ヨーロッパのトランプの中には、四つのスートに対応して季節が描かれているものがある。ハンガリーカードやテルカードと呼ばれているカードである。
エースに相当するカードに下のように季節を表す単語が書き込まれ、背景にもそれぞれの季節の風景が描かれている。このハンガリーカードはハンガリーで使われるハンガリー語のものとオーストリアで使われるドイツ語で書かれたものがある。このカードにはドイツ語で、Frühling春、Sommer夏、Herbst秋、Winter冬と書かれている。それぞれ花を摘んでいる少女、収穫をしている若い女性、ワインを男性と作っている女性、薪を背負っている老女の姿が描かれている。これとは別に、夏のカードで若者が収穫のあと休んでいるものや、冬のカードで男性がたき火にあたっている姿が描かれているものもある。別のバージョンでそれ以外の季節に何が描かれているかは持っていないので分からない。(別なバージョンが使われている画像は、この記事の最後のリンク先にある。)
このスートを表す記号は日本では使われていない。ドイツ南部やハンガリーなど中央ヨーロッパで見られるもので、ドイツスートと呼ばれている。ハンガリーカード以外にもこの近辺のカードに使われているパターンである。このドイツスートは日本で使われているフランススートよりも前から使われていて、影響を与えたと考えられている。ドイツ語ではそれぞれHerzハート、Schellen鈴、Grün葉、Eichelドングリと呼ばれ、ハンガリーではpiros赤、tökうり、zöld緑、makkどんぐりと呼ばれる。
一般的なドイツスートのカードには次のような特徴がある。エースには、マークが二つ描かれている。エースと呼ばずDausと呼ぶこともある。上の画像のように上下に同じ絵を描いている場合は結局4つになる。絵札には、エース、王、上の兵士、下の兵士がある。上の兵士は記号が上の方に、下の兵士のカードには記号が下の方に描かれている。数札にはその記号がその数だけ描かれて、その上にX、IXなどとローマ数字が書かれている。数札はすべての数が用意されているわけではなく、下位の数字が最初から無く全部で32枚とか36枚になっている。僕が持っているものは、ケースにSchnapsと書いてあって最初から24枚しか入っていなかった。これは、
シュナプセンや
ゼクスウントゼヒツィヒ(66)というゲームで遊ぶ専用デッキらしい。
ハンガリーカードと呼ばれるものには、エースに季節が描かれていることの他にも特徴がある。それが上の兵士と下の兵士のカードに描かれている絵である。そこにはウィリアムテルの戯曲に出てくる英雄達の絵が描かれている。ハンガリーカードが(ウィリアム)テル・カードとも呼ばれているのはそのためである。
英語版Wikipediaの
Playing Cardの記事の中央ヨーロッパのところに、ハンガリーのトランプの説明が書かれている。
重要そうな部分の内容を勝手に訳すとこんな感じになるだろう:
これらのカードには一連の特別な絵が描かれている。ヨーロッパ全土で革命運動が巻き起こっていた頃、ハンガリーでも1849-50年革命があったが、このカードはその革命以前には誕生していたことが分かっている。
エースは四季を表す:ハートのエースは春、ベルのエースは夏、葉のエースは秋そしてドングリのエースは冬。上カード、下カードの絵は1804年にシラーによって書かれたウィリアムテルの戯曲から取られている。この戯曲はクルージ・ナポカで1827年に上演されている。
このデッキはウィーンにあるフェルディナンド・ピアトニックのカード彩色工房で発明されたと長い間信じられてきた。だが1974年に極めて初期のデッキがイギリスの個人コレクションの中から発見された。そしてこのデッキの発明者・制作者の名がペシュトのカード彩色家Schneider Jozsefであり、1837年に作られたことが明らかになった。
彼は上、下のカードのキャラクタとしてスイスの物語のキャラクタを選んだ。仮に彼がハンガリーの英雄や自由の戦士を選んでいたとしても、彼のデッキは当時の政府による厳しい検閲のために決して流通させられなかっただろう。面白いことに、カードのキャラクタはスイス人なのに、スイスではこのカードは知られていない。
※上の文章で1974年と書かれているものは、1973年かもしれない。また1837年という年は特定できないのかもしれない。このことについては、以下で述べる。
■これからはちょっとした探求の話。
この英語版Wikipediaの中央ヨーロッパのカードについての出典を探してみたが、よく分からない。でも探しているうちにハンガリー語によるWikipediaの記事
Magyar kártyaを見つけた。ハンガリー語の概要部分を眺めてみると、冒頭の国名の羅列らしきものが、英語版の内容と同じように思える。機械翻訳で英語にしてどんな意味の単語が並んでいるか確認すると実際そうなっていた。先の英語の文ととても似た文章の構成をしている。こちらが先かと思ったが、そのページ下の関連リンクのところに、ソースとして英語版の中央ヨーロッパの項へのリンクが紹介されているので、英語版を元にしているのだろう。ただいくつか内容に違いがある。英雄の名前が書かれている。このテルカードが作成されたとされる年が書かれていない。古いデッキが発見された年が1974年ではなく、1973年となっている。
最初、どちらが先に書かれた記事か分からなかったので、違いが出てきたのがいつかを調べるためにWikipediaの履歴を調べてみた。英語版Wikipediaのハンガリーのトランプについての記事は2005年12月27日03:38に最初のその原形が追加されている。章の名前が途中で変わっていたり分量も増えているが、今の英語版の該当箇所とほとんど同じ内容になっている。一方、ハンガリー語版Wikipediaでの記事の最初の作成は2006年6月3日 11:39である。この時点では具体的な年が書かれていて当時の英語版とほとんど同じ内容のようだ。英語版は記事中の日付などほとんど同じ内容で推移しているが、ハンガリー語版は2007年8月12日の修正で、古いデッキが発見された年が1973年へと変更され、また発見されたデッキの作成された年の部分が削除されて、今に至っている。
