2006年09月28日

純情きらり(154)

<内容>

桜子に冬吾たちの展覧会に行く許可がやっと出た。おなかもかなり大きくなっている桜子がベッドに腰掛けて外出を待っている。病院の廊下。車いすを運んでいく医者と達彦がいる。達彦に対して。前にも言っておいたが、これが最後かもしれんよ。ゆっくりと羽を伸ばしてきなさいと先生。

展覧会会場。桜子は車いすを押してもらいながら、マロニエ荘の仲間に囲まれて一つ一つ絵を鑑賞する。和之の絵の前。和之さんらしい明るくて元気な絵。ヤスジの絵。アメリカ兵の靴磨きをする少年の絵。筆を折ろうかと思っていたが、諦めずに書いていくことにしたとヤスジ。八重の絵。焼け野が原に一輪の花が咲いている絵。どんなに売れなくなっても、こういう絵を書き続けたいと八重。桜子見てごらんと達彦がある方向を指す。冬吾の絵。絵の前に移動する。この絵の前には人が集まる、この絵の中のあんたは輝いとるもんねと笛子。冬吾が会場に現れる。みんなが冬吾が来たことに驚いているのを見て、冬吾さん何かあったのと達彦。桜子はわかってるという顔で冬吾を見ている。笛子が冬吾が死にかけた時のことを説明する。真っ暗の川を泳いで、笛子と子どもたちの顔が浮かんできたというおかしな体験を冬吾が話す。とぼけた話をする冬吾に横っ飛びで体当たりをくらわす笛子。病み上がりをどつくなと冬吾。みんなに笑いが起きる。よかったねお姉ちゃん、冬吾さん。桜子、目に涙をためて、なんだかうれしくなっちゃって、みんなを見ていてもっと元気になれるような気がしてきた。頑張ってくださいと声がかかる。

昭和23年3月。桜子の病室。桜子はベッドに横になっている。いよいよ出産だねと医者。前にも言っといたが赤ちゃんは出産後別室で様子を見ることになる。抱いたりはできないと先生。先のことはこっちに任せて、安心して元気な子を産むことだ。医者は部屋を出ると今までの柔らかな表情から急に固い表情に変えた。

病室に一人桜子。五線紙ではなく、ノートに何か書いている。とても優しい表情。開けている窓から桜の花びらが入ってくる。

桜子の出産の日がやってきた。手術室に運ばれる途中の桜子を、達彦と笛子と杏子が囲んでいる。俺がついとるからと達彦。桜子大丈夫と笛子。そんなに心配しんで、産むのはあたしなんだからと桜子。そこに東京から磯が駆け付ける。桜ちゃんの赤ちゃんが生まれてくるところを真っ先に見たいからと。安産のお守りを桜子に持ってきた。それを枕の下に入れる。ありがとうおばさんと桜子。がんばって。

手術室の前。赤いランプがついている。赤ちゃんは帝王切開で取り出されることになっていた。みんなは心配しながら待っている。磯は自分に言い聞かせるように大丈夫大丈夫とみんなに言っている。

達彦がさっきまで桜子が寝ていた誰もいない病室にやってくる。ベッドの上には表紙に何も書かれていない一冊のノートが置いてあった。最初のページを開くと、桜子が考えていた子どもにつける名前がいくつも並んでいた。その後のページに、「まだ見ぬあなたへ」とタイトルがあり、お母さんの人生をあなたに知っておいてもらいたいとこのノートを書いた動機が書いてあって、そのあと桜子の人生について何ページも書かれていた。達彦は涙ぐみながらをそれを読んでいった。ノートだけでなく、楽譜もあった。「まだ見ぬ子へ」、「輝ける日々」....。そこに杏子が病室にやってきた。達彦が言う。あいつこんなこと書きためとったんです。見てください。曲もこんなに作って。何もかも覚悟しとったんです。こんなにして毎日刻みつけるようにして。

手術室の前。ランプが消える。みんながあっと叫ぶ。ドアが開き、目を閉じている桜子が出てくる。達彦が大丈夫か桜子と心配そうに声をかける。眠っているだけですよと看護婦。ほうだわねとみんなほっとする。桜子が看護婦に運ばれるのを見送った後、赤ちゃんはと笛子。すると、手術室から赤ちゃんを抱えて看護婦が出てくる。男のお子さんですよ。達彦が赤ん坊を抱く。いい子だ。お父さんだよと達彦。よく頑張ったねと笛子。よく産まれてきたと杏子。元気そうな赤ちゃん、桜ちゃんよく頑張ったねと磯。桜ちゃん目が覚めたら見せにいかんとね。すると、それはできんのですと達彦。子どもは抵抗力が弱いから。桜子は承知しております。

桜子が寝ている病室。達彦がやってきて、おめでとうと言うと、桜子が目を開ける。よく頑張ったなと達彦。赤ちゃんは?と桜子。元気だよ。男ん子だ。可愛い顔しとった?髪の毛は生えとった?結構ちゃんとしとるよ。達彦さんに似とったでしょう、見なくてもわかるんだと微笑みながら桜子。名前輝一にしようと達彦。輝くに数字の一。いいね輝一、きいっちゃんとやさしく名前を呼ぶ桜子。

