先日見た番組の感想。
番組名:
地球ドラマチック「生きものはなぜ姿を変えるのか〜“変態”の不思議〜」
ナレーター:渡辺徹
2012 BBC制作
チャンネル:Eテレ
放送時間:
8月17日土曜日午後7時00分〜午後7時45分
8月26日月曜日午前0時00分〜午前0時45分(再)
番組サイト:地球ドラマチック「生きものはなぜ姿を変えるのか〜“変態”の不思議〜」 – NHK
この番組は楽しみにしていた。このブログでアゲハチョウの変態について書いたりするくらい、興味がある分野である。さらに番組の中では、オウィディウスの『変身物語』にも触れている。これもこのブログで扱っている。そういうこともあって、なかなか楽しく見ることができた。しかし話が進むにつれて、何か論点が違うんじゃないかという思いを沸々と沸き上がってきた。これって生物の「変態」を詳しく説明する番組ではなかったのか。最後の考察部分では、まるっきり人間について語っているじゃないか。この違和感はどうして起きるのか?
まず、「変態」という言葉である。この番組のタイトルに出てくる単語であり、番組の中でしつこいくらい連呼され続ける言葉である。日本語で変態といえば、生物が形を変える現象を表す用語としての変態か、異常な性行動を示す変態のどちらかである。調べればさらに他の意味もあるが、性的な意味でのインパクトが強いせいで、生物の用語という文脈が無ければ、通常は性的に異常な人やその行動を表してしまう。この番組でも、45分の間、何度も出てくる「変態」が、ふとその意味で聞こえて失笑してしまう。この番組ではもちろん、生物が形を変える現象の意味で間違いない。そしてさらに番組を通してこの概念を拡大していく。しかし、明確な現象を表している用語の定義を変えることに強引さを否めない。どうしても番組内のこの言葉に違和感を覚えずにはいられない。
結局、この違和感は、このドキュメンタリーのテーマが、日本語の「変態」ではなく、原語である英語の「metamorphosis」であることからくるものだ。つまり、我々日本人からはこの番組は日本語の「変態」について考察しているふうに見えてしまうが、実はこれは英語の「metamorphosis」について考察している番組なのである。BBCが作った番組なのだから、確かにそうである。日本語の「変態」を対象にしていると思ってしまうと、その用語で呼ばれている生物の形を変える現象だけが重要な番組のテーマだと感じてしまう。そこに文学における「変身」の解説が出てきても、とても場違いな挿入にしか感じられない。しかし文学における「変身」も英語では「metamorphosis」であり、オウィディウスの『変身物語』も『Metamorphoses』(metamorphosisの複数形)という名前であり、カフカの『変身』も英語では『The Metamorphosis』というタイトルであることを知れば、この文学における「変身」の解説も、このドキュメンタリー内で一貫した「metamorphosis」という概念の解説であることがはっきりする。そして番組を通してみると、この文学における「metamorphosis」は、生物における「metamorphosis」と同等もしくはそれ以上に重要なものとして扱われていることが分かる。番組の中でも、ちゃんと「変態という概念には、二つの意味があると思います。生物学的な意味と小説などにみられる隠喩的な意味です。」と変態の定義が述べられている。しかし、どうしても日本語の「変態」に隠喩的な方の意味を乗せることができず、番組内でも変身や変化という言葉で言い換えてしまう。せっかく二つの意味があるとしたのに、「変態」という言葉が出てくるたびに、生物の用語としての意味に引き戻されてしまう。
日本語版のタイトルにも問題がある。「生きものはなぜ姿を変えるのか〜“変態”の不思議〜」。この言葉に誘導されて番組を見れば、生物の様々な変態を扱った番組だと先入観を持ってしまう。確かに、これは今まで見たこともない美しい映像で詳しく変態の様子を見せてくれる番組である。しかし全体を見終われば主旨はそれを超えた深いものであることが分かる。生物の変態に関する取材は、文学における「変身」とともに、最後の考察を導くための準備に過ぎない。この番組が最終的に言いたいのは、metamorphosisという概念を通して見た「人類とはいかなる存在なのか」である。
そもそも、このドキュメンタリーの主張そのものを日本語版が伝えようとしていない節がある。NHKのサイトにあるこの番組案内は次の言葉である。
地球ドラマチック「生きものはなぜ姿を変えるのか〜“変態”の不思議〜」
チョウやカエルなど、同じ生きものが成長の過程で全く違う姿に変わる“変態”。過酷な環境で生き残るための重要な戦略だ。変態がどのように起きるのか、最新科学でひも解く
毛虫からチョウへの変態。サナギの中をX線で観察すると、羽や足だけでなく、呼吸器などあらゆる組織がダイナミックに変化することがわかる。この大変身の背景には子孫を残すための重大な戦略が…。オタマジャクシは、より生き残る確率が高くなるよう、自ら変態するタイミングを決めるという。バッタの大群が畑を襲い、農作物を食べつくすのも変態のなせる技。さらに人間も“変態”する…!?(2013年イギリス)
完全に生物の用語としての「変態」についてだけ語られた番組案内である。タイトルだけでもそうだが、これでは実際見た内容の構成に違和感を覚えてもしょうがない。
ただ、これはBSでやっているドキュメンタリーではなく、子どもたちでも興味を持ってみることができるドキュメンタリー枠の番組である。最後の考察は哲学者の解説まで引用されるちょっと難易度の高いものである。だから、すっぱり生物の「変態」だけに限定し、分かる者だけ分かればいいと割り切る必要があったかもしれない。最新科学が映し出す様々な変態の映像は見る価値がある。実際、感動する。それだけでも心に刻まれれば、向学心の大きな糧になるだろう。内容に違和感を覚えてそれに疑問を持った者だけ、僕のように自分で調べて、その先を見ればいいのかもしれない。
BBCのサイトにあるこの番組の案内文を引用する。
BBC Four - Metamorphosis: The Science of Change
Metamorphosis seems like the ultimate evolutionary magic trick - the amazing transformation of one creature into a totally different being: one life, two bodies.
From Ovid to Kafka to X-Men, tales of metamorphosis richly permeate human culture. The myth of transformation is so common that it seems almost pre-programmed into our imagination. But is the scientific fact of metamorphosis just as strange as fiction or... even stranger?
Filmmaker David Malone explores the science behind metamorphosis. How does it happen and why? And might it even, in some way, happen to us?
しっかりと、文学におけるmetamorphosisについての説明があり、生物のmetamorphosisだけでなく、広い意味でmetamorphosisという概念を考察する内容であることがうかがえる。
posted by takayan at 00:21
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