2007年06月08日

黙示録写本

ヨハネの黙示録の場面を描いた作品がヨーロッパの人々に現在のドラゴンのイメージを広めたのではないかということを以前書いたが、昨日、ヨハネの黙示録に記述された世界を広めた人物としてベアトゥスBeatusの存在を知った。

ベアトゥスは8世紀の北部スペインの修道僧、神学者で、776年に黙示録の注釈を書いたことで有名な人。この人が書いたものを元にしたとされる写本が現在も30以上伝わっている。その写本のほとんどには黙示録の場面を描写する美しい挿絵が入っている。

ベアトゥスを知ったのはこの本:
西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編 - amazon.co.jp

ベアトゥスに関する資料としては、英語だがWikipedia(en)のBeatus of Liébanaがある。日本語ではWikipediaに記事はないが、中世ヨーロッパ彩飾写本図鑑さんの「ベアトゥスの黙示録注解 その1」「ベアトゥスの黙示録注解 その2」に、ベアトゥスの生涯とベアトゥスが注釈した黙示録の分かりやすいまとめがある。

以前紹介したドラゴンの絵を集めたサイト「Dragons in Art and on the Web」に、中世ヨーロッパ彩飾写本図鑑で紹介されている物と似たような絵をいくつもみつけたが、あれがベアトゥス写本というものだったのか。ここで紹介されているベアトゥス写本では黙示録12章のドラゴンには翼が描かれていない。ここを基点にデューラーに至るまでドラゴンに如何にして翼が描かれ出したかを調べていけばいいのだろうか。

そう思って、いろいろ探していると、アリゾナ大学図書館の蔵書紹介サイトに、次のページを見つけた。このサイトの9世紀から10世紀の写本の列に、Trierer Apokalypseがある。そのページの写真をクリックすると翼の生えた蛇の絵が出てくる。足が無く蛇に近い姿で、鳥のような羽が生えている。左側に書かれている言葉をよく見るとちゃんと、"et postquam vidit draco quod proiectus est in terram persecutus est mulierem quae peperit masculum..."と読めるので、ラテン語聖書のヨハネの黙示録12章13節以降だとわかる。つまり、この絵は大地が竜の吐きだした川を飲み干している16節の場面である。これは「トリーア本」と呼ばれる写本らしい。

さて、「Trierer Apokalypse」で調べてみると、次のページを見つけた。Die Trierer Apokalypse(ORF)。ドイツ語なのでよく分からないが、ここにはこの写本の他のページも掲載されている。日本語では上智大学貴重資料Databaseサイト内にあるこのページには、800年代に製作されたように記述されている。先のドイツ語のページの冒頭だけを訳して読んでみると、これはカロリング朝の黙示録写本に分類されるようだ。

まだ確証はないが、カロリング朝ではドラゴンに鳥の翼を描く傾向があるのではないかと思う。前回の「ドラゴンの翼」で指摘した鳥の翼をつけたドラゴンもこのカロリング朝の形式で描かれているということではないかと思う。


■資料

ベアトゥス黙示録註解― ファクンドゥス写本 ― - 岩波書店
安い方の『ベアトゥス黙示録註解』の書店の紹介ページ。残念ながら在庫切れで古本でしか手にできない。もう一つ「アローヨ写本」版の『ベアトゥス黙示録註解』も日本で手に入るが、個人で買う本ではないだろう。

サン・スヴェールの黙示録 - 清泉女子大学図書館
清泉女子大学図書館の蔵書案内より。サン・スヴェールの綴りは、Saint Sever。この単語の画像検索で、アリゾナ大学図書館を見つけた。

初期中世の黙示録写本挿絵サイクルにおける挿絵とテキストの配列関係 - 大阪大学文学部・大阪大学大学院文学研究科
PDF文書。カロリング朝の写本について書いてある。

ジローナのベアトゥス黙示録注釈書の挿絵をめぐる諸問題 - 金沢美術工芸大学卒業論文
黙示録の挿絵について、いろいろ難しいことが書いてある。ベアトゥス写本にカロリング朝の写本の影響があるのかどうかを論じている。

Die Trierer Apokalypse - 紀伊國屋書店
トリーア本。

第131回常設展示 記録の中の「幻獣」たち - 国立国会図書館
ベアトゥスで検索していると、このページを見つけた。ドラゴンなど幻獣の出てくる様々な本の紹介がある。




2007年06月10日

クラブとクローバー

家に帰って7時からの「IQサプリ」を見てたら、伊東美咲がトランプのクラブをクローバーと呼んでいた。このセリフ、このブログでカルタのこと調べてる僕にはちょっと聞き流せない。彼女は台本を読んだだけだから、伊東美咲を批判するつもりはない。いや結論からいくと、相手が伊東美咲だからというわけではないが、僕は許してしまうのだけれど、ちょっと書こう。

まず、トランプのあのクラブはクラブであって、クローバーではない。両方英語からの外来語であるけれど、綴りは、クラブはclub、クローバーはclover。音の響きから日本人には関連のある単語に聞こえるかもしれないが、全く関連の無い単語。

英語のclubの元々の意味は「棍棒」。どうしてあの形が棍棒なのか。それはフランス北部であのシンプルな形を描いたトランプが発明されイギリスに輸入される以前、イギリスでは実際に棍棒が描かれたトランプを使っていたらしいから。フランスからのトランプのマークの形が今まで使っていた棍棒と違う形でも、そしてそれと同じようなデザインで自分たちで作るようになっても、イギリスではそのまま同じ名前で呼び続けているというわけ。

トランプの歴史は、フランスやイギリスよりも、イタリアやスペインの方がはやく、そしてそのイタリアやスペインへは14世紀にエジプトのイスラム教国から伝わったという説が有力とされている。このときイスラムのカードに描かれたポロのスティックが、当時のヨーロッパ人にはただの木の棒にみえてしまった。そしてそれは棍棒になった。今もスペインには棍棒が描かれているカードがある。南ヨーロッパ形式のこの種のカードが、フランスからよりも先にイギリスに伝わって、その形を見たまんまのclubと呼んで定着したということだろう。

そういう経緯はあったとしても、やっぱり普段見るあのクラブの形はどう見ても三つの葉っぱのクローバーに見える。だから、クローバーと呼んでもいいんじゃないか!そう見えるんだからしょうがないじゃない。そう考える人には都合のいい事実がある。実際、フランス語ではあのクラブはtrèflesと呼ばれている。そう、まさに三つ葉、クローバーという意味の言葉で呼ばれている。