有森家の部屋で笛子が輝一の面倒をみている。冬吾は輝一をモデルにスケッチをしている。輝一は有森家に引き取られ、笛子は冬吾とともに岡崎に残った。

闘病中の桜子の様子。達彦の献身的な看病にもかかわらず、出産後の病状は一進一退を繰り返していた。

有森家のピアノの部屋。達彦がピアノの前にいる。その後ろに笛子が輝一を抱いて座っている。お母さんがお前のために作った曲だと達彦。弾き始めると、その曲はこのドラマのテーマ曲。

その音楽の流れる中。病室で幸せな顔をして眠っている桜子。ナレーション「桜子は幸せな夢を見ていました。わが子をわが胸にかき抱く夢を」。

つづく。


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純情きらり 残り二話

昨日の桜子の有森家でのピアノの場面は桜子自身もこれでお別れという覚悟でみんなに聞いてほしかったんだろうな。桜子の弱り方は見ていてとてもつらい。最後まで直視できないかもしれない。いろいろ予想を裏切られてきたから、最後の最後でまた何かあって裏切ってくれるのかもと期待したいところだけど、それはないんだろうな。でも登場人物と一緒に桜子の快復を心から祈り続ける。そうやって、残りの二話を見ていこう。

心おきなく最終回を見ることができるよう。公式ページをストーリーから何からいろいろ読み返してみた。
このブログにたどり着くような人は、たいていチェックしているだろうけど、念のためリンク張っておきます。
純情きらり(NHK公式)
純情きらり(NHK名古屋放送局)


特に感慨深かったのは、やっぱりトピックの「クランプアップ」のページ。最初にくす玉の画像が出てくるけど、桜子(宮崎あおい)と一緒にくす玉を割っているのは、なかを読んでいくとわかるけど、脚本の浅野妙子さん。進んでいくと、記者会見での役者さんたちの言葉が出てくる。撮影はもう終わっていて、もうすぐ放送も終わるんだなと思い知らされる。皆さんお疲れ様でした。
クランクアップ(NHK純情きらり)

名古屋放送局のみどころのページにある脚本の浅野妙子さんの言葉も今読み返すとぐっと来る。最終週に来てこのドラマまさしく「女の命の賛歌」だ。最終回は一生消えない「爪痕」残っちゃいそうだ。


今日の桜子のノートには大正九年生まれと書いてあったから、西暦だと1920年生まれということになる。みんなの祈りが通じて、健康に日々を暮らしてくれたら、桜子は2006年の今年は86歳。立派なおばあちゃん。ドラマは現在昭和23年。輝一は今年58歳になる。こちらにしてもいい歳をした団塊世代のおじさんだ。改めて考え直してみると、このドラマの舞台はとても昔の出来事だけど、でもその頃の人たちもちゃんと今の時代に生きていてるそんな物語なんだ。

桜子が輝一のために作った「まだ見ぬ子へ」という曲はこのドラマのテーマ曲だった。それはこのドラマ全体が、あの輝一に伝えようと書いたノートにつづられた桜子の人生だったという意味にもなるのだろうか。ドラマの語りが桜子自身ならばより完璧な構造になるのだろうけどね。毎日毎日のあのテーマ曲が、桜子の子どもを思う気持ちを表した曲だというのは、とても合っていると思う。だって、あのオープニングの曲とともに浮かんでいる音符は有森家の四きょうだいだから、そういう愛情を表すメロディーだというのはとてもぴったりする。マサお母さんの優しい語りというのも桜子への同じ視点のものだから、このドラマはそういう愛情に包まれた物語だということを、このテーマ曲の秘密が強調してくれた。

ああ、それにしてももうすぐ終わってしまう。心に穴が開くだろうな。


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2006年09月29日

純情きらり(155)

<内容>

西園寺先生がピアノを激しく演奏している。OKですとガラスの向こう側から。ここはラジオのスタジオ。西園寺は付き人と話をしている。ドアが開きお客様がおみえですと知らせ。達彦が入ってくる。松井君、お子さんがお生まれになったんですかと西園寺が歓迎する。桜子の症状が思わしくないと達彦。言葉もないと西園寺。去年はご迷惑をおかけました。おこがましいことですがと達彦。彼女の作品を先生に代わりに弾いてほしい。ラジオで放送してほしい。先生に楽譜を渡す。病室で書いた作品もあります。手前勝手なことばかり申し訳ありません。西園寺はちょっと何か考え込みながら少し歩いて、達彦に言う。君が弾いてください。ずっと弾いていませんと達彦が断ると、だったらもう一度練習をすればいい。君ならできますよと西園寺。

病室。輝一の写真が飾ってある。野木山と仙吉が見舞いに来ている。桜子はお椀を受けとり、それを飲む。おいしいと桜子。おいしいですか。うちでできる中で八丁味噌に近い味ですと仙吉。みんな女将さんの帰りを待っていますと野木山。あいたいね、輝一が立って歩けるようになるまでにはと桜子。首もしっかりすわってもうすぐ歩きますよと身振りを交えて野木山が明るく説明する。抱っこしたい。はいはいしているとこが見たいと桜子。みられますわじきにと野木山。元気になっておくれましょうと仙吉。

