2006年07月27日

ル=グウィン

『ゲド戦記』が今週末劇場公開である。たぶん映画館には見に行かない。でも原作はまだ読んでいないのでこの機会に読むつもり。

ジブリ最新作
宮崎吾朗第一回監督作品
7.29(土) 全国東宝系ロードショー
原作 アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』
原案 宮崎駿『シュナの旅』

原案『シュナの旅』?
これ、二年前に読んだ。これがどう絡んでくるのかそこだけを見てみたい気もする。

原作のアーシュラ・K・ル=グウィンの作品は、以前読んだことがある。以前といっても10年ぐらい前だから、もう内容もはっきりとは覚えていない。そのとき読んだのは彼女のSFシリーズの方で、このファンタジー世界の『ゲド戦記』は読んでいなかった。図書館で見つからなかったから読まなかっただけだが、児童文学という先入観があったので、わざわざ取り寄せようとも思わなかった。

ル=グウィンのSFシリーズは、SFという言葉を使うと、変な先入観を与えてしまうかもしれない。未来世界。恒星間を自由に行き来できるようになった人類。そこで出会う全く別な社会を営む異世界の住民達。SFであるというのは、異世界を描写するための設定に過ぎない。SFとはそういうものだけれど、テクノロジーよりもその世界と人々を描くことの比重が他のSFに比べてとても高いと思う。だから、SFを敬遠している人も是非読んでほしい。

ファンタジー的な話もあったが、それより引きつけられたのが、哲学的な感触を与えてくれる作品だった。内容はもうはっきり覚えていないけれど、『闇の左手』と『所有せざる人々』は、なんかすごかったと印象に残っている。

この映画がきっかけで、ル=グウィンの『ゲド戦記』以外の本も、新たに多くの人に読まれるようになればいい。内容書けないぐらい忘れているのに、お薦めするのもなんだけど。


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2006年08月17日

ゲド戦記1 影との戦い

ゲド戦記を読んだ。まだ一巻だけだけど。
買ったのはソフトカバー版、六巻全巻で7350円。
一冊当たりでも、ちょっと高めだったけど、あとで甥が読んでくれそうだったから、迷わず買った。
読んでみて、とても良かった。甥達にはぜひ読んでほしいと思った。
正直、小学生には読み進むのは難しいかもしれない。
でも今読めなくても何年かおきに何度も何度も読み返してほしい物語だ。
自分自身の成長に合わせて、物語の理解のしかたもどんどん変わっていくだろう。


主人公のゲドは天性の才能を持った少年。これは全ての子どもがそうなのだと思う。読んでいる自分自身もそうだったし、身近な子どもたちもそう。みんな子どもの頃は素晴らしい未開発な才能を持っている。

ゲドは、おばにそれを発見してもらう。そのあと先生と出会い、その手を離れ、ふるさとを遠く離れた本格的な魔法学校へと進む。

彼は有能さ故に傲慢になったり、また仲間内でのありがちな見栄張りをしたり、大人たちの真意が理解できなかったり、たぐいまれな才能とは裏腹に、決してまっすぐな優等生ではなく、自分の心に振り回される普通の少年として描かれている。

第一巻は、龍が出てくるファンタジーの世界で修行する魔法使いの若者の物語だけど、とても普遍的な一人の人間の成長物語となっている。

大人だからそんな感想を持ってしまうのだろうけど、読み終わって場面場面を振り返ってみると、そうだったのかと、物語の各場面が意味を伴って浮き出てみえてくる。そうなるとこの物語は忘れられないものになるだろう。


ゲド戦記 1 影との戦いゲド戦記 1 影との戦い
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] ゲド戦記 1 影との戦い
[著者] アーシュラ・K. ル・グウィン
[種類] 単行本(ソフトカバー)
[発売日] 2006-04-07
[..
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2006年09月09日

最近読んでいる本

最近はドラマのことばかり書いてしまっているのだけど、他にもいろんなことを書きたいと思ってる。

今読んでいる本は、いくつかある。いろんなドラマを断片的に見ているように本もそんな感じになる。同じ本を集中して読むほど集中力が保てなくて、移り気な性格なせいもある。ここに書くことで、早く読み上げろよと自分を叱咤している意味合いもある。

