めでたく最終回を迎えたのに、いまさらだけれど、最終回一回前。
小浜の和田家、カレーを食べてる。若狭の出番が決まったと糸子。10月11日。若狭のおじいちゃんの正太郎の命日。みんなカメラ目線でこちら(カメラ)を見る。カットが変わると、仏壇のおじいちゃんの遺影がある。ということは、さっきはみんなこの遺影を見ていたのか。ということは、それを見返すさっきの視線はおじいちゃんの視線ということか。おじいちゃん、ずっとそこから見守っていてくれたのかな。
その出番の日。ひぐらし亭。出番前の若狭。鏡の前で整えている。若狭、ひぐらし亭オープンの日の回想する。挨拶が終わり晴れ舞台にいる一門の幸せな顔を見て、自分もちょっと笑みを浮かべる若狭。出番前の若狭の姿に戻る。どこからともなくおじいちゃんの声。振り向くとおじいちゃんの姿が見える。朝ドラでは最終回近くになると、よく亡くなった人が回想ではなくそのまま出てくる。
「人間も箸も同じや。研いで出てくるのは、この塗り重ねたもんだけや。一生懸命生きていさえおったあらあ、悩んだこともー。落ち込んだこともー、きれいな模様になって出てくる。おまえのなりたいもんになれる。」と幼いときに聞かせてくれた言葉が聞こえてくる。若狭はおじいちゃんの方を向き頷いてみせる。
お囃子が鳴り出番となる。客席には和田家の人々やエーコ、順子、小浜の人たちもみんな来ている。
初日の一門そろっての挨拶に失礼したこと、子供を授かったことを述べて、「愛宕山」を始める。若狭はこの落語を子供の頃、おじいちゃんのテープで草若師匠の演目をそれとは知らずに何度も何度も聞いていた。とても思い入れのある演目。このドラマで一番出てきたなじみの落語の一節。落語とは関係なく、若狭の子供の頃からの映像が挟まれる。初回、車のドアにスカート挟んで破れてしまいパンツが丸見えになった場面。おかあちゃんが手作りのそのスカートから作ったお守り袋を渡しながら「ぎょうさんええことありますように」。遠足にそば弁当を持たされたこと。お母ちゃんの「お色気むんむんやで」とかの名台詞。
そして、高座の若狭が「愛宕山」でかわらけ投げの一節までくると、回想でもかわらけ投げの場面となる。(このころ、喜代美は大好きだったおじいちゃんが死んでしまって泣いて過ごしていた。ついに寝込んでしまうが、おじいちゃんに願いが叶うと教えてもらったのを思い出し、夜中に一人でかわらけ投げに向かってしまう。喜代美を見つけたお母ちゃんは、望み通りにかわらけ投げに連れて行く。喜代美が泣きながらもう一度おじいちゃんに会えますように、おじいちゃんが天国に行けますようにと叫びながらかわらけを投げる。喜代美の気が済むと今度は)お母ちゃんが願いをこめながらかわらけ投げをする。大声で、喜代美が笑ってくれますように、喜代美が幸せでありますようにと、心からの願いを叫びながら投げる。あまりにも一心に次々に願いを叫んで投げていたら、最後には持っていた財布まで投げてしまい、お母ちゃんはあわててしまう。それを見ていた喜代美が、お金を投げるというところがいつも聞いていた「愛宕山」の話みたいだと言って、思わず笑い出してしまう。その姿を見て糸子は「喜代美がワロタ」と頬を撫で、抱きしめる。僕はこのシーンが一番好きだ。これでこのドラマに完全にはまってしまった。特に糸子さんに。
高座で愛宕山の落ちがくると、若狭は深々とお辞儀をする。客席はみな拍手。ちょっと長いお辞儀。顔を上げてもしばらく無言でお客さんを見ている。客席がざわめいてくる。そして客席が静まると皆に言う。最後の高座におつきあい下さいまして、ありがとうございましたと。みんなあまりのことに、客席も楽屋も何が何だか分からず、唖然とする。そして若狭が再び深々と頭を下げる。
楽屋。若狭が兄弟子達と向かい合って座っている。草々が訳の分からんことを、今までの修行を無駄にするつもりかと怒っている。草原兄さんが落ち着けと割って入り、今日の高座はよくできたとほめる。それだけにやめるのは惜しいと言う。見つけてしもたんですものと若狭。何をやと草々が聞く。あっけらかんに、自分のなりたいもんと答える。
そこにお母ちゃんが、お父ちゃんの止めるのもきかず、楽屋に入ってくる。和田家の面々も、エーコも順子も楽屋に入って喜代美の周りに座る。喜代美の後ろから、お母ちゃんは許さんで、修行続けなはれと厳しく言うと。喜代美はお母ちゃんの方に向き直りながら、お母ちゃんごめんなと言う。お母ちゃんは、謝るくらいならおかしなこと言うなと返す。そのことではないと喜代美。小浜出るとき、ひどいこと言うてごめんなと謝る。
そのときの回想が始まる。高校を卒業して先のことをいろいろ悩んで、結局このままではいけないと小浜を出て行くことを決意したとき、喜代美は母と言い争いになってしまう。そして、ここを出て行く理由を、お母ちゃんみたいになりたくたいと面と向かって叫んでしまう。お母ちゃんはそう言われて動揺し何も言いかえせなかった。喜代美はこの十五年前の言葉を謝った。
あの頃は、お母ちゃんという仕事はしょうもないと思とったと、正直にその頃の気持ちを話し出す。脇役人生、つまらない人生だと思っていたと。けれどはそうじゃないことにやっと気づいた。お母ちゃんは太陽みたいに照らしてくれる。毎日毎日それがどんだけ素敵なことが分かった。どんだけ豊かな人生か分かった。お母ちゃん。ずっとずっとお腹におるときから大事に大事にしてくれてありがとう。怒っていた糸子も、何を言うとんのやこの子はと言葉では叱りながらも、泣きながら喜代美の頬を両手でやさしくなでる。そして喜代美は、お母ちゃんみたいになりたいんやと言う。
つづく。
さあ、残り一回。もう残りたった15分。
喜代美の芸名が若狭なのはまさに喜代美の人生こそが若狭塗り箸そのものなんだということをはっきりと示すもの。きっと若狭ありきでそれを命名する師匠の名前も若の字を使って草若に決まったのだろう。若狭の人生を描いたドラマ自体が、幾重にも重ねられた様々な出来事を磨き上げ輝く塗り箸のようなものだ。喜代美は、お母ちゃんみたいなお母ちゃんになることを選んだ。
このドラマはとても回想が多かった。芋たこなんきんも回想が多いドラマだったけれど、またそれとは違った。いくつもの伏線が仕組まれていて、それがうまい具合に物語に奥行きをだしてくれた。その最大のものがこのお母ちゃんを罵って小浜を出て行く喜代美の姿だった。お節介なお母ちゃんの性格のために、うやむやにされていたこの事件がまさに、このようなかたちで物語の最後の山場として回収された。
内容は端折りながらも、説明は詳しく書いてみました。見直してみると、いろいろ間違ってるところがあるんですが、それは勘弁してください。
あらすじだけ書いても自分自身面白くないので、わかりにくくなるかもしれないけれど、いろいろ書き足してます。
コメントがあると、励みになります。しばらくは、ここに書くようなドラマは無さそうですが。