だから、日本人がそう呼んだって構わない。このマークの形は15世紀の後半にフランス人が考えたと言われているのだから、その国の人たちが呼んでいる言葉の意味で日本人がクローバーと読むのを間違いだと批難できるだろうか。(ただフランス人がクローバーを模して、あの三つ葉のシルエットを作ったわけではないらしく、おそらくドイツで使われているドングリのマークからだと言われている。トランプの歴史は奥が深い。今いろいろ調べている。)

そういうわけで、クラブのあのマークをクローバーと呼ぶのは間違いだとはいいきれないけど、でもあまりおすすめはしない。トランプの用語は英語だから、それでちゃんとclubとなっているカードだから、あくまでもクローバーは俗語扱いになる。クローバーよりも抽象的な「三つ葉」と呼んだ方がいくらかましだけど、でも、やっぱりクローバーと呼びたいんであれば、あれは英語ではclub、ついでにフランス語ではtrèflesだということを頭の片隅に入れておいてください。

スペインの棍棒ソータ
現行のスペインのカード(私物)


■関連資料

Playing card・・・Wikipedia(en) 英語
トランプの歴史について詳しくまとめてある。

Carte à jouer・・・Wikipedia(fr) 仏語
ヨーロッパ各国での呼び方の表がある。クラブにおいて英語が形と原義が一致しておらず例外的だと分かるが、他の各国も様々だと分かる。ちなみに、同じ項目のスペイン語版Wikipediaだとスペイン語ではフランス・イギリス式のクラブを、tréboles と呼ぶとある。

カルタ―PLAYING CARD ・・・ Amazon.co.jp
以前紹介したこの本には復元されたマムルークカード(イスラム世界トルコの15世紀のカード)の写真など、トランプの歴史をうかがえるものがある。


■当ブログの関連記事
竜を棍棒で殴ろうとする女




2007年06月22日

ハートの形

先日はトランプのクラブについて書いたが、今回はハートについて。
(クラブについての内容は自分でも読みにくいと思うので、あとでもう少し分かりやすく書こうと思ってる。)

トランプに使われているハートの形、フランス式のカードのそれは、はっきりとドイツ式のカードを参考にして作られている。同じようにスペードの形もドイツ式のはっきりとした影響が見られるが、ただそれは剣ではなく、まぎれもなく葉っぱとして描かれている。

フランス式のトランプは、ドイツ式のトランプの影響を受けたことはおそらく確かなのだろうが、ネット上で確認できる画像として古いものは次の1545年のものしかみつけられなかった(フランス式は15世紀後半に開発されている)。

Satirical Playing Cards by Peter Flotner, Nuremberg, c.1545 - The World of Playing Cards

フランス式のハートは、単色の赤で塗られているが、ドイツ式のものは影が描き込まれた立体的なものになっている。この伝統はドイツで現在販売されているものにも受け継がれている。

では、このハートはどこに由来するのかというと、よく分からない。ドイツ式のものはドングリもそうだが、イタリアやスペイン式との直接的な関係性がわかりにくい。形の類似性により推測できるものもあるが、ハートに関しては独自の採用のように思われる。ちなみにトランプのハートはイタリアやスペインでは聖杯に対応する。

ところで、ハートの形は、そもそも何なのだろう。心臓を意味するのは分かるが、形は心臓そのものに由来するのだろうか。調べてみるとWikipediaぐらいにしか書いていない。さらに調べてみると、日本語版のWikipediaのハート(シンボル)に書かれている起源は、英語版のWikipediaが元になっている。そしてその英語の記事で紹介されているのが次のページ。

Where does the ubiquitous Valentine's heart shape come from? - By Keelin McDonell - Slate Magazine

意外に最近の記事で、これは今年2007年のバレンタインデイに合わせて書かれたものだ。


この記事で紹介されている説は、Wikipediaにも載っているが、絶滅したセリ科Ferula属のsilphiumという植物の実の形とする説である。

紀元前七世紀に現在のリビアにあった古代ギリシャの都市国家キュレネCyreneにおいて、このsilphiumが重要な輸出品であった。この植物が珍重された理由は、これが避妊薬として使われたからであり、コインに描かれるほどこの都市の経済にとって重要な位置を占めていた。そのコインに描かれている形がまさしくハートの形をしている。このコインは現代にも伝わっている。ここに愛(性愛)とこの記号の最初の結びつきがあるというのだ。
Silphium - en.Wikipedia ※コインの画像あり

この説が本当に正しいのかは分からない。ハート模様が描かれたコインは残っているのでそのことは事実であるが、愛と結びつけて当時の人たちが考えていたかまでは、これだけの情報では、憶測でしかないだろう。そしてこれがドイツ式のトランプの記号に現れるまでのおよそ二千年間、必ず他の場所でも使われていなくては、この記号の意味が継続して使われているとは言い難いのだが、それを確かめる術は僕は持っていない。

他にも、人間以外の心臓説や、女性の性的ないろいろな部分が元になっているのではないかという説が英語のWikipediaでは詳しく書かれている。この女性の性的な部分説の話の中では、似たような例として、女性器を象ったとされるシュメール文明の「女」を表す楔形文字や、ヒンドゥー教のヨミのことにも触れられている。

こんなに身近なハートの形なのに、どうしてそれが愛を表すようになったかということについては、実はよく分かっていない。ただ心臓などではない説の方が愛を説明するにはもっともらしく聞こえてくる。


2008年01月04日

ハンガリーカード

ヨーロッパのトランプの中には、四つのスートに対応して季節が描かれているものがある。ハンガリーカードやテルカードと呼ばれているカードである。



エースに相当するカードに下のように季節を表す単語が書き込まれ、背景にもそれぞれの季節の風景が描かれている。このハンガリーカードはハンガリーで使われるハンガリー語のものとオーストリアで使われるドイツ語で書かれたものがある。このカードにはドイツ語で、Frühling春、Sommer夏、Herbst秋、Winter冬と書かれている。それぞれ花を摘んでいる少女、収穫をしている若い女性、ワインを男性と作っている女性、薪を背負っている老女の姿が描かれている。これとは別に、夏のカードで若者が収穫のあと休んでいるものや、冬のカードで男性がたき火にあたっている姿が描かれているものもある。別のバージョンでそれ以外の季節に何が描かれているかは持っていないので分からない。(別なバージョンが使われている画像は、この記事の最後のリンク先にある。)