・ゲド戦記2 こわれた腕輪
完全に映画見に行かないと決めたら、急いで読もうという気が失せてしまった。プロローグだけ読んで、そのままになってる。他の関心が多くて、優先順位が下がっている。

・エンデの警鐘
地域通貨についての本。

・火の山−山猿記
純情きらりの原案本。思いが高じて、ついつい買ってしまって、後悔している。百ページも読まないうちに、はたとこれ以上読んではいけないと思い知った。とても引き込まれながら読んでしまうのだが、ドラマが楽しめなくなる。ドラマが終わってから続きを読みます。

・生命記号論 宇宙の意味と表象 ジェスパー・ホフマイヤー
最近借りてきた本。だから読み上げのタイムリミットが設定されている本。記号論にはとても関心をもっているので、いつかはここにも書きたいと思っている。これは意識というとても壮大な対象を、記号論で分析していくもの。読んでないからはっきりとは知らない。シービオクの「動物の記号論」を読んでから、この本にも興味を持っていた。

・タイタンの妖女
もう読み上げたのでこのリストに書く必要はないのだけど。カート・ヴォネガット・ジュニアの作品は変なので、以前から好きだったのだけど、これは読んでなくて、太田光推薦という帯を見てついつい買ってしまった。人生を変えるほどの衝撃は無かったけど、近いうちにここに感想を書こう。

他にも書けないくらい。


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2007年02月16日

アーサーが教える体のふしぎ

このCM、今日初めて見ました。よくある分冊の百科や付録のコレクション雑誌。これは何を集めていくのかというと、子どもにも分かる人体の各機能を詳しく説明した百科と人体の骨格模型。模型は体長110cmのかなり本格的なものができあがる。

ほしい。これはちょっとほしい。気の迷いで買ってしまいそうだ。創刊号の組み立てパーツは、頭蓋骨/歯/下あご。試しに一冊買ってしまうと、アーサー君を人間の形にしてあげないとと仏心が出て、ずるずると買ってしまいそう。そして買い忘れないように、まんまと定期購読契約w
『人体の不思議展』にも行ったことがあるけど、こういうのは平気なほうだ。

こういうコレクションの雑誌は、『デアゴスティーニ』が有名だけど、これを出しているのは『アシェット・コレクションズ・ジャパン』。親会社はフランス。

公式サイト
アーサーが教える「体のふしぎ」

創刊号は例によって格安の190円。本来の定価は1190円。ところでこれはどれだけ集めないといけないのかというと、全部で82冊。総額96,080円!(Fujisan.co.jpの紹介ページより)

子会社だから海外で販売されたものの翻訳版かなと思って、フランスのサイト「Hachette Collections」やイギリスのサイト「HACHETTE PARTWORKS」のページをいろいろ眺めてみたけれど、見つけ出せなかった。

いろいろ検索してみると、数ヶ月前にYahooオークションにも出品されていて、あれっと思った。先に挙げた公式ページにははっきりと2月14日発売と書いてあるのに。

Yahooブログ検索で過去に戻ってみると、去年の九月頃の記事までさかのぼれた。先行して某所でCMを使った試験販売がおこなわれたということかな。


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2008年02月16日

「あなたが世界を変える日」

本の紹介。
「あなたが世界を変える日 - 12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ」

他の本を注文しようと思ったら、おすすめ本にこれが並んでいたので注文した。そして昨日届いた。
1992年にリオデジャネイロで行われた「地球環境サミット」で、12歳の少女が、感動的なスピーチをおこなった。この12歳の少女とは、セヴァン・カリス=スズキさん。1979年生まれだから、今年29歳。

僕は、2002年にこの人が日本にやってきたとき、会場で彼女のスピーチを聞いていた。先日この本の紹介記事を見つけたら、数年ぶりに再会できたみたいにうれしくなって、そのまま注文してしまった。読み終えたので、中学になる甥にプレゼントしよう。


