次の画像は、スイスで現在も遊ばれているトランプ。ドイツスートに似てはいるが違う。このカードはスイスのドイツ語圏で使われていて、Jassヤスというゲームで遊ばれるのでヤスカードと呼ばれている。
スイススート
(参考)ドイツスート
・ザルツブルグパターン
・ハンガリーパターン
見ての通りドイツスートと関係があり、「どんぐり、盾、バラ、鈴」の4種類のスートからなる。つまり葉とハートが無く、かわりに盾とバラがある。各スートは、上位のランクから次のように並ぶ。記号が二個描かれているAs(エース)、王様が描かれるKonig(王)、記号が上にある人物札Ober(上)、記号が下にある人物札Under(下)、旗に記号が描かれているBanner(旗)、そして記号がその数だけ並んでいる数字札9から6まで、1スート計9枚。1セット合計36枚からなる。旗の札が特徴的でそれが上に紹介している画像。これは10として扱われる。他に、鈴のUnderの顔が花びらに囲まれていたり、盾のスートの数字札がモノクロになっている。それから、ちょっと気づいたことだが、スートのマークもそうだが、人物は物騒な武器を帯びていない。
スイスでのトランプの歴史は古く、1377年、ドミニコ修道会のジョンという人が、トランプについての記録を残している。この記録を信頼すると、その中で、現在ドイツやスイスで使われているものと酷似した特徴が描かれている。そのトランプには、スートを表す記号があって、それが上にあるか下にあるかで、キングの従者二人の地位が区別されている。残念なことに、その記号がどんな形をしていたのかという記述がないので、スイススートだったのか、ドイツスートだったのか、それともまた別のものであったのかがわからない。しかし現在のドイツとスイススートと同じ上と下に記号を置くことで区別するというシステムがすでにこの頃あったということはとても興味深い。
関連リンク:
下記リンクの1377 BASLEの部分
・the History of Playing Cards in Europe
16世紀前半のスイスのカード(花びらの数がバラ科らしく5枚ある)
・SWISS PLAYING CARDS c.1530 - The World of Playing Cards
今回海外のサイトを含めてネットをいろいろ調べてみたが、スイススートとドイツスートのどちらが早くできたのかについてははっきり断言している資料は見つけられなかった。一方が他方の原型なのか、今は廃れた共通の原型が別にあって二つが分かれたのか、わからない。
もちろんスート記号は制限があるわけでなくカード製作者が何を選んでもよかったわけで、事実、15世紀ドイツ地方にはとても想像力に富むハンティングデッキなどが作られている。
関連リンク:Master of the Playing Cards
それでも、スイススートとドイツスートの記号を見比べていると想像力をかきたてられる。現存する資料だけから断定するのは無理なことなのだと思うが、無理を承知で、ひとつこのことを考えてみよう。
以前も紹介したトランプについたくさんの画像を使って紹介してあるサイトのこのページ(Andy's Playing Cards - Suiss cards)では、スイススートのバラと、イタリアスートのコインと類似を指摘してあるが、さらにすべてのスートの記号がラテンスートに由来しているとは考えられないだろうか。
※ここから先は、過去の資料があるわけではなく根拠が薄く推測だけで話を進めていくので、疑いながら読んでほしい。くれぐれも簡単に信用しないように。
ヨーロッパの地方札を眺めたことがある人ならば、誰でも思いつきそうなことだろう。ラテンスートとスイススート、ドイツスートの間に何らかの派生関係があるのではないか。あると仮定するならば、その順序はきっと、ラテン、スイス、ドイツであると僕には思える。ラテンとドイツには共通性を見つけることは難しいが、スイススートをその間に挟むと、うまい具合に三者がつながってくれる。
ラテンスート(スペイン)から、スイススートへの対応を次のように考えてみる。植物というくくりで「棒」と「ドングリ」。武器という括りで「剣」と「盾」。円形で同心円と放射のある図として「貨幣」と「バラ」。そして輪切りの線が入る図として「杯」と「鈴」。前者二つは意味的に、後者二つは図形的にと変則的ではあるが、対応を考えることができる。ただし地理的に近いはずのイタリアタイプのものではなく、スペインタイプのラテンスートを使って考えている。
さて、今度はスイススートとドイツスートを考えてみる。両者において四つのスートの記号のうち、二つが同じものならば、残りの二つも実は同じものを表していたのではないだろうかと考える。つまり、「盾」がその形を残しながら植物の「葉」となったのではないだろうか。そして「バラの花」をより単純化して「バラの花びら」になったのではないだろうか。
でも、バラの花びらはこんなハートの形をしていただろうか?当時のバラはどんな形だったのだろう?はっきりとは分からない。ただバラ科の植物の写真を探して眺めてみると、バラ科の花びらには先のとがっているものもあれば、その部分が逆に凹んでいるものもある。二種類の表現方法があるならば、「葉」のスートと区別しやすい凹んだものを選ぶのではないだろうか。
関連リンク:ヨーロッパで見られるシンプルな花弁のバラ科の植物
・Rosa canina - en.Wikipedia
・Rosa eglanteria - en.Wikipedia
日本の家紋にもバラ科の植物の紋がある。そう桜だ。模式化された桜の花びらの一つ一つはハートの形になる。このような花びらの抽象化が当時行われたのではないだろうか。
関連リンク:植物紋=桜/水仙/棕櫚/菖蒲/杉/柘榴紋の一例 - 家紋ネット
このようにして、「バラの花」が「バラの花びら」になり、「盾」が「葉」になったとすると、変わらなかった「ドングリ」と合わせて、四つのうち三つが植物に関連するスートになる。残りの「鈴」にも何かあるのではないだろうか?ドイツスートの「鈴」のカードをよく見れば、これもまた植物的に見える。柿でいうヘタの位置に緑色の部分が描かれている。これはスイススートにはないものだ。この記号が当初、実として描かれていた名残ではないかと考えられないか。ドイツスートに変化するとき、意図的に、もしくは間違われて、植物のように描かれたのではないだろうか。すべてのマークを植物でそろえるために「実」への置き換えがあり、しかし結局スイスと同じ「鈴」という呼び方が普及してしまったのではないだろうか。
上で説明したようにラテンスートから、スイススート、そしてドイツスートへと変化していくとすると、少なくとも一つの問題が生じてくる。ラテンスートとスイススートの対応は、「棒」=「ドングリ」、「剣」=「盾」、「貨幣」=「バラ」、「杯」=「鈴」。そしてスイススートからドイツスートへの対応は変化したものだけで、「盾」=「葉」、「バラ」=「ハート」。この二系列の対応より、「貨幣」=「ハート」が導かれてしまう。これはハートは聖杯に対応するという定説に反する。ハートマークの意味づけにも影響の出てくる結論だ。ハートは聖杯に対応しない。ハートは貨幣に対応する。
つづく