このスートを表す記号は日本では使われていない。ドイツ南部やハンガリーなど中央ヨーロッパで見られるもので、ドイツスートと呼ばれている。ハンガリーカード以外にもこの近辺のカードに使われているパターンである。このドイツスートは日本で使われているフランススートよりも前から使われていて、影響を与えたと考えられている。ドイツ語ではそれぞれHerzハート、Schellen鈴、Grün葉、Eichelドングリと呼ばれ、ハンガリーではpiros赤、tökうり、zöld緑、makkどんぐりと呼ばれる。

一般的なドイツスートのカードには次のような特徴がある。エースには、マークが二つ描かれている。エースと呼ばずDausと呼ぶこともある。上の画像のように上下に同じ絵を描いている場合は結局4つになる。絵札には、エース、王、上の兵士、下の兵士がある。上の兵士は記号が上の方に、下の兵士のカードには記号が下の方に描かれている。数札にはその記号がその数だけ描かれて、その上にX、IXなどとローマ数字が書かれている。数札はすべての数が用意されているわけではなく、下位の数字が最初から無く全部で32枚とか36枚になっている。僕が持っているものは、ケースにSchnapsと書いてあって最初から24枚しか入っていなかった。これは、シュナプセンゼクスウントゼヒツィヒ(66)というゲームで遊ぶ専用デッキらしい。

ハンガリーカードと呼ばれるものには、エースに季節が描かれていることの他にも特徴がある。それが上の兵士と下の兵士のカードに描かれている絵である。そこにはウィリアムテルの戯曲に出てくる英雄達の絵が描かれている。ハンガリーカードが(ウィリアム)テル・カードとも呼ばれているのはそのためである。




英語版WikipediaのPlaying Cardの記事の中央ヨーロッパのところに、ハンガリーのトランプの説明が書かれている。


重要そうな部分の内容を勝手に訳すとこんな感じになるだろう:
これらのカードには一連の特別な絵が描かれている。ヨーロッパ全土で革命運動が巻き起こっていた頃、ハンガリーでも1849-50年革命があったが、このカードはその革命以前には誕生していたことが分かっている。
エースは四季を表す:ハートのエースは春、ベルのエースは夏、葉のエースは秋そしてドングリのエースは冬。上カード、下カードの絵は1804年にシラーによって書かれたウィリアムテルの戯曲から取られている。この戯曲はクルージ・ナポカで1827年に上演されている。
このデッキはウィーンにあるフェルディナンド・ピアトニックのカード彩色工房で発明されたと長い間信じられてきた。だが1974年に極めて初期のデッキがイギリスの個人コレクションの中から発見された。そしてこのデッキの発明者・制作者の名がペシュトのカード彩色家Schneider Jozsefであり、1837年に作られたことが明らかになった。
彼は上、下のカードのキャラクタとしてスイスの物語のキャラクタを選んだ。仮に彼がハンガリーの英雄や自由の戦士を選んでいたとしても、彼のデッキは当時の政府による厳しい検閲のために決して流通させられなかっただろう。面白いことに、カードのキャラクタはスイス人なのに、スイスではこのカードは知られていない。


※上の文章で1974年と書かれているものは、1973年かもしれない。また1837年という年は特定できないのかもしれない。このことについては、以下で述べる。



■これからはちょっとした探求の話。

この英語版Wikipediaの中央ヨーロッパのカードについての出典を探してみたが、よく分からない。でも探しているうちにハンガリー語によるWikipediaの記事Magyar kártyaを見つけた。ハンガリー語の概要部分を眺めてみると、冒頭の国名の羅列らしきものが、英語版の内容と同じように思える。機械翻訳で英語にしてどんな意味の単語が並んでいるか確認すると実際そうなっていた。先の英語の文ととても似た文章の構成をしている。こちらが先かと思ったが、そのページ下の関連リンクのところに、ソースとして英語版の中央ヨーロッパの項へのリンクが紹介されているので、英語版を元にしているのだろう。ただいくつか内容に違いがある。英雄の名前が書かれている。このテルカードが作成されたとされる年が書かれていない。古いデッキが発見された年が1974年ではなく、1973年となっている。

最初、どちらが先に書かれた記事か分からなかったので、違いが出てきたのがいつかを調べるためにWikipediaの履歴を調べてみた。英語版Wikipediaのハンガリーのトランプについての記事は2005年12月27日03:38に最初のその原形が追加されている。章の名前が途中で変わっていたり分量も増えているが、今の英語版の該当箇所とほとんど同じ内容になっている。一方、ハンガリー語版Wikipediaでの記事の最初の作成は2006年6月3日 11:39である。この時点では具体的な年が書かれていて当時の英語版とほとんど同じ内容のようだ。英語版は記事中の日付などほとんど同じ内容で推移しているが、ハンガリー語版は2007年8月12日の修正で、古いデッキが発見された年が1973年へと変更され、また発見されたデッキの作成された年の部分が削除されて、今に至っている。

ついでにドイツ語WikipediaのSpielkarteを調べてみる。履歴を探ると2006年5月18日08:46に中央ヨーロッパの章が出現する。それを、機械翻訳してみると、当時の英語版Wikipediaの中央ヨーロッパの部分を簡単に要約しドイツ版として数行付け加えたという内容だった。現在のものは、より詳しく独自の加筆がされていて、英語のものともハンガリーのものとも違う内容へと発展している。ただ、最初からSchneiderのことや1974の発見のことについての部分は具体的には書かれていない。フランスやスペイン、イタリアのWikipediaのページも機械翻訳をしながら眺めてみたが、ハンガリーのトランプについては詳しく書いていなかった。

ハンガリー語版には概要の部分の下にさらに文章が続いている。当初は現在の概要部分だけの記事だったものが、加筆を繰り返し、現在のようなかなり詳しいものへと発展したというのが履歴から分かる。ざっと単語を眺めてみるだけでも、ハンガリーカードを考えたとされるSchneiderさんの名前が所々出てくる。本文の章の題を訳してみると、「ハンガリーカード小史」と訳せる。内容は分からないが、ここに英語版では書かれていないような詳しい内容が書かれているようだ。