2002年に11月、セヴァン・スズキは日本にやってきた。彼女自身はカナダ人だが、名前から分かるように彼女は日系人で先祖は熊本出身の人だったらしい。そういうわけで全国縦断ツアーの出発点として熊本を選んでくれた。昼間の県内の別の場所での講演の後、夕方は阿蘇でイベントが開かれた。建物に隣接する広場での講演。僕のおぼろげな記憶によると、セヴァンさんは軽トラックの荷台の上に通訳と二人で乗って、聴衆はいくつかの火のついた丸太の周りで暖まりながら聴いていた。そんなとってもユニークな講演だった。話の内容ははっきりとは思い出せないけれど、この本の資料1にある「ROR Recognition of Responsibility 責任の認識」の話もあったなあと、この本を読んで思い出した。

それにしても、もう五年以上経ってしまうのか。すっかり印象を忘れている。彼女の姿もすぐそばで見ていたのに、彼女の声もしっかり聞いていたはずなのに。日記は書くべきだとつくづく思う。

ナマケモノ倶楽部にあるこのときのツアーのまとめページ:
セヴァン・スズキ(Severn Suzuki) RORツアー2002大成功に終わりました!
この本には、セヴァン・スズキの伝説のスピーチだけでなく、大学生になった彼女がそのスピーチに至る経緯を分かりやすく説明してくれた文章(の翻訳)も載っている。そちらの方がページ数が多い。そして2002年にセヴァン・スズキと仲間たちが作ったRORを日本の若者たちが日本向けに内容を置き換えた文章もある。何かを始めたい人への資料として、環境問題にとりくんでいる団体の連絡先もまとめてある。

この本が目についたのも何かの縁だと思う。日本でのツアーの翌年2003年に出版された本だけれど、彼女の17年前のスピーチは今も影響を与え続けている。5年前に日本にやってきて直接日本人の心に蒔いてくれた種もわずかずつなのかもしれないけれど確実に育っている。そして、この本を通してこれからも多くの人に広がっていってほしい。

17年経ったのに世の中は何も変わっていないと、嘆くべきだろうか。いや、世界の状況は深刻さを増しているのは事実かも知れないけれど、人々の意識は少しずつだけれどもいい方向に変わってきていると思う。


調べてみたら、セヴァンさん、去年の10月から日本に来てました。本の広告が目についたのもきっとその余波ですね。
ハチドリキャンペーン2007  セヴァン・スズキ JAPAN TOUR

みんなでハチドリの森を育ててみましょう。
ハチドリキャンペーン2007 みんなで育てようハチドリの森


自分一人で読むのなら、この本は図書館で借りて読もう。きっとその方が地球には優しい。ネットでの注文は最終的な手段だ。そうやって、この本を手に入れ読み終えたら、本棚に眠らせるのはもったいない。




Youtubeにある動画

■ECO_92 
日本語ではなくポルトガル語の字幕付きだが、セヴァンの動画で再生回数が世界で一番多いのもの。コメントも多い。英語が読める人はリンク先を開いて意見を読んでくるのもいい。
http://www.youtube.com/watch?v=5g8cmWZOX8Q



■伝説のスピーチ 環境サミット@リオ
日本語字幕付き
http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg



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2009年01月11日

今日も生きてます 〜マッキーの酒乱万丈〜

知り合いのマッキーさんが、本を出したので紹介します。
自分のアルコール依存症について書き続けてきたブログをまとめたものです。

マッキーさんは、生まれるときへその緒が絡まり脳性小児麻痺になってしまいました。成人すると、酒を飲めば体の硬直が楽になることを覚えてしまい、いつのまにかお酒におぼれ、依存症になってしまったそうです。

現在マッキーさんはもうずっと酒をやめていますが、それでもアルコール依存症です。そのことを教えてもらったときは、酒を飲んでいないのにどうしてだろうと不思議に思いました。アルコール依存症といえば、一日中コップをもって、アルコールのにおいをぷんぷんさせて、焼酎飲んでるイメージがあります。マッキーはそういう感じはぜんぜんありません。

でも、マッキーさんが言うには、一度でも依存症になったら、禁酒がずっと続いていても、ずっと依存症なのだそうです。何かがきっかけとなり飲酒を再開してしまってそのまま死に至るまで飲んでしまう危険性と、一生付き合っていくのだそうです。