有森家。みんな集まっている。その中には輝一もいる。ラジオ放送で僕が弾きますと達彦。素晴らしいじゃないですかと浩樹。私たちも何かしたいね。桜子は最近、輝一っちゃんのはなしばかり、口癖のように言っている。このままだと桜ちゃんと心配そうに杏子。

病室で、桜子と杏子。桜子の髪を整えている。女学校の頃こんなふうに髪を結ったねと杏子。おさげがようにあっとった。走ると肩でぴょんぴょん跳ねて可愛かったね。私が河原の家でひどい目にあっていて桜子が迎えに来てくれたとき、手をつないで走ったこと覚えてる。桜子の背中を見つめて心強かった。私は姉ちゃんの手が温かかったことを覚えていると桜子。おばさんが病気ということにしたけど、あれはバレとったよねと二人笑う。私は桜ちゃんに助けられてばっかりだわ。だのにごめんね。どうしてと桜子。人の病気を治すのが仕事なのに気付かんで。勤務中もどうして桜ちゃんのそばにおってやれないのだろうと気になっている。いいよ杏姉ちゃんと桜子。こうして寝とると、みんなのこと近くに感じる。笛姉ちゃん、杏姉ちゃん、冬吾さん、磯おばちゃん、勇ちゃんも。今頃ご飯を食べている。輝一をあやしとる。笑っている。そんなこと思い浮かべると温かい気持ちになって、さびしくともなんともないと桜子。杏子が泣きながら聞いている。二人額を寄せ合う。

夏の終わりがやってきた。笛子、杏子、勇太郎が病室にやってくる。みんな勢揃いでと桜子。贈り物があると笛子。すると冬吾がラジオを抱えて入ってくる。贈り物はラジオではないと冬吾。

ラジオのスタジオ。ピアノがある。西園寺先生が達彦に声をかける。音楽とは人生に似ていますね。時のまにまに流れ、うたかたのように消えていく。すると、僕は諦めていませんと達彦。彼女がまた弾けるようになる日が来るその日のために今日があると。

病室で勇太郎がスイッチを入れる。桜子はベッドで体を起こしている。笛子たちは横に立って笑顔で桜子のほうを見ている。ラジオからアナウンサーの声。音楽の時間です。新進の女流作曲家松井桜子さんの曲。演奏は松井達彦さんです。ラジオから「まだ見ぬ子へ」の曲が流れてくる。桜子は涙を流しながらも、しっかりと聞いている。病室ではみんなもラジオ見つめている。流れる音楽の中に桜子の人生がありました。桜子の愛しい人生を、その瞬間瞬間を、ラジオの向こうの人たちと分かち合っていました。とナレーション。有森家では輝一と子どもたちが浩樹と一緒に聞いている。山長では野木山や仙吉たちが。喫茶マルセイユではヒロ。桜子は決して一人ではありませんでしたとナレーション。

桜子の病室。達彦が入ってくる。お帰りと桜子。ただいまと達彦。達彦座る。桜子は横になったまま。ありがとう達彦さん。達彦さんと出会えて、達彦さんの奥さんになれてほんとによかった。達彦さんのピアノを聞きながら、いろんなこと思い出した。小さな頃遊んどって味噌桶に落ちたこと。マロニエ荘で一緒にピアノを弾いたこと。あの頃は毎日けんかばかりしとった。すると、昔のことばかりいわんでくれと達彦。おまえよくなるんだろう。輝一の面倒みるんだろう。おむつをかえるおかゆ作ったりの大変なんだぞ、おまえがおってくれんと。達彦は桜子の手をしっかりと両手で握りしめながら、おまえ輝一の母親になるんだろう。まだ抱っこもしとらんだろう。ほだねと桜子。私、きいっちゃんのお母さんにならんとね。

つづく


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純情きらり あと一話

ああ、終わってしまう。
こんなに展開を楽しめた朝ドラはあっただろうか。
まだ最終回が残っているんだけど、こんなおもしろい朝ドラが見られて幸せな半年間だった。
今まさに不治の病でヒロインが死んでしまうかもしれないときに、おもしろいという評価は不謹慎かもしれない。
でも、やっぱりこの半年間、泣いたり笑ったり、楽しい、いいドラマをありがとう。

今週の内容メモ
純情きらり(151)
純情きらり(152)
純情きらり(153)
純情きらり(154)
純情きらり(155)

今日の達彦のピアノ演奏を聞いていて確信が持てた。桜子は死なない。
明日の内容に何か問題があるとすれば、それを十五分に収めきれるかどうかということだけだろう。

絶望なんかしちゃいけない。諦めずに、達彦たちと一緒に微塵の揺らぎもなく桜子の快復を祈って最終回の放送を待とう。
そういう姿勢で最終回を見ることこそ、ここまで楽しませてもらえたドラマの見方だろう。

※最終回の前日、桜子が死ぬだろうことがたえられたくて、根拠もないのに希望的な内容で投稿しました。この記事を読んでから最終回を見てしまうと、僕のように奇跡を待ちながら見てしまって、内容が頭に入らないかもしれないなと思い、しばらく内容消してました。