ここも機械翻訳してみた。しかしハンガリー語から英語への機械翻訳ではあまり精度はよくないのでよく分からない。さっきの概要部分の翻訳もそれほどいいものではなかったが、元になった英語版と似ているかの判断だけをすればよかったので、おおよその推測ができた。しかし今回は、ハンガリー語版がオリジナルの文章なので、内容を推測するのが難しい。そういえば以前赤ちゃんポストについて調べたときもハンガリー語で行き詰まった。とても悔しい。

この機械翻訳では、翻訳されずにそのまま残ってしまう単語が多い。たいていそれは長い単語でおそらく複合語になっているものがうまく訳せないのだろう。ドイツ語から英語の機械翻訳のようには、すんなりとはしてくれない。ハンガリー語はヨーロッパの中央にありながら周りの国と全く違うウラル語族に属している。語順だけ見ると、日本語のように助詞が単語にくっつき動詞が最後に来る構造をしている。今まさに僕が作っているプログラムもこういう語順で言葉が並ぶ日本語を解釈するプログラムなので、なんだか面白い。でも日本語は同じ語族に属するとは単純に考えてはいけない。ヨーロッパの現行言語の並びの方が特異なのだと考えるべきだろう。

それでもなんて書いているのか知りたいから、複合語らしいものを分割して意味を調べたり、かなり粘って調べてみたが、やっぱり内容を把握するのは無理だった。それでもいくつかヒントになる単語を見つけられた。「カード史家」という複合語を見つけることができた。そしてそのそばにある二つの人名。Kolb Jenőと、Sylvia Mann。歴史家という単語がなければこれが人名だとは判断できなかった。この人名を検索すると、まさに、それぞれがハンガリーのカードについての著作を書いていた。

このKolb Jenőという人の名前で検索すると、Régi játékkártyák. Magyar és külföldi kártyafestés XV.-XIX. századという本が出てきた。中身が分からないので断言はできないが、この本を典拠にしているのだろう。またSlivia Mannという人はドラゴンカードを調べたときにも見かけた名前だった。イギリス人で、IPCSというトランプの学会の初代会長をされた人だ。そこの出版物のリストを見ると、この人の名前やハンガリーのコレクションのことについてのタイトルなどが見つかる。ハンガリー語版も英語版のWikipediaの記事ではおそらくここにあげられているもののどれかを典拠にしているのだろう。これも現物を確かめたわけではないので断言はできない。

結論としては、英語版のほうは典拠をはっきり書いていないので記事中の日付の由来そのものが分からないので駄目だ。そう言う意味でドイツ語版の人名や日付など具体的な表現を避けた謙虚さは賞賛できる。ハンガリー語版では過去の研究書を参考にしながらいろいろ書いているように見えるので、おそらく、その研究の内容を正しく紹介しているのではないかと思われるが、ハンガリー語が分からないので残念ながら理解できない。

今回はここまでが限界。トランプの歴史にとって、もっと重要な疑問はあるのだけれど、革命が巻き起こった頃の19世紀のヨーロッパが背景にあったり、ハンガリー語を少しかじれたり、Wikipediaの履歴を調べて翻訳の形跡や変遷を眺めたり、調べてみて面白かった。



■関連リンク

・ハンガリー大使館サイト内には、Magyar Kártya(ハンガリーカード)の画像を使って日本語による解説がしてあるページと、代表的な遊び方であるSnapszli(シュナプスリ)の遊び方の解説もある。

Games played with German suited cards
英語のページ。ドイツスートのカードについて詳しく書かれている。ページ内のリンクをたどっていくと、各国の主なゲームの遊び方に行き着く。この記事の最後に簡単なテルカードの解説がある。リンク先の最終更新日は2004年1月18日。

・ハンガリー語も翻訳できる多言語翻訳サイト
http://intertran.tranexp.com/Translate/result.shtml


2008年01月06日

ハートの起源1(ドイツスート)

いままでこのブログでいろんな探求をやって、そしてそこで気付いたことをもとに、いくつか仮説をたててきた。今回も面白いアイデアを思いついたので、ここに書いてみる。完全な論証にはなっているとはいえないけれど、わりといいんじゃないかと思う。

今回もトランプネタ。トランプという呼び方自体が日本人の誤用ではあるのだけれど、なじみ深い言葉なのでこのまま使うことにする。

現在僕たちが使っているトランプの記号「スペード、ハート、ダイヤ、クラブ」は、それ以前に使われていた記号をもとに作られたと考えられている。その元になった記号は、ヨーロッパの国々で今でも地方札の記号として使われている。いままでにもこのブログで、ポルトガルを通じて天正カルタ、ウンスンカルタにも受け継がれたとされるスペインスートの「剣、カップ、コイン、棍棒」や、前回紹介したハンガリーカードに使われているドイツスートの「どんぐり、葉っぱ、ハート、鈴」を紹介した。

前回紹介したドイツスートのハンガリーカード


今回新しく紹介するのは、それと同じドイツスートのザルツブルグパターン


ザルツブルグパターン参考資料
Salzburg pattern - IPCS Pattern Sheets-

この資料によるとザルツブルグのパターンは16世紀にまでさかのぼれるババリアンパターンと呼ばれるものから派生して1850年頃から使われるようになったらしい。

ザルツブルグカードのエースのデザインは次のようになっている。これはババリアンパターンのデザインとも近い。


どんぐりのエースには、酒樽にジョッキを持った酒神バッカスがまたがっている。頭からどんぐりの枝がはえている。葉っぱのエースには、鹿、ユニコーン、鳥が描かれて、その鳥が葉っぱの生えた木をくわえている。ハートのエースには、キューピッドが描かれている。矢を身につけ目隠しをしている。羽は緑色で、鳥のものではなく、蝶の羽のように紋が入っている。鈴のエースには、ブタとそれに襲いかかっている犬が描かれている。犬には赤い首輪がしてある。

上のエースのデザインは、それぞれのマークの意味を示しているように見える。これはババリアンパターン以前のパターンにおいて既に描かれていたかどうか分からないが、ババリアンパターンで使われるようになったとするならば、そのとき示されたドイツスーツのマークの定義を表しているように思われる。

ババリアンパターン参考資料
Old Bavarian pattern - IPCS Pattern Sheets-
Bavarian pattern Type M - IPCS Pattern Sheets-
Bavarian pattern Type S - IPCS Pattern Sheets-

