2006年07月18日

NHKスペシャル 恐竜vsほ乳類

野球がないということで、7時から1時間『ブラック・ジャック秘蔵版スペシャル』をやっていた。手塚治虫の天才外科医のマンガのアニメ。『Karte03:ひったくり犬』と『樹海のかまいたち』の二本立てだった。前者はラスト付近に地震の場面がくるせいで、シリーズ開始直後ちょうど中越地震の時期だったため放送されなかった。後者はよく知らないが、ミサイル実験がストーリーの中心にあるためだろう。

これを見ていたために一番見たかった『NHKスペシャル』の最初を見忘れた。30分遅れで8時から見始めた。これは昨日と今日の二夜連続のNHKスペシャル。恐竜時代の恐竜とほ乳類の進化の競争を通して、現在のほ乳類の繁栄の秘密を探る番組だ。こういうの大好きなので、第二夜も見ようと思っていたのに、忘れていた。

番組公式ページ
恐竜vsほ乳類 1億5千万年の戦い

第一集「巨大恐竜 繁栄のかげで」
第二集「迫りくる羽毛恐竜の脅威」

◆第一集

まとめるとだいたいこうなる。

「恐竜」と「ほ乳類」は、ほぼ同時期二億年前に「は虫類」から枝別れして地上に現れた。恐竜は巨大化の道を進んだが、ライバルとも言えないほど小さな「ほ乳類」は別の進化の道を歩むことになった。

恐竜はでかく怖いので、ほ乳類は仕方なく夜に活動する。夜は見えないから聴覚を発達させる。聴覚を分析するために大脳新皮質を発達させて頭が良くなる。でも脳が発達すると意外とエネルギーが大量に必要になってしまった。夜の食料は昆虫ぐらいだから、エサを獲得する知能があっても、大きくなれない。やっぱり恐竜にかなわない。

生命は体が大きいと長生きになる。恐竜は百年以上生きるものがいたが、ほ乳類は体が小さいので命も短かった。でも、短命ということは、生命のサイクルが早くなり、進化がより進み、環境への適応能力が恐竜よりも高くなる。そのため、ほ乳類は恐竜以上に様々な多様性を持つことになった。

ほ乳類は、恐竜の時代を生き抜くために、頭が良く、多様性を持つという特徴を獲得したこの段階で、恐竜が地上からいなくなった。ほ乳類は昼の世界にも進出していくことでき、そのあとも、大発展を遂げることができた。

◆第二集
これは昨日の続きというよりは、ほ乳類の進化の部分をより詳しく別の角度からの分析した話となっている。

(最初の三十分の羽毛恐竜の部分を見ていないので、ちょっと残念。羽毛恐竜というのは、体に羽毛が生えていて恒温性を獲得した恐竜のことだから、これはより活発なので、ほ乳類の生存を脅かしたってことなのだろう。よくわからないけど、再放送を待つしかないかな。DVDも出るらしいけど。)

実際に見た部分のまとめ。ほ乳類の部分だけ。

ほ乳類に、パートナーの「花」が現れた。これが「ほ乳類」に新たな進化をもたらすことになった。

恐竜の世界が始まった頃には地球上には「花」は存在していなかった。恐竜たちは裸子植物つまり、シダやイチョウやマツなどの植物を食べていた。裸子植物は風という自然の力を利用した繁殖しかできないが、「花」を持つ被子植物は、昆虫を介してより積極的に繁殖することができる。花誕生以前の昆虫はトンボやバッタだったが、花が現れると蜂や蝶という昆虫も現れた。このようにして花と昆虫は互いに影響を与えながら、世代を重ねお互いに進化していった。

花によって昆虫が繁栄してくると、それをエサとするネズミほどの大きさのほ乳類も影響をうけた。高カロリーの昆虫がより豊富に手にはいるようになる。また花も進化し、栄養価の高い「果実」や「種」をつけ、ほ乳類もそれを食べた。種を運んでくれるという恩恵をより受けるため、花の方も、ほ乳類の存在を前提に豊かな果実をつけるようにより進化した。こうして、花と昆虫、そしてほ乳類の三者が互いに影響を与えながら、進化し、恐竜という支配者の足下で、多様化していくことになった。