「今日も生きてます」。アルコール依存症という現実を踏まえると、これはとても重い言葉です。そして、とても明るく力強い言葉です。


酒乱万丈

この本が出版されるというので、熊本のテレビ局RKKがマッキーさんのところに取材に来たそうです。そして、1月8日のニュース番組の中で、日常の様子やアルコール依存症になったときについてのインタビューが放送されました。見た人もいるかもしれません。

たくさんの人に読んでもらいたい本です。
「今日も生きてます 〜マッキーの酒乱万丈〜」
本についての問い合わせは、就労支援センターくまもと 096-245-5586 だそうです。


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2009年01月22日

「酒乱万丈」の反響

先日、このブログで紹介したマッキーさんの本、問い合わせが多いらしい。
僕の記事にも拍手を一ついただいた。

先週末に、CSのTBSニュースバードでRKKが作った映像が流れたらしく、全国からの反響が届いているそうだ。
残念なことに僕はこのCSの放送は見逃してしまった。当ブログへの検索語に「酒乱万丈」が現れたときには、もう遅かった。

マッキーさん本人のブログでは現在新聞記者が取材していると書いてあるので、近いうちに新聞でも紹介されるだろう。


マッキーさんの出版を手伝ったNPOの記事:
今日も生きています-就労支援センターくまもと

マッキーさんのブログの記事:
マッキー大将のコーヒーブレイク: 今日も熊日の取材

当ブログ関連記事:
今日も生きてます 〜マッキーの酒乱万丈〜


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2013年06月17日

『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』を読んで

最近、この本を読んでいた。スティーヴン・グリーンブラット著『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』。2012年のピューリッツァー賞一般ノンフィクション部門を受賞した作品。紀元前に書かれ、世界から失われていたはずの『物の本質について』の発見とそれがもたらした世界の変化を描いた物語。著者のスティーヴン・グリーンブラットはシェイクスピアおよびルネサンスの研究家。

『物の本質について』は、古代ギリシャのエピクロス派の世界観をラテンの語の詩の形で表した作品である。エピクロス学派は唯物論、原子論、快楽主義、死後の世界の否定などがその特徴である。キリスト教と完全に相反するためキリスト教化された西洋において、その思想は中世には完全に失われてしまっていた。ただ他の古典の中などでルクレティウスの名前が引用されており、知識人たちはそれが過去に存在していた重要な作品であることを知っていた。

その作品が、歴代のローマ教皇の秘書であり、人文学者であったポッジョ・ブラッチョリーによって1417年に発見された。この発見にまつわるで出来事を、この本は多面的に描き出している。ペトラルカのように古い写本を求めて修道院の図書館を訪ねる人々の話や、そのままでは朽ち果ててしまう書物を生きながらえさせるため各地の修道院が黙々と続けていた写本のシステム、ポッジョが属していたローマ教皇庁の内幕など、様々な情報を示しながら、どうして彼がこの本と出会えたのかを明らかにしていく。

それにしても、この日本語のタイトルは、やはり大げさな感じがする。解説にも解説なのにちょっと皮肉っぽく書かれている。一冊の本で世界は変わるわけはないだろう。しかし、『物の本質について』を中心に置いて、中世から近代への動きを眺めてみると、確かに今までとは違った見方ができるようになる。写本され、出版され、広がっていったこの本が手本になっていたとすると、画期的な思想で世界を変えてきた科学者や思想家、芸術家や文学者の言動が、納得できるようになっている。そういう情報の並べ方をしたのだから当然そう感じられるのだろうが、とても面白い切り口である。当時この詩にしかエピクロス学派の詳しい思想はなかったのだから、この詩の内容が人々に知られるようになったかどうか、これほど分かりやすい境界線は見つからない。

原題は『the swerve』である。本文中ではこの語は「逸脱」と訳されている。これをそのまま日本語のタイトルとして採用してしまっていたら、何の本だか分からなかっただろう。和訳本のタイトルの方が、大げさだがこの本の内容を確かに分かりやすく表していると思う。しかしこの語 swerve は、この本を読み解くためのとても重要なキーワードである。原書ではそれをタイトルにすることで、そのことを力強く強調している。そしてこの言葉が表すものを理解していくことがこの本を読む醍醐味だといえる。残念なことに和訳本はその問いそのものを放棄し、その楽しみを読者から奪ってしまっている。著者が長い序文の中に「したがってこれは、世界がいかにして新たな方向へ逸脱したかの物語である。」とさらっと書いていても、「逸脱」という言葉が本文中の重要な場所で何度も繰り返し出てくるのに、原題のタイトルの和訳がこの語であることに気づかなければ、この本が伝えているいくつかの情報を見落としてしまう。