この図像が象徴していることは、考えようによってはいろいろ考えられるが、素直に考えて、どんぐりは自然の恵み、葉っぱは野生、ハートは愛、鈴は家畜・隷属となるだろう。ババリアン以前にドイツスートは成立していたので、このエースが示している絵はその当時の後付けの解釈かもしれないが、それでも五百年前の時点でこの意味づけが成り立つわけだ。僕の解釈が間違っているかも知れないが、この絵を使って意味づけをしようとしていると考えていいだろう。

ここで重要だと思ったのが、ハートのキューピッドだ。これをキューピッドと解釈して間違いないだろう。蝶の羽根をしているのはちょっと変だが、このデザインによって、この図形が愛を表すことが明確に示されている。(因果関係は知らないがイタリアのトランプにも蝶の羽をした天使が描かれているものがある。)

以前、ハートの図形の起源について「ハートの形」に書いた。実は意味と記号の結びつきというのは突き詰めて考えると意外に難しい。そのときの記事では、ドイツスートでハートが使われているとは書いたが、それがどこからやってきたのかはっきりとは分からなかった。そもそもドイツスートのハート形のその記号が現在の記号のように愛を示すのかどうかもはっきりしなかった。それが、このキューピッドの絵によって、意味と記号が結びつけられているのが、はっきりと分かった。

話は紆余曲折してまだまだ続くが、ちょっと忙しいので、今回はここまで。


2008年01月13日

ハートの起源2(蝶の羽を持つキューピッド)

トランプで使われるハートマークについての考察の続き。今回は前回出てきたキューピッドについての補足。

ドイツ系スートのザルツブルグパターンやババリアンパターンでは、ハートのエースに相当するカードにおいて、蝶の羽をもち目隠しをした子供が矢を身につけている絵が描かれている。前回は、これによりハートの記号に対して愛という意味が関連づけられていると考えられるというところまで書いた。

下の画像はザルツブルグパターンのエース(このサイトのトランプの画像は私物)。



下の画像は上下対称のババリアンパターンのエース(これは鳥の羽)。



記号がその当時どのような意味を持っていたのかということをはっきりと知ることは難しい。だからこそ、この関連付けはいい足がかりになる。ハートマークはハートと呼ばれる。だがこのハートという言葉そのものは愛を直接意味しない。全然関連しない言葉ではないが、ハートという言葉以上にこの記号は愛の意味を示している。そんなことは呼び名からではわからない。呼び名はその記号を指し示すだけで、意味そのものを正確に表さない。記号とはそういうものだ。

この目隠しをし矢を身につけている天使の図像は、キューピッドと解釈していいだろう。キューピッドは、ギリシャ神話におけるアフロディテの息子エロスと同一視される。まさに愛。奇妙に思えたのが、鳥の羽ではなく紋のはいった蝶の羽に見えること。

まず、キューピッドの目隠しを調べてみる。これは現在のイタリアのカードでも使われている。下の画像は北部イタリアのベルガモパターンの聖杯の1。イタリアスートの聖杯はフランススートのハートに対応するとされている。




目隠しのキューピッドという記号は絵画にも使われている。サンドロ・ボッティチェリの「春」(1478) という作品が有名だ。次のリンク先に説明がある。また左側にある拡大表示で画像を大きくすることができる。

サンドロ・ボッティチェリ-春(ラ・プリマベーラ)- - Salvastyle.com

この絵にキューピッドが描かれていることを知ったのは、次のページを読んだから。ここを読むと、蝶の羽を持つキューピッドにはもっと別な背景があることがわかった。

関連リンク:2.西洋におけるキューピッドと天使の図像 - ニッポンのエンゼル

このページでは、キューピッド(クピド)の、記号としての役割なども述べてある。愛の寓意という解釈は心強い。他の章も読んでいくと、まさに求める「蝶の羽を持つクピド」について書かれている。これはいい。

ビクトリア朝では天使の蝶の羽は自然に描かれていたとある。妙なこのカードの図柄は単にその当時のキュービッドのデザインを受け入れただけのようだ。

前回参照した古いザルツブルグやババリアンパターンの画像は年代的にはどれもビクトリア朝かそれ以後のものだ。これらに限ればこの時代の影響下にあったと考えるのが妥当だろう。それ以前のババリアンタイプのハートのエースでどう描かれていたのかが知りたいところだ。

それにしても、このサイトには詳しそうな参考文献が示されているので、これでまた別の探求ができるぞ。


この記事を読むまでは、蝶はプシュケーに関連するのではないかと考えていた。ギリシャ神話において蝶と言えば、プシュケー。言葉の上でも物語の上でも、エロスとプシュケーは切っても切れない関係がある。

関連リンク:
プシューケー - Wikipedia
Cupid and Psyche - en.Wikipedia

上記リンク先で使われている画像の中で羽の描かれているものは、どれも19世紀のフランスの画家ブーグロー(William-Adolphe Bouguereau)の作品。拡大してみると、プシューケーの背中には紋のある蝶の羽が描かれている。ほかの作者の19世紀以前の例はまだ見つけていないので、この図像が上記のトランプパターンが成立した頃にも常識的に使われていたのかどうかわからないが。

蝶の羽を持ったキューピッドはこの物語を踏まえているのかもしれないと考えていた。プシューケーpsycheは、キューピッドに愛される美しい女性であるとともに、心・魂を意味する言葉でもある。その意味でもプシューケーの羽を持つキューピッドは、ハートマークの定義としては的を射ている。


こんなふうに、知的な探求をするのはおもしろい。探しているうちに、新たな発見や自分の思いこみにも気がついていく。気をつけないといけないのは、自分が望む結論を導くために都合のいい事実だけを並べてしまうことだ。常に自分を疑う必要がある。でもそれには限界がある。これを読む人に任せるしかない。そのためにも検証可能なようにいろんな関連情報を残す必要がある。


ビクトリア朝の天使の図像の問題は、先サイトの参考文献を読んで調べてみるのはおもしろいだろう。ただここでの考察ではもうこれ以上考えなくていいだろう。キューピッドの記号の確認はこれまで。


この考察はまだまだ続く。


2008年02月10日

ハートの起源3(スイススート)

トランプに描かれているハートマークの起源を考察してみるの三回目。いよいよ本編。

次の画像は、スイスで現在も遊ばれているトランプ。ドイツスートに似てはいるが違う。このカードはスイスのドイツ語圏で使われていて、Jassヤスというゲームで遊ばれるのでヤスカードと呼ばれている。