このような多様化の中、ほ乳類は命を確実につなぐための方法を得た。胎盤である。タマゴを産んで命をつなぐ方法だと、多くの危険が伴う。食べられたり、自然の力で壊れたりする。そこで「ほ乳類」の中で胎盤をもち、子どもをおなかの中で育てる種類が現れる。子どもたちを守り、そして大きく育てられるようになった。胎盤とへその緒を通し血液から栄養分や酸素を与える。そして産んだ後も、自らの血液を母乳に変え、それを子どもに注ぎ込む特徴を持つようになった。自分の身を削って、次の世代に未来を託そうとする、私たち人類もしっかりと受け継いでいるこの営みは、この恐竜時代を生き延びるために、獲得した能力である。

番組自体のまとめ。ほ乳類と恐竜は、共存し互いに影響を与えながら進化してきた。恐竜の支配があったからこそ、それを生き延びるために「ほ乳類」はいくつもの特徴を獲得してきた。ほ乳類の一員である私たち人類もこの恩恵にあずかって今を生きている。

最後にテロップが出る。
「今 僕たちはこの大地に生きている」
「長き恐竜時代を受け継がれた命をたくされて・・・・」

最後の言葉はメッセージ性が強すぎるかなと思ったけど、このくらいわかりやすく伝えないと伝えられないかなとも思った。


もちろんこれは、現在有力なある学説にすぎない。いろんな学者を取材して、番組制作者がもっとも有力と判断したものを一般人にもわかりやすく説明してくれたもの。こういうのは新しい発見があるとまた別の仮説が立てられる。それが科学のいいところ。


(内容の音声ファイル)


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2006年07月21日

ドレスデン大空襲

BS世界のドキュメンタリー「ドレスデン大空襲」
チャンネル :BS1
放送日 :2006年 7月23日(日)
放送時間 :午後10:10〜午後11:55(105分)

ハウルを見てて空襲のシーンで、全然関係ないけどこの番組があることを思いだした。
第二次世界大戦では、ナチスの悪業ばかりが取り沙汰されるが、連合国側もこういうことをしていたんですね。この放送予告で初めて知りました。


・追記
番組の内容を簡単にまとめてみました。
「ドレスデン大空襲」の視聴記録


BS世界のドキュメンタリー「ドレスデン大空襲」 -NHK番組表
ドレスデン空襲 -Wikipedia


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2006年07月23日

ETV特集「ある人間(アイヌ)からの問いかけ」

今日は昨日録画していた番組を見た。

アイヌの萱野茂さんの生涯の活動をまとめた番組。
「ETV特集 ある人間(アイヌ)からの問いかけ 〜萱野茂のメッセージ〜」

この番組を見て胸がいっぱいになった。

萱野氏はアイヌ初の参議院議員になったことがある人なので、知っている人もいると思う。僕もそれだけ知っていた。名前はしっかり覚えていなかったけど、今年亡くなられたことは知っていたから、きっとこの人だろうと思って、見ようと決めていた。

番組ページ:
ETV特集 あるアイヌからの問いかけ

タイトル中のアイヌは人間という漢字にふりがなとして書かれている。アイヌという言葉はアイヌ語で人間という意味をもっている。

この人のNHKの番組などで放送された映像などと、彼が残したものの現在の映像をあわせて、生涯の活動の紹介である。
三部構成。第一部『奪われた母なる言葉』は同化政策によって言葉を奪われてきた民族の歴史と、言語研究家としての彼の活動を、第二部『「単一民族国家」の中で』では、北海道の先住民族としてのほこりをかけて闘った記録を、そして第三部『北海道旧土人保護法』は、屈辱的な法律を破棄し新しい法律を作るために国会議員をめざし、そして尽力した日々を扱っている。

全体を通して、彼の優しい語り口と、アイヌ語の意味は分からないけれど懐かしいような独特の響きがとてもよかった。

1959年NHKで放送された番組の映像が流れ、当時のアイヌの人々の生活が映し出された。この中で34才当時の萱野さんの活動の様子も紹介されている。当時出たばかりの大きなテープレコーダを持って、老人たちのアイヌ語を記録している萱野さん。この録音の総時間は700時間にのぼるそうだ。この実現のための莫大な資金を稼ぐため、仕方なく観光地での仕事していて出会ったのが、アイヌ語研究で有名なあの金田一京介。彼の仕事を手伝うことになる。1968年頃の金田一京助のインタビュー映像が残っていて、萱野さんと出会えたことをほんとにうれしそうに話す姿がとても印象に残った。こういう出会いは素晴らしいなと思う。

