女性が主人公の朝ドラだからいままで落語の話なんてのはできなかったのだろうけど、上方落語というのはとてもいい題材を選んだものだ。いろんな落語の話が下敷きにあって、それが話に奥行きを作ってくれる。
昨日の話はヒロインの喜代美が一皮むける話だった。その過程で幼なじみのエーコの心を深く傷つけてしまう。それはとても痛々しい代償だけど、喜代美が大切なものに気付いていく過程が、とてもよく描写されていく素晴らしい回だった。何もしてなさそうで、ちゃんと弟子の心の成長を厳しく優しく見守っている草若師匠の言葉や態度は、まるでドラマを見ているこちらにも向けられているような感じにさえなる。師匠が出してくれたお茶がとてもおいしかったと喜代美が何気ないそのことに気付く所からの展開がとくにすごかった。そして紋の入った扇子を渡され、喜代美はやっと稽古を許される。本当に良かったねと言いたくなる。
何をやっても駄目なヒロイン。何かやろうとしてもちょっとした挫折で投げ出してしまうヒロイン。何か大きな夢があるというわけでもなく、いままでの自分を変えなくてはいけないと思いながらも、何も見つけられずに周りに流されて、その場その場をだだ過ごしているだけという感じのヒロイン。
そのうえ、字は違うけれど同姓同名の幼なじみの存在。可愛く頭も良く社長令嬢で人気者の、自分とまるっきり正反対の清海(キヨミ)、エーコがいる。もう八方ふさがりだ。誰だって現実にそんな存在がいたら、こんな苦しいことはないと思う。何をやっても駄目な上に、必ずエーコが悪意もなしに微笑みながら軽々とその上を行くわけだから。もっと憎たらしい女の子だったらどれだけ気が楽だったろう。
そんなビーコが、エーコと関わりのない、エーコと比較されない落語という世界を、自分の居場所をやっと見つけることができたのに、またそこにエーコが現れてしまった。一門のたまり場になっている居酒屋にエーコがやってきた。すぐにみんなと馴染んでその場のヒロインになってしまう。ビーコはもう耐えられなかったんだろうな。一方的にビーコは爆発してしまった。最初、周りも怒りを向けられているエーコも何が何だか分からない状況。エーコは、自分が突然非難され傷つけられたことよりも、自分がその場に来たことがビーコを傷つけてしまっていることを察して、そこを去っていく。草々はそんなことをしでかしたビーコを自分のことしか考えていないと怒鳴りつける。師匠は草々をたしなめる。
この物語で一番強く主人公を形作っていた感情があふれ出すシーン。この主人公には夢や希望があったわけではない。天性の才能があったわけでも、幸運を引き寄せる不思議な力を持っていたわけでもない。その代わりにあったのは、この深い深いコンプレックスだった。本当はこの物語、とっても強い負の力が動機付けになっている朝ドラらしからぬ話だったりする。そういう夢や希望というものとは真逆の心情が、やがて昇華し未来の彼女を形作っていく物語なんだな。
もちろん、それだけじゃ駄目だ。幼い頃のおじいちゃんとの短かったけれど幸せだった思い出は掛け替えのないものだし、それが結局、落語へと導いてくれた。和久井映見をはじめとする田舎の家族も温かく支えてくれる。田舎にいる的確な助言をしてくれる親友の順子の存在も大きい。草々兄さんへの想いもある。理想の女性像としてあこがれているフリーライターの奈津子さん。師匠をはじめ徒然亭一門のみんなや、近所のひとたちも。そういう周りの人々に支えられ成長する物語でもある。それでもやはり、このコンプレックスは主人公とこの物語を形作る大きな柱だ。
小学生の頃、周りが同姓同名の二人を区別するために付けたエーコとビーコという名前だけれど、それがとても強い序列を表していることにエーコは気付いていないんだ。頭のいいエーコでも、幼いときに名付けられて、あまりにも当たり前にエーコ、ビーコで過ごしてきたからそのあだ名が意味することを改めて考え直すこともなかったんだろう。でも、今回のことでエーコも気付くかもしれない。エーコがビーコを喜代美と呼ぶようになれば、エーコの心にも起きた成長を表すことになるんだろう。まあビーコから卒業できたとしても、その暇もなく喜代美は芸名を付けられて、また別の名前を背負って、新たな人生を歩むことになるんだろう。
このまま仲違いをしたまま現在まで引きずるような話を作っていってもいいれど、エーコもビーコもそれは似合わないし、このドラマにもそういう根深いトゲのような設定は朝から苦しいので、お茶を出してくれた師匠の助言にしたがって、二人の間は近いうちにすっきりさせてくれるだろう。そう期待してる。
とにかく、今回は主人公の鬱積した内面を描いてはいたれど、基本は、笑いあり、妄想ありの楽しいドラマ。だから見続けていられる。特に和久井映見の登場するシーンはどれもいい。