スイススート


(参考)ドイツスート
ザルツブルグパターン
ハンガリーパターン

見ての通りドイツスートと関係があり、「どんぐり、盾、バラ、鈴」の4種類のスートからなる。つまり葉とハートが無く、かわりに盾とバラがある。各スートは、上位のランクから次のように並ぶ。記号が二個描かれているAs(エース)、王様が描かれるKonig(王)、記号が上にある人物札Ober(上)、記号が下にある人物札Under(下)、旗に記号が描かれているBanner(旗)、そして記号がその数だけ並んでいる数字札9から6まで、1スート計9枚。1セット合計36枚からなる。旗の札が特徴的でそれが上に紹介している画像。これは10として扱われる。他に、鈴のUnderの顔が花びらに囲まれていたり、盾のスートの数字札がモノクロになっている。それから、ちょっと気づいたことだが、スートのマークもそうだが、人物は物騒な武器を帯びていない。

スイスでのトランプの歴史は古く、1377年、ドミニコ修道会のジョンという人が、トランプについての記録を残している。この記録を信頼すると、その中で、現在ドイツやスイスで使われているものと酷似した特徴が描かれている。そのトランプには、スートを表す記号があって、それが上にあるか下にあるかで、キングの従者二人の地位が区別されている。残念なことに、その記号がどんな形をしていたのかという記述がないので、スイススートだったのか、ドイツスートだったのか、それともまた別のものであったのかがわからない。しかし現在のドイツとスイススートと同じ上と下に記号を置くことで区別するというシステムがすでにこの頃あったということはとても興味深い。

関連リンク:
下記リンクの1377 BASLEの部分
the History of Playing Cards in Europe
16世紀前半のスイスのカード(花びらの数がバラ科らしく5枚ある)
SWISS PLAYING CARDS c.1530 - The World of Playing Cards

今回海外のサイトを含めてネットをいろいろ調べてみたが、スイススートとドイツスートのどちらが早くできたのかについてははっきり断言している資料は見つけられなかった。一方が他方の原型なのか、今は廃れた共通の原型が別にあって二つが分かれたのか、わからない。

もちろんスート記号は制限があるわけでなくカード製作者が何を選んでもよかったわけで、事実、15世紀ドイツ地方にはとても想像力に富むハンティングデッキなどが作られている。

関連リンク:Master of the Playing Cards


それでも、スイススートとドイツスートの記号を見比べていると想像力をかきたてられる。現存する資料だけから断定するのは無理なことなのだと思うが、無理を承知で、ひとつこのことを考えてみよう。

以前も紹介したトランプについたくさんの画像を使って紹介してあるサイトのこのページ(Andy's Playing Cards - Suiss cards)では、スイススートのバラと、イタリアスートのコインと類似を指摘してあるが、さらにすべてのスートの記号がラテンスートに由来しているとは考えられないだろうか。

※ここから先は、過去の資料があるわけではなく根拠が薄く推測だけで話を進めていくので、疑いながら読んでほしい。くれぐれも簡単に信用しないように。

ヨーロッパの地方札を眺めたことがある人ならば、誰でも思いつきそうなことだろう。ラテンスートとスイススート、ドイツスートの間に何らかの派生関係があるのではないか。あると仮定するならば、その順序はきっと、ラテン、スイス、ドイツであると僕には思える。ラテンとドイツには共通性を見つけることは難しいが、スイススートをその間に挟むと、うまい具合に三者がつながってくれる。

ラテンスート(スペイン)から、スイススートへの対応を次のように考えてみる。植物というくくりで「棒」と「ドングリ」。武器という括りで「剣」と「盾」。円形で同心円と放射のある図として「貨幣」と「バラ」。そして輪切りの線が入る図として「杯」と「鈴」。前者二つは意味的に、後者二つは図形的にと変則的ではあるが、対応を考えることができる。ただし地理的に近いはずのイタリアタイプのものではなく、スペインタイプのラテンスートを使って考えている。

さて、今度はスイススートとドイツスートを考えてみる。両者において四つのスートの記号のうち、二つが同じものならば、残りの二つも実は同じものを表していたのではないだろうかと考える。つまり、「盾」がその形を残しながら植物の「葉」となったのではないだろうか。そして「バラの花」をより単純化して「バラの花びら」になったのではないだろうか。

でも、バラの花びらはこんなハートの形をしていただろうか?当時のバラはどんな形だったのだろう?はっきりとは分からない。ただバラ科の植物の写真を探して眺めてみると、バラ科の花びらには先のとがっているものもあれば、その部分が逆に凹んでいるものもある。二種類の表現方法があるならば、「葉」のスートと区別しやすい凹んだものを選ぶのではないだろうか。

関連リンク:ヨーロッパで見られるシンプルな花弁のバラ科の植物
Rosa canina - en.Wikipedia
Rosa eglanteria - en.Wikipedia

日本の家紋にもバラ科の植物の紋がある。そう桜だ。模式化された桜の花びらの一つ一つはハートの形になる。このような花びらの抽象化が当時行われたのではないだろうか。

関連リンク:植物紋=桜/水仙/棕櫚/菖蒲/杉/柘榴紋の一例 - 家紋ネット

このようにして、「バラの花」が「バラの花びら」になり、「盾」が「葉」になったとすると、変わらなかった「ドングリ」と合わせて、四つのうち三つが植物に関連するスートになる。残りの「鈴」にも何かあるのではないだろうか?ドイツスートの「鈴」のカードをよく見れば、これもまた植物的に見える。柿でいうヘタの位置に緑色の部分が描かれている。これはスイススートにはないものだ。この記号が当初、実として描かれていた名残ではないかと考えられないか。ドイツスートに変化するとき、意図的に、もしくは間違われて、植物のように描かれたのではないだろうか。すべてのマークを植物でそろえるために「実」への置き換えがあり、しかし結局スイスと同じ「鈴」という呼び方が普及してしまったのではないだろうか。

上で説明したようにラテンスートから、スイススート、そしてドイツスートへと変化していくとすると、少なくとも一つの問題が生じてくる。ラテンスートとスイススートの対応は、「棒」=「ドングリ」、「剣」=「盾」、「貨幣」=「バラ」、「杯」=「鈴」。そしてスイススートからドイツスートへの対応は変化したものだけで、「盾」=「葉」、「バラ」=「ハート」。この二系列の対応より、「貨幣」=「ハート」が導かれてしまう。これはハートは聖杯に対応するという定説に反する。ハートマークの意味づけにも影響の出てくる結論だ。ハートは聖杯に対応しない。ハートは貨幣に対応する。