この番組で出てきた彼の業績を書きだしてみると、

・50年かけて集めてきた民具などを集めた資料館の設立
・子どもたちにアイヌ語を受け継いでもらうためのアイヌ語塾の開講
・その後大人たち向けのアイヌ語教室も開講
・老人でも使えるようカタカナで書かれたアイヌ語辞典「萱野茂のアイヌ語辞典」の出版
・二風谷(にぶたに)ダム建設問題での裁判で、ダムは存続されるが、「アイヌは北海道の先住民族であるという言葉」を勝ち取る。
・アイヌ初の参議院議員に当選(比例繰り上げ)
・参議院内閣委員会でアイヌ語での発言を行う。議事録にはカタカナで書かれたアイヌ語が残っている。
・侮蔑的な言葉の入った北海道旧土人保護法の廃止、アイヌ文化振興法の制定に尽力。
・アイヌ語を交えた放送をするFM局の開局。

本当に頭が下がる。純粋に民族の誇りを取り戻すために、費やしてきた人生だと思う。はじめは差別によって自分自身でもアイヌであることに誇りを持てなくなっていたのだけれど、アイヌ語の研究に関わることで民族としての誇りに目覚める。それが自分だけではなく、周りの人々、そして日本の法律さえも変えていく力になっていく。

ちょっと番組名が目に止まって録画してみたのだけど、見て良かった。


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2006年08月18日

新グレートジャーニー

先日フジテレビで放送された「新グレートジャーニー」のこと。

 土曜プレミアム 特別企画
 「新グレートジャーニー 日本人の来た道」
 フジテレビ 2006年8月12日 21時〜23時09分放送


以前の「グレートジャーニー」は、アフリカにいた人類の祖先たちが最も遠い南アメリカの南端まで広がった道を、南アメリカからの逆方向から、自転車やカヤックといった人力だけで旅だった。

今回の「新グレートジャーニー」は、日本人の祖先たちが日本列島にたどり着いたとされるルートをたどる。今度は逆方向にさかのぼるのではなく、日本がゴールの旅になる。

この「新グレートジャーニー」では、関野吉晴氏は、三つのルートの旅をする。今回放送された第一弾はモンゴルを出発点としてアムール川をくだり樺太を通って北海道にたどり着く「北方ルート」。

第2弾は「南方ルート」として朝鮮半島を経由して九州北部へいたるルート。現在岡野氏はこの旅の途中らしい。そして第3弾として、南西諸島を通って九州南部にたどり着く「海洋ルート」を計画している。



こういう人類史とか大好き。それに昔からこういう世界の紀行番組も大好きなので、以前の「グレートジャーニー」も楽しみに見ていた。そして今回の「日本人が来た道」というテーマだけでもとても興味深かった。

モンゴル人は、最近相撲でも見かけるけど、やっぱり日本人に似てる。旅の途中では少数民族が出てくるけど、やはりこの人たちも日本人にどこか似ている。中国や朝鮮半島の人よりも親近感を持ってしまうのはなぜだろうというくらい。

樺太(サハリン)は1945年ソ連が侵攻するまでは日本の領土だったので、樺太の旅では戦争の傷跡が紹介される。日本人をテーマにすれば、このような面を描くのは当然といえば当然だろう。樺太に取り残された朝鮮人のことはあまり報道されていないので知らない人もいると思う。この「日本人の来た道」というタイトルも二重の意味が込められているんだなあと思える。

新グレートジャーニー 日本人の来た道 - フジテレビ ... 公式サイト。とても詳しくまとめられてる。表現が放送とはちょっと違ってた。


本の紹介。この番組で使われている「グレートジャーニー」という言葉は、上記のページで考古学者ブライアン・M・フェイガンの使った言葉として紹介されている。

このフェイガンの本は以前読んだことがある。日本でのタイトルは「アメリカの起源―人類の遥かな旅路」。関連があるとは知らずに手にした。読んでみると内容がまさにそうだった。この本の原書名が「The Great Journey: The Peopling of Ancient America」だ。この本を読んでから環北太平洋の人々のことに興味を持った。英語版は2004年に内容が少し更新されているらしい。





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「ドレスデン大空襲」の視聴記録

「ドレスデン大空襲」を見たまとめ。
以前この番組があることの情報をこのブログで書いたら(ドレスデン大空襲)、意外に検索エンジンで、そのページを見つけてくれる方が多いので、折角ですので視聴したまとめと資料を書いておきます。