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2006年09月30日

純情きらり(156) 最終回

<内容>

有森家。輝一がマリで遊んでいる。それを勇太郎が8ミリカメラを持って寝そべって輝一の視線で写している。子どもも大人もみんなが囲んであやしている。よしと、勇太郎がカメラを収める。ちゃんと撮れたかと磯。あとは映写機を借りてきて映すだけだ。すると突然笛子がみんなから離れて、つわり。もしかしたらと杏子。またできたかと磯。そうなんだよ冬吾、よりによってこんな時に、できるときはできるんだねと笛子。まるで桜ちゃんが授けてくれたみたいだと冬吾。

病室。やつれた桜子。今日は冬吾の絵を持ってきたよと、笛子が絵を壁に立てかける。絵は展覧会に飾ってあった桜子をモデルにした絵。ありがとうと桜子。しっとる。あたしずっと昔からあんたにやきもちやいとった。あたしあんたのことがうらやましかった。自分に嘘をつかず、ほしいもの、やりたいことにまっすぐ向かっていくあんたがうらやましかったんだ。ほいでもいつのまにかあんたに助けられとった。冬吾と一緒になるときも、ピアノを売ってまで支えようとした。冬吾が死にそうになったときもなんだかあんたが生かしてくれたと思える。笛子が桜子の手を握って、ほいだから桜子。笛子感情を抑えきれなくなる。あんたがおらんようになったらお姉ちゃん困るよ。どうしたらいいか分からんよ。笛子がそう言うと、桜子が、大丈夫だよと優しく言う。笛姉ちゃんには冬吾さんがいるじゃない。カズちゃんとトオルちゃんとそれからもう一人の赤ちゃんも。笛子が赤ちゃんのことを言われて驚く。そして微笑みながら、おめでとうと桜子。笛子は桜子の手を頬に寄せ感謝する。

病室の入り口近くにかけられた冬吾の絵のアップ。入り口から達彦が入ってくる。笛姉ちゃんにきいたけど、達彦さんの顔を見ると輝一っちゃんえらくいい顔で笑うんだってと桜子が弱々しいけれど、甘えたうらやましそうな声で語りかける。父親はわかるんだと達彦。得意そうな顔しちゃってと桜子。すぐ寝るんだぞ子守歌を歌うと達彦が自慢げに言う。私にも聞かせて、輝一には歌ってあげたんでしょと、桜子が弱々しいけど甘えた声でねだる。わかったよとどことなくうれしそうに達彦。「眠れよい子よ、庭や牧場に、鳥も羊も、みんな眠れば...」。思い浮かべるように桜子は歌を聴いてるが、突然が苦しみ出す。

病室の廊下に有森家のみんなが走って飛び出す。病室の戸の前でいったん止まって、それから入る。まあびっくりした。達彦さんが慌てふためいて連絡してくるから、気が気でなくてと笛子。急に高熱が出てと達彦。いまはおさまって。こんなふうにみんなが集まってくるなんて病気も悪くないねと桜子が弱々しけど楽しげに言う。どれだけ心配したと思っているのと笛子、泣き出してしまう。すると冬吾さんハンケチ持っていないのと桜子。そんくらいもっとらんと笛子姉ちゃんの涙がいつでも拭けるようにと。杏姉ちゃんと声をかける。何桜ちゃんと杏子。後ろには浩樹の顔。幸せになってね、これからもいろんな人を幸せにしてあげて。桜子が続けて勇太郎に声をかけると、俺は笛姉ちゃんと杏姉ちゃん二人を助けていくで心配するなと頼もしいことを言って、桜子を安心させる。次に桜子が磯に声をかけると、わかっとる何もいわんでいい、叔母さんにまかしときと磯。そして達彦さんと桜子が言うと、もういいよ、何もしゃべるなよと達彦。今言わんと言えん気がするでと桜子が遮る。君が音楽を忘れない限りと桜子が言うと、それに続けて達彦が言う。僕は君の中に生き続ける。そして桜子が言う。私は音楽の中に生き続ける。達彦さんと輝一と一緒に。輝一に言って、さみしくなったらピアノを弾いてみりんて。あのノートを渡してあげてと桜子。達彦がノートを出し、これだろう。輝一が大きくなったらおまえが渡すんだろうと達彦が言い聞かせる。笛子と冬吾順番に悲しんでいる表情が映る。達彦さん、ちっともさみしくないよ、私は音楽の中におるからと桜子。天を見上げて、輝一ちゃん。一遍でいいから輝一のこと抱きたかったなととても弱々しい声で桜子がささやく。

桜子の急変に気づき、笛子が桜子と叫ぶ。目を閉じてしまう桜子。映写機で見せてやってと笛子。勇太郎が急いで準備をする。冬吾がカーテンを閉める。桜子起きて、まだ寝たらいかん。あんたの赤ちゃんだよと笛子。暗くなった部屋に赤ん坊の白黒の8ミリの映像が映しだされる。桜子は目を開き、映像に気付き、輝一っちゃん、輝一っちゃんと消えるような声で繰り返す。みんなの悲しい顔。冬吾だけは硬い表情。輝一が無邪気にカメラに近づいて、画面一杯になる。もう消え去ろうとする意識の中で、その姿に桜子が手を伸ばす。まるで輝一の頬をなでるように手を動かす。