つづく


2008年02月12日

ラテンスート

ラテンスートについて詳しく説明していなかったので、まとめてみよう。

イタリア、スペインなどでは、僕たちが日常的に使っているものとは違う独特のスートのトランプが使われている。このスートはラテンスート(latin suits)、イタリア・スペインスート(italo-spanish suits)などと呼ばれる。

イタリアのカード
・北イタリア(ベルガモカード Carte bergamasche)
北部イタリアのカード

・スペイン風イタリアカード(シシリアカード Carte siciliane)
スペイン風のイタリアのカード


スペインのカード
スペインのカード
(全体を見なくても枠の線の切れ方でスートが分かるようになっている)


ラテンスートのカードは、14世紀頃までにヨーロッパに伝わってきた、エジプトあたりのマムルーク朝の人々が遊んでいたカード(通称マムルークカード)が元になっているとされる(マムルークカードについては後述)。このとき、当時のヨーロッパになじみの薄いポロスティックのスートだけ杖や棍棒に変化し、残りはそのまま使われた。

ラテンスートはイタリアスートとスペインスートに大きく分けられる。イタリアではさらに地方毎に細かな違いがある。また現在では残っていないポルトガルカードもこのラテンスートに分類される。

イタリアスートはイタリア北部地方で現在使われているもので、湾曲した剣、直線的な儀式用の杖、剣と杖は数字札では交差するといった特徴をもつ。基本的に1セット40枚ないしは52枚からなる。40枚のものは、1から7までの数を表す札と、従者、騎士、王の三種の絵札からなる。52枚のものは数札が1から10までとなる。

スペインスートはスペインやイタリア中・南部で使われているもので、抜き身の両刃直剣、丸みがあり葉もついたりする棍棒、数の札では剣と棍棒は交差せずに個別に並べてある。1セット48枚ないしは40枚。48枚のものは1から9までの数の札、従者、騎士、王の絵札からなる。40枚のものは数を表す札が1から7までとなる。イタリアにおいて北部とそれ以外で分かれるのは、南部がスペインの勢力下になっていたことに由来している。

ポルトガルカードは、現在廃れてしまっている。大きな特徴として、エースにドラゴンが描かれ、従者が女性の姿に描かれている。また王は腰をかけている。杖ではなく棍棒が描かれる点ではスペイン風だが、長物が交差している点で北部イタリア風である。ただしこの剣はイタリアのように曲線的ではなく直線的に描かれる。

それぞれの国での呼び名。イタリア語ではそれぞれのスートが、denari(貨幣)、coppe(杯)、spade(剣)、bastoni(棍棒)、絵札がfante(従者)、cavallo(馬)、re(王)と呼ばれる。スペイン語では、oros(金)、copas(杯)、espadas(剣)、bastos(棍棒)、また絵札はsota(従者)、caballo(馬)、rey(王)と呼ばれている。


関連資料:
ラテンスートのカードで遊ぶゲーム
Games played with Latin suited cards

日本語で書かれたイタリアカードの紹介
世界遊技博物館 イタリアカード

トランプの歴史についての関連ページ
International Playing-Card Society - Brief History of Playing-Cards
Playing-Cards FAQ - Playing-card History
Andy's Playing Cards - Introduction & History

ウィキペディア
トランプ
Playing card
Carta da gioco イタリア語。イタリア各地のカードの画像がある。



■マムルークカード
マムルークカードのスートは、貨幣、杯、剣、ポロスティック。各スートは数字を表す札が1から10までと人物を表す札が3種あり、合計で52枚(1セット56枚という資料もある)。数字札は記号そのものを並べてそのカードのランクを表している。剣とポロスティックの長物は交差させて描かれる。このとき剣は曲線的に、ポロスティックは直線的に描かれる。マムルークカードには現在の絵札に相当するカードがあるが、それには人は描かれず、カードの呼び名だけが人となる。人物カードは王、総督、副総督の三種(イスラム社会の用語でnaibの訳として総督が適切かは分からないが勝手にそう訳した)。

マムルークカードをさかのぼると、古い中国の紙のゲーム葉子戯に行き着くとされる。麻雀もさかのぼるとこのゲームにつながっている。麻雀もそうだが、中国のスートはすべて貨幣である(索子は竹ではなくひもを通した貨幣の束)。麻雀ではスートは3つだけだが、中国の古いカードには4番目のスートとして十の文字で表す十万のスートを持つものもあった。

これが直接マムルークカードのスートに変化したと考える説がある。この説では、筒子に相当するものはそのまま貨幣に、索子に相当するものがポロスティックになったとされる。さらに残りのスートは、萬子に相当するスートでは万の字がひっくり返り杯に、十のスートは十の字が柄のある剣に変化したのではないかとされている。

・関連ページ
Andy's Playing Cards - The Tarot And Other Early Cards - page V - the Mamlûk cards
Andy's Playing Cards - Introduction & History page3
Chinese Origin Of Playing Cards - University of Waterloo (1895年の古い論文)


2008年02月14日

ハートの起源まとめ

バレンタインデーということで、とりあえず、まとめ。
トランプのハートマークがどうやってできたのかを何回かに分けて考えてみた。貨幣のスートが花のデザインとなり、それがバラの花びらへと単純化したのではないかと考えてみた。うまくいくように考えたので、それなりに筋は通っていると思う。

ただこれには前提条件として、スイススートがドイツスートに先んじて考案されていなくてはならない。実はこれは分が悪い。スイススートはドイツスートの亜流としか考えられていない。また、その頃その地域にモデルになり得る花が咲いていたことも分からない。考えれば考えるほど、自信はなくなってくる。

さて、これはトランプの歴史だけしか語っていない。今までは、トランプの記号の変化が常に関連性を保ちながら起きたと仮定したものだった。トランプの外の世界では本筋のハートマークの成立があってもおかしくない。

以前、英語WikipediaのHeart (symbol)の記事を調べたら、古代ギリシャの都市キュレネで使われた銀貨起源説というのが書いてあった。これは愛という概念とこの記号が結びつく面白い事実だとは思ったけれど、現在の記号との連続性がはっきりしなかった。