番組情報:
 ドレスデン大空襲 Das Drama von Dresden
 製作ブロードビューTV(ドイツ2005年)
 国際エミー賞受賞作品


それから、今日再放送があるようです。

 BS世界のドキュメンタリー「ドレスデン大空襲」- NHK 番組表
 チャンネル :BS1
 放送日 :2006年 8月18日(金)
 放送時間 :午後11:10〜午後11:55(45分)



この番組は前編と後編に別れていて、前編は、ドレスデンの紹介と、第一波、第二波攻撃の様子、後編は、炎に包まれた街を逃げまどう人々の様子と第三波攻撃の様子が描かれています。

爆撃の対象となったドレスデンは、芸術的な建物があるとても美しいとドイツ東部の都市です。
エルベ河畔のフィレンツェとも呼ばれていました。 フィレンツェというのは、有名なイタリアの花の都ですね。

ドレスデン - Wikipedia

この番組では、この空襲の関係者が証言をしている映像と、その言葉の再現映像、そして貴重な当時の写真や映像を交えて構成されています。

証言しているのは様々な人たちです。一人一人がカメラの前で一人きりで証言していきます。看護師、負傷して病院にいた兵士、幼い弟と二人きりでドレスデンに来たばかりの少女、サーカスの団長、明日にでも強制収容所に連れて行かれるユダヤ人、この日に生まれた女性本人、目の不自由な両親と暮らしていた少女などなど、そこにはそれぞれの悲劇があり、彼らは彼らの一生の中で決して忘れることができない出来事を語っていきます。またカメラの前で証言している人々の中には、実際爆弾を投下した兵士達もいます。この様々な証言が断片的に映され、当時の映像や、再現映像が挿入され、当時の時間を追って再構成されていきます。爆弾を落とす側と落とされる側の発言が交互に映されていくと、なんとも言えない気持ちになります。

ドレスデンがどうして空襲の対象となったのかですが、その理由はソ連がドイツに進撃するのを連合国側が助けるため、前線近くの民間人を混乱に陥れるのがねらいと、この番組では説明されています。1945年2月上旬におこなわれた有名なヤルタ会談で、ドレスデンを含むドイツの都市を空爆することをイギリス首相チャーチルから提案がなされ、それをアメリカ合衆国ルーズベルト大統領、ソ連の指導者ヨシフ・スターリンが賛同する形で決定されたとありました。この爆撃の指揮官は、ブッチャー(殺し屋)ハリスのあだなをもつアーサー・ハリスです。民間人を狙ったドイツへの絨毯爆撃は、この軍人の指揮下で行われました。

番組の内容は書ききれないくらいのものです。最小限にまとめると: 空襲前のドレスデンの様子。1945年2月13日の夜の第一波の空襲。そして消火活動を妨げた時限発火爆弾。第一波の二倍の第二波空襲。黄燐が使用された疑いのある焼夷弾。街を覆う巨大な炎が作り出す火災旋風。旋風に飲み込まれないように地上を逃げまどう人々。地下室に閉じ込められた人々が地上を求めてさまよう様子。丸太のように焼けた多くの死体。翌日の昼間に行われたアメリカ軍による第三波。機銃掃射の証言。くずれ落ちる聖母教会。60年ぶりに再建された聖母教会。そして和解。

このドキュメンタリーでは、当事者の証言の映像と、その証言の内容を再現した映像を積み重ねることで、たんたんと非情な爆弾や焼夷弾の下にいた人々の様子を伝えています。悲劇的なドラマも語られますが、再現の映像そのものは感情的ではありません。感情を表すのはあくまでも被災者本人であり、その感情も怒りではなく、悲しみでした。

最後、このような出来事が二度と起きてほしくないと願ってきた被災者の女性が、世界の現状に憤りを覚えていると嘆く言葉で終わります。この悲惨な証言を見た最後に、この世界に絶望した言葉は心に重くのしかかりました。


最後の和解の映像が示すように、この番組は当時の連合軍の非道を告発するドキュメンタリーではなく、戦争、そして特に民間人への無差別爆撃がいかに悲惨なものであるのかを伝えることを主題にしようとしているドキュメンタリーでした。だからこそ、ドイツという国が訴える戦争被害のドキュメンタリーであるにもかかわらず、高く評価されたのだと思います。



参考リンク

ドレスデン爆撃 - Wikipedia

放送した「ZDF」の番組紹介ページ(ドイツ語)

製作の「BROADVIEW TV」の番組紹介ページ(ドイツ語)

