを使い、この重力ブレーンに全ての標準モデルの粒子が閉じこめられているとする。このブレーンから離れていく方向に広がる余剰次元は、無限の大きさを持っているというのに、時空の歪曲により、重力が重力ブレーンの近辺に局所集中し、次元が隠されてしまう。重力の法則を含め物理法則が4次元時空のものと見分けが付かなくなってしまう。

まとめると以上のようになる。


余剰次元についてはこの本の中だけでもいくつも出てきていて詳しく説明されている。それらの影響の元にランドール博士のモデルが出てきたことがはっきりと読み取れる。こう並べると、逆にいいとこ取りで組み上げたように見えるかもしれない。しかしそれも間違っている。新しい理論というのは、先人の理論の影響を受け問題点を修正することでうまれていくものだ。それにブレーンを使って余剰次元を歪曲させるという点だけでも十分にこのモデルは独創的である。とてもシンプルに物事を説明できる素晴らしい理論である。

最後に、間違えてはいけないのは、このモデルはいくつもある宇宙に関する理論の一つに過ぎないということだ。この理論が一番もっともらしく見えるのは、研究者本人が書いているからに他ならない。このモデルが来年のLHCを使った実験でうまく実証できるかもしれないし、できないかもしれない。それは実験してみないと分からない。だからこそワクワクして待っている。それからLHCはこれを証明するためだけに何千億円もかけて作られるわけではない。LHCはより本質的な標準モデルの検証のために作られている。


posted by takayan at 03:19 | Comment(12) | TrackBack(0) | ワープする宇宙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
1919年にKaluzaがEinsteinに手紙で
5次元計量をマクスウェル場と4次元重力場計量の
連立式で表す提案をしたのが最初である
これをコンパクト化すると4次元空間にマクスウェル場が現れる
元々0の変数を線形計画法の式ではうまく使ったが
5次元計量というのは不出来ですね
Posted by 清水貴 at 2007年09月06日 01:40
残念ながら用語がそこまで出てくると僕には理解できませんね。今回のことでいろいろ調べていなかったら何を書いてあるのかさえ分からなかったでしょう。
Posted by takayan at 2007年09月06日 02:44
言葉ですとそうですが数式に戻すとがっかりするほど簡単です
余剰次元の式もそうでしょう
ランドールさんのサイトで質問してみましょうか
Posted by 清水貴 at 2007年09月06日 08:08
自分が理解できる範囲ならば式の簡潔な表現力は素晴らしいと感じてます。ただ勉強してないところが来ると困ります。

忙しいでしょうけど、分からないことがあったら、直接聞くのが一番ですね。
Posted by takayan at 2007年09月07日 01:12
ニュートンでランドール博士のインタビューを読みました。

僕は素人で数式を使って理解しているわけではないので、
コンパクト化ってイメージが難しいです。

我々が認知している3次元は、発散していて、それ以外がコンパクト化している…?

死ぬまでに理解できるかな?
頑張ろうっと。
Posted by sou at 2008年06月13日 01:14
souさん、コメントありがとうございます。
そのニュートンの記事は見てませんが、ニュートンは丁寧な図解で分かりやすく説明してくれるいい雑誌ですよね。
Posted by takayan at 2008年06月16日 23:46
異次元って言い方は確かになんか違和感ありますね。
やっぱり余剰次元がしっくり来る!

実は私もこの実験と理論にモーレツにワクワクしています。
専門家程に理解できないのが悔しいくらいです。
仕事しなくても食べていけるならこのワクワクをさらに感じたいがために勉強することでしょう。
Posted by ミルク at 2008年09月01日 02:40
ミルクさん、コメントありがとうございます。
延期になってましたけど、ようやく今月実験開始ですね。
面白い結果が出るといいですね。
Posted by takayan at 2008年09月03日 13:09
9月10日なんですよね!LHCの始動!!