今回、トランプのことを調べながら、見つけたのは、見過ごしていた上記のドイツ語版の記事だった。Herz (Symbol)。そしてその記事の参照元は、Das Herzsymbol - Geschichte und Bedeutung aus medizinischer Sicht。ここは、英文のページも用意されているので、Wikipediaの記事よりこちらを読んだ方がわかるだろう。また具体的な画像ギャラリーも置いてある。

結論だけ言うと、ここでは古代ギリシャの壺の絵に出てくるツタの葉が起源ではないかと書いてある。吟遊詩人がうたったミンネ(騎士の宮廷風恋愛)物語を描いた絵にも、このハート型の葉が登場するというのだ。でもそれって、スペードマークじゃないか?という疑問は残るのだが、それなりに説得力がある。

ハートマークというのは、キリスト教でも登場する。Sacred Heart。ただこれは近代になってからこの図像が出てくるようだ。探してみた中で、ルターの紋章の方が1530年と年代もはっきりしている。Luther rose


2012年01月02日

元日は Dixit

2012年になりました。
今年が良い年になりますように。

さて、元日は甥っ子たちと久しぶりにボードゲームをして遊びました。遊んだのは Dixit(ディクシット)。去年、Amazon.deで絵画関連の資料をいろいろ購入したとき、これが2010年のドイツゲーム大賞を取ったというので、ついでに注文したものです。評判通りとても面白いゲームでした。

小学生もいましたが、すぐにルールを覚えてくれました。箱には八歳以上と書いてあります。たいていのゲームは年齢が高いほうが極端に有利になってしまいますが、このゲームは大人も子どもも幅広い年齢層で一緒に楽しめます。

 

面白かったので、ルールの紹介をしてみます。

これは、84枚の幻想的な絵の描かれたカードを使い、それぞれについての「言葉」を考えていくゲームです。

84枚をよく混ぜて、一人に6枚ずつカードを裏向きに配ります。プレイヤーはそれぞれ6色の中から自分の色を決めてもらって、その色の点数を数えるためのウサギの駒と、同じ色の投票用の数字の書かれた票も配ります。残りのカードは裏返して山札として場に置きます。それぞれのウサギを点数ボードの0点の場所に並べて、準備完了です。そして一人が語り部(親)になり、以下のターンが繰り返されます。

ターンの最初で、語り部となった者が自分の手札の中の一枚を決めて、そのカードについての言葉を考えます。このときの言葉は、声にすることができればなんでもよく、単語でも文章でも、擬音でもいいです。その言葉を言いながら、他の誰にも内容を見られないように裏返してそのカードを場に出します。

他のプレイヤーも、その言葉を聞いて、自分の手札の中から一枚のカードを決め、そのカードを内容を見られないように場に出します。全員が出し終わったら、語り部が全部のカードを受け取って、順番が分からないように混ぜて、場に表にして並べます。並べられた順にカードは番号で呼ばれます。

そして、語り部以外のプレイヤーが、並べられたカードの中から語り部の出したカードがどれか投票して当てるわけです。これがこのゲームの中心です。票は裏にして目の前に置き、みんなが出し終わったら表にし明らかにして、その絵の上にのせます。もちろんこのとき自分自身が出したカードに投票することはできません。

単純に考えると、他のプレイヤーが語り部の言った言葉とかけ離れたイメージのカードを出せば、語り部のカードを当てやすくなってきます。語り部も分かりにくい言葉を言えばいいことになります。しかし、点数の付け方で、そう簡単にならないようになっています。

つまり、こうです。語り部のカードが当てられたとき、語り部自身と当てた人に3点入ります。これが語り部は当ててもらおう、そして残りのプレイヤーはそれを当てようとする動機付けになります。しかし条件があって、全員が当ててしまうと、語り部には点数が入ってきません。また誰も当ててくれなかったときも点数が入ってきません。そして、そういうときは逆に他のプレイヤー全員に2点入ってしまいます。そのため、語り部は難しくもなく、かといって易し過ぎもしない、ほどよく分かりやすい言葉を言わなければいけなくなります。語り部以外のプレイヤーも、それほど語り部の言葉と、かけ離れたカードを出さない方が有利となる配点になっています。自分のカードが語り部のカードと間違われたときは、自分のカードへの投票数がそのまま自分の点数になるからです。

そうやってカードを出し、投票をした後、語り部の答えを聞いて、点数ボードの各自のウサギを動かします。それから各自カードを6枚になるように1枚補充して、左隣に親を交代して、ターン終わりです。新しい語り部がこれを繰り返します。山札の最後の一枚が引かれたときに一番点数の多い人が勝者になります。

 

言葉だけで説明すると小難しく聞こえますが、配点のルールや理屈は実際に数ターンやってみるとすぐに覚えます。普通ゲームは勝つための戦略を考えるものですが、これは絵と、それを見た人の気持ちを考えることが中心になります。正直、人の感性は面白いと感じます。

小さい子だとストレートな言葉しか思いつかないかもしれないけれど、選ぶ言葉がシンプルなだけに他のカードにも共通する言葉になっていることも多く、意外に当てにくいです。分かりやすいときでもたいてい誰かが間違えてくれます。感性が人それぞれ違うことを利用したゲームなので、うまくできています。ゲームが終わっても、勝った負けたでギスギスすることはなく、みんなで楽しいひとときを過ごせたといういい印象が残ります。

そのあと、「ハゲタカのえじき」で気分転換をした後、以前から評判が良くて、みんな時間があれば是非やりたいと言っていた「カタンの開拓者」をしました。これもやっぱり必携の名作です。ちなみに10年前のカプコン版カタンです。でもこれは、高校生と小学生が同じテーブルで勝負すると、どうしても差が出てしまい、終わった後、これが一番好きなゲームだと言ってくれていた姪っ子がご機嫌斜めになってしまいました。

 

Dixit には続編があって、さらに84枚の絵を追加して遊べるDixit 2や、12人でも遊べるようにする Dixit Odyssey もあります。来年はこれを用意しておこうかな。

公式サイト:
http://www.libellud.com/en/games/presentation/dixit.html
ダウンロードページにはフランス語、英語、ドイツ語の公式ルール(箱に入っているのと同じもの)や印刷用の得点ボードの画像(折りたためるので旅行に便利)、そして壁紙があります。



×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。