「世界の龍の話」(三弥井書店刊)という、今の僕にとってとても面白い本がある。この本では世界中に残っている龍の伝説が紹介されている。各国の物語の後には詳しくその国における龍の解説も書かれてある。この本で、ヨーロッパの地域で取り上げられているのは、イングランド、ウエールズ、スコットランド、アイルランド、ドイツ、デンマーク、フランス、スペイン、バスクと数多い。ヨーロッパだけでなく、東洋やインド、ペルシア、南米の話も載っている。
この本の解説で今回注目した部分を書き出すと、
・英語(イングランド)ではdragonとwormという語が使われる。
・英語に元々あったのがwormの古い形のwyrmである。dragonはフランス経由の言葉。
・ドラゴンとワームはともに鱗を持ち、水辺に現れ、娘を求めるという共通点がある。
・ドラゴンには四本の足があり、蝙蝠のような羽があり、先には針のついた尻尾を持ち、火を吐くという特徴がある。
・ワームには大きな蛇の姿をし、長くとぐろを巻き、毒のある息を吐き、切られても元に戻るという特徴がある。
・ドイツにも二つの系統がある。DracheとWurm(Lindwurm)。
・「ドラゴン」という語とその概念はローマ人を通じてゲルマン民族に伝えられた。それまでゲルマン民族は爬虫類に対する総称概念である「ワーム」しか知らなかった。
・「ドラゴン」は鰐と猛禽の合体したような姿をしている。
・「ワーム」は大きな長い蛇に近い存在である。
・デンマークにも二つの系統がある。drageドラーウェとlindormレンオアム。
・ドラーウェとレンオアムともに口から火と猛毒を吐く巨大な蛇型の怪物である。
・ドラーウェは四本の足と翼を持ち、昔話では頭が複数のこともある。空を飛び、自分の洞窟の中に宝を蓄え込んでいる。
・レンオアムは、巨大な蛇のような生物で、空は飛べない。「太さは人の腕、長さは三アーレン(約二メートル)」との記述がある。
・北欧の竜の歴史は古く神話までさかのぼるが、もともと北欧には空を飛ぶ竜がいなかった。
・翼のはえた北欧の竜は11世紀のエッダ「巫女の予言」で世界の没落ラグナロクに出現するニーズヘグNiðhöggrが最初である。
・スペインはdragón。
・スペイン北部のアストゥリアス地方にはculebra蛇という言葉から派生した名前のcue‘lebreクエレブレの伝説がある。固い鱗で弾丸をはじき飛ばすが、のどに弱点がある。
・バスク地方の竜エレンスゲErensugeは蛇に近い姿をしている。これには卵に弱いという弱点がある。
上のように、ヨーロッパには言語的にギリシア語系のdragon(代表して英語)とゲルマン語系のworm(代表して英語)の二系統の竜がある。
なお、
en.wikipedia:Slavic dragon を見て分かったが、ヨーロッパにはこの二つに加えもう一つスラブ地方限定のзмей(zmey)(代表してロシア語)というのもある。その中で有名なのがЗмей Горыныч(Zmey Gorynych)というもの。辞書で調べると、змейは、蛇、物語中の悪龍、凧の意。なお蛇はзмея、змеи。蛇の原義は「地を這うもの」でземля(地)と同源とある。
さて、最初の二つの系統に分類できる竜を表す単語を並べてみると(並びは系譜的ではあるとは限らない)、
ドラゴン系の言葉:
δράκωυ(ギリシャ語)、draco(ラテン語)、dreki(古ノルド語)、dreke(古英語)、traccho(古高地ドイツ語)、dragon(現行英語)、drache(現行ドイツ語)、drageドラーウェ(デンマーク語)、dragon(フランス語)、dragón (スペイン語) 、drago(イタリア語)、dragone(イタリア語)。
ワーム系の言葉:
ormr(古ノルド語)、wyrm(古英語)、wurm(古高地ドイツ語)、worm(現代英語)、lindwurm(現行ドイツ語)、lindormレンオアム(デンマーク語)。蛇・竜を意味しないがvermis(ラテン語)。
もう少し詳しく辞書で調べてみると、ドイツ語Wurmは、ぜん中類(ミミズなど)や昆虫の幼虫などの柔らかく細長い虫、古語として竜の意。原義はder sich Windende。動詞windenの例文の中に、die Schlange windet sich durchs Gras.(蛇が草の中をのたくって行く。)がある。竜を表す別の言葉Lindwurmは、北欧神話の竜を表す。この単語は古高ドイツ語由来で語中のlindは古くはlintと綴りこの部分でSchlangeの意味があった。もう一つの竜Dracheは火を吹く空想上の動物の竜、凧の意。ちなみにドイツ語での蛇はSchlange。これは動詞schlingen(巻き付ける)と関係がある。
英語wormは現在の意味には竜の意味は記述されていないが、語源の解説の中に古英語において、serpant,dragonの意味とある。dragonはギリシャ語δράκωυからラテン語、フランス語の順に伝わってきた。ギリシャ語での本来の意味は英語でserpent。またこのギリシャ語δράκωυは古英語torht(bright)や、ギリシャ語derkesthai(to see)に縁続きともある。ちなみに蛇を意味する言葉serpentはフランス語経由してラテン語から来た言葉。この語そのものはラテン語動詞serpoに由来し、これは英語crawlやcreep(這う)の意味である。
今回は、前回の記事を書くために集めておいて、書かなかった資料を書きだしてみた。今回の内容をまとめるとすれば、ヨーロッパでは、各地の蛇という言葉が基本にあって、それが大蛇、つまり竜を表すようになったと言うことができるだろう。
参考
・本「
世界の龍の話」・・・amazon.co.jp。興味深い様々な龍の伝説がまとめてあるので、龍に興味がある人はぜひ目を通してみてください。
・
Merriam-Webster Online・・・辞書サイト
・
Dragon – Wikipedia・・・Wikipedia