[DVD]Das Drama von Dresden - Amazon.de(ドイツ語)

ハイビジョン特集 よみがえった聖母教会・・・以前放送されたドキュメンタリー(未見)

ハンブルグ在住の人フンメルさんのブログ「ドイツ音楽紀行」の以下のページ

ドレスデン大空襲と聖母教会

ドレスデン大空襲へのレクイエム


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2006年10月08日

「アラスカ 星のような物語〜写真家・星野道夫 はるかなる大地との対話〜」

ずっと、7月にBShiで放送された星野道夫の番組を見逃したこと悔やんでいた。

今朝起きて、まずやらなければならないこととして、テレビ番組のお知らせサービスがないか探すことが思い浮かんだ。先日書いた「前恐竜時代」もそうだし、ギリギリ間に合った「名探偵モンク」も第一話もそう。今度こういう面白い番組を見逃さないですむようなサービスがきっとネット上にもあるはずだと。するとYahoo!テレビのページに使えそうなものがあるのが分かった。Yahoo!IDを登録していないといけないが、「My番組表」を使うと、「キーワード」を登録して、それを含む番組の一覧を一週間分表示してくれる。

早速登録したキーワードの一つが「星野道夫」だ。そしてそれがまさしく今日、再放送されることが分かった。なんて偶然だろう。


ハイビジョン特集 「アラスカ 星のような物語〜写真家・星野道夫 はるかなる大地との対話〜」
チャンネル:BShi
放送日  :2006年10月 8日(日)
放送時間 :午後2:00〜午後3:50(110分)
ハイビジョン特集 「アラスカ 星のような物語〜写真家・星野道夫 大地との対話〜」 - NHK番組表
この番組は、2006年7月24日にNHK BShiで放送されたものの再放送。
※ 番組表ではタイトルの一部に「大地との対話」と書かれているが、番組内では「はるかなる大地との対話」と表記されている。

星野道夫を知ったのは、ドキュメンタリー映画『地球交響曲(ガイアシンフォニー)』の第三番だった。ということは、彼が死んだ後。予備知識もなく、彼が何者であるかも知らず、ただ彼が行くはずだった旅、そして彼の関わりのあった人々を訪ねていく旅を、映画を通し体験し、そして感動したのを覚えている。個人的にも、この「ワタリガラス」の物語は人と人とを結びつけてくれる素晴らしい力を持っているものだと実感したことがある。

星野道夫は、アラスカを撮り続けた写真家。1996年8月8日カムチャツカ半島でヒグマに襲われ亡くなった。享年43歳。いまだに彼の写真そして、その自然の体験を通して語られた言葉は、人々に強く影響を与え続ける。今年2006年、没後十年ということで、この番組や、写真展、DVDの発売などのイベントが行われている。

この作品は、彼が撮影した足跡をたどるために、10ヶ月間(資料によっては7ヶ月間)のロケをおこなった美しいアラスカのハイビジョン映像に、オダギリジョーが星野道夫として彼の言葉を語っていく。オダギリジョーの語りは映像の雰囲気を壊さずとても良かった。またそれだけではなく、その外側で、今を生きる一人のサラリーマン(田中哲司)が星野道夫の言葉を思うというドラマ仕立ての演出にもなっている。『時々、遠くをみること。』という言葉とともに、これがいい感じの感情移入をさせてくれる視点を提供してくれて、この作品が星野道夫の生涯を描くだけでもなく、もちろん動物たちの生態を扱ったドキュメンタリーだけでもなく、星野道夫が死んで十年後の私たちにいまなお語りかけくれる影響力を表すものだと表している。星野道夫の言葉を、彼が見たであろうアラスカのきびしい自然の映像を見てほんの少しでも追体験することで、より深く噛みしめることができた。


◆関連リンク
星野道夫公式サイト
星のような物語 星野道夫展 - NHKプロモーション
地球交響曲第三番 - ガイアシンフォニー公式ページ
※ 地球交響曲 DVD-BOXは完売したようですが、通常パッケージは年内の販売を計画しているそうです。


◆関連図書・DVD(Amazon.co.jpアソシエイト)
DVD「星野道夫 アラスカ 星のような物語」検索
「星野道夫」検索
森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて
地球交響曲第三番 魂の旅


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2006年12月11日

NHK映像ファイル あの人に会いたい「星野道夫」

チャンネル :NHK教育
放送日   :2006年12月10日(日)
放送時間  :午後7:45〜午後7:55(10分)