楽しみ〜!!!!(>_<)
ミニブラックホール生成の危険から稼働の中止を求める訴訟まで起きたってんですから、これはもう面白い結果が出る可能性大。でもちょい怖いかも…。学者達はダイジョーブと言ってますが。

しかしそれでもこの実験は、アポロ月面到着よりエキサイティング間違いなし!
一市民ながらこうして宣伝しときましょう(笑)。
Posted by ミルク at 2008年09月04日 16:41
面白いことなのに、ブラックホール訴訟とかでしか話題にならないのは残念。どこかの番組でこの施設で各国の人がどんな研究をしようとしてるのか分かりやすく取り上げてくれないかなと思ってます。クローズアップ現代とかサイエンスゼロあたりかな。
ミニブラックホールも是非発生させてほしいです。余剰次元を肯定する結果も期待してますが、学者の皆さんがワクワクしてしまう予想外の現象でもいいです。
Posted by takayan at 2008年09月06日 03:15
★数十年先あるいは、数100年先になるかも知れませんが人類が遠い惑星に旅立てる日を夢見て

余剰次元について調査しておりますが
・化石燃料からの脱却&エコロジーでは、ハイブリッド化をはじめ、携帯電話用電源の候補→固形燃料を用いた燃料電池の研究、電灯からLEDへシフトなどが巷では、推進しております。
・しかし宇宙開発における月や火星探査をはじめとして、主要先進諸国の協力による宇宙資源開発プロジェクトの構想、大気圏外までのエレベータなどの構想もありますが、やはり従来の推進力では、膨大なコスト(他の惑星に到達するまでの時間&燃料)がボトルネックになって宇宙開発計画は、あきらめムードが漂っていると思われます。
・「時空対称性の精密検証、余剰次元の探索高エネルギー加速器を用いない、基礎物理実験」の記事から引用
ヨーロッパの LHC に代表される超高エネルギー衝突型加速器による巨大実験は正攻法と考えると、我々のアプローチはゲリラ戦法・・・・・高精度の「ねじれ振り子」をコンピュータ処理した結果から重力の逆二乗則の定量的な検証や等価原理の世界最短距離での検証に成功、古典的な方法で余剰次元を検証できるのでは?「誠に興味深い事です」と考えております

・ハチソン効果・イオンクラフトなどの原理は、反重力だと考えております、それらは、重力を直接制御していると考えるのでは、無く「余剰次元の気泡の大きさを」制御していると考えるほうが自然だと感じております 。
・即ち我々の生活するこの空間にも余剰次元の気泡は、存在しているので、余剰次元の気泡の大きさを」制御できれば、反重力やワープドライブのような効果が期待できると思われます。
・イオンクラフト関連の実験と思われる記事の一部【この記事の提供元は、不明です】
2極コンデンサーを変形させたものを組み込んだ円盤を5万ボルトに充電して50ワットの電力を供給すると、直径20フィートのコースを飛行した。また15万ボルトの電圧をかけて50フィートのコースを飛行させたが、衝撃的な成果が得られたため、その内容については秘密になっている。
・上記、記事の衝撃的成果とはイオンクラフトが瞬時に別の場所に移動してしまう現象がハイスピードカメラで確認されたと推測されます、そしてハチソン効果の実験でも物体が瞬時に別の場所に移動してしまった現象が報告されています。
・そこに可能性があれば、希望があります、そして意欲が涌きます。もし研究結果が予想に反していたとしても、そこから、また新しい発見につながると思います
・私は、科学者では、ありませんが余剰次元の発見は、確実に、我々人類の新しい第一歩であると感じております。




Posted by ★人類が遠い惑星に旅立てる日を夢見て at 2009年08月19日 14:45
コメントありがとうございます。
事故で中止になっていたLHCの稼働は今年の11月ごろになりそうです。大規模な実験はすぐには行われないようですが、実験を重ねていくことで、いろんな宇宙の構造や法則が明らかになっていくのでしょう。とても楽しみにしています。
Posted by takayan at 2009年08月21日 00:43
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