「ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます。」と月曜日冒頭お決まりの上沼恵美子の口上。今日は最後の月曜日、この口上もこれが最後か。なんて終わってしまうのが名残惜しいドラマなんだろう。NHKを見ていて度々流れた予告スポットでなんかかなりのネタバレをしているようなんだけど。それから予測できる通りでも、それもまた楽しみだ。いろいろあった問題もほとんど回収できて、もうあとは、最終回をめでたく迎えるだけ。
いや最後の最後に重大な問題が残ってるぞ。ビーコは貫地谷しほりから上沼恵美子に変身するのかどうか。これは重大な問題ではないだろうか。上沼恵美子のナレーションは、常にビーコの視点で語っているわけだから、上沼恵美子が年を取ったビーコであることには間違いないだろう。でも物語が現代に追いついても年齢的には上沼恵美子が演じるような年齢には達しない。絶対に無理がある。
今日のエーコとビーコとの会話の最中、ナレーションで数年後二人は喜六と清八のように楽しく温泉に出かけたりするようになるって言ってたけれど、今2006年の設定なのに2007年や2008年にそんなことをしていることを「数年後」っていう表現は日本語としておかしい。やっぱり上沼恵美子は未来からナレーションをしている設定になるのか。
「ふたりっ子」では現在よりもさらに進んで未来の物語になったけれど、ちりとてちんは映像で未来の上沼恵美子の姿になったビーコを描かなくてもいいよ。主役の役者が変わるとすべてを持っていかれる感じになるから。たとえ未来を描くことになっても入れ替わることなく、最後までビーコは貫地谷さんのままでありますように。
今日もいくつもいいシーンがあった。ビーコと、社長になって今やずけずけモノが言えるようになったエーコの漫才みたいな会話もよかったし、その後に続いた草原兄さんから小草々まで順に膝を叩きながら、落語の一説一説をつないでいくところ。これも落語の楽しさと和気藹々の草若一門のチームワークの良さが伝わるいいシーンだ。
小浜の作業場、エーコの父の秀臣と、ビーコの父の正典の二人が、互いに正直に礼を言い合うシーン。話はいつか妙な方向に。若狭塗り箸の兄弟弟子の二人が、どうして娘に同じ名前をつけてしまったのか。その真実を最後の週でばらしてくれた。これは男二人だけの場面でしか語れない事実だな。このときの松重豊の顔を見合う表情がいい。
そして、夕焼けの中、常打ち小屋の正面に「入」の字になるように掲げられた二膳の大きな若狭塗り箸、それを草若師匠の弟子五人で見上げるシーン。ここで語られるのは、若狭塗り箸と落語との共通点の話。どうしてここに箸を掲げるのかという話。これはこのドラマの中心にあって、主人公たちの生き方を支えてきた真理でもある。皆が今から動き出す常打ち小屋への想いを語ったあと、ヒグラシが鳴き、皆がそちらへ振り向くシーンもいい。構図がとてもいい。
そして若狭がある名前を思いつく。お披露目二週間前なのになかなか決まらなかった常打ち小屋の名前。その言葉を聞いて家の中に帰りかけた皆が振り返る。今日はそれでおしまい。