「功名が辻」最終回の直前、偶然にこの番組を見ることができた。10分間の短い番組だったけれど、その中にいろんな内容が詰まっていた。1987年にスタジオでインタビューを受けているものと、1990年の上野動物園の熊の柵の前で篠山紀信を聞き手に話をしている映像の二つの番組の映像を中心に編集してあった。

自分がどういういきさつでアラスカに行ったのかを語り、何度でも飽きるほど見返していたイヌイットの村のページ、その村の村長さんに宛てた手紙が映し出される。星野道夫が書いた本を読んだりして聞いていた星野道夫の人生の話を、ひとつひとつの現物の映像を目にしながら星野道夫本人が語っている様子を見るという貴重な体験ができて、とてもよかった。

最初のインタビュー番組では、自分の寿命やそれを含めた命の不思議さを語っている。篠山紀信によるインタビューでは、熊が襲ってくるかもしれないのに銃を持たないのかということを星野に聞いている。もちろんこれから六年後に熊に襲われることは誰も知るよしもないのだけど。その中で星野道夫は、銃を持つと緊張感がなくなってしまい、そうするとあまり考えなくなってしまって、つまらなくなってしまうと答えている。

・星野道夫のことを書いた以前の投稿
アラスカ 星のような物語〜写真家・星野道夫 はるかなる大地との対話〜

調べてみると、この枠の番組はBSでもう一度放送されるようだ。
チャンネル :BS2
放送日   :2006年12月17日(日)
放送時間  :午後10:45〜午後10:55(10分)
NHK映像ファイル あの人に会いたい「星野道夫」 - NHK番組表


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2006年12月31日

番組情報『アラスカ 星のような物語〜写真家 星野道夫 はるかなる大地〜』

『アラスカ 星のような物語〜写真家 星野道夫 はるかなる大地〜』
NHK年末年始特集番組

放送日 2007年1月4日(木) 22:00〜22:55 NHK総合
NHK番組表

再放送 2007年1月7日(日) 25:40〜26:35 NHK総合
NHK番組表


以前BS-hiやNHK教育で放送された星野道夫を扱った番組を紹介しましたが、新年NHK総合で星野道夫の番組が放送されます。
・内部リンク「アラスカ 星のような物語〜写真家・星野道夫 はるかなる大地との対話〜」
・内部リンクNHK映像ファイル あの人に会いたい「星野道夫」

以前書いた記事でもタイトルが番組表表記が「大地との対話」、番組内表記が「はるかなる大地との対話」と微妙にずれがありましたが、今回はまた違って「はるかなる大地」という名前です。ハイビジョンでやっていたのは110分でしたから、今回の55分間のものはそれとはまた別の編集だというのがわかります。上記の番組紹介のページには「今回初めて公開が許された日記」という言葉もあります。


没後10年の今年2006年、『アラスカ 星のような物語』というシリーズでDVD全四作が発売されました。



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2007年06月05日

ドリームビジョンの生命誕生映像

さっき、江角マキコが出てるドリームビジョンでやってたのは、ナショナルジオグラフィックチャンネルの「生命誕生」シリーズの第2編の動物編の映像の一部。最後の部分しか見られなかったので、どんな編集がされていたかは分からない。

生命誕生 オフィシャルページ(ナショナルジオグラフィックチャンネル)

このサイト内の今回の関連ページは、トップページにリンクがあるが、生命誕生2〜動物編〜。このページに簡単なまとめと、ダイジェスト版のビデオがある。


またこの『生命誕生』シリーズはMSNビデオでも見ることができる。広告付き。

生命誕生 第2編 レトリバーの出産
生命誕生 第2編 イルカの足

そして、来週放送予定しているゾウ編。
生命誕生 第2編 ゾウの祖先
これは以前紹介したことがある。(参照 「ゾウの祖先は水生動物」説

他の映像が見たいときは、MSNビデオのページで「MSN ビデオ検索」のテキスト入力欄に、"生命誕生"と入れて検索すればいい。ただ生命誕生1の映像はないようだ。

■番組情報
2007年6月5日(火)19:00〜
「未知の世界を撮りたい驚き(秘)映像ハンタードリームビジョン」

■関連リンク
未知の世界を撮りたい驚き(秘)映像ハンタードリームビジョン ・・・公式サイト、 NTV


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2008年03月23日

『グレートジャーニー スペシャル 日本人の来た道 ヒマラヤ〜日本15000キロ』

関野吉晴さんが、人力だけで太古の人類が歩んだ道をたどる「グレートジャーニー」。新グレートジャーニーは、どんな道を通って日本人が日本列島にやってきたかを辿る旅。今回はその第二弾の南方ルート。