画面がいったん暗くなり、輝一の映像とともに、桜子の語りが始まる。テーマ曲が流れている。

輝一っちゃん元気ですか。
ひもじい思いはしていませんか。お父さん、おばさん、おじさん、あなたの周りの人たちも元気ですか。
お母さんはあなたを抱いて育てることはできません。
そして、あなたが物心つく頃にはきっとこの世界からいなくなっていることでしょう。
お母さんの人生は、人から見れば、あっけなくて、つまらない、さびしいものにうつるかもしれません。
あんたもそう思うかもしれんね。
ほいでもね。ちがうんだよ。
お母さんは十分に生きた。十分に輝いた。
お母さんの人生には素敵なことが山のようにあった。
その中でも一番素敵なことは、あなたのお父さんに出会えたこと、そしてあなたに出会えたことです。
意味のない人生なんてない。
輝きのない人生なんてない。
さみしいときはピアノを弾いてごらん。
輝一っちゃん、お母さんはそこにおる。
ほら、お母さんはあなたのそばにおるよ。


この桜子の語りの間の映像。
有森家。輝一が縁側に腰掛けている達彦の膝の上にいる。それをみんなが囲んでいる。冬吾がその輝一の姿をデッサンしている。その後ろから見ている笛子と笑顔で話をしている。

山長。達彦が山長に輝一を抱えて入る。キヨシも来ていて輝一を取り囲む、仙吉さんが味噌をなめさせている。
カフェマルセイユ。達彦が輝一を抱えてピアノの前に座っている。抱えられた輝一が鍵盤をたたいている。マスターヒロが輝一を抱えて、鍵盤の上を歩かせているふうに動かしている。

スタジオ。西園寺と秋山が、桜子のまだ見ぬ子への曲を二人で演奏している。

有森家。ピアノの部屋。達彦がピアノを弾いている。トオルがハモニカ。女の子たちが歌を歌っている。それをみんな座っている聴いている。笛子が輝一を抱えている。輝一は行儀よく音楽を聴いている。

並んでいる写真が映しだされる。父と母が並んでいる写真。母マサのピアノを弾いている写真。出生前の仮初めの達彦と桜子の結婚式の写真。ドレスを着たかねと桜子の写真。達彦を抱えた輝一の写真。


映像の途中、元気な姿の桜子が普段来ていた桜色の着物を着て現れる。暗い部屋で語りの間に流れる映像を見ている。そんな影が顔に映っている。とても幸せそうに光のほうを見つめている。
そして語りの部分が終わりのほうに来ると、黒い背景からぱっと明るい背景になって、輝くような桜子の笑顔のアップ。そして完の文字。

一番最後。音符が一つのアニメーション。オープニングのタイトルバックでは、有森家の四きょうだいに見立てた音符が春夏秋冬の自然の中を通り過ぎていくというアニメーションが流れている。その一つの桜子を表している二分音符が一つだけで現れ、天からの光の中に消えていく。

完。

※最終回の今日はダメージが大きすぎで、なかなか書く気になれなかった。
※せっかくだからビデオを見直して詳しく書いた。前半のセリフはいつものように端折ってる。
※書きたいことはいっぱいあるけれど、とりあえず内容のみ。


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2006年10月01日

純情きらり 最終週 感想1

最終週「いのち、輝いて」を見て

終わってしまった。祈りは虚しく、桜子は死んでしまった。
この欠落感は予想してはいたけれど、苦しくてたまらない。
こういう悲しみに陥ることは目に見えていたから、そんな結末があるわけないと、前日あんなふうに根拠もないのに願望を書いてしまったわけだけど。かえってああいう希望を持ってしまったために最終回の結末にショックも大きかった。あの投稿読んだ人にも変な希望を抱かせてしまったかもしれないので、申し訳ないことをしてしまった。

夜八時まで仕事で帰れないので投稿はそれ以降になる予定だった。でも急に仕事がキャンセルになって、ゆっくり家で過ごすことができた。だからもっと早く「内容」の投稿をすることができたのだけど、なかなかキーボードを叩けなかった。最終週はずっとドラマの内容振り返るのが苦痛だったけれど、特に今日の最終回はもう自分でも書けないのではないかと思うくらいダメージを受けてしまった。淡々と自分のとったメモをまとめてあらすじを書いていくだけのことなんだけど、書いてしまうといろんな場面が深く心によみがえってきてしまうから、ずっと思い返すことを先延ばしにしてしまった。


内容を淡々と書くのも、実は感想をまとめて書くための準備で、自分の中ではこちらがメイン。

まず冬吾の川への転落のこと。NHKサイトの番組表では詳細という部分にその日の内容が割と詳しく書いてある。今週になってそのことに気付いた。最終回をむかえたというわけで、それをのぞいてみると、あることに気付いた。展覧会に現れた冬吾が死にかけたときのことを話す場面で「子どものところへ帰れという声を聞いたと話す」とある。これって違いますよね。冬吾は家族の顔が浮かんできたとしか言わなかった。これは脚本の段階では、冬吾の脳裏に桜子が念じた声が届いていたとはっきりわかる話だったのが、撮影や編集の段階で実際の放送のものに変更になったと考えればいいのだろうか。
連続テレビ小説 純情きらり(154)「いのち、輝いて」 - NHK番組表