swerve はルクレティウスの使った用語であるラテン語の clinamen の英訳である。clinamen (動詞として現れるときは declino) は『物の本質について』の原子論の中に出てくる重要な概念である。原子がただ単純に規則的に運動しているだけならば、衝突することもなく、結びつくこともなく、この世界では何事も起きはしない。しかしこの世界は事象と物質に満ちている。その理由こそが、clinamen である。これは原子にまれに起こる無秩序な「斜傾運動」(岩波文庫刊樋口勝彦訳)のことであり、これにより、原子はぶつかり、結合し、世界中のあらゆる事象と物質を形作るとされる。原子論といえばデモクリトスのものがよく知られているが、この swerve は、ルクレティウスが伝えるエピクロス派原子論の重要な特徴である。さらに面白いことに、原子の swerve は人の自由意思の源であるとされる。

swerve(逸脱) についての説明はグリーンブラットのこの本の中に詳しく書かれている。しかし swerve がこの本のキーワードであることが、この和訳ではわかりにくいため、これらの言葉が『物の本質について』の主要思想の単なる解説にしかなっていない。それが分かればそれで十分かもしれないが、swerveが原書のタイトルであり、その訳がこの本の中では「逸脱」であると分かっていれば、すぐにこう気付くだろう。swerve(逸脱) が、中世のキリスト教社会に突然現れた美しく逸脱した『物の本質について』という本そのものも表し、そしてさらにルネサンス期以降、この本に影響を受けたキリスト教的価値観にとらわれない人々の自由意志の源として見事になぞらえているということを。

最後の章の一つ前である第10章の日本語の章名が「逸脱」である。英語だと複数形の Swerves である。後もう少しで読了というところで、この章名に辿り着くと感慨一入となる。ポッジョが見つけ出した一冊の「逸脱」が、人々を刺激し増殖し、たくさんの「逸脱」を生み出し、私たちの今いる世界を形作り始める。具体的には、ポッジョの仇敵ロレンツォ・ヴァッラ、『ユートピア』で有名なトマス・モア、そしてジョルダーノ・ブルーノが紹介される。ルクレティウスが古代から伝えてくれた画期的な世界観をもとに、それと相反する千年以上かけて社会全体に空気のように浸透しているキリスト教由来の常識や、自分自身の倫理観との妥協点を見つけながら、そして異端者であるとみなされてしまう破滅を際どく避けながら、人々が新しい世界観を手に入れていく様子が描かれていく。その中でブルーノの火刑という悲劇も起きてしまった。それを受け「死後の世界AFTERLIVES」というこれまた、意味深な言葉の最終章へと続き、この詩に影響を受けた世界を変えた人々を描いていく。

正直、『物の本質について』の内容は、今の私たちにとっては陳腐であったり、理解しがたい間違ったものに思えてしまう。大地が世界の中心であるとし、またそれが球形とは考えていない点で、今の私たちにとっての完全な答えではない。しかし神秘を使わず論理を駆使して、世界の事象を説明しつくしていく姿に圧倒される。素朴な観察の積み重ねによって二千年前にここまで到達できていたことに驚かされる。キリスト教に配慮する必要もないため、ためらいもなく小気味よく世界の本質を語っていく。気象現象や宇宙の成り立ち、神々を用いない人類文明の起源、恋愛を中心に人の心の様々な動きまでも、あらゆるものを思考の対象とし客観的に見つめていく。これを読むことで中世の人々もその態度を獲得できただろう。

久しぶりに楽しい読書体験ができた。きっかけは、この本がボッティチェリの作品と『物の本質について』の関係について触れているのを知ったためであるが、読んでよかった。ボッティチェリの作品への影響については、残念ながら従来の考え方を超えるものはなかった。しかし確かにこの『物の本質について』は当時のフィレンツェでも入手可能な状況にあったことがはっきりした。それが分かれば十分だったが、この本は期待以上のものだった。



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