金曜プレステージ
『地球デイプロジェクト
グレートジャーニー スペシャル
日本人の来た道 ヒマラヤ〜日本15000キロ』
<2008年3月21日(金)21時15分〜23時37分放送>

番組情報:地球デイプロジェクト グレートジャーニー スペシャル 日本人の来た道 ヒマラヤ〜日本15000キロ - フジテレビ

タイトルにある、地球(アース)デイプロジェクトというのは、地球の未来を見据え「今、私たちがすべき事は何か…」を考えるきっかけにとフジテレビが作った企画で、今回の放送と別にもう一つ、環境破壊の結果、動物たちの貴重な命が消えている現実を伝える『消えゆく命の物語』という番組が予定されている。小西真奈美、江口洋介、成海璃子の三人それぞれがカナダ、インドネシア、ケニアを旅する内容で、これは3月30日に放送される。

番組情報:地球デイプロジェクト『消えゆく命の物語』 - フジテレビ



さて、久しぶりに番組の内容を書いてみよう。悲しいことに、半分以上見損ねてしまった。特にチベットの人たちの生活を見られなかったのはとっても残念だ。

僕が見始めたのは、ラオスのところから。その前にヒマラヤ、ネパール、インド、ブータンとあって、メコン川上流を氷河の一滴からたどる旅だったようなのだけれど、見れなかった。前回の北方ルートとあわせてDVDにして発売してもらえるとありがたいのだけど。

見始めたラオスの場面は、正月を迎えるためにおこなわれる「水かけ祭り」の儀式のあたり。村人たちが準備をしようとするのだけれど、その儀式を司ってくれるお坊さんがいなくて右往左往しているところだった。この儀式は大切で、うまく執り行わないと作物を作るのに必要不可欠の雨季が始まってくれないかもしれない。村長さんも、祈祷師の人もとても困っていたけれど、若いお坊さんしか来てくれなくて、いろいろ手違いもあったりで、一時はどうなることかという状況だった。けれども儀式が終わると同時に見事に大雨になって、終わりよければすべて良し状態だった。責任重大だった祈祷師の人も雨が降ってほんとにうれしそうだった。乾季と雨季がある地域の人たちには、乾季がこのまま続くのではという不安がどこかしらにあるんだろうな。毎年いつも通りにやってくるものでも、今回も必ず来てくれるという保証は実はどこにもないわけで、そのためにも自分たちの罪を流したりするこういう儀式をみんなでやっていくんだろうな。

村を離れたあとは、関野さんは自転車に乗ってメコン川の河口を目指す。河口よりも前でゴムカヌーに乗り換えてメコン川の本流に乗り出す。日本の感覚では考えられないくらい川幅が広い。広すぎて、どこが河口かはっきり分からないくらい広い。

ここでナレーション(益岡徹さん)と映像による人類史の解説。ここらあたりは5万年くらい前は陸地で、その陸地はスンダランドと呼ばれている。そしてこの地で人類は大繁栄したと考えられている。それが、1万5000年前に氷河期が終わり、海面が上昇し、多くの土地が水没し現在の地形になったとされている。ベトナムの景勝地ハロン湾の映像。ここの水没したような地形はスンダランドが海に飲み込まれた様子を残しているらしい。ハロン湾で見つかった2万5000年前の貝塚の貝。これは陸の貝で、ここがその頃陸地で人が生活していたことを示している。

映像は関野さんのところに戻る。近年メコン川の水量は減っているらしい。原因は上流の中国雲南省での森林伐採やいくつものダムの建設の影響のようだ。魚も捕れなくなってきている。浅瀬ではメコン川の上流からの肥沃な泥でアサリやハマグリの養殖をしている。これがメコンの流れの一番最後の恵みだ。

関野さんは一時帰国して、東京の国立科学博物館へ。ミトコンドリアDNA研究の第一人者篠田謙一博士に会う。関野さんは旅で出会った人たちの口の粘膜を採取していて、その分析結果の話。アフリカから出た人類が、3、4万年前に東南アジアのあたりで生活し、そしてその一部が日本にたどり着いたということが、今回のデータからもたしかに読み取れたということらしい。

