理論物理学の論文を読みこなせるなら、どんなに素晴らしいだろう。万が一読めるようになったときのためにも論文へのリンクも貼り付けておこう。
jp.arXiv.org ... いろんな論文が置いてあるところの日本のミラーサイト。
■歪曲した余剰次元理論
先の投稿では、歪曲した余剰次元の理論によって重力が弱いことを説明できると書いていたが、もう少し専門的な用語を使うと、これは階層性問題の解決と言う。だからより正式な表現をすると、歪曲した余剰次元理論は階層性問題を解決する理論ということになる。階層性問題については第12章まるごとが階層性問題の解説になっている。巻末の用語集では「階層性問題・・・重力がなぜ弱いかという問題。別の言い方をすれば、重力の強度を決めるプランクスケール質量は、なぜ弱い力に関わるウィークスケール質量より16桁も大きいのかという問題。」とある。
RS1モデルについて書かれた論文はたぶん次のリンク
A Large Mass Hierarchy from a Small Extra Dimension(Lisa Randall, Raman Sundrum)
この論文の概要には、最初の行にはっきりと次のように書いてある。「
We propose a new higher-dimensional mechanism for solving the Hierarchy Problem. 」
ちなみに、RS2モデルについて書かれた論文はたぶん次のリンク
An Alternative to Compactification(Lisa Randall, Raman Sundrum)
実は初期のRS1には問題があって、このことは第20章の「さらなる発展」の節で触れている。これは階層性問題の解決が成り立たなくなるような重大な問題だった。この欠点に対してゴールドバーグとワイズが、二枚のブレーンの距離を適切に調整し、安定化させる仕組みを作ることで解決した。この問題の解決については別の本「リサ・ランドール 異次元は存在する」の巻末にある解説「現代物理学の謎とリサ・ランドール」が図入りで分かりやすい。これは「ワープする宇宙」の監訳者の向山信治さんによるもので、この文章は現時点で一番分かりやすいこの理論の解説文だと思う。この番組は見たから読まなくてもいいやと思っている人にも、この部分は一読の価値はある。
この安定化の理論は、おそらく次の論文だろう。
Modulus Stabilization with Bulk Fields(Walter D. Goldberger, Mark B. Wise)
■力の統一
歪曲した余剰次元理論における力の統一についてまとめる前に、物理学における力の統一とは何かを簡単に書くと、
自然界には四つの力がある。重力と電磁気力と、強い力と弱い力。
重力はニュートンでおなじみの僕たちが常に意識していなければならない力。地球は僕たちを引っ張ってくれている。太陽も地球をいつまでも捕まえていてくれる。電磁気力も日常生活でいつもお世話になっている力。磁石や電気の力。この重力と電磁気力の2つの力の存在は簡単に受け入れられる。
でも残りの2つの力は日常生活で直接実感することはない。それでもこれがないと世界が成り立たない重要な力。弱い力は、中性子がベータ崩壊して陽子に変わるときなどにはたらく力。強い力は陽子の構成要素であるクォーク同志を結びつけたりする力。この2つの力がどれくらい重要でどのような性質を持っているかは、第7章の標準モデルの説明のところで詳しく述べられている。
この四つの力を、統一した理論で記述できるのではないかという発想は昔からあるのだけれど、これはまだ解決していない。現時点で、電磁気力と弱い力は、電弱理論と呼ばれる理論でひとつにまとめることができることが分かっている。現在はここまで。それに強い力を加えたものを大統一理論GUTと呼び、超ひも理論などでこれが解決できるのではないかと研究されている。
このGUTを実現させるために、一番有力だとされているのが、超対称性理論。この理論ではボソンとフェルミオンを入れ替える対称性を持っている。超対称性については第13章で扱っている。この超対称性を取り入れた標準モデルだと、階層性問題を解決でき、また重力以外の三つの力を統一できる。ただ、超対称性が正しい場合に見つかっていなければならない粒子が、今の段階でまだ見つかっていない。加速器での発見待ち。
■歪曲した余剰次元理論と力の統一
超対称性を利用しなくとも階層性問題を解決できる歪曲した余剰次元理論。この理論でも力の統一を記述できるのではないかという話。この話題について述べているのは、532ページの節「歪曲した幾何と力の統一」とその直前の数行。
ランドール博士は「力の統一という考えが正しいかどうかは、まだはっきりわかっていないのだ。」と力の統一理論が存在するかについては慎重な立場をとっているようだ。これは「モデル構築者」の立場としては真っ当な見解だと思われる。108ページには次のような文章がある。「統一理論を山の頂点とするなら、モデル構築の研究者は、麓から山頂にいたる道を見つけようとしている開拓者のようなものだ。既存の物理理論からなる固い地盤から出発して、最後に新しいアイデアを全て統合できればいい。モデル構築の研究者もひも理論の魅力は認めているし、ひも理論が最終的に正しい可能性もありうると思っているが、いざ頂点に立ったときにどんな理論が見つかるかを、ひも理論の研究者のように最初から確信してはいないのである。」。それでもこの節では、超対称性理論によって重力以外の三つの力を表す三本の線が一点で交わる事実は何か重要なものの前触れかもしれないと思わせると、あっさり捨てるべきではないとも書いてある。
次のように歪曲した余剰次元の理論を発展させて、力の統一に関する理論が出されたことが紹介される。
「アレックス・ポマロールは力の統一が歪曲した幾何の中でも起こりうることを確認した」とある。これは次の論文のことだろう。
Grand Unified Theories without the Desert(Alex Pomarol)
これはランドール-サンドラム(RS)モデルを元にしているが、ゲージボソンがバルク上にある点でオリジナルのそれとは違っている。つまり四つの力を伝える粒子全てがバルクにある。またこの理論は超対称性を前提としている。このシナリオを使うことで力の統一を説明している。
これを踏まえて、ランドール博士は指導学生だったマシュー・シュワルツと、歪曲した余剰次元を使っての、力の統一と階層性問題の解決を両立した理論を提出した。ただしこれもオリジナルのRS1モデルではない。彼らはヒッグス粒子がウィークブレーン上で、クォークとレプトンとゲージボソンがバルクにあった場合、力の統一と階層性問題の解決の両方ができることを示した。
おそらくこの2つの論文。
Quantum Field Theory and Unification in AdS5(Lisa Randall, Matthew D. Schwartz)
Unification and the Hierarchy from AdS5(Lisa Randall, Matthew D. Schwartz)
とにかく工夫次第でブレーンと歪曲した余剰次元を組み合わせるといろんなことが説明できるらしいのは分かった。ところどころ「!」を使って強調はしているけれど、理論物理学の大きなテーマにしてはこの本では、あっさりとした扱いに思えた。
もう一つの宇宙論であるプラズマ宇宙の
電磁流体力学が星団や銀河の運動を表現するようにはならない
ということは大統一理論はビッグバン宇宙よりも更にドラスチックな宇宙を想定しているのですか
階層性というのがどういうものなのでしょう
この次はもっとやさしいプラズマ宇宙でどうでしょう
プラズマ宇宙論は知らなかったのでさっきWikipediaで勉強してきました。銀河や宇宙の大規模構造などのスケールになるとこういう理論を使わないと無理なのかもしれません。
ただ、もっと勉強しようと思ってWikipediaの英語版を覗いてみると、あまりいいことは書いてませんでした。
万が一将来、余剰次元理論が現実の宇宙で確認されたら、ダークマターやダークエネルギーも余剰次元理論やブレーンによって説明可能になるのかもしれません。そうしたら宇宙像も今とは違うものになったり、もっと詳しく分かってくるのでしょうね。