ついでにドイツ語Wikipediaの
Spielkarteを調べてみる。履歴を探ると2006年5月18日08:46に中央ヨーロッパの章が出現する。それを、機械翻訳してみると、当時の英語版Wikipediaの中央ヨーロッパの部分を簡単に要約しドイツ版として数行付け加えたという内容だった。現在のものは、より詳しく独自の加筆がされていて、英語のものともハンガリーのものとも違う内容へと発展している。ただ、最初からSchneiderのことや1974の発見のことについての部分は具体的には書かれていない。フランスやスペイン、イタリアのWikipediaのページも機械翻訳をしながら眺めてみたが、ハンガリーのトランプについては詳しく書いていなかった。
ハンガリー語版には概要の部分の下にさらに文章が続いている。当初は現在の概要部分だけの記事だったものが、加筆を繰り返し、現在のようなかなり詳しいものへと発展したというのが履歴から分かる。ざっと単語を眺めてみるだけでも、ハンガリーカードを考えたとされるSchneiderさんの名前が所々出てくる。本文の章の題を訳してみると、「ハンガリーカード小史」と訳せる。内容は分からないが、ここに英語版では書かれていないような詳しい内容が書かれているようだ。
ここも機械翻訳してみた。しかしハンガリー語から英語への機械翻訳ではあまり精度はよくないのでよく分からない。さっきの概要部分の翻訳もそれほどいいものではなかったが、元になった英語版と似ているかの判断だけをすればよかったので、おおよその推測ができた。しかし今回は、ハンガリー語版がオリジナルの文章なので、内容を推測するのが難しい。そういえば
以前赤ちゃんポストについて調べたときもハンガリー語で行き詰まった。とても悔しい。
この機械翻訳では、翻訳されずにそのまま残ってしまう単語が多い。たいていそれは長い単語でおそらく複合語になっているものがうまく訳せないのだろう。ドイツ語から英語の機械翻訳のようには、すんなりとはしてくれない。ハンガリー語はヨーロッパの中央にありながら周りの国と全く違うウラル語族に属している。語順だけ見ると、日本語のように助詞が単語にくっつき動詞が最後に来る構造をしている。今まさに僕が作っているプログラムもこういう語順で言葉が並ぶ日本語を解釈するプログラムなので、なんだか面白い。でも日本語は同じ語族に属するとは単純に考えてはいけない。ヨーロッパの現行言語の並びの方が特異なのだと考えるべきだろう。
それでもなんて書いているのか知りたいから、複合語らしいものを分割して意味を調べたり、かなり粘って調べてみたが、やっぱり内容を把握するのは無理だった。それでもいくつかヒントになる単語を見つけられた。「カード史家」という複合語を見つけることができた。そしてそのそばにある二つの人名。Kolb Jenőと、Sylvia Mann。歴史家という単語がなければこれが人名だとは判断できなかった。この人名を検索すると、まさに、それぞれがハンガリーのカードについての著作を書いていた。
このKolb Jenőという人の名前で検索すると、
Régi játékkártyák. Magyar és külföldi kártyafestés XV.-XIX. századという本が出てきた。中身が分からないので断言はできないが、この本を典拠にしているのだろう。またSlivia Mannという人はドラゴンカードを調べたときにも見かけた名前だった。イギリス人で、
IPCSというトランプの学会の初代会長をされた人だ。そこの
出版物のリストを見ると、この人の名前やハンガリーのコレクションのことについてのタイトルなどが見つかる。ハンガリー語版も英語版のWikipediaの記事ではおそらくここにあげられているもののどれかを典拠にしているのだろう。これも現物を確かめたわけではないので断言はできない。
結論としては、英語版のほうは典拠をはっきり書いていないので記事中の日付の由来そのものが分からないので駄目だ。そう言う意味でドイツ語版の人名や日付など具体的な表現を避けた謙虚さは賞賛できる。ハンガリー語版では過去の研究書を参考にしながらいろいろ書いているように見えるので、おそらく、その研究の内容を正しく紹介しているのではないかと思われるが、ハンガリー語が分からないので残念ながら理解できない。
今回はここまでが限界。トランプの歴史にとって、もっと重要な疑問はあるのだけれど、革命が巻き起こった頃の19世紀のヨーロッパが背景にあったり、ハンガリー語を少しかじれたり、Wikipediaの履歴を調べて翻訳の形跡や変遷を眺めたり、調べてみて面白かった。
■関連リンク
・ハンガリー大使館サイト内には、
Magyar Kártya(ハンガリーカード)の画像を使って日本語による解説がしてあるページと、代表的な遊び方である
Snapszli(シュナプスリ)の遊び方の解説もある。
・
Games played with German suited cards英語のページ。ドイツスートのカードについて詳しく書かれている。ページ内のリンクをたどっていくと、各国の主なゲームの遊び方に行き着く。この記事の最後に簡単なテルカードの解説がある。リンク先の最終更新日は2004年1月18日。
・ハンガリー語も翻訳できる多言語翻訳サイト
http://intertran.tranexp.com/Translate/result.shtml