旅に戻った関野さんは中国を通り、朝鮮半島に向かう。北朝鮮への入国の許可は出たが、監視付きで人気のない道を合計たった一時間しか自転車で走れなかった。つまり人力の旅が絶たれてしまった。現地の人々と交流しながら旅をしていくことが目的なのだから、それが許されない関野さんは心なしか険しい顔になっている。

韓国へ向かう前に、南北に分断された兄弟をつなぐメッセンジャー役を担うことになる。日本で過酷な労働をしていたペクさん。韓国側ではなくあえて北朝鮮に帰国したために韓国の家族とは離ればなれになってしまった。朝鮮半島にはこういう離散家族がたくさんいる。ペクさん自身は最近亡くなってその子供たちの映ったビデオ映像を韓国にいる伯父さんに見せることになった。韓国の田舎に住むペクさんの兄は泣きながらそれを見ていた。ただビデオの映像の日付は8月15日になっていて、北朝鮮での行動がすべて北朝鮮のシナリオ通りなのが丸わかりの映像だった。

前回の北方ルートでは、サハリンの残留朝鮮人の話があって、まさにもう一つの意味での日本人の来た道を描いていて考えさせられることもあった。でも今回はちょっと北朝鮮側の政治的な意図が露骨すぎた。前回のように関野さんが出会った人と話していて、そこにある真実に気づいていくというのであれば、僕の心も動いたかもしれない。北朝鮮側が何も仕組まなくても、関野さんなら自然な人々との交流の中でちゃんと日本人に伝えるべきことを伝えてくれただろうに。

プサンから、サポートの渡部さんと一緒に関野さんは朝鮮海峡をカヤックで渡る。途中海の真ん中でとても静かな凪になっていて、その鏡のような海面はとても不思議な光景だった。潮の流れにまっすぐに逆らっていかないといけない大変なところもあったけれど、無事日本の陸地に到着。釜山からカヤックで8時間弱かかった。

そのあと、日本人の祖先について関野さんの言葉があった。日本人の起源にはっきりしたものがあるわけではなくて、いろんな人たちが混じり合って、突き出され、そういうことをいろんなところで繰り返して、突き出されてきた人たちなのだろうと言っていた。チベットの人たちのことも例に挙げて、彼らのように不毛な土地であっても生きるすべを見つけて、住めば都にしてきた人たちなのだろうとも言っていた。

そのあと益岡さんのナレーションによるまとめ。最近、六、七万年前にアフリカを出た人類は500人程度であったという研究が出されたそうだ。現在六十億人まで繁栄した人類の基礎を作ったのは、勇者だけではなく、はじき出されてきたものが、生き残るために必死の努力と絞り出した知恵のたまものかもしれないと、関野さんの言葉を補足して、おしまい。


それはそうと、第三弾はどうなったのだろう。2年前にあった番組の最後では、今回の第二弾の旅の途中だというのが伝えられ、そしてそのあとに第三弾の「海洋ルート」を計画中とかあったはずだけど、今回の最後には予告はなかった。わざわざ朝鮮半島を経由せずに日本にやってきた人たちがいたのは、ほぼ間違いないだろう。でもカヤックで実際に旅をするのは大変だろうな。これからの旅についてネットで探したなかで一番新しい情報は(他にもあるかもしれないけれど)、キャノンのニュースリリース(2007.8.30)にある関野さんのメッセージ。「2008年からは、「海のグレートジャーニー」+初期日本人の「海洋ルート」を辿る旅を始める予定です。」とある。放送は数年後になるだろうが、今から楽しみだ!


当ブログ関連記事:
「新グレートジャーニー」...二年前、第一弾のことについて書いた記事


関連資料:
関野吉晴公式サイト...今回放送された南方ルートの近況報告ログを読むことができる。


グレートジャーニーの本とDVD、そして関連本をamazonのスライドにしてみた。グレートジャーニーの表紙はどれも美しい写真を使っているので、いいスライドになった。大型本の第一巻にはamazonに画像がないのでこのリストに入っていないが、ちゃんと探すとamazonで扱っている。このリストに入れてあるが、第一弾の新グレートジャーニー「北方ルート」は二冊の本が出ている。番組中に出てた篠田謙一さんの本や、タイトルの由来でもあるフェイガンの本もリストに入れてある。





posted by takayan at 21:17 | Comment(2) | TrackBack(0) | ドキュメンタリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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