桜子の夢の中に冬吾の霊が現れたのだから、展覧会に行ったとき桜子がちゃんと知っていますよというような表情で冬吾の顔を見ていても不思議ではない。冬吾自身が桜子の言葉の記憶があって、それを笛子に言ったらまずいと思って何も言わないだけなのかもしれないけど。この放送された方の、家族の顔が見えたという話が、桜子が影ながら支えてくれた感じで、冬吾と笛子夫婦円満でよい。展覧会ではそこまで説明しなかったけど、意識が戻ってきたときは笛子の呼ぶ声がうるさくてあの世から帰ってきたと言っていたから。

それにしても冬吾はしぶといな。東京大空襲も岡崎空襲も体験しながら、そして今回の川への転落。橋の上に来る前に、ヤスジに逃げる場所があっていいなと言ったように、冬吾の逃避する心が転落を引き落とした描写になっている。冬吾はいつだってそう。周りのみんなには心に届く鋭い言葉で大切なことを伝えたりするのに、自分自身はいつでもどこか逃げ場所を探している。東京大空襲のあと瓦礫の下敷きになったときもそう。岡崎の空襲の時も死んで楽になろうとしている。冬吾の川への転落エピソードはあわただしい最終週に必要なことなのだろうかと思ったが、でもやっぱり必要だと思う。最後の週に今までにない本当の死に直面する場面を用意して、そういう逃げてばかりいる冬吾に家族を捨てずに逃げないでと桜子に言わせて、冬吾自身の家族への捨てきれない気持ちを自覚させるというのは、冬吾という男に対して真っ当な決着の付け方だとに思える。「純情きらり 第22週」の感想で指摘したように、この物語にとって冬吾は影の主役と考えてもいい存在だから、この話は必要なことだと思う。

杏子の夢のこと。杏子が、達彦が帰還した日の回(第135話)に言った三つの夢は、最終回に残り二つが現実になってしまった。杏子が笛子に言ったものは、桜子が亡き母のもとに行くこと。達彦が帰ってくること。そして笛子にお下げ髪の女の子が産まれること。まだその女の子の姿は見られずに物語は終わったのだけれど、この物語では、お下げ女の子とは女学校時代の桜子を表す記号だから、笛子が宿した子どもが、桜子のような可愛いお下げの女の子になるということで少しこの物語に救いを感じることができる。この一つの夢がこのドラマにとって唯一未来に言及するもの。達彦の生還の夢と、桜子が死ぬだろうことが当たったから、そして笛子が妊娠したから、誰もこの笛子の子どもが将来お下げの女の子になるという夢もきっと当たるだろうと思ってしまう。それは結局は当たるか当たらないか分からないことだけれど、その明るい未来を思い描いて最終回を迎えることができる。杏子が夢を見ちゃったんだから仕方がない。誰だって変な夢見るでしょう。ドラマに希望を持たせるにはとても都合のいい夢であるけど。


長くなりそうなので、次の投稿に続く。


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純情きらり 最終週 感想2

桜子の一生。桜子が死ぬことは、9月の始めに原案の「火の山−山猿記」を90ページまで読んでしまい、そのときあっさり出てきた一行で知ってしまった。もちろん原案がそうだからと言ってその筋書きを踏襲しなければならないというわけでもないけれど、十中八九これを変えることはできないだろう。そこを変えたら、それまでの全ての物語の構築を台無しにしてしまうだろうから、難しいことだろう。(最終回を過ぎたからこういう言い方がはっきりできるのだけどw)。桜子の人生は、彼女の最後の語りにもあるように、何もないようにみえる。何もかも中途半端になってしまっている。悲しいくらいに何もできなかった。編曲した曲がラジオで流れたこと。進駐軍でのたった一度の演奏会。そして病床で達彦の弾く自分の曲をラジオから聴けたこと。あんなに頑張ったのに、そうして十分な才能を手に入れたというのに、生きている間、その才能に見合うとは言い難い、たったそれだけの舞台しか手に入れることしかできなかった。婚約者の斉藤とは、斉藤の実家の破産のために、結婚することができなかった。女学校時代から音楽学校に合格するために勉強を続けるが、やっと合格できても経済的な理由でそれを諦めなくてはならなかった。達彦と恋に落ちるが、達彦の出征で結婚することができなかった。味噌屋の若女将となるが、店のみんなとの間に確かな信頼を得たというのに、出て行かざるを得なくなった。代用教員になるが本来の教員が戦場から復員してくるために続けられなくなった。ジャズバンドに参加することになるが、達彦が帰ってきたために達彦と味噌屋にはいることを選択し、一度限りで終わりにした。そして達彦と結婚できたがわずか二年後に結核で死んでしまう。自分の曲を発表するための準備をしてきたのに結核で倒れたために実現できなかった。最後に自分の寿命と引き替えに産んだ輝一にも触れることもできずに死んでしまった。朝ドラではあり得ないほどに目的を自分では何も達成できなかったヒロインになる。

だからといって桜子に全く何もなかったわけではない。父と母との大切な思い出である音楽をいつまでも忘れずに生き続けた。それは自分一人の力だけでなく、もちろん父や母には支えられていたし、数多くの人に支えられたこの夢を、桜子はひたむきに音楽への気持ちを持ち続けた。決して平坦ではなかった。恋のために手に着かないこともあった。婚約者のために捨てようとも思った。大切な人の生存を信じられなくなり音楽を見向きもできないときもあった。それでも何度となく訪れたそのような苦難があっても、桜子は音楽を忘れずに生き続けた。そしてそのことが彼女自身を輝かせ続けた。周りの人々の人生も明るく変えていった。音楽への希望を失ってしまった秋山の心を目覚めさせ、それがのちにジャズバンドでの一度だけではあったけれど晴れ舞台につながった。戦場で心を病んだ達彦の心を、最後の最後で開くことができたのもその桜子のピアノであった。代用教員時代に出会った戦争で心の傷ついた子どもたちに希望を与えることができた。目の見なくなる運命を背負った甥のトオルに、音楽という素晴らしい未来を贈ることができた。そして闘病中、その子たちに逆に元気づけられた。ひたむきな音楽への情熱、そして周りの人を思う心が曲作りの才能も開花させる。達彦が弾くピアノの放送を聴いてくれた人たちと、音楽を通し、自分の人生を分かち合うことができた。桜子自身が最後に言うように、音楽と共に生きることで、素晴らしいことが山のようにあった人生だった。そして最後の桜子の輝く微笑み。これがそのことを全て象徴している。桜子は死んでしまった。けれど音楽を愛し続けた桜子は、人々の心の中にあの輝く微笑みのまま生き続ける。あのテーマ曲を聴く度に、ドラマを見ていた自分も、主人公が死んでしまった物語だというのに、あの最後の笑顔を思い出し続ける。桜子は音楽の中に生き続けている。

最終回では竹下景子のナレーションが無かった。オープニングのクレジットで竹下景子は「語り」の肩書きではなく写真の中で登場する母マサとしてだけ紹介されている。それは最終回で桜子が我が子を見守る立場になったことを表しているのだと思う。そして輝一への心のこもった母としての桜子の語りが、このように毎回このドラマを通して語りをしてくれたマサの気持ちに変わるくらい同じものだと示すことで、この物語全体がその愛情で包まれていることを一層わかりやすく伝えてくれている。桜子は今を生きている私たちの母であり祖母であり、そのような自分の夢を実現できなかったけれどひたむきに生きてきた女性たちが産み落としてくれたからこそ、今の私たちがここにいる。輝一への言葉はそのまま私たちへの言葉であって、そう思って聞き直せば、最後の桜子の優しい微笑みは、より心に迫って感じられる。もちろん桜子は、過去を生きた女性ではあるのだけれど、今これを見ていた女性たちでもあり、これから産まれてくる女性たちでもある。それは笛子が宿したきっとおさげの女の子になる子どもが象徴してくれている。

素晴らしいドラマをありがとう。

あと1回ぐらい感想は続く。


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2006年10月02日

純情きらり 最終週 感想3

書き残したことをいくつか。
もっと書こうと思ったが、もう冬吾のことも桜子のことも恥ずかしいくらいに思う存分書いたので、これだけにする。このドラマは十分堪能させてもらった。

前から気になっていたのだけど、達彦が汽車に乗って出征していくとき、あの「音楽を忘れるな」のセリフの時の二人の別れのナレーションを改めて聞き直してみた。すると竹下景子の声で「これが二人の別れでした。」と短い言葉しか言っていなかった。別れの場面にしては、あっさりしすぎた語りだった。画面からの印象だと、今生の別れとか、最後の姿とか、そういう言葉を使っているような感じもするのに、戻ってくることをちゃんと計算しての、ナレーションする必要もないほどそのままの言葉だった。
対照的に、斉藤先生との別れのときのナレーションは「これが岡崎で斉藤先生の姿を見た最後でした。」と言っていた。これは岡崎以外での出会いの可能性もなくはないけれど、再び出会うことは当初は予定していなかったという感じの言葉だ。斉藤先生役をしている「劇団ひとり」が意外に好評だったために、第25週になっての山長での出会いが実現したのだろうか。ナレーションは嘘をついてはいけないけれど、斉藤先生ならば許せる。

ご都合主義なところもいくつか気がついたけれど、ドキュメンタリーではなくドラマなのだから、いいんじゃないかなと思う。例えば8ミリは、写真の現像よりも手間がかかるし、地方には設備があるところも多くないはずだから急いで頼みに行かないといけないと思うのだけれど、「映写機借りるだけ」という勇太郎のセリフはまるでそれがビデオカメラみたいな手軽にできてしまう印象を与えてしまう。妊婦の笛子が結核患者を看病して大丈夫なのかとかも。でもそんなとこをこだわりだしたら、ドラマなんて作れなくなるだろう。あまりにひどい脚本や、演出、役者の下手っぷりで感情移入が困難だったら、あら探しに徹するかもしれないが。このドラマはそうではなかった。

それからあのラジオ放送、松井達彦のピアノによる新進の作曲家「松井桜子」の評価はどうなったのか、ほんの少し気になる。桜子の語りのときのラジオスタジオでの西園寺先生と秋山さんの演奏が、それを表しているという解釈でいいのかな。反響があったので、ゆかりの二人による演奏が企画された。周囲の人だけでなく、日本中の人の心において、音楽の中で生き続ける桜子。
そして「まだ見ぬ子へ 楽譜」というキーワードでこのブログにたどり着く人もいるようなので、その情報。純情きらりの楽譜はヤマハで扱っている。そしてそこではテーマ曲の名前は「きらり」となっている。今後、名前が付け替えられて楽譜が出てくるか分からない。以下そのヤマハのサイト内の解説。実際取り寄せてみて楽譜を調べたわけではないが、「まだ見ぬ子へ」=「きらり」でいいと思う。

ピアノソロ NHK連続テレビ小説「純情きらり」

ピアノミニアルバム きらり/埴生の宿/セントルイス・ブルース/ほのか (ソロ)

インターネット楽譜サイトなんてものがあったんですね。音楽しないから知らなかった。(追記)
ぷりんと楽譜 - YAMAHA


最終回を迎えたので、やっと原案本「火の山-山猿記」の読書を再開した。まず兄弟の人数が違うのだけど、中断したところに出ていた、笛子、杏子、勇太郎は、もっと年をとった頃の場面なのだけれど、どうしてもテレビのイメージで読んでいってしまう。ずっと話が進んで、桜子や冬吾が出てくるときもあのイメージで読んでしまうんだろうな。読み終わったら、何かここに書くかもしれない。僕は読むのはとても遅いのでいつになるか分からない。

純情きらりのホームページは新番組の開始のため移転。いつものところを開いたら、藤山直美が出迎えてくれました。朝ドラは陽気な大阪が作っているほうが実は好きなので楽しみにはしてる。こちらも朝ドラの常識をくつがえすヒロインの登場!子ども時代もなかなかいい雰囲気!じいちゃん役の岸部一徳もいい!
ただここにはこんなふうに書いてはいかないと思う。それと、他のドラマでも、こんなふうに通して書くときは別に専用ブログを作ろう。

連続テレビ小説 純情きらり - NHK公式 (移転先)

連続テレビ小説 芋たこなんきん - NHK公式


posted by takayan at 08:47 | Comment(1) | TrackBack(0) | 純情きらり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

純情きらり 記事一覧

さて、だいたい心の整理もついたので、ここに投稿した「純情きらり」関連記事のリスト。


◆第13週「私には今しかない」
(06/30)純情きらり 第13週

◆第15週 「別れのコンチェルト」
(07/14)純情きらり(89) .... (内容を書いていない投稿でした)

◆第20週「来ぬ春を待ちわびて」
(08/20)純情きらり 第20週

◆第21週「生きる歓び」
(08/26)純情きらり 第21週

◆第22週「さよならを越えて」
(08/31)純情きらり(130)
(09/03)純情きらり 第22週

◆資料
(09/05)村山槐多「いのり」

◆第23週「思いがけない帰還」
(09/06)純情きらり(135) 達彦生還
(09/07)純情きらり(136)
(09/08)純情きらり(137)
(09/09)純情きらり(138)
(09/10)純情きらり 第23週

◆目的
(09/12)最近の純情きらりについての投稿について

◆第24週「あなたがここにいる限り」
(09/11)純情きらり(139)
(09/12)純情きらり(140)
(09/13)純情きらり(141)
(09/14)純情きらり(142)
(09/15)純情きらり(143)
(09/16)純情きらり(144)
(09/17)純情きらり 第24週

◆第25週「夢にみた演奏会」
(09/18)純情きらり(145)
(09/19)純情きらり(146)
(09/20)純情きらり(147)
(09/21)純情きらり(148)
(09/22)純情きらり(149)
(09/23)純情きらり(150)
(09/24)純情きらり 斉藤先生のこと
(09/25)純情きらり 第25週

◆第26週「いのち、輝いて」 最終週
(09/25)純情きらり(151)
(09/26)純情きらり(152)
(09/27)純情きらり(153)
(09/28)純情きらり(154)
(09/28)純情きらり 残り二話
(09/29)純情きらり(155)
(09/29)純情きらり あと一話
(09/30)純情きらり(156) 最終回
(10/01)純情きらり 最終週 感想1
(10/01)純情きらり 最終週 感想2
(10/02)純情きらり 最終週 感想3


posted by takayan at 20:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 純情きらり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

純情きらりスペシャル

なんてことだ、12月9日(土)のスペシャルを今頃気付いた。でもNHKのチャンネルは割とつけている方なのに告知一度も見なかったんだ。それにこの頃は風邪がひどくて寝込んでいたからそれどころじゃなかったんだけど、それにしても残念だ。

「“純情きらり” 感動をもう一度」
12月9日(土)午後3時5分〜3時48分


気を取り直して。
年末といえば朝ドラの総集編!
例にもれず今年は『純情きらり』も総集編がある。でも気をつけないといけない。総合と衛星では内容が違う!

総合テレビでは、2時間のスペシャル。
■純情きらりスペシャル 〜桜子と達彦、愛の奇跡〜
NHK総合12月16日 午後9時〜11時

BS2では、全4回の総集編。
■純情きらり・総集編<4回>
BS2 12月25日(月)〜28日(木) 午前8時30分〜9時15分

ソース(情報源)
連続テレビ小説「純情きらり」番組最新情報
NHK名古屋放送局|番組ガイド|その他の名古屋局制作番組

最近、映画版『大奥』見に行くべきか真剣に悩み出したwきっと行かないけど。
『大奥〜華の乱〜』も楽しんで見てたんだけど、『純情きらり』見ていなかったらたぶん見に行こうとも思わなかった。


posted by takayan at 21:34 | Comment(2) | TrackBack(0) | 純情きらり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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